Study of Spenser

ロバート・B・パーカー著、ボストンの私立探偵スペンサーを読み解くガイドブックです

ゴッドウルフの行方 - Godwulf Manuscript - (1973) 12章

2009-07-13 | 海外ミステリ紹介
画像は、チャールズ川沿いのメモリアルドライブから見たボストンの景色


第12章
スペンサーがオーチャード邸から自分のアパートメントに戻ったのは、夜中の一時半。シャワーを浴びて着替えると、ボストン・グローブ紙夜勤をやっている知人に、<モレクの儀式>というグループの事を聞くのですが、小さいグループであるということくらいしかわからず、その夜は睡魔との闘いに敗れ、ほんの一分のつもりで横たわったのに、昼過ぎまで寝てしまいます。それはそうでしょう、ブロズの手下とやりあって、その後マリオンとエクササイズというわけですから。

朝食(すでに昼食)は、コーヒー(クリームとシュガー入り)と、シシトウガラシとトマト入りのスパニッシュ・オムレツで、スペンサーはオムレツをひっくり返すのはたいへん上手だと自画自賛しています。オムレツと共に食べたのはパンパニッケル(黒パン)で、コーヒーも三杯飲んでいます。

<モレクの儀式>の住所は、ノース・ケンブリッジで、褐色や灰色の三階建てのアパートメントが立ち並ぶ区域にあります。どうやらこのあたりの住人は仕事か学校に行っているらしい、と判断するのですが、ケンブリッジの住人の三人に一人は学生だ Every third person in Cambridge was a student. といっています。
<モレクの儀式>の建物には錠がかかっていたのですが、古い上に枠が歪んでいたので、スペンサーは薄いプラスチックを使って、ものの30秒ほどで突破します。中に入ると、強い香の匂い、大麻の匂い、そして掃除していないキティ・リターの匂いがするというのですが、キティ・リター(kitty litter)とは、キャット・リター(cat litter)のことで、ネコちゃんのトイレの砂(あるいはそれ用のマット)のことです。

ともかく誰もいないので、スペンサーは駐車していた車に戻って待ちます。フォルクスワーゲンのバスで八人が戻ってきて、女の子は三人でそのうちの一人がテリィです。さらにオールズモビルで五人が戻ってきました。時刻は夜の7時15分。自分はテリィを連れ出す法的権限がないことは十分承知で、スペンサーは建物の中に入って行きます。リビングルームの方からチャントのような音楽我聞こえ、リビングルームを祭壇に模してある場所に、角棒で作った多いきな十字架が天井からつるされていて、口に灰色のテープ(ヘンケルのダックテープかしら)を貼られ全裸のテリィが物干し綱(clothesline と言います)で十字架に縛り付けられているのを発見します。いわゆるイニシエーションの儀式です。他のみんなはハロウィンのかぼちゃのように三角に切り抜いたフードをかぶって、音楽に合わせるように体をゆすっていました。拳銃でテープレコーダーに一発打ち、左手でジャックナイフを取り出し、テリィを十字架から降ろします。人数的には12対1なのですが、フードの連中は身動きもせず、スペンサーはテリィを連れて建物から脱出します。

車に乗って1ブロックほど走ると(一応追っ手を警戒しているわけです)、テリィに自分のコートを渡してやります。そりゃ雪が降っているくらいですから寒いに決まっています。「そろそろ口のテープを取ってもいいんじゃないか Maybe you ought to take the gag off.」gag というのは、さるぐつわのことです。動詞もあります。アドリブでギャグを言う、などと同じスペルです。スペンサーはチャールズ川沿いにメモリアルドライブを下り、マサチューセッツ・アベニュー橋を渡ってボストン市内に戻ります。そして、橋からのボストンの景色はいつ見ても素晴らしい Boston always looks great from there. と言っています。

テリィをマールバラ・ストリートの自宅に連れて帰ると、氷をたくさん入れたグラスにバーボンを注ぎ、一つをテリィに渡します。テリィをバスルーム連れて行き、彼女のためにバスタブにお湯を張って、自分は夕食の準備に取り掛かります。冷蔵庫からボーンレスチキン・ブレストを4つ取り出し、ワイン、バター、クリーム、マッシュルームと一緒に煮込みます。その間にサラダを作り、ドレッシングはライムジュース、ミント、オリーブオイル、ハニー、そしてワインビネガーを混ぜています。

テーブルをセットしたときに、テリィがお風呂から出てきて、スペンサーはそのタイミングでビスケットをオーブンに入れています。ビスケットは焼きたてが断然おいしいので、良い配慮です。ここでいうビスケットとは、クッキーのことではなく、生地にショートニングを加えベーキングパウダーで膨らませた、外はサクサク中はふっくらした食感のパンのことです。ケンタッキー・フライド・チキンで食べることができます。

テリィはタバコ(シガレット)を要求し、スペンサーは友人の忘れ物のフィルタータバコを渡してやります。このときのテリィのタバコの吸い方を見て、ずっと以前にそれとそっくりの仕草をするある人を知っていたというのですが、これはいったい誰なのでしょう。スペンサーの父親かも知れません。

冷蔵庫からライン・ワインを1本取り出してグラスに注ぎ、焼きあがったビスケットを皿に盛り付けます。スペンサーはテリィのテーブルマナーは素晴らしいとしています。それは、使っていないほうの片手を膝に置いて、料理をすこしづつ口に入れ、ワインを軽く飲む、とまぁそういうことです。

それでも二人できれいに食べつくし、スペンサーは二本目のワインを取り出すために冷蔵庫に向かったのですが、コーヒーを沸かし始め、リンゴ酒(applejack = リンゴジュースで作ったブランディ)と小さなグラス(ポニーグラスと言います)を持ってテーブルに戻ってきます。はて、二本目のワインはどうなったのでしょう? テリィはまたタバコを吸い、スペンサーも葉巻(シガー)を吸い始めます。ほほぉ、スペンサー、葉巻吸うのですか。これは今後めったに見られない光景です。スペンサーはお酒はガンガン飲みますが、タバコはある時点でやめてしまっているのです。

夜も更け(多分)、スペンサーはテリィに自分のベッドをすすめ、自分はここのカウチで寝るからと言います。テリィがベッドに入る音がし、スペンサーは食器を洗い(とは言えディッシュウォーッシャー)、シャワーを浴びて髭をそり、寝る準備をします。

するとテリィが、ここにきてくれないかと、ベッドルームからスペンサーを呼びます。そして、「わかる? 私はこれまでにあなたに四回しか会ってないけど、この世で信頼できるのはあなただけなのよ Do you know, do you know I met you four times in my life, and you are the only person in the entire world I can trust.?」と言い、泣きはじめます。そして、喉が詰まったような声で、「愛して、感じさせて Love me, make love to me, make me feel,」てなことを言うわけです。

ったくもう、何てこったい!です。スペンサーも「何てことだ、最初は母親で、今度は娘だ Jesus, first the mother, then the daughter,」と思うには思うのですが、結局のところ、ベッドカバーを剥ぎ取ってしまいます。それはないと思うよ、スペンサー。『汚れた街を一人ゆく白馬の騎士』(文芸評論家の郷原宏氏のハードボイルド探偵の定義)はそんなことをしてはいけないのです。


最新の画像もっと見る