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あるくくまもんの居候部屋

【期間限定?】まったりとした空気を届けます

ちょっと偉い人とすごく偉い人

2025-08-11 10:32:09 | コミュニティで生きる
どういう流れでそうなったのかはハッキリ言って全く思い出せないんだけど
数か月前、ネットで何かを調べている時に、不意に
AKBの指原莉乃さんの名前を目にしてね
なんとなく検索して、彼女のWikipediaを見てたんだよね。

そしたらね
その真ん中くらいに面白い内容が書かれていてさ。
10年くらい前に彼女が出した本の内容らしいんだけど

【すごく偉い人には心が広いためフランクに接し
ちょっと偉い人には無礼になるため、丁寧に接する】

っていう彼女のスタイルがね。

もう、この内容を見た時に
「分かるわ~」
って気持ちで脳内があふれ出しちゃってね。
すごく面白かったの。

という流れで、今日は語りたいんだけど
みんな、分かるかな?
あるくくまもんが話したいことが。
今回、話をしたいのは
指原さんのコミュニケーションのスタイルの話じゃないの。
「すごく偉い人」と「ちょっと偉い人」の違いを話したくてうずうずしているのよ。


外国は分からないけれどさ。
少なくとも、現代の日本社会って
「すごく偉い人」と「ちょっと偉い人」とで、本当に態度が違うんだよね。

一番分かりやすいのは、裏社会だよね。
ヤクザの世界
頂点に立つ大親分ってのは、本当に堂々としている。
若い衆が暴走しようとしていても
時に失礼な態度をとっていたとしても
ガハハハハと笑って終わりにする。
でも、それを見た若頭あたりが
「てめぇ、親分に対してフザケルナ!」と鉄拳制裁を下している。

学校現場もそうかな
校長先生って、たいていニコニコしている。
こどもたちが「おはよー!」って言うと、「はい、おはよう」と笑顔で返してくる。
でも、教頭先生とか教務主任って、なんかピリピリしている。
今は分からないけれど、あるくくまもんがこどもの頃は、担任の先生たちはピリピリはしていなかった。

・・・
たぶん、一般的な会社でも同じなんだろうね。
社長は余裕持って生きているけれど
専務とか常務とか・・・
部長とか主任とかも?
なんかピリピリしている。

中間管理職だからなのかな?
それとも
役職や肩書を得たからなのかな?
なんでなんだろうね?


「ちょっと偉い人」ってさ。
自分よりも下の立場がいることを自覚できているからかのか
「自分は偉い存在なんだ」
ってことを、ことさらアピールしようとしたがることがあるよね。
自分がさらに上から抑圧されていることを発散したいからかな?

より具体的な話をすると
「アイツは俺に対する言葉遣いがなってない」とか
「あの子は、私に対して態度がヒドすぎる」とか
そういうことを言う人が増えてきているような気がするんだよね。

はたから見ていると
「別にいいじゃん、それくらい」って思うことでも
やたらとピリピリしている。


心の中で
「あなたに対する言葉遣いがなってないのは・・・」
「あなたに対する態度が悪いのは・・・」

「あなたが偉いと思われていないからなんじゃないの?」
「あなたが人として尊敬されてないからなんじゃないの?」
と思っているのは、ここだけの話ね(笑)

あるくくまもんは、自分が失礼な態度を取られても、何も気にしないクマさんだからさ。
よく、分からないのよ、その気持ちが。
「自分なんて偉くもない、ただのクマさんだから(笑)」
っていう気持ちしかないから、失礼だとも思わない。
尊敬されるような立場でもないしなーって。


・・・
はっ

ま、待てよ。
これって、もしかして、あるくくまもんが、実は「ちょっと偉い人」ではなくて
「すごく偉い人」なんですみたいな話になりかねないぞ・・・。
やばいやばい。
どうしよう・・・。

まぁ、いいや。
そうなんです。
「すごく偉い人」ではないですが
あるくくまもんは、「すごく偉いクマさん」なんです。

年商3981京円
年収8271兆円
そんな会社のシャチョサンをしています。
バレてしまっては・・・
仕方ないですね。

・・すみません
偉すぎて(苦笑)

お笑い中私語禁止について

2025-05-28 10:32:40 | コミュニティで生きる
あるくくまもんは、ジャルジャルが嫌いである。
どこが嫌いなのと聞かれると具体的には答えられないんだけど
なんか嫌いである。
元々は好きな方だったんだけど・・・
15年くらい前に、金髪にした頃から、なんか見ていられなくなって、それを引きずっている感じだ。
ネタはとっても面白いはずなんだけど、心が拒絶しているので、残念ながらテレビとかで流れていても、ついチャンネルを変えたり、一度トイレに行ったりして、現在の姿を見ることはできなくなっている。

そんなジャルジャルが、最近、とある問題提起をしたことがネット上で話題になっていた。
内容としては、5月4日のTwitter(現X)の投稿で
「毎公演、上演中の 私語がとても多く 他のお客様のご観劇のかなりの妨げになっています。 本番中は、単独ライブに集中してね! 」
というものだ。

あるくくまもんは、この話を聞いた時
「ジャルジャル、よく言った!!!」
って思った。
苦手意識があるジャルジャルだけど、すっごく賛同し共感した。


この話があちこちで拡散して、様々な議論につながっている。
ネット上の意見で多く見られるのは
「コロナパニック中にライブに行けなかった層が、スマホで見ている時と同じ気分で喋っているのではないか?」
というものだった。
確かに、それは間違っていないと思う。

でも
あるくくまもんが思うのは2つあって。
1つ目は「共感する行為を強く求められている強迫観念」で
2つ目は「習慣化されたハラスメント指摘による横暴化」なの。

まず1つ目ね。
「共感する行為を強く求められている強迫観念」
なんかさ。
別にお笑いライブに限ったことじゃないんだけど。
コロナパニックが終わってからさ。
無駄に「他者に共感しようとしている」人が増えたように感じるの。
特に若者の中にね。
元々、共感したがりなこどもたちって昔から居たのはいたけれどさ。
それがさらに「悪い意味で」増長されちゃった感じ?
思ったことをすぐに共感しあわないと、グループの中で排除されちゃうような思い込みをみんながみんなでしているような気がするんだよね。

正直、芸術作品の感想なんて
全部見終わってから言えばいいんだよ。
もっと言えば、受け止め方は違うんだから、他者に共感してもらう必要なんかないんだよ。
だから、言う必要もない。
どうしても言いたいんだったら、最後まで見てから言えばいい。
もしくは、こうやってブログに書いてもいいし、ネット上でつぶやいてもいい。
つまり、思った瞬間に言わないといけない理由なんかない。
でも、それじゃあ遅いっていう勘違いをみんなでしている気がするんだよね。


