Study of Spenser

ロバート・B・パーカー著、ボストンの私立探偵スペンサーを読み解くガイドブックです

ゴッドウルフの行方 - Godwulf Manuscript - (1973) 13章

2009-07-14 | 海外ミステリ紹介
画像は、フェンウェイパークのヨーキー・ウェイ(Yawkey Way)


第13章
スペンサーは、翌日テリィを家に送っていきます。その時に、スペンサーを襲ったジョウ・ブロズの手下の二人組、ソニーとフィルの人相をテリィに話すと、自分を襲ったのはソニーに似ているようだと言い、さらに、殺されたデニス・パウエルと同棲する前は、キャシー・コネリーと住んでいて、キャシーは今はフェンウェイに住んでいるという話をします。

チャールズゲイトの出口で高速を出てボストンに戻り、ストロゥ・ドライブ(Storrow Drive)で降りて、立体交差でコモンウェルス・アベニューの上を通りながら、アーチの下のシダレヤナギを見下ろすと、フロストの詩を思い浮かべるのですが、あれはシダレヤナギではなく、樺(カンバ)だったかと思い直します。スペンサーは詩の造詣も深いのです。

今は葉がなく、ほっそりした枝に雪が凍りついて冬の重みで垂れ下がっている bare now, with slender branches crusted in snow and bending deep beneath winter weight というのが、スペンサーがシダレヤナギを見てフロストを連想して思うことなのですが、フロストの詩はやはり思い直したように、シダレヤナギではなく白樺についてのものです。

■■ロバート・L・フロストの『白樺』にこんな箇所があります。(ヘタな訳をつけてみます)

Birches(白樺)
When I see birches bend to left and right
(私が白樺を見るとき、それは左右に曲がっている)
Across the lines of straighter darker trees,
(向こうに見える黒っぽい木々はまっすぐ立っているのに)
I like to think some boy's been swinging them.
(男の子が揺すっているように思いたいのだ)
中略
Soon the sun's warmth makes them shed crystal shells
(すぐに太陽の暖かさが水晶の薄片のようにはじかれ)
Shattering and avalanching on the snow-crust--
(凍結した雪の上に粉々になりなだれ落ちる)

スペンサーは、crust、snow、bend という単語に反応したようです。フロストは好きな詩人らしく、この先の作品にも時々登場します。

■■で、ロバート・L・フロスト(Robert Lee Frost)という人は、1634年にイギリスからニューハンプシャーに渡ってきたニコラス・フロストの子孫です。1634年というのは、そこそこ早い時期の開拓者です。で、1874年生まれの詩人で、ピュリッツアー賞を4度受賞しています。亡くなったのは1963年で、ボストンにおいてなので、ボストン所縁の人といえます。

さて、スペンサーはキャシーの住むフェンウェイに向かいます。ドラッグストアで電話帳を調べてもキャザリン・コネリーは出ていないの(それはそうでしょう、いくら1973年とはいえ、女性の一人暮らしで電話帳には載せないでしょう)で、通りの北から南(つまりボストン美術館の方向)へ、アパートメントの郵便受けの名前をチェックします。運のよい事に、三つ目の建物で見つかります。本当にラッキーです。しかしながらベルの応答はなく、建物内のベルを片っ端から押して、管理人と思しき緑のシャツを着た太鼓腹のおっさんが出てきます。スペンサーが管理人なのかと尋ねると、その人物は、誰だと思ってんだと言うのですが、ここでのスペンサーの返答は彼ならではです。

「クリスマスの準備ができているかどうか見回っている、サンタの助手の一人かと思ったよ I thought you were one of Santa’s helpers coming around to see if everything was set for Christmas.」
これは時節柄と緑のシャツからの連想でしょう。

キャシーは見つからず、大学に行って、面識のある新聞部のアイリス・ミルフォードに会いに行きます。アイリスは、ジョウ・ブロズの手下ソニーにパンチを食らったスペンサーを見て、「可愛い目をしているわね Nice eye you got.」と言います。スペンサーが痣になりやすいんだ、と答えると、アイリスは「そうね I’ll bet.」と言います。bet というのは賭けるという意味ですが、I bet. / I bet you. / You bet. など、アメリカの小説や映画などでよく使われます。I bet (you). はその通り、とか確かにという意味ですが、口調によっては怪しいもんだというようにも使われます。一方、You bet. は、もちろんという意味です。

スペンサーはアイリスを食事に誘います。そしてタクシーを拾って、保険会社の最上階にあるスペンサーの好きなレストランに行くのですが、これはいったいプルデンシャル、ジョン・ハンコックのどちらなのでしょう。スペンサーは、その後のシリーズで、プルデンシャルは醜いと言っているので、ジョン・ハンコックかも知れません。

最上階から見える南側の景色について、実際にはスラム化している赤レンガ造りのタウンハウスは、上から眺めると整然としているように見えるのです。アイリスも同じこと思ったらしく、「十分な距離をおくときれいに見えるわね。秩序は離れて見る場合にのみ存在する。近寄ってみるといつだって汚らしい Get far enough away and it looks kinda pretty, don’t it. You only get order from a distance. Close up is always messy.」と言います。それに対してスペンサーは、「その通りだが、自分の生活は常に近寄って見ている。遠くから眺められるのは他人の生活だけだ Yeah, but your own life is always close up. You only see other people’s lives at long range.」
こういうところがこの小説のいいところなのです。

