2006年11月4日『タンゴ・冬の終わりに』初日@シアターコクーン 1回目
[作]清水邦夫
[演出]蜷川幸雄
[出演]堤真一/常盤貴子/秋山菜津子/段田安則/毬谷友子
高橋洋/月川悠貴/新橋耐子/沢竜二/他
鮮烈な舞台だった。
私が戯曲を読んで感じた、想像した、
その世界、その人物が、ほぼそのまま目の前に存在した。
オープニング。
大音量で曲流す。
まさに蜷川幸雄。蜷川さんの舞台を見に来ました、私!
って感じ。
映画館を埋め尽くす若者。
映画の展開に一喜一憂で大興奮。
その興奮や熱気が劇場全体に広がったように感じた。
動きがスローモーションになるのも綺麗だった。曲はカノン?
やっぱ、芝居見るんだったら適度に興奮しなくちゃ。
北国シネマ=清村盛
映画館の存在そのものが、堤さん演じる盛にかぶる。
最後も盛の妻、ぎんが壊された映画館の中で
「北国シネマ・・・美しく、哀しい魂の棲みか。」
って、ポツリと言う。
舞台を通して、その魂を感じられたから、鮮烈だったのかも。
清村盛というひどく繊細で、脆く、美しい人間の魂が芝居に込められてる。
“孔雀”の存在がポイントになっていたけど、
盛の美意識とか、理想が“孔雀”に重ねられていたんだと思う。
ただ、最後に登場する孔雀がちゃっちいし、ちっちゃい。
あんな安っぽく見える孔雀登場させるんだったら、
孔雀の鳴き声と、羽をもっと多く降らせるだけの方が、絶対綺麗。
飛び去っていく姿は、想像して補いますから。
ちょっと興ざめした。残念。
あと、常盤ちゃん。
例えば、堤さんが同じ台詞を言えば、そこからその情景が浮かんでくるんだけど、
常盤ちゃんの台詞からは何も見えてこない。
正直言うと水尾だけが、イメージと違った。
柔らかな女っぽさの中に、盛への愛、情熱を秘めてる。
そんな女性を想像してたんですが、ただ強くて、なんか堅い。
盛に駆け寄る姿が、どーしても綺麗に見えなかった。
たぶん、清村盛はこの水尾には惚れないよ。
これから清村盛が惚れた水尾に変化していってくれることに期待してます。
常盤貴子は好きなんだ。
変化が見たいから、初日見たいのね。
(本当に正直に言うと、秋山さんに分裂してもらって、
秋山さんの水尾と、秋山さんのぎんで見たい。とか思った。ごめん、常盤ちゃん。)
秋山さんのぎんは期待通り。
「あの人が手を伸ばす先に、自分がいれば、それだけで良い。」
そんなようなことを言った時の、秋山さんの表情っていったらない。
2階席からじゃなくって、もっと近くで見たかった!
私自身が水尾より、ぎんの方が好きなんです。
戯曲読んだ時からそうだった。たいていみんな、そうかな。
盛を愛するがゆえに、どこまでも狂う、でも取り残される女。
影を背負った狂った愛情なんだけど、
でも筋が通ってて、凛としてて、その感じが好きだった。
で、その雰囲気が秋山さんにピッタリだと思った。
やっぱり、ピッタリだった。
一番激しくて残酷で、一番哀しい登場人物がぎんだと思う。
でもそれを内側に隠して、表には出さない。
そこが私がぎんを好きな理由で、
また秋山さんっぽいように感じる理由でもあるのね。
段田さん、高橋洋さん辺りも想像通り。
不安を紛らわすために、とにかく食う!
っていう、連を見るのが凄い楽しみで、
そのシーン・・・がめつさとか、素っ頓狂な感じとか、もうまさに期待通り。
食って食って食いまくる名和連が、可笑しいんだけど、でも哀れで、好き。
結局、盛を殺すのも、彼。
ぎん同様、人を愛するがゆえどこか狂ってしまった男。
段田さん、盛に突き飛ばされて、壁に身体を強打させてたけど、
たぶんあれ痛そうに見える体の動きをしてるんだろーな。
今日見て改めて段田さんの演技、好きだと思った。上手いもん、めちゃくちゃ。
声も話し方も好きです。あの軽い訛りがね、たまらないw
段田さんも身軽だったけど、高橋さんはさらに身軽。
もうちょっと落ち着いた見た目だと思ってたけど、
スカジャン着てて、髪は逆プリンの金髪だった。
そーきたか!と思ったけど、見てると違和感なし。
突然筋トレしだしたり、やけに走り回ったりするのは、
“外に出て行きたかった”。
っていう欲求の現われだったりするのかな。
盛と喧嘩するシーンは笑えた。
あと、ここの堤さんの身のこなしは必見。
洋服を着た誠様ですw
毬谷さんの信子はもったいない!の一言。
役不足だ!!(役不足→その人の力量に比べて、役目が軽すぎること。)
私、ちゃんと意味間違えず“役不足”使えてるぞw!
