歩兵

2007-06-29 15:07:40 | アパート建築営業マン
 
そんなある日、小さな事件が起きた。

某有名私大出身の同僚が、車をぶつけて破損してしまったのである。修理費が5万円ほどかかったそうだ。営業車につき、修理は会社が負担してくれる。ただし「以後は気をつけよ」ということだ。

「これからは、お互い気をつけようぜ」といった話をした。そのときは、あまり気にも留めていなかった。実際、毎日毎日、朝から晩まで車を運転していたら、多少の傷くらいは出来ない方が不思議だ。

ところが、この男は翌週にも車をぶつけたのである。このときは、サイドミラーが落ちてしまった。運動神経が鈍いのは仕方ないのだが、会社の車なんだから、もう少し気をつければいいのにな・・・。

「2度あることは3度ある、という格言もある。今度やっちまったら、誰にも言わずにコッソリ自腹で修理したらどうか」とアドバイスした。公私混同は良くないのだが、人身事故とかいうのならともかく、車をぶつけたくらいで大騒ぎになるのはバカバカしいと言える。「それもそうだな。分かった・・・」と彼は言った。

その2週間後の営業時間中、突然、携帯が鳴った。彼からの電話だった。なんと、「また、やっちまったよ。車をぶつけた。かなり、凹んでしまった・・・」というのだ。当方は、「ココだけの話だが、カーコンビニ倶楽部にでも行って、応急処置を取ったらどうか。単にぶつけただけとはいえ、3度も立て続けというのはマズいだろう・・・」と言った。「それもそうだな」と彼は言う。

しかし、彼はナゼか忠告を聞かなかった。会社に戻ったら、「立て続けに3度も車をぶつけて破損した男」の話題で持ちきりだった。支店長が激怒し、大変な騒ぎになっているという。「お前はクビだ!」という宣告を受けたようだ。

その後のやり取りは知らないが、ともかく彼は、営業車没収となった。支店に近い地域だけを、徒歩で営業することになったのである。

こうして、同期入社男は徒歩での営業を開始し、「歩兵」という愛称で親しまれるようになった。

当方も、銀行勤務時代に営業車をぶつけて凹ませた経験がある。だから、他人事とは思えなかった。しかし、いくらなんでも「さすがにやりすぎだ、この男は・・・」と思わずにはいられなかった。
 

飛び込み営業の日々2

2007-06-27 22:51:56 | アパート建築営業マン
毎朝、住宅地図を渡され「今日のエリアはここだ」と言われる。市街地もあるのだが、多くは農地が多い地区だ。これは都心から遠く離れた、この地域の特徴だ。

今日も夏の日差しの中、畑や草むらを抜けて飛び込み営業が続く。日差しは暑いのだが、雑木林を通ってくる風は涼しくて心地よい。日中はセミの声で騒々しい。都内にもこんな地域があったのかと驚く。

昼は、一度会社に帰ってくるのが原則になっている。午後はさっさと外に飛び出そうとしたら、ベテラン営業マンに止められた。「こんな夏の真っ昼間に訪問しても、地主は寝てるぞ。農家にとっては、お昼寝タイムなのだ」と言う。さすがに、もっともな意見だ。他社の営業マンたちも、みんな木陰に車を止めて、のんびり昼寝している。

夏の夕方は、ゴールデンタイムだ。昼寝から覚めた農家が、農作業や庭仕事をするため外に出てくる。日が暮れるのが遅いので、涼しく快適な夕方が長く続く。「この季節にせっせと営業して撒いたタネを、秋から冬にかけて刈り取るのがコツだ」と教えられた。

夕方、田舎の道を歩いていると、草むしりしているお婆さんを見かけた。向こうから話しかけてくる。当方がアパート建築営業マンだと告げると、驚いていた。第一印象では、銀行員だと思ったらしい。「アパートが古くて、空室に悩まされている」と言っていた。家の前には、広い空き地がある。ここは、見込み客にしておこう。

しかし、これほど営業マンと気安く話をする人というのは、「かえって商売になりにくい」というのが、営業の定石なのも確かである・・・。

飛び込み営業の日々

2007-06-26 00:06:01 | アパート建築営業マン
 
来る日も来る日も、飛び込み営業の日々が続いた。

行く先々で、「またか。お宅の会社は、今日2人目だよ。昨日は3人来た」というようなことを言われる。それだけなら、まだいい。「ウチの前には広い空き地があるせいか、お宅の社員の人が引っ切り無しに押し寄せる。この土地はウチのものじゃないと、そのたびに説明しなきゃいけない。いったい、何度同じことを言えば良いのか・・・・」という人が多い。