そして、2つ目
「習慣化されたハラスメント指摘による横暴化」
これは、この10年くらいの異常なまでのハラスメント指摘
つまり、自分にとって都合の悪いことが起こった瞬間に
「私はこの人にハラスメントされました」と言って、相手を悪者にして撃退することが習慣化された現実
その中で、こども達や若者の中に
「ルールを守る」こととか、「人の指摘を素直に受け入れる」っていう発想がなくなりつつある気がするんだよね。
だから喋りたい時に喋ろうとするし
文句を言ってきたら、適当な理由を言って相手を悪者にしておしまいにしようとする。
この指摘をされた当事者たちの半分くらいは、自分のことだって自覚がないんだろうけれど
自覚している残り半分は
「うるせぇなぁ、ライブくらい自由に見させろや」って思っているんだと感じる。
ジャルジャルのことが苦手なあるくくまもんですら
「さすが!ジャルジャル、イイこと言った!!!」
って思っているのに、不思議だよね。


きっと
この問題はお笑いライブに限ったことじゃないんだろうね。
これからの日本では、あちらこちらで
こんな感じに
「俺の生きたいように生きて何が悪い!」
「私のしたいことをして何が悪いの?」
って主張する日本人が増えてきちゃうんだろうなぁ。

哀しいけれど、これが現実なのよねぇ。

一人暮らしで生教育を

2025-05-15 10:32:18 | コミュニティで生きる
2年前
その気持ちは今も変わっていない。

その続編みたいな形になるんだけど。
「日本人はもっと積極的に一人暮らしをした方がいい」
と思うんだよね。

高校を出たら、特段の理由がない限りは、家族と離れて暮らす。
可能であれば、もう高校時代・・・
というか、中学を出たら、基本的には親と離れて一人で暮らす。
これを積極的に推進するだけで、日本人はもっと強く、かつ優秀になれると思うんだよ。

東京のど真ん中とかだったら、さすがに無理だけれど
そういう都市部を少しでも離れれば
月5万円以下のアパートなんてそこら中にいっぱいあるんだよね。
実際、あるくくまもんがオンボロアパートに住み始める際に、不動産屋さんから「学生さんじゃないですよね?」って言われて「いえ、違います」って答えたけれど。
そういう安い部屋はどこにでも存在する。

そして、若者はみんな一人暮らしをするもんだっていう潮流が出来上がれば、一気に5万円以下のワンルームマンションがあちこちに出来上がっていくだろうからね。
もっと簡単に契約できるようになると思うんだよ。


で。
なんで、早いうちからの一人暮らしを勧めているかって言うと
「生活するための色んなこと」ができない若者が多くなりすぎているからなの。

いや。
実際、あるくくまもんも10代の頃は、そんなどうしようもない若者だったよ。
でも、20歳近辺で、ぼっちライフを始めて、そこそこ「生きる力」が身に着いたよ。
簡単な調理も、掃除洗濯もちゃんと自分でこなせるようになったよ。
その上で、色んな理由で実家に戻ったから、「実家暮らしの幸せさ」を誰よりも実感できるようになったんだよ。
その後、さらにぼっちライフを再開して、今に至る訳だけど。

単に、「自由に生きられて楽しいよ~♪」って話じゃなくて
自分の生活にハリができるんだよね。

朝起きて、洗濯をして、ご飯を準備して
【その後の自由時間】
職場から帰ってきて
ご飯を準備して、お風呂に入って
【その後の自由時間】

この自由時間が、すっごく大切だって感じるようになる。
実家にいる時は、何もしなくてもご飯は出てくるし、お風呂にはお湯が入っているし、かごに脱いだ服を入れておけば翌日にはキレイになっていた。
だから、自由時間がたくさんあった。
その分、自由時間が「大切な時間だ」って感じられなかった。
で、結局ダラダラと無駄に時間を消費していた。

でも、自由時間が限られていくと、1分1秒を大切にしようと思えるようになってくる。
だから、日々の生活が大切だと思えるし、楽しくなってくる。
同時に、生活スキルがどんどん向上していく。

そして、やがて「一人暮らし」が「独り暮らし」だと感じるようになり
寂しさを感じて、「二人暮らし」が始まり、気付くと「三人」・・・

そう。
「生教育」であり
「性教育」なのだ。

結局は、全部つながっていくってことなのだ。


生きる力を伸ばしていくことで、生活にハリが出て、どんどんステップアップしていくことができる。
そして、社会全体にもハリが出てくる。
みんな幸せになれるはずなのだ。


ん?
「真面目に勉強や研究をしていきたい若者には、時間的にも金銭的にも余裕がない」って?
だったら、給付型の奨学金をもらえばいいだけの話だ。
本当に真面目に勉強や研究をしている人のところには、様々な機関から無償で奨学金をもらうことができるし
高校や大学が「授業料等を無料」にしてくれることだろう。
だから、そのお金をもらって、生活をすればいいだけの話だ。

「1人ではご飯も食べられない」
「1人では洗濯もできない」
そんなことを言っている人が、世の中を変えるような大きな偉業を達成する訳はない。
むしろ、変革を起こすような人は、料理がとか洗濯がとか、そういう細かいことができる/できないなんてこと自体を考えないで自由に生きている。

だから、言い訳はもういいんだよ。


どんどん若い子を、早く独り立ちさせるような空気を作っていこうよ。
日本をより良くするために。

職場は無機質か 派手であるべきか

2025-04-09 10:39:18 | コミュニティで生きる
みなさんの職場は
華やかだろうか?
それとも、地味だろうか?

本当にこの質問は、どういう日本語で聞いたらいいのかが分からなくて困っている。

題名の通り
みなさんの職場は
無機質だろうか?
それとも、派手だろうか?
こう聞くべきなのだろうか。

いやいや
みなさんの職場は
無駄な刺激であふれているだろうか?
それとも、余計なものは一切ないのだろうか?
こう聞いた方がいいのかもしれない。

3種類の聞き方をしたから、おそらく、あるくくまもんが何を聴きたいのかはなんとなく察してくれたことだろう。


実際にあるくくまもんの正体を知っている人たちはご存じだと思うけれど
あるくくまもんの職場って
どちらかというと後者に近い。
つまり
無機質で、余計なものがない空間がとても多い。

あるくくまもん的には、この状況って正直「あまり好きではない」
これが本音だ。
別に百万本のバラを飾ってほしいとかは思っていないけれど
もう少し、色々と物が置いてあってもいいんじゃないかって思っている。

そうは言っても、あるくくまもんの築き上げた会社ならまだしも
あるくくまもんや、たくさんの人たちが一緒に暮らしている空間だ。
無理矢理、自分の感覚を押し付ける訳にもいかない。

「無機質で刺激のない空間」を、望んでいる誰かがいるのか
それとも
「最初がそうだったから、なんとなくそのまま」なのかも分からない。

かといって、職場の中では権力を持っていない、あるくくまもんが一気に変えるのも難しい。
かつて、御大が、さりげなくしかしわざとらしく、可愛らしいものを飾って、職場の雰囲気が変わっていた時代もあったけれど
既に、御大が居なくなった今、そこは再び無機質な空間になっている。

あるくくまもんが、自分の権力を振りかざせる(笑)狭い空間だけは、他の人とは違う、無駄な刺激ばかりの空間になっているけれど
同じようなことをしている人は、そうそう見当たらない。


そんなことを思っていたある日のこと
カラフルお姉さまが、合気道お兄様にこっそりと
「うちの職場をカラフルに計画」を提案していることを知ってしまった。

むむむ
いつの間に、こんな面白い計画が水面下で動いていたのだろうか!

