愛詩tel by shig

プロカメラマン、詩人、小説家
shig による
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愛しの日御碕-スサノオがもたらした恋

2016年12月14日 08時11分42秒 | 小説

経島(ふみしま)に落ちる夕陽を見ていた。
天空には筋雲が描かれている。
それを切り裂きながら、鳶が一羽。
時に向かい風の中、空中に止まり、
時に追い風に身を任せ、宙を滑る
その鳶の舞を眺めている。

もう1か月もしたら、空は海猫で埋め尽くされるだろう。
足元は崖になっている。
今日も水平線上に雲が立ち込めている。
出雲に雲はつきものだ。
ここは夕陽の名所だが、雲が多いことでも有名だ。
太陽は雲の中に入ってしまった。

向こうの崖に、佇んでいる女性を見つけた。
じっと動かないと思ったら、靴を脱いだ。
僕はすかさず駆け寄った。
後ろから抱きしめて大声で言った。
「早まっちゃだめだ!」
「お願い、死なせて。もう、生きていてもしょうがないの」
僕は体を離した。
「いいよ。でも、急がなくてもいいだろう。
僕は君の話を聞いてみたい。それから、飛び降りても遅くない。どう?」
綺麗な女の子だった。

彼女はしばらく考えてから、言った。
「あなた、誰?」
「前野春樹。この下にある、日御碕神社の宮司の息子。」
「宮司の・・じゃ、神様にお祈りしたら、彼が帰ってくるかしら」
「それは、どうかな。日御碕神社は縁結びの神様でもあるけど・・
君の名前は?」
「夏美。小椋夏美。その神社、連れて行ってくれないかしら?」
「いいとも。その前に、夕陽を見よう。今落ちたばかりだ。
夕陽はね、沈んだあとがいちばん美しいんだ」

展望台のベンチに腰掛け、二人で空を見ていた。
その間、僕らは何も話さなかった。
「美しいわ。哀しいほど」
夏美はそれだけ言った。

寒くなってきた。
「夏美さん、死ぬつもりできたのなら、宿はとっていないよね」
「うん」
「僕の知ってる民宿に泊まればいい。部屋は空いてるはずだ。
神社は明日、案内するよ。」

夏美は素直についてきた。
3分ほどで、御碕屋支店に着いた。
女御主人、野津好子さんが、にこやかに出迎えてくれた。

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「野津さん、今日、1人泊まれますか?」
「はい、空いてますよ。そちらは?」
「小椋夏美さん。今知り合ったばかり。
灯台の見える部屋、お願いね。夕食は二人分用意してください。」
「はい、わかりました」

部屋で、彼女は長年付き合って、結婚の約束までしていた相手に、
新しい彼女ができたこと。彼から別れを告げられたことなどを話した。

野津さんがお茶を運んできてくれて、部屋を出ると、
「ねえ、煙草持ってない?」と聞いた。
「あるけど、メンソールだよ。ピアニシモ・ワン」
「ちょうどいいわ。それ、私、彼と付き合うまで吸ってたの。
煙草吸う女は嫌いだって、彼が言うから、辞めたんだけど」
僕は箱から一本取り出し、ジッポーで火を点けてあげた。
「ふう」
おいしそうに煙を吐き出し、夏美は目を閉じた。
その間、僕も火を点けて、彼女が目を開けるのを待った。

やがて夏美は目を開け、言った。
「あなたって、不思議な人ね。話しただけで、こころが軽くなったわ。ねえ、彼女いるの?」
「いや、別れたばかり。あなたは優しすぎる、なんて言って去っていった。
よくわからないんだけど」
「ふうん、よく似た境遇ってわけね。ねえ、交換条件があるわ」
「交換条件?どういうこと?」
「私の彼になってよ。なってくれるなら、自殺は取りやめるわ」
「そんな、滅茶苦茶な」
「私じゃ、いや?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「決定!今から恋人同志よ。今日、一緒に泊まってね」
「おいおい・・」
「だめ?それなら、今からまた崖に行って・・」
「分かったよ」
そのとき、野津さんが夕食を運んできた。
甘エビなどの刺身や、サザエ、魚の煮付け、もずくなど。野津さんの料理はいつも心がこもっている。
僕は少し照れながら、言った。
「野津さん、悪いけど、今日は布団、二つ用意してくれる?」
野津さんはにこにこしながら、了解してくれた。
 
