健康診断で、健康かどうかの目安にされている高血圧や中性脂肪。日本人間ドック学会が発表したその「新基準」が大きな波紋を広げている。基準値が大幅に緩和され、専門学会が猛反発するなど大論争になっているのだ。基準値が緩和されると“病気予備軍”は減ることになり、高血圧などと診断された側にとっては朗報といえそうだが、専門家は「数値だけを頼りにしていると危ない」と警告する。どういうことなのか。
今までの基準は一体、何だったのか-。
健康診断の結果が出るたびに一喜一憂していた人は、いまこんな心境かもしれない。日本人間ドック学会が先月4日に公表した「新基準値」のことだ。
「学会が人間ドック検診受診者約150万人から超健康人約1万~1万5000人を対象に調査し、導き出した新たな健康基準で、研究対象は尿酸値など27項目。なかでも『生活習慣病』の主要因といわれる血圧、LDLコレステロール、中性脂肪の基準が緩くなったことが注目を集めている」(都内の医療関係者)
高血圧症は致死率の高い脳卒中や心筋梗塞(こうそく)などの重大疾病を招く危険性が高い。そのため、自分の血圧に注意をはらっている人は多いが、公表された新基準は従来の認識を覆すものだった。
「これまでは上(収縮期血圧)が140以上、下(拡張期血圧)が90以上で高血圧とされてきた。ところが、新基準では上は147まで、下は94まで正常値とされた。医師に『病気予備軍』と診断されてきた人の多くが対象から外れることになる」(同)
脂質異常症から動脈硬化を引き起こす危険因子、中性脂肪の値もグンと緩和された。男女とも150以上が“危険域”だったが、新基準では男性が「39~198」で、女性は「32~134」。男性は従来の上限値を大きく上回った。
別名「悪玉コレステロール」といわれるLDLコレステロールも同様だ。一律140以上で脂質異常症と診断されてきたが、新基準は男女別に分かれ、男性は「72~178」、女性は30歳から80歳まで3段階に細分され、例えば45~64歳は「73~183」の範囲が正常値とされた。
ただ、この新基準を歓迎しない人たちもいる。
高血圧には「日本高血圧学会」、中性脂肪とLDLコレステロールには「日本動脈硬化学会」の専門学会があり、従来の基準値はそれぞれの学会が決めてきた。今回の調査はその“常識”を突き崩すものだったため、反対の声は少なくない。
医療現場も賛否で割れている。
首都圏の大規模病院心臓血管外科医は「時間の経過とともに基準も見直すべきだ。時代に即した新基準を打ち出すことは必要」とし、関西の大規模病院消化器外科医は「従来の基準が厳しすぎた」。「軽度の高血圧や脂質代謝異常の人の薬への依存が緩和されることはいいこと」(首都圏の民間病院消化器外科医)との声もある。
だが、関東の大学病院循環器内科医は「今回の基準は“断面調査”であり、調査対象となった人たちが20年後にどうなっているかをみた“前向き調査”ではない」と話し、首都圏の大学病院脳神経外科医は「厳しい基準で取り組んできたからこそ、日本人の脳出血患者は激減できた」と断言する。
「従来の基準は確かに厳しかったが、今回の新基準は、国民のためというよりは『医療費削減』を狙う思惑が強く感じられる」(関西の開業医)という意見もある。
2000年度に30・1兆円だった医療費は、11年度には38・5兆円にまで増大した。5年連続で過去最高を更新するなど国の財政を逼迫(ひっぱく)させているため、行政側の思惑を指摘する関係者は確かにいる。
近畿大学講師で医師の榎木英介氏も「基準緩和で患者が減ると、当然医療費も減る。それに対して、医師と製薬業界は患者がいないと商売にならない。患者を減らしたい行政と権益を死守したい医療業界とのせめぎ合いになっている側面がある」と解説する。
厚生労働省によると、高血圧症の患者数は11年に906万7000人に達し、高脂血症も188万6000人を記録した。製薬会社にとっては、高血圧症に処方される降圧剤や高脂血症薬はドル箱。業界が、利益を失う可能性のある新基準を脅威に感じても不思議ではない。
物議を醸す新基準。ただ、われわれサラリーマンにとって最も気になるのは、諸業界の事情ではなく、この新基準を受けて、高血圧や中性脂肪などを抑制する薬を止めたり、摂生していた生活習慣を元に戻したりしてもいいのかという点だ。
医療ジャーナリストの長田昭二氏は「今回の新基準は、あくまで健康な人を対象にした調査であって、すでに血管や脂質代謝に異常を持つ患者は対象外。それを認識せず、いま基礎疾患を持っている人が『血圧147未満だから健康なんだ』と勘違いする事態は避けなければいけない。降圧剤を処方されている人が自分の判断で突然やめたりするのは危ない。健康への意識を高く持って、常日頃から摂生に努める姿勢を怠らないことが大事だ」と話す。