あるくくまもんも、こっそりと、その動きが活発化できるように力添えをしなくてはいけなさそうじゃね。


・・・
正直、どうなんだろうね?
あまり派手過ぎて、夜のネオン街や、パチスロ店のような感じになったら、なんかチャラチャラしちゃう。
でも
観葉植物も含めて、白黒以外のものが何もない環境だと
昭和の潰れる直前の病院のような物悲しさであふれてしまう。

その中間くらいのどこかに、きっと正解があるんだろうけれど。
そこにたどり着くためには
やっぱり
「無機質サイコー!」と思っている人たち(がいるとすれば、その人たち)をどうやって説得できるのか
そして
「今のままでいいじゃん。特に理由はないけれど」と思っている人たち(がいるとすれば、その人たち)をどうやって動かせるのか
そこら辺が、重要なカギになるんだろうなぁ。


数か月後には
2024年の世界とはかけ離れた空間になっていたりしてね(笑)

関係する人間リセット症候群

2025-03-26 11:34:01 | コミュニティで生きる
ちょうど1年前
2024年3月20日に
人間関係リセット症候群」の話をしたよね。
今までの人間関係を一度全部リセットしたくなっちゃう傾向の話を。
まぁ、そのことは1年前の記事を読んでもらえばいいんだけど。

あるくくまもん自身は「中途半端な」人間関係リセット症候群状態だったって言い方をしていたよね。
アレってどういうことなんだろうなぁって、実は1年間色々と考えていたんだよ。
でね。
出た結論としては。
あるくくまもんの、心の奥底にある危ないものって
「人間関係リセット症候群」ではなくて
「関係する人間関係リセット症候群」なんじゃないかなぁってことなの。
あ。
もちろん、これは、あるくくまもんの造語だから、別に医学的に正しい表現ではないよ。
無理矢理、人間関係リセット症候群に似せて作っただけの言葉だからね(笑)


いやさぁ。
あるくくまもんって、よく色んな人から言われるのが
「あるくくまもんって、怒ることあるんですか?」
とか
「あるくくまもんって、心から笑ったことあるんですか?」
とか
感情や表情に関連する内容なの。
特にマイナスな方の。

まぁ、笑いとか喜びに関しては
「結構、笑うんですね」
って、後になってから言われることが多いから、別にいいんだけど。
「怒り」に関しては、多くの人から本当に気にされている。
繰り返すけれど
「あるくくまもんって、怒ることあるんですか?」
って。

これはね。
実は、すっごいシンプルな理由でね。
他の感情と明らかに区別はしていることで
あるくくまもんは意識的に、意図的に怒りの感情が出ていくことを「抑制」しているんだよね。
もう、必死に命がけで抑え込んでいる感じ?

理由は簡単でさ。
あるくくまもんって、感情のスイッチが一度入っちゃうと、もうヤバいことになるのよ。
「テメエら、いい加減にしろよ!!!」
って。
もう、昭和ドラマの悪役もビックリでドン引きしちゃうようなブチギレ状態になる。
そのスイッチが入ったら、誰にも止められない。
ネタじゃないよ。
誇張じゃないよ。
本当にね。
止まらなくなるの。

ざっくり言うと
全てが「めんどくさく」なっちゃって
全てを破壊させたくなっちゃうのよ。
恐いでしょ?
こんなんだから、「あるくくまもんはサイコパス」って陰で言われちゃうんだけどね(苦笑)

具体的に言うと
怒りのスイッチが入った場合
その相手が「男か/女か」「大人か/こどもか/年寄りか」「障害者か/病人か」とか、そういう色んな条件や要素は全く配慮しなくなる。
可哀想だからとか、やめておこうとか、そういうことも考えない。
ただ、目の前の存在を破壊しようとするケダモノになっちゃうのさ。

だから
その「相手」をボコボコにしているとするでしょ?
その状態で、あるくくまもんを止めることはもう不可能なの。
もし、止めようとする人が出て来たら、どうなると思う?
「邪魔しないで。・・・お前もか・・・」
ってなっちゃって、怒りの相手が、そっちに移っちゃうの。
だから、今度は止めようとした相手をボコボコにし始めちゃうの。

この気持ちってね。
「殺意」ではないんだよ。
別に、その人を殺したいとは思っていない。
傷つけたいとも思っていない。
ただただ「排除」したいって思っているんだよね。
「抹消」の方がより近いかもしれない。
そういう衝動で頭が満たされているからね。
だから
「関係する人間をリセットしたい」気持ちでいっぱいになるから
「関係する人間リセット症候群」って言っている訳なのですよ。

もうさ。
そうなったら・・・
止める方法は2つしかなくて
あるくくまもんを殺して、何もできない状態にするか
あるくくまもん自身が疲れたり、飽きたりするのを待つだけ。
もうそれ以外に方法はないの。

怖いでしょ?
ヤバいでしょ?
サイコパスでしょ?
ヤダね。


あるくくまもん自身もさ。
その状態になりたくない訳よ。
だって、なったらもう、終わっちゃうじゃん。
色々と楽しいこと経験できないまま、殺されちゃうか、刑務所の中で・・・ってなっちゃうでしょ?
それは嫌なの。
だから、怒りの感情が出てこないように、抑制しているんだ。

どうして、こんなにも客観的に言い切れるかっていうと
それも理由は簡単で
あるくくまもんは、若い頃、実際にそのスイッチが入ったことが複数回あるんだよ。
そして、本当にヤバいギリギリのところまで行っちゃったから。
その時に、多くの人を傷つけて
多くの人からの信頼を失って
多くの人から怖がられて
多くの人を失って
・・・そんな過去があるから、自然と抑制するようになったんだよ。
可哀想ね(笑)


ちなみに、今回この話をしたのは
カミングアウトをして
あるくくまもんのことを「理解してほしい」って思ったからではない。
実際、あるくくまもんと似たような感じで、感情を意識的または無意識的に抑制している人間が、そこそこいるってのは知っているのよ。
そういう人たちに
「仲間だよ!」
「他の人たちからは怖がられるし、サイコパスって言われちゃうけど、気にしないで生きて行こう!」
「我慢するの大変だけど、自分たちの幸せのために精一杯抑え続けて行こうね!」
ってメッセージを送りたいから・・・
な気がする(笑)

まぁ、そうじゃない人からすれば、恐怖の対象になっちゃうのは仕方がないことなんだろうけどさ・・・(涙)

かわいいだけじゃだめですか

2025-03-17 10:33:10 | コミュニティで生きる
あるくくまもんが、よく行く、実家近くのお店で
ここ半年くらい頻繁に流れてくる曲があった。

なんか最近、この歌ばかり流れていないか?
ここの店員がお気に入りなのかな?
そんなことを考えるくらい頻繁に流れていたのです。
ちなみに、このお店は数年前に松浦亜弥さんの「笑顔」が頻繁に流れていた場所です。

なんだか、複数の若い女の子が、きゃっきゃ言いながら歌っている。
そして、サビの直前に
「かわいいだけじゃだめですか?」
とセリフがある。
2~3回、そのサビ前のセリフが出てきた。

