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余波文庫
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 子猫物語 ~ 猫小屋ができたわけ ~

2005-04-30 00:00:00 | Hatena D
 
 柴原くんと与太郎は、いつもの川原で遊んでいた。
 その日、あわれな声で啼いている一匹の子猫を見つけた。
 生後まもなく、まだ目が見えないらしい。
 
 みすぼらしい子猫を抱きあげた柴原くんは、川の水で洗ってやった。
 あわれな子猫は、生まれてはじめての水浴で、くしゃみした。
 もはや柴原くんと与太郎は、この子猫を捨ておくことはできない。
 
 柴原くんは云った。
「可哀相だけど、ぼくんちに連れて帰ったら母さんに叱られるんだ」
 おなじことを考えていた与太郎も、うなずいた。
 
 ここで柴原くんは、すばらしい解決策を思いついた。
「あそこの教会の神父さんなら、きっと育ててくださるはずだ」
 与太郎は感心した。「へぇ、そんな人を知っているのかい?」
 
 教会の玄関に着くと、こんな貼り紙があった。
「1.ナントカ司教 2.ナニナニ神父 3.ダレソレ助祭」
 つまり、数字の回数だけベルを鳴らすと、当人が出てくるらしい。
 
 柴原くんがベルを2回鳴らすと、はたしてナニナニ神父が現われた。
 威厳あふれる銀髪の西洋人である。「ドウカ、シマシタカ?」
 気むずかげな相手に、柴原くんは、理路整然と用件を述べた。
 
「ぼくたち川原で遊んでいたら、この子猫が捨てられて啼いていました。
可哀相だけど、ぼくたち家に連れて帰ったら母さんに叱られるんです。
神父さんの教会なら、きっと育ててくださると思ったので来ました」
 
 ナニナニ神父は、ほんのすこし考えてから、こう答えた。
 庭に、オジさん(寺男)がいるから、いま云ったことを話しなさい」
 柴原くんが了解して、お辞儀すると、ナニナニ神父はドアを閉めた。
 
 柴原くんは、庭のオジさんを探しあてて、同じことを云った。
 オジさんは、ほんのすこし考えてから、こう答えた。
「そうだな、その子猫に、お家を作ってやろう」
 
 与太郎と柴原くんは「へぇ、そんなことできるの?」と感心した。
 ふたりの見ている前で、オジさんは大工道具と板切れを用意した。
 たちまちのうちに、子猫の家ができあがった。
 
 オジさんは、ふたりに云った。「さぁ、これで安心したろ?」
 安心したふたりは、オジさんにお辞儀して、教会を後にした。
 いまも与太郎は、柴原くんとナニナニ神父やオジさんを尊敬している。
 
 ◆
 
 このエピソードは、小学校五年の秋ごろの記憶である。
 何度か思いだしながら、今回はじめて書きとめた(20050429)。
 柴原くんの父は、別稿《街の灯》に記した病床の日本画家である。
 
 いま思うに、神父と寺男の連係プレイが、あまりにも絶妙である。
 カトリック教会では、拾った子猫を連れてくる子度たちへの対応策を
大昔から講じていたのだろうか。
 
 まして犬小屋ならともかく、猫に家を与えても定住しないはずだ。
 そんな習性を知らないとばかり思っていたが、神父も寺男も百も承知
だからこそ、小屋を建ててみせたのではないか。
 
 この話を完成するには、後日ふたたび子供たちが教会を訪れて、猫が
失踪したことを知らされるところまで書くべきかもしれない。
 しかし子供たちは、その後、子猫の存在を忘れてしまったのである。
 
 ◆
 
── 仁木 悦子《猫は知っていた 1957 講談社大衆文学館'96》
/第三回江戸川乱歩賞
 
 
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 カトリック教会の聖職者:叙階(じょかい)
 
01.教皇(法王)(パーパ [羅] ポウプ [英] )
02.枢機卿(カルディナリス [羅] カーディナル [英] )
03.総大司教(パトリアルクス [羅] )
04.首座大司教(プリマス [羅] )
05.大司教(アルキエピスコプス [羅] 司教中の有力者で他の司教を監督。
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   上位聖職階級(独身)
06.司教(尊下)(エピスコプス [羅] ビショップ [英] )司教区担当。
07.司祭(神父)(プレスビテル [羅] プリースト [英] )教区担当。
08.助祭(ディアコヌス [羅] )
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   下位聖職階級
09。守門
10.読師
11.祓魔師
12.侍祭
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13.寺男(Sakristan)


作成日: 2005.04.29(金)

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