 
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夕食のあと、それぞれ風呂に入り、浴衣に着替えた。
浴衣姿の夏美はとても色っぽかった。
僕は目のやり場に困った。
妄想を振りほどくように言った。
「障子を開けて、窓の外を見てごらん」
夏美は従った。そして、小さな声をあげた。
「まあ、灯台の光が回ってるわ」
「うん、もう百年以上、海を照らし続けている。消えたことはない。
人生も同じだ。生き続けることに意味がある。
もちろん、生きていればいろんなことが起きる。
でもね、悪いことの次には、いいこともある」
「あの灯台、春樹さん、あなたみたいね。何も言わなくても、暖かさが伝わってくる。
あなたが春で、私が夏。出来すぎだわ。きっと、ここの神様の引き合わせね。
あなたの神社の神様、何というの?」
「スサノオとアマテラス。僕はスサノオの方が好きだけれど」
「その、スサノオとアマテラスって、夫婦なの?」
「いや、昔の書物では、スサノオの姉さんがアマテラスオオミカミ。
天を照らす大きな神って書くんだけど。
僕は天照大神のは、架空の神だと思ってる」
「スサノオって、立派な神様なんでしょうね」
「うん、ヤマタノオロチっていう、悪い大蛇を退治した。
そして、おそらく古代出雲王国を築いた。その王国は全国に広がった。
スサノオ。強く、優しい神だ。」
「ふうん、春樹さんみたい」
「まさか、僕は彼みたいに強くはない。優しくあろうとうは思ってるけど」

灯台を見ている間に、野津さんが布団を敷いてくれていた。
蒲団がくっついて敷いてあるのを見て、野津さんが出て行く時、ウインクをしたのが目に見えるようだった。

その夜、僕らは結ばれた。

僕はできるだけそっと夏美を扱った。
まるで、ガラス細工を相手にしてるみたいに。

愛されながら、夏美はやっと聞こえるくらいの声で言った。
「あなたって、本当に優しいのね」

優しく奏でる、波の音に包まれて、いつしか二人は眠りに落ちていった
 
 
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目映いばかりの太陽が、部屋を照らしていた。
その光で僕は目が覚めた。
腕時計は6時を指していた。
夏美はまだ、眠っている。

僕は朝の光に照らされて、まばゆく輝く白亜の灯台を見ながら、煙草をくゆらせていた。
不思議な出会いだ、と思いながら。
本当にスサノオの計らいかもしれない。

しばらくして、背中から夏美の声がした。
「ずるい、一人で吸ってるのね。私も」

ピアニシモをくゆらせながら、夏美も灯台を見ていた。
「綺麗ね、こんな綺麗な灯台、見たことない」
「世界灯台百選に選ばれているんだそうだ。石造りの灯台では日本最大だそうだよ。
あとで登ってみるかい?」
「え?登れるの?うん、ぜひ」
「後で行こう。それから、神社巡りしようか。せっかく出雲に来たんだから」
「うん、春樹さんとなら倍楽しいわね」
そう言うと、夏美は煙草を消し、帯を解こうとした。
「どうしたの?暑い?」
「違うわ。出雲の神様に、生まれたての私を見てもらおうと思って」
僕は夏美の手を引いて部屋に戻り、障子を閉めた。
「だめだ。スサノオが君を見染めたら大変だ。君は僕だけのものだ」
夏美は笑いながら、浴衣を取った。
そして、その場でくるりと回って見せた。
「どう?」
「綺麗だよ。海の神スサノオに捧げなくてよかった」
「ねえ、どうして私だけ裸なの?」
僕は浴衣を脱ぎ、夏美を抱きかかえて布団に横たえ、そっと唇を重ねた。
昨夜と違い、今朝は激しく愛し合った。
 
 
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気がつくと、もう8時になっていた。
服を着て、広間に行き、席に着いた。