正直なところ
この歌を聴いていて
「きっと、売れてない地下アイドルの歌なんだろうなぁ」
って思い続けていた。
ファンのみなさん、本当にごめんなさい。

しばらく経って、ふとこの歌を思い出して、色々と調べてみたら
昨年、2024年に結成されたCUTIE STREETという若い女の子のグループの曲でした。
かなり視聴回数も多い、大人気の曲だったんですね。
本当にごめんなさい。

そして
メンバーを見ていると、実際に可愛い子が沢山いますね。
よく、こんな歌を歌っているグループには
「ん?」って感じのメンバーが大量にいることが多いですが(←失礼)
このグループは、実際に可愛い子が多いですね。
まぁ、あるくくまもん的には、メンバーの数人が、自分の知り合いに似ていて、その子のことを思い出しちゃうのですが(笑)

こんな話を、身近な若い女の子に語ったところ
彼女は「CUTIE STREETが判別できない」と言っていました。
どういうことかを聞くと
「FRUITS ZIPPER」と「超ときめき♡宣伝部」を紹介されました。

・・・
・・・
・・・

あぁ、ダメだ。
後期高齢熊には、もはや3つのグループが同じに見えてくる。
若い子でも判別できないなら、年寄りにはもう無理だ。
諦めました(苦笑)

ファンの皆様は、これからも彼女たちのことを応援し続けてください。
あるくくまもんには、無理です。
合掌
チーン


さて。
今日はだいぶ前置きが長くなりました。
「CUTIE STREET」のメンバーのことは、いいんです。
「CUTIE STREET」の歌のこともいいんです。
この歌の題名であり、キーワードでもある。

【かわいいだけじゃだめですか】

この言葉について、真面目に語らせてください。
いや、分かってるよ。
「若い女の子アイドルが、ネタとして言っているだけだから」
ってツッコミはしなくていいからね。
分かった上で、ガチで答えているだけだからね(笑)

でね。

【かわいいだけじゃだめですか】

ガチで答えると

「ダメです」

本当にダメです。
どうしようもないくらいダメなんです。

ハッキリ言います。

10代の時はいいんです。
かわいいだけで生きて行けます。
許されることも多いです。

20代に入っても
どうにか乗り切れることが多いです。

ただ
30代になると、30代の男は無視し始めます。
40代になると、40代の男は・・・
年上のおじさん、おじいさんたちからしか相手にしてもらえなくなります。

あるくくまもんは、そういう人を身近でいっぱい見てきました。

そして、この「許してくれる」相手は、男を想定しています。
女は許しません。
10代の頃から許しません。
「かわいいだけで許してもらおうとする人間」を女は許さないのです。

だから
25歳くらいまでしか、かわいいだけでは生きて行けないのです。
それ以降も生きていたいのならば、おじさんやおじいさんたちからだけ受け入れてもらえる人生を進むしか道はないのです。
それでいいと思っているのならばそれでいいです。

でも、あるくくまもんは知っています。
30歳、40歳ごろから
「なんで、私のこと、そういう目で見るの~!もっと優しくして!!!」
と同世代に文句を言い始めるやつらの姿を・・・。

そして、一度その道を進んだ人は
もう、元の生活には戻れません。
40歳になっても、50歳になっても・・・
ずっと、「私は可愛いから」と思い続けて生きています。
いや
変な話、自分で勝手に思い続けるのは自由なんです。
でも、そういう連中の多くが
「かわいいからいいでしょ?」という態度を取ってきます。
そこが厄介なのです。

だから
ネタとして
「かわいいだけじゃだめ?」
って言っている子は良いんだけど
ガチで
「かわいいだけじゃだめ?」
って言っている子は・・・
若いうちに
できれば25歳を越える前に、現実と向き合って生きて行ってほしいなぁと思うの。

空気を読んでも読まない

2024-09-04 10:41:04 | コミュニティで生きる
「KY」という言葉が流行したのは、今から約15年前のこと
実際に、頻繁に「KY!KY!」と叫ぶのは、今では年寄りくらいになって若者はそんなに使ってはいない。
でも、若者も含めて、その言葉の意味は分かっているので、誰かが言えば理解することもできるし、小学生が最近使っているのを見たこともある。
つまり、2020年代の日本においては
「KY」という言葉は、「特殊な若者言葉」や「流行語」ではなく、「日常の言葉」として定着したという証拠なんだろう。

という訳で。
「KY」という言葉は、改めて説明するまでもなく
「KUUKIGA YOMENAI」の略語で、「空気が読めない」ことを指し示すものだ。

空気が読めないひと自体は昭和の時代も、平成初期もいたけれど
急にこの言葉が流行するようになったのは、2000年代に起こった「発達障害者を小馬鹿にしたい」という風潮と、インターネットの普及が大きく影響しているのだろう。

あるくくまもん自身
当時、周囲から「KY」ということを言われて
自分でも「あぁ、空気が読めないなぁ」と思い続けていた。
だから
「自分がKYである」ことは疑うことのない真実なんだと、そう思い込んでいた。
ただ、それから15年近く生きている中で
「自分は空気が読める」ことに気付いた。

それは
「自分が成長した」ということでもなく
「当時の評価が間違っていた」ということでもなく
単に
「空気とは何なのか」という解釈を勘違いしていたということなのだ。

おそらく、日本人の多くが、日頃この言葉を使っていても
「空気」という言葉の定義をあまり考えていないのではないかと思う。

「空気」という言葉は
「酸素や窒素がある気体の集まり」という意味ではないだろう。
同じ意味の別の言葉を使うとすれば「雰囲気」が当てはまるはずだ。
ちなみに
英語では「atmosphere」という単語が「空気」と「雰囲気」と両方の意味を持っている。

あるくくまもん、実は昔から、この「雰囲気」を読むことは普通にできていた。
「あぁ、今何か、嫌な感じになっているなぁ」とか
「今、これをしたら相手は嫌がるだろうなぁ」とか
そういう雰囲気は普通に理解できていた。

ただ、何が分からないかというと。
「相手が何を考えているか」
そして
「相手が何を求めているか」
これはさっぱり理解できない。
だから、結果として間違った行動をして、微妙な感じになることは多々あった(苦笑)

もしかしたら、重い発達障害や知的障害を持っている人は、この「雰囲気」も読めない人がいるのかもしれない。
だから、あるくくまもんの感覚が「絶対的に正しい真実だ」と言い切るつもりもない。
ただ、「あるくくまもんの感覚はこうだ!」と言っているだけに過ぎない。


さて。
自分なりに、どんな特性なのかを理解はできたものの、根本的に変えることはできない。
じゃあ、どうやって、社会で適応して生きて行くかってことになるんだけど。
自分の解釈はさておいても
周囲から「あるくくまもんはKY」と思われていることに変わりはない。
でもね。
その中で、ふと気付いちゃったの。
【空気が読めないと実は生きやすい】
ってことに。

もっと言っちゃうとね。
【「この人は空気が読めない」と認識されると、すっごく生きやすい】
のよ。

何でかって言うとね。
もう
ズバズバ言いたいことを言えるのよ。

いはゆる「マトモな人」が会議とかそういう状況でぶっ飛んだことを言った場合
「えっ、いきなりどうしたの?大丈夫?」
とかって心配されちゃうんだよね。
場合によっては
「この状況であんな発言をするなんて、きっと深い意味があるに違いない。それはなんなんだろう?」
とかって、妙な深読みをされちゃう。
そして、意見を言った後で、周囲との関係がギクシャクすることすらあるようだ。