この会社のシステムにほとほと感心するのは、そういうときだ。いかに図太い飛び込み営業マンといえども、しょせんはタダの人間。断られ続ければ、イヤになって自然と足が遠のいていく。だから、何も知らない別の人が行くのだ。一人の人間がシツコクするのは限界があるのだが、大勢の人間が入れ替わり立ち替わりシツコクするのだから、果てしなく続けられるのである(笑)。実際、果てがない。

都内とは思えないほど、畑や雑木林が続く田園地帯だ。畑の中で農作業している、帽子をかぶった初老の男性に声をかけた。野外で作業中の人に、声をかけやすいのは言うまでもない。玄関でインターホンを「ピンポーン」と押して、玄関先まで呼び出すのとはえらい違いだ。このため、野外で作業している人を探して、見つかるまで外を歩き回る営業マンも多い。

男性は言う。「ここは生産緑地(この指定を受けると農地の固定資産税が極端に安くなるのだが、その代わり、他の用途に転用できない)の指定を受けているので、固定資産税はタダみたいなものだ」。どうやら、他に土地はないようだ。この瞬間、アパート建築営業マンにとっては、見込み客でなくなる。しかし、「俺は数年前に親父が亡くなるまでは、日野のトラック工場で働いてたものさ」と言う。日野のトラック工場!!そりゃまた、きついところに行ったものだ。かつてのバイト仲間がここで数年間を過ごしたというので、噂を聞いていた。ついつい自動車工場の話で盛り上がり、長時間をココで潰してしまった。
 

飛び込み訪問開始2

2007-06-24 21:19:18 | アパート建築営業マン
 
大きな屋敷に飛び込んだ。玄関はインターホンだ。この、インターホンというのが、飛び込み営業マンにとっては厄介なシロモノだ。たいていの場合、「ピンポ~~ン」と押して、マイク越しに一言・二言の会話を交わしただけで、キックアウトされてしまうものだ。

幸いなことに、この地域の農家はノンビリしたもので、ガラガラと引き戸を開く和風家屋が多い。こういうところでは、門の中にズカズカと入っていって、いきなりガラガラガラと開く。それから「コンニチワ~」と大声で言うのだ。

しかし、この屋敷ではそれは通用しない。「ダメでもともと」と、インターホンを押した。「ピンポ~ン」と、響く音が聞こえる。そうすると、年配の女性の声がした。「どちらさまですか?」

こちらがアパート建築会社の営業であることを告げると、意外にも、上品な女性が玄関先に出てきた。「いずれ、土地活用をせざるを得ないときも来るでしょうが、今はとりあえず・・・」と丁重に断られた。断られたとはいえ、反応としては悪くない。アパート建築飛び込み営業マンは迷惑がられるものだと聞いていたが、意外と反応がいいんだな?

・・・あとで分かったことだが、この家は「庄屋地主」だったのである。地主といっても、一種類ではない。実のところ、地主には三種類のタイプがある。「庄屋地主」・「自作地主」・「小作地主」がそれだ。このうち、庄屋地主は、江戸時代からの歴史と伝統を持つ地域の名士の家柄だ。その反対は小作地主で、戦後の農地解放で農地を分けてもらったところ、それが高度成長の開発の波に乗り、意外にも地価が上がってきたというタイプである。

この家のような「庄屋地主」の人々は、明らかに育ちが良い。上品で、営業マンへの対応も良いのである。特に、この地域のような田舎だと、まだまだ昔の気風が失われていない。江戸時代には、いつも村人を集めて集会をやっていた。だから、オープンな気質があるし、面倒見が良い。

この後、他の家々も回ってみた。この家のような反応ばかりではないということが分かるまで、時間はかからなかった。

午後になっても訪問を続けた。驚くのは、「またか。お宅の会社は、今日で2人目だよ」という地主がいたことだ。しかし、こんなのはまだ序の口。「今日は3人目だ」という人もいた。「一日平均、2人来る」という人もいた。想像を絶する人海戦術・・・。この会社の営業マンは、この状況によく耐えているものだ。それ以上に、これだけ迷惑がられても日々の売上が上がっているのだから、やはりシタタカな会社なのである。
 