すぐに、野津さんが味噌汁を運んできてくれた。
今朝は、かれいの干物が出てきた。僕の大好物だ。
「どうぞ、ごちそうはございませんが」
「このかれい、美味しい。しじみのみそ汁も」
「このかれいはね、野津さんが一枚一枚、天日干しにしたものだ。
心がこもっているから、美味しいに決まっている」

野津さんが聞く。
まるで初めて泊まったゲストに対するように。
「今日のご予定は?」
「うん、灯台や隠ヶ丘、日御碕神社を案内して、八重垣神社に行ったあと、空港まで彼女を送ります。
大阪行きの4時の便を予約する予定。それから僕は車で大阪へ帰る」

夏美がびっくりした顔をして口を開く。
「え?!春樹さん、大阪の人なの?」
「そうだよ。生まれはここだけどね。僕には宮司は性に合わない。
夕べ君の荷物に大阪空港のタグが貼ってあるのを見て驚いた」
「私は京都よ。嘘みたい。じゃあ、これからいつでも会えるのね」
「もちろん、君が飽きるまでね」
「あなたに飽きることなんてないわ。逆に捨てられないか心配だわ」

野津さんが口をはさむ。
「大丈夫ですよ。この人は決して人を裏切らない。私が保証します」
「嬉しい。生まれ変ったみたい。日御碕って、不思議なところですね。
昨日、絶望のどん底だったのに、今はこんなに幸せな気持ちになっているなんて」
「スサノオの眠る地だからね。それに、野津さんがいるから」
「春樹さん、私は何もできないおばあさんですよ」
「夏美さん、野津さんはね、この近くにある、隠ヶ丘を守っておられるんだ。
それだけじゃない。部屋を一つ、神様のために提供している。
宮大工に頼んで造ってもらった、小型の日御碕神社を毎日祀っておられるんだ」
「部屋を一つ?野津さん、私も見れるかしら?」
「構いませんよ。スサノオさまもお喜びになります」
野津さんについて、階段を昇り、神様の部屋に案内してもらった。
 
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神様の部屋。
実は僕も入るのは初めてだ。
扉を開くと、小さな木造りの神社が鎮座していた。
素晴らしい出来栄えだ。日御碕大神宮がそのまま再現してある。
野津さんが宮大工に依頼して作ってもらったそうだ。
まだ新しい榊が備えてあった。
元は1階の居間の神棚にあったが、修行を重ねた徳の高い人が、
「こんなところに祀ってあるのはいけません」
というので、2階の客室に移動し、日御碕神社の神官に祓ってもらったと野津さんは語る。
その前で、僕らは正座し、手を合わせた。
夏美は声に出さずに何かを祈っていた。

部屋を出たとき、僕は聞いた。
「何をお祈りしたの?」
「え?それって人に言っちゃいけないんでしょう?秘密だわ」
野津さんが傍らで笑っていた。

支払いを済ませ、まとめた荷物を、野津さんに預けた。
坂道を海に向かって下っていく。

日御碕灯台は、目映いばかりに白く輝いていた。
僕はこれより美しい灯台を見たことがない。
子供のころから、僕のお気に入りだった。

らせん階段を昇り切ると、遠く日本海が見渡せた。
朝の光の中で、海がきらきらと輝いていた。
「うわあ、絶景。朝鮮半島まで見渡せそう」
「さすがに、半島は見えないけれど、朝鮮半島は近い。スサノオは新羅からやってきたらしい」
「へええ。じゃあ、スサノオは朝鮮人なのね」
「いや、詳しい話はまた今度にするけど、遠く西の方からやってきた民族らしいよ。
その民族の王だったんだ」

そこから5分ほど歩いて、小さな森の前に来た。鳥居がある。
「ここはなに?」
「隠ヶ丘。スサノオが国造りを終えて、熊の峰から柏の葉を飛ばし、
『この葉の舞い降りた所に私の魂は眠る』と言った。
その柏の葉が舞い降りたところがここ、隠ヶ丘だ。
僕の大好きなところだ。ここにくると、なぜか心が落ち着く。登ろう。」