でもね。
「KYポジション」のやつがぶっ飛んだことを言った場合
「うわ、またアイツがとんでもないこと言い出したよ」
って思われるんだよね。
だから遠慮なく言える。
重要なのは、ここで「自分勝手な意見」とか「自分だけに利益が出る意見」を言ったらアウトだということ。
いかに「みんな心の中では思っているけれど、なんか口にするのができない意見」を言うところがミソ。
これが言えれば、停滞していた組織が一気に活性化する可能性があるんだよね。

だから、あるくくまもんはそこを悪用(?)して、正しいけれどみんなが言えないことを遠慮なくズバズバ言っている。
とても気持ちいい。

もちろん、しばらく経ってから
「あるくくまもん、程々にしないと後が大変よ」
って言われるけれど
「ほえ?」
と理解できない反応をしておく。

同様に
「あるくくまもん、よくぞ言ってくれた!」
って褒められることもあるけれど
「ほえ?」
と理解できない反応をしておく。

意図的だってバレたらアウトだからね。
生きて行くのも大変なんだよ。


でも
上手に、自分のポジションを有効活用していけば、いくらでも周囲を変えることはできるってことなんだよ。
みんなも、ぜひとも挑戦してみてね。

羊に率いられた狼の群れは?

2024-08-15 11:53:43 | コミュニティで生きる
今日は8月15日
「8月15日といえば、何の日ですか?」
と聞かれたら、多くの一定年齢以上の日本人だったら
「太平洋戦争が終わった日」
と答えるだろう。

25歳以下の若者に聞いたら
「戦争かなんかの日ですよね?なんでしたっけ?」
と答える人が多いんだとか。
まぁ、今日はそれはおいておくことにしよう。

今日8月15日は、かの有名な皇帝ナポレオンが生まれた日なのです。
ナポレオン・ボナパルト
彼は1769年8月15日に、フランスのコルシカ島で生を受けた。
今からちょうど255年前のことだ。
うーん、ちょうどもなにもキリが悪い数字だ(笑)
せめて来年なら・・・ブツブツ

彼は色々あって(笑)、フランス革命で混乱に陥っていたフランスを軍事力でまとめ上げて、干渉しようとする周囲の国を次から次へと倒していった。
ただ、最終的には色々やりすぎて、捕まって、逃げて、また捕まって
フランスから7000km離れた、アフリカ西部のセントヘレナ島に閉じ込められて、その51歳でこの世を去った。

そんなナポレオンの言葉として有名なのが
いはゆる「吾輩の辞書に不可能の文字はない」である。
実際は、ちょっと違うニュアンスらしい。
というか、ナポレオンが言ってない可能性まであるという。

同じように、ナポレオンが言ったとされる言葉として
「一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた羊の群れに敗れる」
という言葉がある。
今日はこの言葉について、ちょっとだけ語りたい。


この言葉は、一般に「リーダーとは?」という文脈で用いられることが多いようだ。
どんなに強い兵隊ばかりだとしても、そのリーダーが弱かったら敵に勝つことはできない。
一方で
どんなに弱い兵隊だらけだとしても、そのリーダーが強ければ敵に勝つこともできる。
つまり
リーダーが強くて決断力があれば、どんなに能力面で劣る弱いメンバーばかりでも、どうにか乗り越えることができる。
一方で
どんなに優秀なメンバーがそろっていても、リーダーに力も決断力もなかったら、どんどんダメになっていく。

だから
リーダー選びは重要だっていう話になるんだよね。

組織を運営していく上では、これってかなり重要なことだよね。
個人としての能力は高いけれど、リーダーとしての資質がない人もいれば
個人としては大したことないんだけど、上に立つと組織が急に引き締まってぽんぽんうまく動くこともある。
この判断を間違えると、組織はどんどん崩れていく。
会社が滅ぶのも目前だ、ってなもんだ。

したがって
【自分たちの能力の低さを嘆いていてもモッタイナイ。
 強いリーダーのもとで一致団結すれば、どんな困難にも立ち向かえるよ!!!】
ナポレオンの言葉からは、こんなメッセージを送ることができる。

とまぁ
ここまでが、マトモに考えた時の話。


「一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた羊の群れに敗れる」
紅組(リーダー羊1頭、メンバー狼100頭)
白組(リーダー狼1頭、メンバー羊100頭)
こういう構図で見れば、確かに白組の方が強く思えるのかもしれない。

でも
紅組(羊1頭、狼100頭)
白組(狼1頭、羊100頭)
こうやって見ると、どう考えても紅組の方が強いよね。
リーダーが使えないクズだったら
そのリーダーを抹殺するか、無視するか、囮にするかして
自分たちで敵と闘っちゃえばいいって話なんだよね。
これが現実的な話(苦笑)

したがって
【使えない有害なクズリーダーがいるんだったら、そんなん無視して自分たちで動いちゃえばいいんだよ!!!】
これがメッセージとなってしまう。

うーん
どちらが正しいんだろう?


今、あなたが所属している組織の、コミュニティとしての腐敗っぷり次第で、どちらの見方をするのかが変わってくるのかもね。

停車中のハイビーム

2024-06-11 10:33:03 | コミュニティで生きる
自動車免許を持っていて、夜運転した経験のある人全員に聞きたいことがある。

あなたが、夜、車を運転して、
駐車場でもいい、道路の脇でもいい
どこかに「停車」したとしよう。
「駐車」ではない。
あくまでも、「停車」だ。

ちょっと自動販売機でジュースを買おうとか
友達が家から出てくるのを待ってるとか
スマホを見たくなったからとか
そんな理由で、車をちょっとだけ停めるという経験をしたことがある人は多くいることだろう。

別に、それ自体は道路交通法違反でも何でもないから
遠慮なく「経験あるよ」と言っていいことだ。
基本的に、『指摘されたらすぐに車を動かせる状態であれば』&『停車禁止の場所でなければ』違反ではない。


さて。
重要なのは、その先だ。
夜、停車中に、あなたは車のライトをつけっぱなしにしているだろうか?

おそらく多くの人が「消す」はずなんだよね。
だって付ける理由がないんだもの。
エネルギーの無駄遣いだもの。

なのにね。
たまーにではあるんだけど。
停車中にライトをつけっぱなしにしている車がある。

まぶしい。
もう、ただただまぶしい。

まれにハイビームにしていることすらある。

どうしようもないくらいまぶしい。

もはや、あるくくまもんの目を攻撃しようとたくらんでいるんじゃないかと、疑いたくなるくらいだ。

つけてはいけないという決まりはないはずだけれど
どうして、つけっぱなしにしているのか理解不可能だ。

もし、正当な理由を知っている人がいたら、ぜひとも教えて欲しい。

それがないのであれば
とりあえず、今すぐやめてほしい。


め、めがーわーーーーーーー

バルス?