カナリのちょい役で、あんな存在感を出せるのは、
毬谷友子だからこそだとは思う。
思うけど、思うんだけど・・・毬谷さんの声がもっと聞きたい。
あーもったいねぇ。もったいねぇけど、贅沢で良いです。毬谷さんの信子。
年齢不詳ですね、毬谷さん。
一番肝心な、堤真一のこと書くの忘れてたw
堤さん(と秋山さん)は特に、演じたあと現実にきちんと戻れるのかが心配になります。
だって、目がフツーじゃないんだもん。
座席に小さくうずくまる姿は、何かにおびえる少年にしか見えないし、
かと思えば次の瞬間、大人になって絶望を抱えてしまった男にも見えるし、
なんなんだ、堤真一。
ホントにめ組の若頭と同一人物か。
時代が現在に近いからかな、将門の狂い方より、
盛の狂い方のほうがピンとくるものがある。
私の主観だけど堤さんって、
盛みたいな尖った部分も持ってる役者さんであるように感じてて。
だから、盛と堤さんが、もの凄いかぶる瞬間がある。
それは堤さんの演技が上手いからっていう、
ただそれだけの理由じゃないと思うのね。
その辺の危うさを感じるのが、見る側として怖くもあり、
1つの楽しさでもあるような・・・
TVなんかで垣間見れる、おちゃらけた堤さんも好きなんで、
終わったら、ちゃんと戻ってきてくださいw
まぁ矛盾してて、盛みたいな尖ってる、繊細な部分を堤真一から感じるからこそ、
ファンだったりもするんだけどね。
蜷川さんの舞台、照明がインパクトある場合って多かったけど、
タンゴ~が、今まで私が見た蜷川作品の中で一番強烈で綺麗だったかも。
(今まで見たのは、将門・KITCHEN・メディア・天保・間違いの喜劇
タイタス・白夜・あわれ・オレステスです。)
気がつけば舞台見始めてから2年間、一本も逃さず蜷川演出見てるぞ。
これからも見続けたいな。
舞台美術は変化しないんだけど、盛の想像と現実を行き来させなきゃいけない。
照明が変わるだけで、想像→現実→想像・・・を違和感なく移動できるのって、
よーく考えたら凄いことだと思う。
みなさん期待のタンゴのシーン。
映写室の窓からも光が射して、これもまた必見の場面かと。
タンゴ自体の上手い下手はどうでも良くって(というか、私にはわからないw)、
タンゴを踊るその行為と雰囲気が格別に良い。
時間が盛と水尾が愛し合っていた時間に戻る。
それを闇から複雑すぎる心境で見つめる、ぎんと連。
タンゴ自体の美しさと、それに絡まる人々の心境がゾクゾクさせる。
ただね、あの曲は私にとっては野田秀樹の『半神』の曲。
「あー半神だぁ~。」って余計なイメージ先行しちゃいました。
なんだっけ、あのタンゴは、ラ・クンパルシータかLibertango。
どっちたっけ?半神も同じだよね?
戯曲を読んだ時点では、盛の魂の話としか感じられなかったけど、
舞台として見てみると、
理想を掲げて、言葉で戦い、そして敗れた人間の姿を描いた作品のようにも思えてくる。
清村盛は大衆に支えられ、滅んでいった、そのリーダー。
まぁ、蜷川さんの演出のせいか。
でもこういう時代のこと、全く実感わかないんだ、私。
野田さんがね、学習院での講演会の時に
「言葉への不信感をずっと持ってる。」うんぬん~という話をしてて、
そのことに私の頭の中では繋がって行った。
清水さんも、蜷川さんもその世代の人だよね。
敗れた、死んだ、殺した、その先どうするか、って話なの?
まぁ、幸運にもあと何回かは見る予定なので、
堤さんを始めとする役者さんの演技を存分に楽しみつつ、
頭の中ごちゃごちゃにしていきたいと思います。



私としては、今まで見た蜷川作品の中で1番好きかもしれないです。
芝居が佳境に入ると、客席からは鼻をすする音が聞こえたな。
私もだけど、心のどこかが刺激されて、涙出る。
カーテンコールは熱く3回。
観客、役者、お互いに手ごたえあり!って感じの拍手で良い感じ。
最後、堤さん自身も周りに対して拍手してました。
さ、私も千秋楽に向けて突っ走りますぜ!