安易に朗報と判断してはいけないようだ。
今までの基準は一体、何だったのか-。
健康診断の結果が出るたびに一喜一憂していた人は、いまこんな心境かもしれない。日本人間ドック学会が先月4日に公表した「新基準値」のことだ。
「学会が人間ドック検診受診者約150万人から超健康人約1万~1万5000人を対象に調査し、導き出した新たな健康基準で、研究対象は尿酸値など27項目。なかでも『生活習慣病』の主要因といわれる血圧、LDLコレステロール、中性脂肪の基準が緩くなったことが注目を集めている」(都内の医療関係者)
高血圧症は致死率の高い脳卒中や心筋梗塞(こうそく)などの重大疾病を招く危険性が高い。そのため、自分の血圧に注意をはらっている人は多いが、公表された新基準は従来の認識を覆すものだった。
「これまでは上(収縮期血圧)が140以上、下(拡張期血圧)が90以上で高血圧とされてきた。ところが、新基準では上は147まで、下は94まで正常値とされた。医師に『病気予備軍』と診断されてきた人の多くが対象から外れることになる」(同)
脂質異常症から動脈硬化を引き起こす危険因子、中性脂肪の値もグンと緩和された。男女とも150以上が“危険域”だったが、新基準では男性が「39~198」で、女性は「32~134」。男性は従来の上限値を大きく上回った。
別名「悪玉コレステロール」といわれるLDLコレステロールも同様だ。一律140以上で脂質異常症と診断されてきたが、新基準は男女別に分かれ、男性は「72~178」、女性は30歳から80歳まで3段階に細分され、例えば45~64歳は「73~183」の範囲が正常値とされた。
ただ、この新基準を歓迎しない人たちもいる。
高血圧には「日本高血圧学会」、中性脂肪とLDLコレステロールには「日本動脈硬化学会」の専門学会があり、従来の基準値はそれぞれの学会が決めてきた。今回の調査はその“常識”を突き崩すものだったため、反対の声は少なくない。
医療現場も賛否で割れている。
首都圏の大規模病院心臓血管外科医は「時間の経過とともに基準も見直すべきだ。時代に即した新基準を打ち出すことは必要」とし、関西の大規模病院消化器外科医は「従来の基準が厳しすぎた」。「軽度の高血圧や脂質代謝異常の人の薬への依存が緩和されることはいいこと」(首都圏の民間病院消化器外科医)との声もある。
だが、関東の大学病院循環器内科医は「今回の基準は“断面調査”であり、調査対象となった人たちが20年後にどうなっているかをみた“前向き調査”ではない」と話し、首都圏の大学病院脳神経外科医は「厳しい基準で取り組んできたからこそ、日本人の脳出血患者は激減できた」と断言する。
「従来の基準は確かに厳しかったが、今回の新基準は、国民のためというよりは『医療費削減』を狙う思惑が強く感じられる」(関西の開業医)という意見もある。
2000年度に30・1兆円だった医療費は、11年度には38・5兆円にまで増大した。5年連続で過去最高を更新するなど国の財政を逼迫(ひっぱく)させているため、行政側の思惑を指摘する関係者は確かにいる。
近畿大学講師で医師の榎木英介氏も「基準緩和で患者が減ると、当然医療費も減る。それに対して、医師と製薬業界は患者がいないと商売にならない。患者を減らしたい行政と権益を死守したい医療業界とのせめぎ合いになっている側面がある」と解説する。
厚生労働省によると、高血圧症の患者数は11年に906万7000人に達し、高脂血症も188万6000人を記録した。製薬会社にとっては、高血圧症に処方される降圧剤や高脂血症薬はドル箱。業界が、利益を失う可能性のある新基準を脅威に感じても不思議ではない。
物議を醸す新基準。ただ、われわれサラリーマンにとって最も気になるのは、諸業界の事情ではなく、この新基準を受けて、高血圧や中性脂肪などを抑制する薬を止めたり、摂生していた生活習慣を元に戻したりしてもいいのかという点だ。
医療ジャーナリストの長田昭二氏は「今回の新基準は、あくまで健康な人を対象にした調査であって、すでに血管や脂質代謝に異常を持つ患者は対象外。それを認識せず、いま基礎疾患を持っている人が『血圧147未満だから健康なんだ』と勘違いする事態は避けなければいけない。降圧剤を処方されている人が自分の判断で突然やめたりするのは危ない。健康への意識を高く持って、常日頃から摂生に努める姿勢を怠らないことが大事だ」と話す。
安易に朗報と判断してはいけないようだ。