謝罪するフリして生き残る

2024-04-11 11:18:59 | コミュニティで生きる
「謝罪」については、このブログでも何回か語ったことがあるけれど。
日本人とは、おかしな人種で

それが良いのか悪いことなのかは、あるくくまもんには判断できない。
本来であれば
「謝ったか/謝っていないか」
ではなく
「その後変わったか/何も変わってないか」
で評価をするべきはずなんだけど、なぜかそれはなされない。

「謝ったけど、結局その後何も変わらなかった」場合は、本来すごく批判される存在なんだけど
なぜか、とりあえず謝っていれば、その批判が弱まる。

「謝らないけれど、その後変わった」場合は
「じゃあ、最初からちゃんとやれよ」と周囲に批判される。
一応、いい変化があったので、大きな批判は受けなくて済むことがある。

「謝らない上に、自分を変えようとしない」場合は、周囲から完全に放置される。
でも、本人はそれがカッコいいと思っているのか、絶対に謝ることだけはしない。

そして
「謝った上で、その後変わった」場合は、周囲から大絶賛される。
「ほら、私の言ったとおりでしょ?それでいいのよ」とか言われる。

そう
日本人は
謝らせることが大好きなのだ。
自分の考えと違うことを言っている人に、自分の考えを押し付けて
成功体験をした際に
「ほら、言った通りだろ!」
と言って謝罪させることで
「自分は正しい!」
「自分が真実だ!!!」
そう思って満足する生き物なのだ。

諸外国を知っていると自慢したがる人は
「日本はおかしい」とか
「日本人は未熟だ」とか
きっとそう言いたがるのだろう。

でも、そんなことを言ったってしょうがないんだよ。
現実問題、日本人の多くがそうなっちゃっているんだから。

「俺はそんなんじゃない!」
「私は違うわ!」
そう言っている人に限って、謝罪させることが好きだし、謝罪されるとニンマリしているんだよね。
多くが自覚してないけれど
その時のニンマリさと言ったら・・・
もうすっごいんだから(苦笑)


ということで
日本人として日本で生きていくにあたってね。
クズな年上の輩から、謝るように言われることがあったらね。
もう、謝っちゃえばいいんだよ。

「欧米では謝ったら自分の非を認めることにある」
とか言いたがる人がいるけれど
ここは日本なんだからさ。
謝っちゃえばいいんだよ。

そして
ニンマリしている輩の顔を見ながら
「可哀想な生き物め!」
って心の中で思えばいいだけの話なんだよ。

だけど
絶対に、顔に出しちゃダメだよ。
バレたらさらに面倒なことになるからね。
ほどほどにね。

そうやって無事、生き延びた人間こそが
本当の意味での「勝者」だってことを
心に刻んでおいてね。

安全運転はお年寄りとともに

2023-12-30 11:41:21 | コミュニティで生きる
数十年前
まだ、あるくくまもんが若者だった頃

あるくくまもんは、自分のお婆ちゃんを乗せて、よく車でお出かけをしていた。
理由は簡単で、単に、死んだお爺ちゃんのお墓参りに行きたいお婆ちゃんを乗せていただけなんだけど。

そして、その頃
お婆ちゃんのお友達を一緒に乗せて、どこかに送ったり
田舎のお婆ちゃんを乗せて出かけたりと
年寄りを乗せて運転することが頻繁にあった。

よく、そんなお爺ちゃんお婆ちゃんたちから言われていた言葉があって
それは
「あるくくまもんは、安全運転だねぇ」
「あるくくまもんの、運転は怖くないねぇ」
だった。

そして、それは年寄りだけでなくて
同世代の若者や、親世代を乗せた時にも同じようなことを言われていた。


実際、あるくくまもんは若い頃から、運転が荒くない。
他者からの評価もあるけれど、自分でも安全運転をしていると思っている。
その理由は何なのか?
ここまで聴いて、お分かりだろうか。

そう
【年寄りを後部座席に乗せて、運転する】
という経験を、免許取得直後に何度も何度も重ねていることに影響しているのだ。

当たり前のことだけれど
年寄りは、若者に比べて、急な動きに対応することが苦手なことが多い。
だから、急にアクセルを踏んだり、急ブレーキをかけられると、乗っているだけでもかなり身体と心にダメージを負いやすい。

そういうことがあったので
「少し早めにブレーキを踏む」とか
「あまり速度を上げすぎない」とか
そういう、常識的なことをずっとし続けなければいけなかった。
そして、それが身体にも脳にも染みついている。
ただそれだけなのだ。

その影響が数十年経った今も、ずっと消えることなく残っている。


みんなが安全運転をするようになるためには、どうしたらいいのか。
答えは簡単だ。
「自分の、ヨボヨボのお爺ちゃんやお婆ちゃんが後部座席に乗っていると思って、運転をする」
これだけで、多くの交通事故は防ぐことができるのだ。
実際に、お爺ちゃん、お婆ちゃんが生きている読者がいれば、ぜひとも、実践してみてほしい。

ただ。
1つだけ問題があるとすれば
イマドキの若者のお爺ちゃんやお婆ちゃんは、年代的に自分自身も運転をしていた経験がある人が多すぎるから
フルスピードや急ブレーキに対する恐怖感が、過去の年寄りに比べて、あまり感じなくなっていることだろうか。
とはいっても、あるくくまもんの両親だって、危険な運転をすると、ビックリするので、そこまでの大きな差にはならないだろうとも思っている。

年末年始
少しでも、交通事故が起こらず、幸せな休みを過ごせることを心から願う。
そして
年々、交通事故の数が
なにより、交通事故死者の数が
減り続けてくれることを、心からこいねがう。

折り返しお電話しますので

2023-06-03 10:54:17 | コミュニティで生きる
最近の若者の評価として
「電話ができないやつらが多すぎる」
というものがある。

それは間違いではないと思うけれど
あるくくまもん自身が若い頃も、年上の人たちから同じことを言われていたから、これは昭和以降、受け継がれていく表現なんだろう。

特に、最近の若い子たち
特に25歳未満の子たちは、その状態が強まっているのだろう。
だって、生まれた時にはすでに携帯電話をほぼ全ての国民が持っていた時代だからね。
そして、自分自身がこどもの頃から1人1台の携帯電話もしくはスマホ的なものを持たされていた世代だものね。
何より、LINEやinstagramの普及がし始めていた時代だったから
「まず、直接連絡先を交換して、その相手とだけ通話をする」ことしかしないで育った人が多いものね。
会ったこともない人にいきなり電話をかけるなんて、もはや意味不明な世界だよね。

だから
「知り合いにかけているつもり」な話し方になっちゃって、若者が電話で小さなトラブルを起こすなんてことが、日本のあちらこちらで起こっているんだよね。
まぁ、しょうがないんだよ。


あるくくまもんだって、こどもの頃や大人になった頃
実際、電話をすることや受けることがとっても苦手だった。
だって
相手の顔が見えないし、音声だけじゃ何を思っているかも何を考えているのかも想像できない。

今ではある程度、どうにか電話できるようになったよ。
何度も何度も経験をしたからね。
ただ、自然な会話は経験を積んでもやっぱり無理かな。

自分の中で、ある程度、台本みたいなイメージを作ってそれを言うようにしないと、ドキドキして電話は今でもかけられないものね。

「こんにちは。★★★のあるくくまもんと申します。
 あ、お世話になっております。
 ●●●の件で、お電話をしたのですが、▼▼▼さんはお手すきでしょうか?」
・・・
「あ、★★★のあるくくまもんと申します。お世話になっております。
 ●●●の件でお話をさせていただきたいのですが、お時間いただいてもよろしいしょうか?あ、ありがとうございます」
こんな感じかな?