それぞれ二杯目の飲み物を注文し、アイリスはスペンサーに聞きます。「スペンサー、どういうことなの? あなたは貧しい黒人女性に酒を飲ませて体をどうこうしようというタイプではない。たとえ私のような悩殺的な女性であっても Okay, Spenser, what is it? You not the type to feed drinks to a poor colored lady and take advantage of her body. Even one as irresistible as mine. What you want?」こういうセリフを言うアイリスは、アピアランス的には固太りの重量級なのです。実に彼女はいいキャラクターです。

スペンサーはアイリスに、キャシー・コネリーの情報を求め、アイリスはキャシーとはチョーサーのクラスで一緒だった言います。また、アイリスがキャシーの写真を手に入れてくれることになり、食後に一緒に大学に戻り、アイリスは写真の手配をし(さすが新聞部!)、スペンサーに渡すのですが、去り際のセリフは。「お酒二杯とロブスターサラダとなれば、たいていの物は手に入るわ、ベイビィ Two drinks and a lobster salad will get you almost anything, baby.」

つまり、保険会社の最上階でロブスターサラダを食べたわけですね。スペンサーもロブスターは好きなのですが、サラダというタイプではないので、ロブスターロールあたりがいい線だと思われます。

スペンサーはアイリスから手に入れた写真を、知り合いのラボに持っていき、8x10インチに引き伸ばしてもらいます。料金は25ドル。

それを持ってオフィスに帰って眺めていると、クワーク警部補が訪ねてきます。そこでスペンサーは、「ノックはいらない、公僕にはいつもドアを開放している。来たのはもちろん特別に困難な謎解きにおれのアシスタントがいるのだろう No need to knock, my door is always open to a public servant. You’ve come. No doubt, to ask my assistance in solving a particularly knotty puzzle.」と軽口をたたきます。もちろん knock と knotty をかけた言い回しです。負けじとクワークも「やめろよスペンサー、たわごとが聞きたかったら市議会に行くよ knock it off, Spenser. If I want to listen to bullshit, I’ll go over to a City Council meeting.」と言い返します。ちゃんと knock という単語を使っているのです。ま、アメリカ人のネイティブ同士の会話ですから、私に感心されても片腹痛いだけでしょうけど。

二人でバーボンを飲み、クワークが、テリィ・オーチャードが犯人(デニス・パウエル殺人の)と決まったと話します。イエーツ警部(captain)が指揮を執っているというのです。つまりクワークは外されたわけです。このイエーツ警部という人はこの巻にしか登場しません。スペンサーはもちろん、クワークもテリィが犯人だとは思っていないのです。

それからクワークは、スペンサーがジョウ・ブロズに会ったのを知っていて、さらにゴッドウルフ・マニュスクリプトが大学に戻ったと、スペンサーに教えてくれます。それを聞いたとき、スペンサーは片方の眉をすっとあげるのですが、それはブライアン・ドンレヴィ(Brian Donlevy)の古い映画を20本くらい見て完成させた仕草だそうです。ブライアン・ドンレヴィは、アイルランド生まれの俳優で、1972年に83歳で亡くなっています。ちょうどこの『ゴッドウルフの行方』が書かれた1年前ですから、著者パーカーも何本も見たのでしょう。

クワークはスペンサーに「ブロズが手を引けと言った理由の心当たりは? Any idea why Broz wanted you to butt out?」と聞き、スペンサーはクワークに「イエーツがあんたを外した理由の心当たりは? Any idea why Yates wanted you to butt out?」と聞き返します。両方とも butt out というイディオムなのですが、このあたりが訳者の腕のみせどころでしょう。菊池光さんはハードボイルドを翻訳させたらピカイチです。残念なことにお亡くなりになりましたが。
とにかく上から圧力がかかっているようです。そしてスペンサーも元は警察関係の人間なので、イエーツのことは多少は知っていて、イエーツの得意なことの一つは上からの圧力に応じることだといっています。まぁ、天邪鬼のスペンサーとは水と油でしょう。

ともかく、クワークは警察官なわけで、規律を守って命令に従わなければならないのです。22年間警察に勤めていると書いてありますので、順当ならばスペンサーより7歳くらい年上で、この時点へは44歳というあたりでしょう。

そしてスペンサーに、優秀だったのにどうして警官を首になったのかと聞きます。I hear you were a pretty good cop before you got fired. What’d you get fired for?  get fired なので、スペンサーは自主退職ではなく、首になったというわけです。それに対するスペンサーのお答えは、「不従順、おれのいいところの一つだ Insubordination, It’s one of my best things.」

二人で相談、というわけではないのですが、デニスを殺してテリィに薬物を飲ませた二人組みが、テリィの拳銃を持っていた理由は、キャシーに聞くしかないだろうという結論に達し、クワークは帰っていきます。


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