感想、長々と読んでくださってありがとうございました。
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[作]清水邦夫
[演出]蜷川幸雄
[出演]堤真一/常盤貴子/秋山菜津子/段田安則/毬谷友子
高橋洋/月川悠貴/新橋耐子/沢竜二/他
鮮烈な舞台だった。
私が戯曲を読んで感じた、想像した、
その世界、その人物が、ほぼそのまま目の前に存在した。
オープニング。
大音量で曲流す。
まさに蜷川幸雄。蜷川さんの舞台を見に来ました、私!
って感じ。
映画館を埋め尽くす若者。
映画の展開に一喜一憂で大興奮。
その興奮や熱気が劇場全体に広がったように感じた。
動きがスローモーションになるのも綺麗だった。曲はカノン?
やっぱ、芝居見るんだったら適度に興奮しなくちゃ。
北国シネマ=清村盛
映画館の存在そのものが、堤さん演じる盛にかぶる。
最後も盛の妻、ぎんが壊された映画館の中で
「北国シネマ・・・美しく、哀しい魂の棲みか。」
って、ポツリと言う。
舞台を通して、その魂を感じられたから、鮮烈だったのかも。
清村盛というひどく繊細で、脆く、美しい人間の魂が芝居に込められてる。
“孔雀”の存在がポイントになっていたけど、
盛の美意識とか、理想が“孔雀”に重ねられていたんだと思う。
ただ、最後に登場する孔雀がちゃっちいし、ちっちゃい。
あんな安っぽく見える孔雀登場させるんだったら、
孔雀の鳴き声と、羽をもっと多く降らせるだけの方が、絶対綺麗。
飛び去っていく姿は、想像して補いますから。
ちょっと興ざめした。残念。
あと、常盤ちゃん。
例えば、堤さんが同じ台詞を言えば、そこからその情景が浮かんでくるんだけど、
常盤ちゃんの台詞からは何も見えてこない。
正直言うと水尾だけが、イメージと違った。
柔らかな女っぽさの中に、盛への愛、情熱を秘めてる。
そんな女性を想像してたんですが、ただ強くて、なんか堅い。
盛に駆け寄る姿が、どーしても綺麗に見えなかった。
たぶん、清村盛はこの水尾には惚れないよ。
これから清村盛が惚れた水尾に変化していってくれることに期待してます。
常盤貴子は好きなんだ。
変化が見たいから、初日見たいのね。
(本当に正直に言うと、秋山さんに分裂してもらって、
秋山さんの水尾と、秋山さんのぎんで見たい。とか思った。ごめん、常盤ちゃん。)
秋山さんのぎんは期待通り。
「あの人が手を伸ばす先に、自分がいれば、それだけで良い。」
そんなようなことを言った時の、秋山さんの表情っていったらない。
2階席からじゃなくって、もっと近くで見たかった!
私自身が水尾より、ぎんの方が好きなんです。
戯曲読んだ時からそうだった。たいていみんな、そうかな。
盛を愛するがゆえに、どこまでも狂う、でも取り残される女。
影を背負った狂った愛情なんだけど、
でも筋が通ってて、凛としてて、その感じが好きだった。
で、その雰囲気が秋山さんにピッタリだと思った。
やっぱり、ピッタリだった。
一番激しくて残酷で、一番哀しい登場人物がぎんだと思う。
でもそれを内側に隠して、表には出さない。
そこが私がぎんを好きな理由で、
また秋山さんっぽいように感じる理由でもあるのね。
段田さん、高橋洋さん辺りも想像通り。
不安を紛らわすために、とにかく食う!
っていう、連を見るのが凄い楽しみで、
そのシーン・・・がめつさとか、素っ頓狂な感じとか、もうまさに期待通り。
食って食って食いまくる名和連が、可笑しいんだけど、でも哀れで、好き。
結局、盛を殺すのも、彼。
ぎん同様、人を愛するがゆえどこか狂ってしまった男。
段田さん、盛に突き飛ばされて、壁に身体を強打させてたけど、
たぶんあれ痛そうに見える体の動きをしてるんだろーな。
今日見て改めて段田さんの演技、好きだと思った。上手いもん、めちゃくちゃ。
声も話し方も好きです。あの軽い訛りがね、たまらないw
段田さんも身軽だったけど、高橋さんはさらに身軽。
もうちょっと落ち着いた見た目だと思ってたけど、
スカジャン着てて、髪は逆プリンの金髪だった。
そーきたか!と思ったけど、見てると違和感なし。
突然筋トレしだしたり、やけに走り回ったりするのは、
“外に出て行きたかった”。
っていう欲求の現われだったりするのかな。
盛と喧嘩するシーンは笑えた。
あと、ここの堤さんの身のこなしは必見。
洋服を着た誠様ですw
毬谷さんの信子はもったいない!の一言。
役不足だ!!(役不足→その人の力量に比べて、役目が軽すぎること。)
私、ちゃんと意味間違えず“役不足”使えてるぞw!
