パーク街79丁目にある夫妻のアパートメントには故ダイアナ英国元皇太子妃やナンシー・レーガンら多くの著名人たちが集いました。美しいその内装もたびたびメディアに取り上げられ、マルグリッドの絵、ロバート・グラハムの彫刻や調度品に囲まれた豪華な室内は話題を集めました。子供たちが独立したあとは、その部屋がナンのクローゼットとして改装されていたといいます。
ハーパーズ・バザーやヴォーグ誌とも関わり、ティファニー社のデザインコンサルタントや名門オークションハウス「クリスティーズ」にも請われて籍を置き、世界各地で開かれるファッションショーに繰り出し、ランウェイを最前列から見つめる彼女の姿はそれだけでそのメゾンの名声に箔をつけることになりました。
その確かな審美眼と人を惹きつける魅力と人柄を保ち、ゆえにニューヨーク社交界に女王として君臨し続けたナン・ケンプナー。その一方で彼女はチャリティー活動にも熱心に取り組んでいたことでも知られています。2000年に出版された彼女が携わった著作"R.S.V.P.: Menus for Entertaining From People Who Really Know How"の売り上げは、全てスローン・ケタリング病院に寄附されています。
長年の喫煙から肺疾患に悩まされていた彼女(その始まりは14歳だったとか)、晩年は症状の悪化により入退院を繰り返すようになり、ここ数年は酸素吸入器が手放せない状態にあったといいます。それでも彼女の舞台は常に世界にありました。そしてその舞台で前を向いて駆け続けることを望んだのも彼女自身でした。
Optimistを貫いたナン・ケンプナー。医師の説得すらそれにブレーキをかけることは出来なかったようです。2005年、75歳の誕生日も近い7月3日、彼女は長く暮らしたパーク街の自邸で肺気腫のためこの世を去りました。その死は世界に発信され、哀悼と惜別の言葉が次々と届けられ、彼女の幅広い広い交友関係を改めて世に示すことになりました。
"She was the most stylish woman in New York, and certainly the most elegant one,New York will miss her, and so will I.."
デザイナーDiane.von.Furstenbergはこう語り、彼女の死を悼みました。
そしてナンが1962年の初コレクション以来、欠かさずにショーを訪れ親交を結んだサンローラン、彼の悲しみを代弁したビジネスパートナーPierre.Berg・は次のように声明を発表しました。
"She was a true friend and very faithful.She was very elegant and generous. She belonged to an era that no longer exists. An era of the caf・ society and women who went back and forth from St. Moritz to Nassau. She had a free spirit. And she was always a great champion of creativity. Yves and I are both very sad."
*Apartment….(895.Park ave at E79th st)
*Metropolitan Museum of Art
*Swifty’s….(1007.Lexington ave at E73rd st)
ハーパーズ・バザーやヴォーグ誌とも関わり、ティファニー社のデザインコンサルタントや名門オークションハウス「クリスティーズ」にも請われて籍を置き、世界各地で開かれるファッションショーに繰り出し、ランウェイを最前列から見つめる彼女の姿はそれだけでそのメゾンの名声に箔をつけることになりました。
その確かな審美眼と人を惹きつける魅力と人柄を保ち、ゆえにニューヨーク社交界に女王として君臨し続けたナン・ケンプナー。その一方で彼女はチャリティー活動にも熱心に取り組んでいたことでも知られています。2000年に出版された彼女が携わった著作"R.S.V.P.: Menus for Entertaining From People Who Really Know How"の売り上げは、全てスローン・ケタリング病院に寄附されています。
長年の喫煙から肺疾患に悩まされていた彼女(その始まりは14歳だったとか)、晩年は症状の悪化により入退院を繰り返すようになり、ここ数年は酸素吸入器が手放せない状態にあったといいます。それでも彼女の舞台は常に世界にありました。そしてその舞台で前を向いて駆け続けることを望んだのも彼女自身でした。
Optimistを貫いたナン・ケンプナー。医師の説得すらそれにブレーキをかけることは出来なかったようです。2005年、75歳の誕生日も近い7月3日、彼女は長く暮らしたパーク街の自邸で肺気腫のためこの世を去りました。その死は世界に発信され、哀悼と惜別の言葉が次々と届けられ、彼女の幅広い広い交友関係を改めて世に示すことになりました。
"She was the most stylish woman in New York, and certainly the most elegant one,New York will miss her, and so will I.."
デザイナーDiane.von.Furstenbergはこう語り、彼女の死を悼みました。
そしてナンが1962年の初コレクション以来、欠かさずにショーを訪れ親交を結んだサンローラン、彼の悲しみを代弁したビジネスパートナーPierre.Berg・は次のように声明を発表しました。
"She was a true friend and very faithful.She was very elegant and generous. She belonged to an era that no longer exists. An era of the caf・ society and women who went back and forth from St. Moritz to Nassau. She had a free spirit. And she was always a great champion of creativity. Yves and I are both very sad."
*Apartment….(895.Park ave at E79th st)
*Metropolitan Museum of Art
*Swifty’s….(1007.Lexington ave at E73rd st)