ここまで言えれば、後は勢いというか、流れでどうにか最後まで行けるんだよね。
そう。
電話は最初の挨拶あたりのやりとりがうまく行けば、後はどうにでもできちゃうんだよね。

ただね。
やっぱり、つらいのが・・・
「こんにちは。★★★のあるくくまもんと申します。
 あ、お世話になっております。
 ●●●の件で、お電話をしたのですが、▼▼▼さんはお手すきでしょうか?」
『大変、申し訳ございません。▼▼▼は現在、打ち合わせに入っておりまして、対応することができません』
こんな感じでお話ができなかった時
この後、どうなるかは2パターンある。

『■時すぎには打ち合わせは終わっている予定ですので、またおかけいただいてもよろしいでしょうか?』
こう言われた時
正直、めんどくさい気持ちはある。
でも
「分かりました。では、その頃に改めてお電話いたします」
そう言って、再び■時にかけ直すと、まぁ、どうにかやりとりができる。

厄介なのは
『■時すぎには打ち合わせは終わっている予定ですので、折り返しお電話してもよろしいでしょうか?』
そう言われた時だ。
あっちからわざわざかけてくれる。
かなりの優しい対応だ。
でも、折り返しのお電話で、いい感じになった確率は50%もない。

14時に電話をかけて、『16時以降に折り返し・・・』と言われたから待っていたら、17時半ごろにかかってきたこともある。
90分、電話から離れられずに、ドキドキしたことが一体何回あっただろうか?
でも、それならまだいい。

19時とか20時まで待っていたけれど、一切かかってこなくて
後日、こっちから不安になってかけ直したら
『またそちらからお電話があるとお待ちしていたのですけれど・・・』と言われた時だった。
「え~、そっちが『折り返し~』って言ったんじゃ~ん!」と心の中では不満たらたらだけれど、そこは大人な対応で
「大変、失礼しました」と謝罪をして、そのまま話を続ける。
これが、かなりメンタルをえぐられる。

だから、可能な場合は
『■時すぎには打ち合わせは終わっている予定ですので、折り返しお電話してもよろしいでしょうか?』
「あ、もしよろしければ、■時すぎに改めてこちらから電話をかけてもよいでしょうか?」
と言うことにしている。

でも、半分の確率で
『いえ、こちらもいつになるか分からないので、折り返しかけますので・・・』と押し切られる。
難しい。


年間10万円払えば、別の人が電話の仕事を代わりにやってくれるんだったら、迷わず払っちゃうんだけどなぁ。
本当に、電話を掛ける仕事は疲れるよね。

僕のスピードで

2023-03-20 10:32:43 | コミュニティで生きる
あるくくまもんは若い頃
かなり速く歩くクマさんだった。

本物のクマさんだったら、「沢山獲物が獲れるぜラッキー!」って思えちゃうくらい、かなり速かった。
あるくくまもんがスラっとした体型で運動能力抜群だったら、みんなに納得してもらえるんだけど
残念ながら、あるくくまもんは昔からくまももももも~ん体型だったし、運動もあんまりできなかった。

だから、あるくくまもんが早く歩いていると、周囲からよく驚かれたものだった。
そして、同時に
「走るのは遅いのに、なんで歩くのだけは速いんだよ」とからかわれもした。

正直な話
別に早く歩こうとしている訳ではない。
焦っている訳でも、急いでいる訳でもない。
ただ、「ゆっくりと歩こうとする理由」も分からないので、いつの間にか速く歩くようになっていた。


誰かと一緒に歩いていると
「ちょっと、あるくくまもん、速いよ!」と言われることもしょっちゅうあって
その度に、少し止まって、待っていて
また一緒に歩き出すと怒られて、止まって待っての繰り返しだった。
指摘されることは頻繁にあったけれど、別に心に響くこともなかったので、変えようと考えること自体がなかった。

だけど
大人になったある日
ある先輩から、人格(熊格?)を否定されるくらいの勢いで、あるくくまもんが早く歩くことを批判されたことがあってね。
最初はイラっとして無視しちゃおうかなぁって思ってたんだけれど
「まぁ、そこまで言うなら社会性や協調性とやらを身につけて差し上げようかな」という、意味不明な上から目線の態度を全力で発揮して
そこから、自分の歩くスピードを意識するようになった。

最初の数週間は、周囲を見て一緒に歩く人の様子を見て
表情を見て
足の動きを見て
自分のスピードを必死に、それは必死に抑えていった。
とてつもなく苦痛な時間だった。

一緒に歩いている人は、どうしてあるくくまもんがそんなに苦痛な表情をしているのかが分からないようで
「どうしたの?歩くのがつらいの?」みたいな声掛けをされたことすらあった。

だけど
数か月、そんな生活を続けていった結果
あるくくまもんは、ついに人の歩くスピードに合わせて、歩くことが自然にできるようになったのだ!!!

(パチパチパチパチ)
あるくくまもんの社会性と協調性のレベルが3つくらい上がった瞬間だった。
ちゃんちゃん



・・・
うん。
これで終わりじゃないんだ。

それから、さらに長い年月が流れたわけなんだけど。
当然、あるくくまもんも年を取りました。
元々弱かった運動能力や心肺能力が低下したことは事実ですよ。
でも、それはそれとしてね。

「速いスピードで歩く」ことができなくなっていたことに気付いたんです。
あれ?
って感じでね。

長年「ゆっくり歩かないと、ゆっくり歩かないと・・・」って暗示をかけるようにしながら歩き続けていたら
今では街を行く中学生や高校生にどんどん追い抜かれる毎日です。
もちろん、意識して「早歩きをしよう」と思えば、できますよ。
ただ、今では「意識しないと早く歩くことができなくなって」しまったわけです。



現在
あるくくまもんの周囲には
スタスタと歩いて行ってしまうお兄様や
ささささーーーっと歩いて行く若い女の子がいたりします。
そんな姿を見ながら
ちょっともったいことしたかなぁと思う日もあります。

社会性を身につけるって、なかなか難しいですね。

謝る人と謝らない人

2023-01-11 10:48:12 | コミュニティで生きる
あるくくまもんの身近に
とにかく謝る人と、とにかく謝りたがらない人がいる。

そして、その2人は頻繁に裏で表で直接的にも、思想的にも衝突を繰り返している。
正直、他人事だと思うと、とても面白い光景だ。
ただ、往々にして、あるくくまもんや、その周囲にいる人間にもその余波と言うか、被害が及ぶので、その衝突が起こらないように必死にみんなで抑え込んでいる。


「とにかく謝る人」と言ったけれど
実際には、とにかく謝っている訳じゃない。

調べてみたら、2020年10月27日の【謝りましたよ】の記事で書いていたことに気付いたけれど。
彼は、多くのことに対して
「なにかやらかしたとしても、謝れば許してくれるよ」と本気で思い込んでいる。
危険なことにも率先して挑戦できる、冒険心にあふれた人なので、どうにかギリギリ首の皮一枚のところで生き残っているけれど、数年後どうなっているかは、もはや予測することすら難しい状況に、自ら追い込んでいる。
正直、ちょっとよく分からない。