飛び込み訪問開始

2007-06-24 19:05:55 | アパート建築営業マン
 
自分でも、飛び込み営業をやってみた。朝は、何人かの飛込み営業マンが車に乗って集団で移動する。自分の担当エリア(朝、住宅地図の切れ端を渡される)に来たら、車を降りて訪問を開始する。事前の情報は、一切与えられていない。「大きな家を見たら、片っ端から飛び込め」というだけだ。

「都市近郊の農家には、重い相続税や固定資産税の負担に苦しみ、土地活用を考えている人が必ずいる。手当たり次第に当たっていけば、そういう人に必ず行き当たる・・・」というのが、この会社の考え方なのだ。かつては、極めて有効な戦術だったに違いない。残念ながら今は「アパートを建てて土地活用しましょうよ」という提案が、あまりにも陳腐化してしまったのだが・・・。とはいえ、今でも十分に有効な営業手法である。

「ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たる」の考え方だ。人海戦術で徹底的に当たり尽くすため、どこの馬の骨とも知れない素人営業マンを大量採用している。「人海戦術」というより、ほとんど「塵芥戦術」に近い。

まずは、エリア内を歩き回ってみた。畑や雑木林が多い。都内とは思えないほど、のどかな田園地帯だ。「この仕事の性質からいって、農地の多い郊外がいいだろう」と考え、敢えて遠く離れた郊外の支店に入ったのだが、ちと田舎に来すぎたかも知れない・・・・・。

やったことのない仕事について、事前にあれこれ考えても仕方がない。とりあえず飛び込むことにした。どこから入るか迷ったのだが、まずは一番大きな家に入ることにする。

大きな家だ。この田舎でも、飛びぬけて大きい屋敷である。ひょっとしたら、ものすごい大地主かもしれない・・・?
 

飛び込み営業

2007-06-22 20:06:12 | アパート建築営業マン
 
「アパート建築営業」といっても、いろいろなスタイルがある。すべての会社が「飛び込み営業」を中心に展開しているわけでは、もちろんない。そもそも、この業界はアパート専業会社だけで成り立っているのではない。戸建住宅が中心の大手ハウスメーカーも、アパート建築を手掛けている。

しかし、手法は違えども、共通していることがある。最大のターゲットが「郊外の農家」だということだ。背景には、90年代初頭の制度改正がある。都市近郊農家の相続税や固定資産税は、改正以前に比べて、ものすごく重くなった。ここに「農地の一部を切り取り、アパートを建てて土地活用しましょうよ」という、土地活用ビジネスの巨大マーケットが出現したのである。

だが、ターゲットは同じでも、そこにアプローチする手法は異なる。大手ハウスメーカーの多くはJA(農協)と提携しており、飛び込みやテレアポで猛烈アタックをかけるというようなことは、一般にやらない。それをやるのは、主にアパート建築専業会社である。

この会社の場合は、飛び込み専門だ。それも「地主データベースの蓄積」などは、ほとんどやらない。毎朝、住宅地図を2~3枚ほど渡され、「地主っぽい家を見かけたら、片っ端から飛び込め!」と指示されるだけだ。何年経っても、十年一日の如し・・・。
 

OJT訪問

2007-06-20 22:39:11 | アパート建築営業マン
 
今日は、先輩社員とOJT訪問だ。

すっかり暑くなってきた七月初旬、いきなり半袖・開襟シャツで仕事初めだ。午前中一杯、日差しの中を歩いて回るのである。本当は、帽子をかぶって営業したいところだ。

先輩社員は、少し年上で、社歴は1年半くらいだった。「東大出てるんだって?すげえな」と言っていた。過去6ヶ月間にわたって無実績であり、先日の会議でも反省の弁を述べていた覚えがある。もっとも、入社当初から不調だったわけではない。たまたま、ここ半年ほど何故か契約へと至らないだけなのだ。とはいえ、彼はこの仕事を続けるべきか辞めるべきか、悩んでいるらしい。

住宅地図を見ながら、地主とおぼしき家を一軒一軒、訪ねて回る。これが、この会社の飛び込み営業スタイルだ。先輩は「地主の家と、そうでない家」を見分けるコツを、いろいろと教えてくれた。庭にお稲荷さんがあるのは、まちがいなく農家だ。玄関に地下足袋があれば、農家だ。土地を持っているのは、農家だ・・・・・。
 

