Study of Spenser

ロバート・B・パーカー著、ボストンの私立探偵スペンサーを読み解くガイドブックです

ゴッドウルフの行方 - Godwulf Manuscript - (1973) 19章

2009-07-23 | 海外ミステリ紹介
画像は、ボストン大学


19章
翌朝スペンサーは大学に行って、ヘイドンを尾行することにします。
ヘイドンの講義中は廊下で身を潜め、オフィスで学生達と<ザ・プレイ・オブ・ザ・ウェザー>と<ガンマー・ガートンズ・ニードル>について語り合っている間は廊下の端にある掲示板を眺めていました。

■■ <ザ・プレイ・オブ・ザ・ウェザー The Play of The Weather> は、ジョン・ヘイウッドという人によって書かれたエリザベス朝時代のドラマのようです。

■■ <ガンマー・ガートンズ・ニードル Gammer Gurton's Needle> は、1553年頃に書かれたとされる、英語における最も古いコメディです。
作者は"Mr S. Mr. of Art".として発表されましたが、ウィリアム・スティーヴンソンであったと信じられていて、物語のプロットは、ガートンばあさんの縫い針が紛失し、それを捜す騒動が巻き起こり、最終的にはガートンばあさんの夫が座った椅子にあったという他愛も無い話で、いずれもヘイドンの専門である中世の文学です。

スペンサーのヘイドン張り込みは続き、スペンサーは自分のお腹がグーグー鳴っているのがヘイドンに聞こえるはずだとしています。 He’d hear my stomach rolling. スタマック・ローリングと言うのですね。四時にヘイドンが<ベーオウルフ>の講義を始めたので、急いでマクドナルドでハンバーガー六個と、パッケージ・ストア(酒屋のこと)でワイルドターキーの1パイント(約473ml)の瓶を調達します。

■■ <ベーオウルフ Beowulf> というのは、英文学最古の作品の一つ(八世紀から九世紀にかけて)で、デンマークを舞台とする勇士ベーオウルフが、巨人やドラゴンを退治して王になるという冒険物語(叙事詩の体裁)です。ファンタジー小説のハシリですね。<ベーオウルフ>の研究者としてはトールキンがいて、<指輪物語>執筆への影響を受けたのだそうです。

車に乗り込んだヘイドンを追って尾行を開始します。キャラハン・トンネルを抜けて、イースト・ボストンに入るまでは、ラッシュアワーで運転に両手を使わなくてはならず、ルート1Aからリン・ショア・ドライブに達した頃に、ハンバーガー3つとワイルドターキーを2インチほど飲みます。マクドナルドのハンバーガーはスペンサーの好物の一つなのですが、冷えたハンバーガーは、ジェリー・ドーナツとホッケーのパックの中間くらいの味だとしています。また、1パイントのワイルドターキーは9ドルだったようです。パッケージ・ストアで買うと高いですね。

ヘイドンの家のある通りで車を停めて見張っているのですが、ガソリンが少なくなったのでエンジンを切ります。11月末の話ですから、この時期のボストンは相当寒いはずです。待っている間に、残りのハンバーガーとバーボンはなくなり、ヘイドンは出てきて自白しなければ、ジョウ・ブロズやブロズの手下のフィルが現れるでもなく、<未来のクリスマスの幽霊>も、ケンブリッジの<モレクの儀式>がやって来て<シグマ・カイの恋人>を窓辺で歌うようなこともなく、十一時にヘイドンの家のリビングルーム灯りが消えたのを潮に、スペンサーは自宅に帰ります。 Stiff(体がこわばり), sore(痛くて), tired(疲れていて), crabby(不機嫌で), dyspeptic(消化不良で), cold(寒くて), and about five-eights drunk(8分の5程度酔っ払っていた) としています。けっこうサイテーですね。

■■ <未来のクリスマスの幽霊 Ghost of the Christmas Future>というのは、チャールズ・ディケンスの小説<クリスマス・キャロル>で、守銭奴スクルージの前に現れるキャラクターです。
<モレクの儀式>については、第12章を参照してください。
<シグマ・カイの恋人 The Sweetheart of Sigma Chi>とは、カレッジ・フラタニティ(大学友愛会)のポピュラーな歌で、書かれたのは1911年。ペリー・コモが歌ったり、ビッグバンドで演奏されたりもしていますし、このタイトルで映画になったこともあります。

前日に懲り、翌日はサンドウィチと魔法瓶にコーヒー入れて出動です。尾行は何ごともなく終わり、前日よりも胃の具合は良いものの、退屈という状態にこれまで知らなかった次元があるというのを発見します I had discovered new dimensions of boredom.

