Study of Spenser

ロバート・B・パーカー著、ボストンの私立探偵スペンサーを読み解くガイドブックです

ゴッドウルフの行方 - Godwulf Manuscript - (1973) 18章

2009-07-22 | 海外ミステリ紹介
画像は、雨のニューベリー・ストリート


第18章
ウェストランド・アベニューのマーク・テイバーは留守で、スペンサーは車の中で待ちます。夕方六時半になり、マーク・テイバーが帰って来て部屋に入るときに、無理やり一緒に中に入ります。今度は少々手荒くやるつもりなのです。マークは抵抗し、スペンサーに対して「ヘイ、マン!」的な物の言い方をし、ヘイドンについては何も知らないと言い張ります。

スペンサーはマーク・テイバーにしゃべらせる前に、彼に物を言うときの作法について話します。そして、マーク・テイバーを壁に押し付けて、自分と向かい合うときは、ミスタ・スペンサー言うんだ、自分を“マン”と呼ぶことは許さないと言うのです。
そして、マーク・テイバーの横っ面を平手で打ち slapped him across the face、シャツの胸倉を捻じりあげます。マーク・テイバーから、ヘイドンはSCACEの秘密メンバーのような存在だったということを聞きだします。ゴッドウルフ・マニュスクリプトの盗難事件は自分は関係なく、ヘイドンと殺されたデニスの企みであったこと、そしてデニスは大学内でヘロインを売っていたことも聞き出します。

マーク・テイバーはそれ以上は何も知らないとみて、スペンサーは開放します。マーク・テイバーは泣き出し、スペンサーは彼に「何もわからないで強すぎる相手に出会ったら、誰だって怯える。別に恥ずかしがることではないんだ、坊や Everyone gets scared when they are over matched in the dark; it’s not something to be ashamed of, kid.」

このあたりにスペンサーのマッチョ的な一面が出ています。つまり男同士の闘いで負けるということに、スペンサー自身が非常に屈辱を感じるタイプなので、器量が違えば仕方がないこともある、というスペンサー流の慰め方なのです。この手のセリフは別の作品にもよく表現されています。

八時近くになり、外は冷たい雨になっていました。朝食以来何も食べていなかったスペンサーは、ステーキハウスに行って食事をします。半分くらい食べたとき、店内のバーのところにある鏡に自分が映っているのに気がつきます。一人で食事をするのが当然のような人間に見えた I looked like someone who ought to eat alone. 二度と鏡を見なかった、としています。ハードボイルド・ヒーローの孤独です。アイリッシュ系のハンサム(そこそこ)で、シニカルなユーモアを連発する大男(185センチ、88キロ)が、自分を映した鏡の中に普段は出していない暗い目をした自分を見つける。こんなところで私は不覚の涙です。近くにいたら、駆け寄ってヨシヨシしてあげたいくらいです。

十時二十分前にアパートメントに戻ったら、スペンサーの車の前に得体の知れない車が停まっていました。クワーク警部補です。クワークはスペンサーに、何がわかった? What have you got? と聞きます。スペンサーは、何かわかったとはどういう意味だ What do you mean what have I got? と聞き返すのですが、この後に You taking a survey for H.E.W.? と続きます。日本語訳だと、役所のために調査でもしているのか? となっているので、<H.E.W.>はHealth Education & Welfare あたりのアクラニムだと思われます。まさか High Energy Weapon ではなさそうですし。

さらに、キャシー・コネリー、ヘイドン教授とデニス・パウエル殺人事件について何がわかったんだというクワークに、スペンサーは「そっちが探偵にちがいない、やっていることを全部知ってるんだな Say, you must be some kind of investigator; you know all about I’m up to.」と、皮肉な発言をし、さっきの鏡の中の自分はもう振り切っています。
クワークはできるだけ丁寧に聞いているのです。自分やベルソンは縦社会のしがらみで動けないけど、事件をうやむやにしないために、事件を事件として立証するためにスペンサーに動いてもらっているという負い目があるからです。

スペンサーもクワークが正しいと思っているのですが、さっきウェストランド・アベニューでマーク・テイバーを脅したイヤな気分をクワークに八つ当たりしていることはわかっているのです。
I felt lousy about Mark Tabor, and I was taking it out on Quirk. <take it out on ~ >のような、一見イージーな単語を早口で言われたら、スペシフィックなキーワードがないだけに聞き取りにくいものです。(リスニングの道は果てしない・・・嗚呼)

スペンサーはクワークにこれまでにわかったことを話します。ヘイドンとキャシー・コネリーは愛人関係にあったこと。ヘイドンがキャシーに宛てた手紙を持っていること。ヘイドンとデニス・パウエルが写本の盗難に関わっていて、ヘイドンはSCACEの秘密メンバーだったことを証言できる証人(マーク・テイバー)がいること。写本が戻れば調査はやめるとジョウ・ブロズに言った翌日に写本が戻ってきたこと。
スペンサーはジョウ・ブロズに調査はやめると言いながらも、全然やめるつもりはなく続行しているのです。ま、ギャングの親玉がやめろと言ったからってやめるようなスペンサーではありません。むしろ天邪鬼なので、やめろと言われればやめないタイプです。

さらに、ブロズとヘイドンが結びついていると信じるに足りる事実をも話します。ヘイドンに最初に会った翌日にブロズから威されたこと。二度目にヘイドンと話したら、自分が命じたらスペンサーを殺す連中を知っていると言ったこと。スペンサーやクワークならその手の人物の心当たりはあるのでしょうが、普通の大学教授なら見当もつかない分野です。パウエルがヘロインを売っていたのなら、ブロズとの接点はあること。ヘイドンとパウエルとブロズの取り合わせは、意味の無い偶然にしてはでき過ぎていること。ギャングと大学社会に共通するものは麻薬以外に考えられないこと。ヘイドンのガールフレンド(キャシー)とパウエルのガールフレンド(テリィ)は以前ルームメイトだったということは、テリィの拳銃の仕舞い場所をキャシーが知っていたと十分に考えられること。そうすると、テリィの拳銃を手に入れられるのはヘイドンになるということ。

スペンサーとクワークは、ヘイドンは相当に怪しいとしますが、一連の犯人がヘイドンだという証拠はないわけで、クワークはスペンサーに、自分ならもっとヘイドンを追い込むと言います。イエーツ警部に意見のできないクワーク警部補も気の毒です。どの業界もそうですが、<補>一文字の有る無しは大きい違いなのです。

そして、スペンサーがブロズをいじくりまわしているのだとしたら、スペンサーはある朝死体になっているかもしれない。それに備えて、証人の名前を聞いておいた方がいいな If you‘re messing with Joe Broz, you might turn up dead some morning. I’d better know the name of the witness in case you do. と言い、スペンサーはマーク・テイバーの名前と住所を告げます。

おや、ここでは 77 Westland Avenue と言っています。第7章では、177 Westland Avenue となっているのですが。原文もそうなっているので、翻訳の問題ではなさそうです。とすると、もともとの編集者のミスでしょうか。ウェストランド・アベニューに77番地なら存在します。

そして、クワークは飲み物の礼を言い、スペンサーは戸口まで見送るのですが、スペンサーが殺されるのかもしれないと、クワークが本気で心配してくれているのだと悟ります。


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