Study of Spenser

ロバート・B・パーカー著、ボストンの私立探偵スペンサーを読み解くガイドブックです

ゴッドウルフの行方 - Godwulf Manuscript - (1973) 15章

2009-07-16 | 海外ミステリ紹介
このブリッジを渡るとチャールズタウン。ブリッジの向こう左に見える茶色の建物のあたりが地下鉄が高架になっています。ベルソンが巡回巡査をしていた場所でしょうか?


第15章
スペンサーはフェンウェイ・ストリートのキャシー・コネリーのアパートメントを再び訪れます。番地は明記してないのですが、タウンハウスの三階で13号室。ドアの下から部屋の明かりが漏れているのですが、時刻は夕方の4時半です。
また、ドアに耳を当てると中でテレビかあるいはラジオの音がしているのが聞こえます。だからといって、室内に人がいるのを立証できるわけではないとしています。防犯なのか、単に消し忘れたのか、あるいは帰って来たときに寂しいからなのか。錠がかかったドアを蹴り開けて室内に入ると、以前に嗅いだことのある匂いを感じます。

そうです、キャシーは浴室で死んでいました。顔が下向きに水中にあって、体が膨れ始めていました。スペンサーの読みだと二日はこの状態のようです。彼女の死体をみていると、誰のだったか覚えていない詩の一節を思い出します。
Even the dreadful martyrdom must run its course. Anyhow in a corner, some untidy spot.
恐れ多き殉教者でさえ運命の道を辿らなくてはならない/いずれにしても、どこかの乱雑な片隅へ。
パーカーが記したのはここまでですが、この一節は Where the dogs go on with their doggy life 犬が犬の暮らしを続けているような場所 と続きます。

■■ スペンサーが覚えていないという、この詩の作者はW.H.オーデン(Wystan Hugh Auden)です。1907年イギリス生まれで、のちにアメリカに移住し、1973年にウィーンで亡くなっています。(写真を見ると、王冠の恋のウィンザー公やチャールズ皇太子に似た雰囲気です)オーデンは、この詩を『Musée des Beaux Arts ボザール・ミュージアム』として、ピーター・ブリューゲルの『イカロスの墜落』をモチーフに、人間の苦悩を表現しようとしています。

■■ ちなみに『イカロスの墜落 Landscape with the Fall of Icarus』は、ブリュッセルのロイヤル・ミュージアム Royal Museum of Fine Arts of Belgium が所蔵しています。

『イカロスの墜落』の話は割愛します(私もギリシア神話はあまり詳しくないのです)が、スペンサーが思い出したオーデンの一節は、つまり、人がどんなに頑張ってみようとも、自然の摂理には抗えない、そしてその人がどれほど厳しい運命にさらされようが、その人物以外の人々や動物は何の関わりもなく日常生活を送っている。つまり七時のニュースでどんなに大きな事故を取り扱っていようが、視聴者は朝ごはんを食べて会社だの学校だのだのに行くというのと同じです。ある人物にとって悲劇的な事柄が起きようとも、人が他人に対してある種の冷淡さを持っていられる、いずれにしても生活も人生も続いてゆくのです。と思うと、これはほとんどビートルズの『オブラディ・オブラダ ♪Obla Di, Obla Da, Life Goes On Bra!♪』ですね。

さてスペンサーは、昨日会ったアパートメントの管理人に電話を借りたいと言い、管理人は公衆電話に行けよ、こっちはチャリティじゃないんだと言います。スペンサーは、「13号室に死人がいて、警察に通報するのだ。おれに向かってイエス・サー以外の言葉を言うなら、少なくとも六回顔をぶん殴ってやる There is a dead person in room thirteen, and I am going to call the police and tell them. If you say anything to me but yes sir, I will hit you at least six times in the face. 」
最後の一文は、日本で英語を勉強しているとなかなか出にくい作文です。「少なくとも六回顔をぶん殴ってやる」を英訳せよという問題が出たら、” I will hit your face at least six times.” と書きそうです。もちろん間違いではないのでしょうが、” I will hit you at least six times in the face.” の方がそれっぽいですね。

管理人から電話を借りて、クワーク警部補に電話をすると、ベルソン部長刑事とイエーツ警部もやってきます。イエーツ警部はスペンサーをにらみつけて、誰かがあのドアを弁償するんだな、と言います。イヤなやつです。スペンサーはいうべき言葉がなく黙っていて、このテクニックをもっと磨く必要があるな、としています。だいたいスペンサーならここで軽口を叩いてやり返すのですが。イエーツはさらにスペンサーに「で、どういうことなんだ、ジャック、一体全体ここで何をしてる? What’s your story, Jack? What the hell are you doing here? 」と畳み掛けます。What the hell とかWhat a hell という言い方も、映画などではよくよく出てきます。[ hell ] が無くても、意味的には同じなのですが、相手に対する反対を表しているわけで、この場合は、一体全体 という言葉で、こんなところにいるスペンサーを非難しているのです。

スペンサーは、自分はジャックではなく、スペンサーだ、イギリスの詩人と同じように “s” だと言い、ガールスカウト・クッキーを売ってて粘れと言われたから、、、と、これはスペンサー流のユーモアです。

スペンサーはクワークに、検死官はキャシーのことをどういっているのかと聞くと、イエーツが事故死だ、風呂に入ろうとして足を滑らせて頭を打って溺死した、と答えます。クワークもベルソンも、警察の縦社会の人間ですから、そんな解釈はおかしいと感じていても、黙っているほかありません。
スペンサーはおかしいと思う点をイエーツに話すのですが、イエーツは「事故による溺死 Accidental death by drowning 」「明白だ Open and shut. 」と一蹴します。

そして、ベルソンにスペンサーの取り調べを命じ、スペンサーにはいつでも連絡がつくようにしておけと言います。スペンサーはスペンサーで、なんならあんたの家の裏口のステップで寝ようかと返しますが、すでにイエーツは部屋を出ていました。

クワークはイエーツの後を追って部屋を出て、スペンサーはベルソンにひどい話じゃないか、事故死にしても殺人の容疑者(テリィのこと)の以前のルームメイトが死んでいるのだからもっとちゃんとと抗議するのですが、ベルソンは、「自分はチャールズタウンのMTAの高架下でドアノブを鳴らす巡回をやってた I spent six years rattling doorknobs under the MTA tracks in Charlestown. 」つまり刑事となった今は、生活安全課には戻りたくないわけです。

■■ MTAは、現在はMBTAに名称変更していて、それは Massachusetts Bay Transportation Authority の略です。<Bay>が入ったのは、恐らくフェリーボートもコミューターとして加わったからだと推測するのですが、どうでしょうか。チャールズタウンからボストンのウォーターフロントまで大体30分おきに出ていて、所要時間は10分です。


最新の画像もっと見る