三日目に新しい展開がありました。ヘイドンが五時までのクラスを終えて駐車場の車に乗ると、男が二人、彼の車に乗り込んだのです。この季節の五時過ぎだともう暗くなっていますね。
大学からハンティントン・アベニュー(Huntington Ave)を南西に取り、ジャメイカウェイ(Jamaicaway)を南に下ります。ジャメイカ・ポンド(Jamaica Pond)あたりで、ヘイドンの車は道からそれて路肩に停まります。スペンサーはそれをやり過ごして、左折して脇道に入って車を停めます。他人の家の裏庭を横切って(cut through the backyard)、ヘイドンの車のそばに行くのですが、誰も乗っていません。

池の氷から霧が立ちのぼっていて、半分融けた雪道に池に向かって下っている足跡があり、それを辿って坂道を下ります。進むに連れて切りは濃くなり、5フィート(約1メートル50センチ)先しか見えないのです。スペンサーは、池の周りの湿地から、<ベーオウルフ>が飛び出して来て、何かの腕をちぎり取るんじゃないかと半ば想像したりしています。そして、心の中で独り言を言います。「My God, Holmes, those are the footprints of a gigantic hound… 大変だ、ホームズ、これは巨大な猟犬の足跡だ・・・」スペンサーはワトソン博士になっているのです。

雨でウールのコートが濡れ、前方で低い泣き声のような音がします。以前に朝鮮で覚えたように(スペンサーは朝鮮戦争に行っているのです)、顔を斜めにして目を凝らすと、哀れな声を出しているのはヘイドンでした。ヘイドンは立っているのもようようといった具合で一人の男に支えられ、段々大きな声で泣き喚きだすと、別の男が銃身の長い拳銃をヘイドンの後頭部に当てます。その瞬間、スペンサーは自分の拳銃を半身に構え、「動くな!」と言います。もちろんセリフはフリーズ!です。(拳銃で撃たれた日本人留学生の、ハロウィンの悲劇を思い出しますねぇ)

スペンサーは脇腹をやられてしまいます。よろめきながらも姿勢を整え、一人を撃ちます。倒れた男の相棒が撃ち始め、ヘイドンはやぶの方へ這って行くのが見えます。スペンサーは木の後ろに飛び込みます。まだ痛みは感じないとしながらも、体の左側全体がしびれ my whole left side was numb、軽いめまいがする felt a little dizzy のです。

雨は激しく降り続いていて、スペンサーは雪の上を腹ばいになって後ろに進み、大きなアメリカハリモミ(Blue spruce, エゾ松の一種)の枝の下に入ります。そして、ここで死ぬのだろうか I wonder if I’d die here. と考えます。吐きそうになる(throw up – この言葉は日常生活で便利ですよ)のですが、音で位置を知られることを恐れ、飲み込み I swallowed it back ます。

静寂が続き、キリスト教の歴史ほど長い時間がたったような気がしたとき(こういう、スペンサー流の大げさな比喩って大好きです)、相手を見ました。その男は、最初にスペンサーが隠れていた木の前方にいて、スペンサーが移動していなければ、スペンサーの後ろに出られたはずなのです。スペンサー、あのままでいたら危なかったのです。「He was good. 彼は腕が立つ」とスペンサーも認めています。男は、スペンサーが居ないのに気づき、居場所の見当をつけてその方向をサッと向いた瞬間に、スペンサーは両手で拳銃を構えて胸に三発撃ち込みます。
スペンサーは、男に脈がないのを確認し、さらに倒れている最初の男のところに這って行き、首に手を当てて脈を確認します。

「ヘイドン!」とヘイドンを捜すのですが、返事がありません。もう大丈夫だ、二人は死んだ、出て来いと言われると、メガネをなくしたヘイドンがやぶの後ろから出てきました。ヘイドンは、スペンサーに助けられたことに感謝するでもなく、「彼らは自分を殺そうとした、そんな権利はないのに」と重傷を負っているスペンサーには無関心です。(こいつはそんなヤツです)

スペンサーは痛みをこらえ、その話は後でしよう、今は手を貸してくれ、と言うのですが、ヘイドンは「味方だったのに。一緒に仕事をしていたのに。なのに、わたしを殺そうとした」と、まるで自己チューの見本のようなやつです。ヘイドンは小柄で金髪という設定なのですが、映画にするとしたら、若い頃のユージーン・レヴィ(Eugene Levy)なんかが適役のように感じます。

スペンサーは、ヘイドンに向かって「お前は殺されるはずだったんだ They were supposed to kill you.」 と言い、ばったり倒れてしまいます。それなのにヘイドンときたら、自分の命を救ってくれたスペンサーを助けもせず、後ずさりをしながら自分の車の方に行ってしまうのです。よくよく sonova bitch なやつです。スペンサーは、立ち上がろうとするのですが、歩いて帰るのは困難だと判断し、這いながら、めまい(dizziness)と吐き気(nausea)がひどくなるのでした。

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