合奏練習、指揮者が構えてまさに曲が始まろうとしたその時、目の前に蜘蛛が降りてきた。私の譜面台とギターの間、膝の前あたりに人差し指の爪くらいのイエグモが浮いていた。
うわ。
私は素知らぬ顔で合奏を始めることができなかった。
それにしても絶妙な位置だな、こんなにあれこれ物も人もあるのに何にも当たらない。合奏中にわざわざ降りてくるなんて、誰かの悪戯かもね。踏み潰されないように離れたところに逃してやりたい。
降りてきた糸を持って、糸にぶら下がったままの蜘蛛を移動させようと目論んだが、蜘蛛はさっさと糸を切って床に降りてしまった。
あら、失敗。
こうなってはどうしようもない。自分で気をつけてくださいね。
私は合奏に加わった。
蜘蛛は音もなく、落下のスピードで目前を過りスイと止まったのだった。その唐突なスピード感が鮮やかに残る。誰かに伝えるために、他のものに例えたりする必要はない、一瞬の視覚だけの快楽。
合奏の後後ろの席の人が、私の挙動不審を、ああ蜘蛛だったの、と笑ってくれて、ちょっと救われた。