『まだ君に恋してる』『また君に恋してる』
坂本冬美さんのこの曲を 異国の女性がテレビで朗々と歌われているのを耳にした
気が付けば涙が自然に自分の頬を伝っていた
この歌の優しい詩(詞)にも感動
誰しもこんな情景を経験して今の自分があるのではないかな
現実に戻ってはいけない
出会いの原点に戻らなければいけないと
改めて思った
父ちゃんに優しく接しよう
毒は本人の前では決してはかない はくのはブログだけ
何よりも父ちゃんに優しく扱ってもらえる人間になりたい
私の場合はかなりの努力が必要
努力なんてやっぱり無理だから 自然体で行くけれど
自分にもまだ熱い血潮が残っていることに驚きました Σ(・□・;)
にゃんともすんとも・・・
坂本冬美さんのこの曲を 異国の女性がテレビで朗々と歌われているのを耳にした
気が付けば涙が自然に自分の頬を伝っていた
この歌の優しい詩(詞)にも感動
誰しもこんな情景を経験して今の自分があるのではないかな
現実に戻ってはいけない
出会いの原点に戻らなければいけないと
改めて思った
父ちゃんに優しく接しよう
毒は本人の前では決してはかない はくのはブログだけ
何よりも父ちゃんに優しく扱ってもらえる人間になりたい
私の場合はかなりの努力が必要
努力なんてやっぱり無理だから 自然体で行くけれど
自分にもまだ熱い血潮が残っていることに驚きました Σ(・□・;)
にゃんともすんとも・・・
私など相手がだんだん弱ってきたことで自覚し始め
ています。
理解し合うことのむつかしさ、受け入れることの
むつかしさ でも相手もやはり自分が弱っていく
中ですこし我を通すことが減りました。
でもその変化はお互いわかるようで、この先後
何年一緒に生きていかねばならないか・・明日ま
でかもしれない時期になって 気が付きつつある
ところです。
ふきさんは背を向け合っていることはなかったで
しょうから、今までのままで十分でしょう。
今日も義弟たちと千本銀杏の鹿屋に出かけますが
家族身内と過ごす時間がやっと増えてきました。
ん? と思い(ごていねいに)歌詞を開いてみました。
『また君に恋してる』 『まだ君を好きになれる』 と・・・。
「また」 と 「まだ」 を この際! くっつけられたのか?
否… やはりふきさんは まだ!君を恋してるのでしょう。
「また」 は 一瞬かどうかは兎も角 間隔があきます。
「まだ」 は 連綿と続き繋がっている感情ですから…。
なお 『まだ君を好きになれる』 との歌詞の 「まだ」 は
「もっと(more)」 の意でありましょう。
坂本さんの歌よりふきさんの感情の方が深い・・・。
そんなめんどくせぇ~ことはど~でもいいと?
ですね! 失礼しました
私も頑張らなくてはと思います
コメントありがとうございます
あまりご主人の事をブログに書かれないchidoriさんでしたが
この頃はお見掛けすることも多く?なりました
好き合って夫婦になった訳ですから
その時の感情を 歌を聞いて思い起こしました
それほど
その女性は情感をこめて歌っていました
そんな良い時代もありました
たぶん愛する人との今生の出会いはもうないでしょうから
父ちゃんからどんなに理不尽なそしりを受けても
いっしょに暮らしている限りは
優しく接しようと思った次第です
行動に移せるかどうかは…
ブログに書いている時はまだ 真摯な気持ちでいましたが
今は現実に戻ってしまっています
「はやっ!」
原点には戻れません
減点です
「また」と「まだ」
どちらも 深い言葉ですね
またとまだの中間に意味する言葉はないものかと
正直に言って
「また」も「まだ」もありません
でも過去には そんな情も確かに存在しました
その女性の歌は そんな昔の温かな思いに気づかせてくれました
カバ子の私が 愛だの 恋だの
口にすることも カバカレ はばかられますが
坂本冬美さんの歌では「まだ」気づかんかった
デーさんは鋭い人やな
日本人が歌う以上に美しい声に弾き込まれましたね
ナターシャ・グジーさん
https://youtu.be/xQJog0rs7Eg
こんな感動的な歌だったとは
歌詞にも感動しました
『いつも何度も』も聴かせていただきました
その後の戦争孤児の青年が歌う『イマジン』も
人を好きになるって素敵なことですね
そんな人々の想いが
それが平和な世界にも繋がるような気がします
そんな感情もいっぱい持っていた気がしますが
なんか
感動のない日々を送っています
いかんですね…
CMが流れるたびに
キュンとなっていました。
いい歌です。
優しい歌詞の内容に 心洗われました
テレビで拝聴したナターシャの歌声も素晴らしかったです
このカバ子泣いてしまいました
「また恋がしたい」「バカこくでねぇ!」
ハイ