その対極にいるのが
「とにかく謝りたがらない人」だ。
実際、何かあった際には率先して謝罪をしに行くんだけれど
彼女は、そもそも危険なことが起こらないように起こらないようにと、実際に行動する前から失敗しない/させないように自分にも、周囲にも求めている。
だから、大きな失敗をすることはない。
だけど、その反動として、大きな成功も収められないという危険性も孕んでいることに気付いていない。
いや、気付いているけれど、あえて危険な橋を渡らないで穏やかな日々を暮らすことに生きがいを求めているのかもしれない。
穏やかに暮らすという表現を使ったけれども、実はそれも一時的なものになるかもしれない。
「問題を起こさないこと」を評価されている人というのは、少しでも何らかの問題を起こしたら一気に批判と非難の対象になる危険性をもっている。
特に、周囲から「アイツ、ムカつく!けど、なかなか失敗しないから批判もできない、悔しい・・・」と思われている場合は大変だ。
ネットの世界で、アイドルや芸能人の浮気を知った瞬間に、人格を否定する発言を爆発させる愚か者ののような連中が、近くにいっぱい潜んでいる。
そして、ちょっとした失敗をした瞬間に、そいつらに指摘され、糾弾されるのだ。
あれだけ「失敗しない日々」が続いていたのは夢だったのだろうかと言いたくなるくらいの大きな変化に襲われるのだ。
そういう意味では、こちらも数年後どうなっているのか予測することすらもできない。


数十年前からネタにされていることだけれど
「日本人は、すぐに謝る民族」と言われることがある。

特に、欧米の状況を知っている人が
「海外の人は、自分が悪くない時は絶対に謝らない。謝ったら自分が間違ったことをしたと認めたことになる」
とか、やたらと主張してくることがある。
それは、決して間違いではないのだろう。
ただ、同時に絶対に正しいとも断言できないのだろう。

「損して得取れ」という言葉もある。
「負けるが勝ち」という言葉もある。

その瞬間、その場面では
「絶対に、自分の考えが正解であり、正しい。」と思うことであっても
そこで頭を下げることで、将来自分が、より大きな勝利うあ利益を得る可能性がある。

我慢をすることがいいことであると、言いたいわけではない。
でも、謝るべき場面
いや
謝っておいた方がいい場面で、謝っておくと、実は最終的に自分に幸せがやって来ることもあるのだ。

もっと言うと
その瞬間、その場面で
「本当に、相手が悪い」状況であったとしても、あまりにもこちらが「自分が正しい」と強く主張しすぎたがために「怪しい」と思われて、かえって自分が悪者にさせられる危険性もある。
逆に
その瞬間、その場面で
心の中では「自分が正しいし、相手が愚かで間違ったことをしている」と思いながらも
表面的には、謝っておくと、後々、相手の悪行の数々がみんなの知るところとなって、最終的に自分がみんなから信頼されたり、その後優遇されたりするものなのだ。


謝ればいいという訳ではない。
謝らないことが正義なのでもない。

謝った方がいい場面では、謝り
謝らなくていい場面では、謝らなければいい
それだけの話だ。

後は、その選択を間違えなければいいだけの話。
まぁ、この選択がかなり難しいってのが厄介なんだけれどね(苦笑)



さぁ。
冒頭の2人は、数年後、十数年後・・・
一体、どんな人生を歩んでいるのだろうか。

信頼されずに信用される

2022-12-10 10:53:44 | コミュニティで生きる
組織に属して生きていると
時にいいことがあり
時に悪いことがある。

人生とはそんなものだし
社会人とはそんなものだったりする。

少し前に、某おぢさんと話していた時に伝えたことなんだけれど
あるくくまもんは、今働いている職場の中で
「信用されている」

これは断言していいと思っている。
自分で言うことじゃないだろうと指摘されそうだけれど
そんな指摘をはねのけられるくらい
自信をもって断言しちゃう。


どこの職場にもいると思うんだけれど
「他人の気持ちも考えず」
「自分勝手に暴走して」
「周囲に迷惑をかけまくり」
「周囲が必死に配慮しまくった結果」
「どうにか問題なく終わった・・・」
みたいな、いはゆる【やらかす】輩がいる。
そんな輩に限って
周囲の必死の配慮に気が付かないから
「俺の力で、この仕事を乗り越えられた」みたいな勘違いをしがちだ。

そして
あるくくまもんは、職場の人たちから、そんな輩だとは思われていない。
これだけは自信をもって言える。

そう
だから
あるくくまもんは、【信用されている】のだ。



一方で
あるくくまもんは、即場の人たちから【信頼されて】はいない。

何か大きなプロジェクトが動き出す時とか
大切な仕事の重要なポジションとか
そういう出来事があった時に
あるくくまもんが任されることは、全くない。

ほとんどない
ではなく
全くないのだ。

うちの職場の中でも、一部の人がその真実に気付いた人がいる。
「どうして、あるくくまもんには仕事が回ってこないんだろう?」と。

みんなから嫌われている訳でもないのに
みんなから信用されていない訳でもないのに
なぜか、重要な仕事を任されることはない。

理由はいくつかある。

まず、純粋にあるくくまもんが能力不足なだけだ。
能力のないやつに仕事を任せる上司や同僚は、普通いない。
だから、あるくくまもんには重要な仕事が回ってこないのだ。

とはいっても
世の中、ダメなやつであってもある程度の年齢になったり経験を積めば、否応なく仕事を任されることがある。
それが常識なのに、あるくくまもんだけはなぜ違うのか。
それが2つ目の理由である。

あるくくまもんは、周囲を不安にさせる空気を作るのが上手なのだ。
「あるくくまもんも、そろそろやってみようよ」と周囲が言いたそうな雰囲気に気付いたら、あるくくまもんは全力で
「あるくくまもんに任せたら、取り返しのつかない事態にさせちゃうよ・・・」と覆わせるオーラをかもし出すのだ。
すると、周囲も
「無理にここで、あるくくまもんにやらせる必要はないかな・・・」と感じて
自分でやっちゃうか、別の人に任せるかをするのだ。

つまり
【信頼されない】ための努力を必死にしているのだ。

だから
あるくくまもんは任せられた仕事や、命じられた仕事はきちんとこなして
しっかりの組織の中で【信用】されるようになったのに
重要な仕事を任せると不安な気持ちになるオーラを必死に出し続けていることで
組織の中で【信頼】されずに生きているのだ。


みなさんは、この生き方をどう思うだろうか?

ハッキリ言おう。
「めっちゃ楽だし、楽しいよ」と。

雑用の押し付けは頻繁に来るから、それは疲れるけれど、ちゃんとこなせば、また信用度が上がるし
大きな仕事が降ってこないから、自分のしたい仕事に専念できるしね。
こんなに楽で楽しい生き方なんかないぞ!って思う。


みなさんはどうなのだろうか?
重要な仕事を任されることに生き甲斐を感じている人を責めるつもりも否定するつもりもない。
でも
もっと楽で楽しい生き方もあるっていうことを
覚えておいてくれると、心が病んだ時に、生きやすくなるよ。
よかったら、心の片隅に置いておいてくださいね。