そこはまさに神域。
けもの道のような坂を登って行く。
途中、木の鳥居が三つあった。
やがて、開けたところに着いた。
鳥居があり、その向こうは四角い柵で囲んである。
「ここはね、誰も立ち入ってはならないんだ。日御碕神社の神主でもね」
鳥居の横に賽銭箱が置いてある。
「ねえ、この印・・」
「三つ柏。柏の葉が三方に広がっているだろう。
スサノオが飛ばした柏の葉が、ここに落ちたことに因んでいる。
ここから、日御碕神社にスサノオの御霊を移した。
だから、日御碕神社の神紋も同じ三つ柏だ。出雲でも珍しい」

その時、一陣の風が吹いた。
そして、そのあと、僕らは信じられない物を目にすることになる。
 
終章
 
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風が過ぎ去ったあと、夏美を振り返ると、彼女は怪訝な表情をしていた。
12センチくらいの大きな葉っぱを手にしている。
「その葉っぱ、どうしたの?」
「今、足元に舞い落ちてきたの。何の葉?」

僕は夏美から葉っぱを受け取った。
そして、驚いてそれを見つめていた。
「これ、柏の葉だよ。このあたりには柏の木はないはずだ。
どこから飛んできたんだろう?」
「それって、さっき話してた、スサノオが飛ばした葉と同じよね。」
「・・・」
僕は絶句した。しばらく口がきけない。
やがて、やっと出てきた言葉・・
「スサノオ・・こんなことって・・」
「どうしたの?どういうこと?」
「うん、ありえないことなんだけど、現実だ。スサノオからのメッセージとしか考えられない」
「どういうメッセージ?」
「僕と君を結ぶ縁。君、京都のどこに住んでるの?」
「四条河原町。八坂神社の近くよ」
「やはり・・八坂神社にはだれが祀られているか知っているかい?」
「知らないわ。でも、ちょくちょく行くの」
「八坂の八は、スサノオの八人の王子にちなんでつけられた。
八坂神社の祭神は、スサノオなんだよ」
「まさか・・じゃあ、この柏の葉は、スサノオがわたしたちを結びつけたことを示してるの?」
「うん、そうとしか考えられない。二人がここ隠ヶ丘にいるときに、飛んでくるなんて・・」
「お祈りがかなったわ。この柏の葉、宝物ね。大切にしなきゃ」
僕らは柵の中を見詰め続けた。
神域。
スサノオの魂が眠る。
風が海の匂いを運んできた。
夏美がとても愛おしかった。
スサノオの見守る中、僕は夏美をいつまでも抱きしめ続けた。

 
御崎屋支店の写真(今は民宿業はクローズとなっております)
 
御崎屋支店 ご主人 野津好子さん 齢八十丸歳にして益々健康
 

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2 コメント

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出雲大社って (m子)
2015-07-17 04:43:47
縁結びの神様でしたね。

道理にかなってない恋は
結んではくださらないですよね。

純粋な心の恋であっても、人の心は恐ろしい程に変わってしまう。
それともひとりの人間が複数の人格を持っているのかしら?
人間って ずるくて弱い生き物。

shig さん、恋の病に効く 食べ物 お薬はありますか?
やはり、糠でしょうか? 
返信する
出雲大社が (shig)
2015-07-17 06:53:30
縁結びの神様になったのは江戸時代から
縁結びといえば八重垣神社が出雲ではメインストリーム
http://blog.livedoor.jp/shig1/archives/117437.html

道理にかなう恋ってなにかな

恋の道に道理など関係ないと思います

誰でも好きになっていい

ただ
この世には色んなしがらみがある
それだけ

恐ろしいものに
人の心が変わるのは
”奪いたい” ”自分のものにしたい”
という我が儘な恋

ただ
誰かが好きで
それゆえに
告げることさえできなくて
もどかしく

時に
「あんた、嫌い」
なあんて言ってしまう・・

そんな恋を
僕は素敵だと思うのです

恋の病に効く食べ物

もちろんあります

「夏は爽やか ”手造りアイス” 2 マンゴーバージョン」

http://blog.goo.ne.jp/1shig/e/d48bf5ab53076baf4629e6c5428f7424
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