〜皇国の興廃この一戦に在り〜
明治３８年５月２７日未明、ロシアのバルチック艦隊が九州の対馬海峡に現れ、信濃丸が第一報を発しました。
夜明け後、バルチック艦隊は追尾している巡洋艦 和泉を確認し、戦闘態勢に入るものの、旗艦スワーロフの後続艦が針路を誤り、２列縦隊の態勢となりました。
やがて敵艦隊を認めた東郷司令長官は、若い士官らを艦橋内に戻し、自らと艦長の井地知彦次郎、参謀長の加藤友三郎、作戦参謀の秋山真之らが艦橋上の甲板に残り、旗艦 三笠はマストを展開、戦闘旗も装備し、午後１時５５分〜
【皇国の興廃この一戦に在り、各員一層奮励努力せよ。】と訓示し、Ｚ旗信号を揚げ、全軍の士気を鼓舞しました。
両軍艦隊の距離が、８千メートルにまで接近し、東郷は右手を大きく左に振り、取り舵一杯を示しました。
東郷が身振りで取り舵を指示したことに、艦長の伊地知は、取り舵になさるのですか？と難色を示すと、副将格の参謀長 加藤友三郎少将(後の海軍大臣、内閣総理大臣)は、艦長、取舵だ。
と復唱を求めます。
伊地知艦長が取り舵いっぱいを高らかに命じました。
連合艦隊がバルチック艦隊に再接近した午後２時５分、連合艦隊は三笠を先頭に左へ【取り舵】敵前回頭を始めます。
後続艦も三笠に追随する様に三笠のターンを繰り返します。
これがかの有名な東郷の敵前大反転【東郷ターン】でした。
敵はこれぞ好機到来とばかりに狂喜し、砲撃を始めたものの、まだ一列の戦闘隊形（単縦陣）が出来上がっていなかったため味方が邪魔になる始末で、思うように射撃が出来ず、また訓練不足と日本海特有の荒波でなかなか命中しません。
バルチック艦隊の射撃開始２分後の、午後２時１１分、距離６４００メートルになった時、伊地知艦長は東郷に射撃を進言します。
東郷も了解し、ここで伊地知艦長は初めて【打ち方始め】を命じました。
後に世界の注目を集める世紀の大海戦は、こうして始まりました。
司令長官 東郷平八郎が右手を垂直に上げ、半円を描くように左翼を示した取り舵の指示に、三笠艦長ね伊地知彦次郎大佐は一瞬我を失い、
〜取り舵になさるのですか？〜
〜艦長、取り舵だ。〜
副将格の加藤友三郎参謀長が艦長に復唱を促します。
大口径の砲門を持つ艦隊戦において、常人にすれば思いも寄らない作戦が始まる瞬間でした。
〜取り舵いっぱい！〜
艦長の命令に三笠は思い切り左へ回頭(取り舵)し、バルチック艦隊の敵前で大回頭を開始します。
三笠の回頭した海上付近で後続艦も次々に回頭をはじめました。
後世の語りぐさとなる〜東郷ターン〜、丁字戦法の開始となりました。
午後２時８分
バルチック艦隊は、旗艦スワーロフ以下の艦船の将校が狂喜し、撃てる限りの砲撃を繰り出しますが、不規則な並列陣形で戦闘に突入した艦隊は、半年超の外洋航海に乗員の士気も低調、日本海の荒波、訓練も不十分なロシアの射手は撃ち放った砲弾を海中に水柱を走らせるばかり、攻撃に味方が邪魔な艦船もあり、連合艦隊に致命傷を与えることはありませんでした。
唯一勝機のあった時間をロシア、バルチック艦隊はみすみす逃しました。
敵前回頭というロシア側から見れば、大愚策に思える連合艦隊の作戦も、日本とロシアの艦隊戦力差、バルチック艦隊の半年以上の33300キロにも及ぶ外洋航海による疲弊、兵員の訓練習熟度の差、士気、そして下瀬火薬を詰めた伊集院信管を導入した新型砲弾。
これらを活かす策として、すれ違い様に撃ち合う艦隊戦ではなく、敵前回頭により敵の頭を押さえ、平行して徹底的に撃ち合うというものでした。
午後２時１０分
回頭を済ませた三笠が攻撃に転じます。
連合艦隊とバルチック艦隊との距離は6400メートル。
三笠の狙いはバルチック艦隊旗艦スワーロフでした。
伊地知艦長の〜打ち方はじめ！〜
の命令から三笠の砲門が火を噴きました。
三笠以下の艦隊射撃は正確でした。
バルチック艦隊の第１旗艦スワーロフと、第２旗艦オスラビアへ攻撃を集中しました。
初弾が命中したスワーロフは、甲板上で大爆発を起こします。
通常、艦船が使用する砲弾は主に鉄の装甲を撃
ち破る徹甲弾や徹甲榴弾ですが、連合艦隊が使用した砲弾は、ものに触れると大爆発を起こすピクリン酸という化合物を含めた極めて危険な砲弾で、これに伊集院信管という ごく敏感な信管を組み合わせた鍛鋼榴弾 (たんこうりゅうだん) で、連合艦隊の射撃はバルチック艦隊に吸い付くように命中します。
７に続きます。