カナリのちょい役で、あんな存在感を出せるのは、
毬谷友子だからこそだとは思う。
思うけど、思うんだけど・・・毬谷さんの声がもっと聞きたい。
あーもったいねぇ。もったいねぇけど、贅沢で良いです。毬谷さんの信子。
年齢不詳ですね、毬谷さん。
一番肝心な、堤真一のこと書くの忘れてたw
堤さん(と秋山さん)は特に、演じたあと現実にきちんと戻れるのかが心配になります。
だって、目がフツーじゃないんだもん。
座席に小さくうずくまる姿は、何かにおびえる少年にしか見えないし、
かと思えば次の瞬間、大人になって絶望を抱えてしまった男にも見えるし、
なんなんだ、堤真一。
ホントにめ組の若頭と同一人物か。
時代が現在に近いからかな、将門の狂い方より、
盛の狂い方のほうがピンとくるものがある。
私の主観だけど堤さんって、
盛みたいな尖った部分も持ってる役者さんであるように感じてて。
だから、盛と堤さんが、もの凄いかぶる瞬間がある。
それは堤さんの演技が上手いからっていう、
ただそれだけの理由じゃないと思うのね。
その辺の危うさを感じるのが、見る側として怖くもあり、
1つの楽しさでもあるような・・・
TVなんかで垣間見れる、おちゃらけた堤さんも好きなんで、
終わったら、ちゃんと戻ってきてくださいw
まぁ矛盾してて、盛みたいな尖ってる、繊細な部分を堤真一から感じるからこそ、
ファンだったりもするんだけどね。
蜷川さんの舞台、照明がインパクトある場合って多かったけど、
タンゴ~が、今まで私が見た蜷川作品の中で一番強烈で綺麗だったかも。
(今まで見たのは、将門・KITCHEN・メディア・天保・間違いの喜劇
タイタス・白夜・あわれ・オレステスです。)
気がつけば舞台見始めてから2年間、一本も逃さず蜷川演出見てるぞ。
これからも見続けたいな。
舞台美術は変化しないんだけど、盛の想像と現実を行き来させなきゃいけない。
照明が変わるだけで、想像→現実→想像・・・を違和感なく移動できるのって、
よーく考えたら凄いことだと思う。
みなさん期待のタンゴのシーン。
映写室の窓からも光が射して、これもまた必見の場面かと。
タンゴ自体の上手い下手はどうでも良くって(というか、私にはわからないw)、
タンゴを踊るその行為と雰囲気が格別に良い。
時間が盛と水尾が愛し合っていた時間に戻る。
それを闇から複雑すぎる心境で見つめる、ぎんと連。
タンゴ自体の美しさと、それに絡まる人々の心境がゾクゾクさせる。
ただね、あの曲は私にとっては野田秀樹の『半神』の曲。
「あー半神だぁ~。」って余計なイメージ先行しちゃいました。
なんだっけ、あのタンゴは、ラ・クンパルシータかLibertango。
どっちたっけ?半神も同じだよね?
戯曲を読んだ時点では、盛の魂の話としか感じられなかったけど、
舞台として見てみると、
理想を掲げて、言葉で戦い、そして敗れた人間の姿を描いた作品のようにも思えてくる。
清村盛は大衆に支えられ、滅んでいった、そのリーダー。
まぁ、蜷川さんの演出のせいか。
でもこういう時代のこと、全く実感わかないんだ、私。
野田さんがね、学習院での講演会の時に
「言葉への不信感をずっと持ってる。」うんぬん~という話をしてて、
そのことに私の頭の中では繋がって行った。
清水さんも、蜷川さんもその世代の人だよね。
敗れた、死んだ、殺した、その先どうするか、って話なの?
まぁ、幸運にもあと何回かは見る予定なので、
堤さんを始めとする役者さんの演技を存分に楽しみつつ、
頭の中ごちゃごちゃにしていきたいと思います。



私としては、今まで見た蜷川作品の中で1番好きかもしれないです。
芝居が佳境に入ると、客席からは鼻をすする音が聞こえたな。
私もだけど、心のどこかが刺激されて、涙出る。
カーテンコールは熱く3回。
観客、役者、お互いに手ごたえあり!って感じの拍手で良い感じ。
最後、堤さん自身も周りに対して拍手してました。
さ、私も千秋楽に向けて突っ走りますぜ!
感想、長々と読んでくださってありがとうございました。
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