Study of Spenser

ロバート・B・パーカー著、ボストンの私立探偵スペンサーを読み解くガイドブックです

失投 - Mortal Stakes - (1975) 30章その2

2009-12-28 | 海外ミステリ紹介
画像は、スペンサーの自宅。二階のユニットを借りているらしいですよ。


30章その2
「あなたはどうなの?」と聞かれ、「男を二人殺し、もう一人を殺しそうになった」
スペンサーはけっこうコタエているのです。
「人を殺すのは何も初めてではないし、あなたがそうしたから、リンダ・ラブは決心することができたのよ、やらなければならないことをやったのよ」とスーザンは慰めるのですが、スペンサーは、罠をかけて、殺すためにおびき出したことは、自分の規範に外れていると思うのです。

相手だって、待ち伏せしようと思っていて、もしも成功して、スペンサーが倒れることになっても、彼らは悩みはしません。やり方なんて問題ではないのではないか。
スーザンがその点を指摘しても、スペンサーは、それが問題なのだ、やり方が、と答えます。自分もマーティ・ラブも同じで、自分の規範が通用しなかったことで、規範から外れる方法を取らざるをえなかったことに、スペンサーは考え込んでしまっているのです。

スペンサーが言うには、人は、何かを信じる必要があり、それは宗教や愛国心、家庭あるいは出世することなどが信念の対象となるが、自分にはそれがない。そのため、自分は秩序を保つためのシステムを構築し、それを守ろうとすることが信念になる。マーティの場合、その信念は野球であり家庭だが、どちらかを守ろうとするともう一つを守ることができなくなるという矛盾が生じてしまったのだ。そして、自分も同じだと思う、とスーザンに話します。

自分の場合、それは道義心(honor)に関することだと思っています。道義心を持つということは、行為に基づく理由で、それが大事なのです。どのような事であれ、自分がやるべきでないと思う事はやらない、そういうシステムを自分は持っていて、それがために警官としては長続きしなかったのだと。

スペンサーのモラルは、罪のない人々が被害者になるのを許しておけない、ということと、避けられない場合を除いては、人を殺してはならないということで、今回は二つのことが同時に起こって、自分の中のシステムに相互相反しなくてはならないことになったというわけです。
スーザンは、理解できるが、その痛みを和らげてあげることはできない、と言い、スペンサーも出来ない、と答えます。

二人は静かに食事を終え、スーザンが、今回のことで少し弱くなったのね、と言うと、スペンサーは、「I got a small sniff of my own mortality. 今回自分の死というものを、僅かながら感じた。それが弱くなったかのかどうかはわからないが、人間としては避けられないことかも知れない」と答えます。

パーカーハウスを、トレモント・ストリート側に出て、二人は星が出ている夜を、腕を組んで、ザ・コモンの方に歩いて行きました。
「スペンサー、お馬鹿さんね、いい加減にヘミングウェイ的なナンセンスを卒業して大人になって、と言いたいところだけれど、でもそう思いながらも、あなたが間違っているというはっきりした確信はない。確信しているのは、もしもあの人たちを殺したことが何も気にならないような人だったら、それほどあなたのことを気にかけたりしないわ」スーザンは、スペンサーの肩に頭を乗せて、そう言います。

ザ・コモンから、パブリック・ガーデンを通って、アーリントン・ストリートからマールバラ・ストリートのスペンサーのアパートメントに上がっていきます。まだ腕は組んだままです。
スペンサーがドアを開け、スーザンが先に中に入ると、灯りをつけないまま、スペンサーはスーザンを抱き寄せて言います。「Suze, I think I can work you into my system. スーズ、君を俺のシステムに組み入れることが出来そうだ」(菊池光氏訳)
スーザンが言います。「Enough with the love talk, off with the clothes. 愛の言葉はもう結構、さっ、脱ぐのよ」(菊池光氏訳)

これは、2作目<誘拐>で、二人が初めて愛を交わす段取りになったとき、スーザンが、「二人とも世慣れた大人で、お互いに愛を交わしたいと思っていながら、どうやってベッドルームに行ったらいいのかわからないでいる。こんなぎこちない気分はカレッジのとき以来だわ」と言い、スペンサーが「Enough with the love talk, off with the clothes 愛の言葉は十分だ、衣類を脱ごう」と言った言葉を、今度はスーザンが言っているのです。

2009年9月22日に掲載した、<失投>のイントロで、パーカーの引用文を是非もう一度お読みください、と書きました。パーカーは、この詩をいたく気に入っているようで、昨年上梓された36作目<灰色の嵐 Rough Weather>の5章でも、因縁のグレイマンこと、ルーガーとスペンサーに、この詩の掛け合いをやらせています。

引用文は、ロバート・フロストの詩からで、
Only where love and need are one,   愛と希求が一つになって
And the work is play for mortal stakes, 業が命を賭した勝負である時
Is the deed ever really done      初めて行いは真の意味を持つ
For heaven and the future’s sakes.   神と将来のために
       - Robert Frost -  菊池光氏訳

これは、リンダ・ラブのことだったのですね

失投 - Mortal Stakes - (1975) 終了


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