自動車通勤

2007-06-18 20:55:08 | アパート建築営業マン

入社初日に、会社から営業車を貸与された。小回りのきく軽自動車だ。「我が社には、『電車通勤』などない。通勤も、この車でやれ」という。

初日が終わり、帰途についた。車を運転するのは久しぶりだ。街道を突っ走って、遠く離れた郊外の支店から帰る。反対車線は、都心方向から帰る車の列で渋滞だ。車のライトが、夜道に果てしなく並んで光っている。こちらは逆方向なので、気持ちよく走れる。

翌朝は、6時前から車に乗って出発した。いくら通常の車の流れとは逆方向とはいえ、さすがに7時を過ぎると道路が混んでくる。だから、早めに出なければならない。

こんなに早朝出勤するなど、久しぶりだ。眠くて仕方がない。赤信号で止まるたびに、眠り込んでしまいそうだ。西へ西へと進むにつれて、だんだん周囲の景色が田舎になってくる。夏の日差しの中、木々の緑が光り輝いている。車の中にまで、濃密な草葉の匂いが立ち込めてきそうだ。都内とは思えないほど、のどかな風景・・・。

営業車は貸切で、通勤にもそのまま使う。「私用に使ってはならない」ということになってはいるのだが、実際には、どこに行こうが黙認だ。「自由に動くためなら、コストがかかってもいい。売上さえ上がれば、いくらでも取り返せる」というのが、この会社の発想なのである。だから、会社帰りに車であちこち行ってみた。困るのは、酒を飲んで帰れないことだ。飲酒運転になってしまう。その上、ウカツにぶつけるわけにもいかない。

同期入社の配属

2007-06-17 21:00:56 | アパート建築営業マン

同期入社5人の中で、2人は40代の後半だった。この会社の年齢制限は50歳と聞いているので、ギリギリの年齢だ。2人の経歴を聞いてみると、メーカーとか、ルートセールスの関係のようだった。「アパート建築飛び込み営業マン」などとは、もちろん無縁だ。そもそも、モーレツ営業の世界そのものを知らないと言っていい。こんな世界にいきなり飛び込むとは、なんと無謀な??この2人は、年配の課長の下に配属された。

1人は、当方と同じ30代であった。こちらも、営業経験はほとんどない。なんと、某・一流有名私大の出身者だ。この男とは、同じ営業課に配属された。この会社が始まって以来、空前絶後の「高学歴コンビ」と言えるだろう。これが、今の世の中の傾向なのか・・・?

我々2人は、40前後の若い営業課長の下に配属された。課長が2人を集めて訓示するには、「我が社では、成功すれば大変な高収入が得られる。だが、それだけに営業はキツい。生き残れる奴はほとんどいない!それについてこれるかどうかは、お前らの根性次第だ!!」と、勇ましい。

しかし、ほかの人たちにこの話をしたところ、シラケた表情だ。「あの課長、ヒラ営業マン時代にはサボってばかりだったぜ。相変わらず、クチばっかり達者なヤロウだな」と、陰口を叩かれている。どうやら、あまり評判が良くない人物のようだ・・・!?

もう1人のハウスメーカー出身者は、別の課に配属された。課長は、「元・暴走族」というウワサの人物だ。新入社員とはいえ、建築・不動産業界の経験が長いだけあって、さすがに慣れた雰囲気だ。下馬評でも、頭ひとつ抜けている存在と言っていいだろう。

会議

2007-06-15 17:52:59 | アパート建築営業マン

新入社員にとっては入社の初日だが、他の社員にとって、月初は会議の日である。この会社に限らず保険会社もそうだったが、大量採用・大量退職が当たり前の営業会社において、新人営業マンが入社してくるなど日常の風景であり、たいしたことではない。それよりも、会議の方がよほど問題だ。

アパート建築会社には、保険会社とは違って多くの部門がある。設計部門・工事部門・事務部門・賃貸営業部門・・・。他の部門の発表が淡々と進んでいくなか、異彩を放っていたのは、アパート建築営業部門の発表だ。

「過去6ヶ月間、契約が取れていない無実績者」、「8ヶ月間も契約が取れていない無実績者」といった人達が、反省の弁を述べつつ、上層部からの罵声を浴びていた。

全体会議の後は、アパート建築営業マンだけが集まって営業会議が始まる。長期にわたって契約が取れていない営業マンには、さらに非難の集中砲火が続く。

そう、ここがアパート建築営業のつらいところなのだ。保険なら、1件も契約を取れない日々が何ヶ月にもわたって続くなどということは、およそ考えられない。しかし、アパート建築営業の場合、それは大いにあり得るのである(笑)。