日本で初めて鉄道が開業した際、海上に線路を敷くために造られた鉄道構造物「高輪築堤(ちくてい)」(東京都港区)の遺構をめぐり、JR東日本考古学者らの間で見解が分かれている。JR東は一帯で開発を進めており、移築や一部分の保存を進めたい意向。これに対し、考古学者側は歴史的な価値があるとして現地での全面保存を主張。議論が平行線をたどるなか、政府も動き出した。(一條優太、丸山ひかり

 JR東日本は自社の誕生の地であるこの遺跡の重要性を認識すべきだ」

 今月2日、考古学研究者でつくる日本考古学協会(東京)が辻秀人会長名で声明文を出した。高輪築堤の遺構を「世界史的にも稀有(けう)だ」と高く評価し、「東アジア最初の鉄道の遺跡として全体を保存する責務がある」と指摘。JR東に全面保存と開発計画の抜本的見直しを求めた。

 この翌日、JR東の深沢祐二社長は定例会見で、高輪築堤の遺構を「大変意義深い」と評価しながらも、「全面保存という形では開発自体が全く成り立たなくなる」と述べ、協会の要望に否定的な考えを示した。

 高輪築堤は1872(明治5)年、日本初の鉄道が新橋―横浜間に開通した際、現在のJR田町駅付近から品川駅付近までの長さ約2・7キロに築かれた。

 明治末期以降に埋め立てられた際に撤去されたとも考えられていたが、2019年にJR品川駅改良工事の現場から石積みの一部が見つかった。20年7月にはJR東が再開発を進める高輪ゲートウェイ駅前の車両基地跡からも発見され、これまでに確認された遺構は計約1・3キロに及ぶ。

 歴史的な発見として話題となったが、悩ましいのは、遺構がJR東の開発地域を横切る形で出土したことだ。JR東は、24年度までにオフィスなどが入る超高層ビルを開発区域の一部に建てる計画で、事業費は5千億円規模。国家戦略特別区域の特定事業として国から認定も受けた。仮に遺構をそのまま残せば開発計画への影響は必至で、JR東は、経営的にも影響が大きいプロジェクトの大幅な見直しに消極的な姿勢を示してきた。

 日本考古学協会は1月、JR東や文化庁などに「一部だけの保存や移築は遺跡の意義を根本から損なう」と開発の見直しを求める要望書を提出。JR東の深沢社長は会見で「半年ぐらい先には着工段階に」との意向を示し、議論は平行線のままだ。

日本考古学協会要望書

2021年1月22日

 国土交通大臣             赤 羽 一 嘉 様
 文化庁長官              宮 田 亮 平 様
 東京都知事              小 池 百合子 様
 東京都教育委員会教育長        藤 田 裕 司 様
 港区長                武 井 雅 昭 様
 港区教育委員会教育長         浦 田 幹 男 様
 東日本旅客鉄道株式会社代表取締役社長 深 澤 祐 二 様                                                           

一般社団法人日本考古学会 埋蔵文化財保護対策委会 委員長 藤 沢  敦

高輪築堤跡の保存に関する要望書

  江戸が東京と名を変えて間もない明治五年 (1872)、我が国初の鉄道が新橋-横浜間に敷かれました。明治政府の技術者はこのとき、イギリス人技師の指導の下に高輪付近の浅瀬に海岸線と平行に堤を築き、その上に線路を敷設しました。それは日本の伝統的な技法に西洋の進んだ技術を加えた、当時の最先端の土木工学を駆使したものでした。JRを中核とする、日本が世界に誇る鉄道文化は、実にここから始まったのです。それは、西洋の産業革命にも比肩しうる、日本における近代の幕開けの象徴でもありました。この築堤上を走る汽車を描いた著名な錦絵は、「文明開化」を実感する人々の喜びをよく表しています。(太字は管理人)

  今その築堤が、1.3㎞にわたってほぼ当時のままの姿で私たちの前に現われました。延々と続く石垣や緻密な石組みで作られた橋台など、見る者を圧倒するその威容は、近代化を目指した明治の人々の意志をじかに感じさせるばかりでなく、明治初期の土木技術を探る上でも計り知れない価値を有しています。発掘調査で明らかになった、単線から複線化、そして3線化に至る築堤拡張の工程は、日本の鉄道史そのものです。

  本遺跡は、日本の近代化遺産として、疑問の余地なく国史跡あるいは国特別史跡に相当します。その価値は、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」にも何ら遜色ありません。この遺跡について東日本旅客鉄道株式会社は、遺跡を部分的に保存または移築する意向を表明しています。しかし、発見された築堤跡は、国指定史跡旧新橋停車場跡から直接続くもので、両者は切っても切れない関係にあります。一部だけの保存や移築という措置では、この遺跡の意義を根本から損ないます。それは高輪の地で海上に建設された、あの錦絵に描かれているとおりの姿であってこそ意味を持つのです。

  高輪築堤跡は近代日本の至宝です。遺構全体を現地で保存する以外の選択肢はありません。これを高輪一帯の新たな街づくりの中心に据え、先人の努力に市民がじかに触れられるようにすること、それが現代を生きる私たちの使命と考えます。

 以上により、日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会は、下記の通り要望いたします。

1 高輪築堤跡の全面的な現地保存にむけて、東日本旅客鉄道株式会社は、開発計画を抜本的に見直すこと。

2 港区・東京都・文化庁・国土交通省は、高輪築堤跡の保存・活用にむけて検討を開始すること。

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地元の港区議会は、1月7日に教育委員会所管の区民・文教常任委員会だけではなく、全議員対象の見学会を行いました。そして第1回定例会で、政府に対する意見書を全会一致で採択しました。

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