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信州スロウライフ12ヵ月

野菜や草花と暮らす生活

昔の記憶を取り戻すのは難解

2018年02月07日 11時31分18秒 | Weblog
今年に入って、編み物を再開した。
約40年近く前は子供たちにミシンで洋服を作り、冬は毛糸でセーターや手袋、靴下を編む。
その当時は専業主婦が通常で、自分も働きたいと言ったら同居の姑に私のムスコはあなたが働くほど困っていませんとぴしゃりと言われた。

身の回りは手作りが当たり前、料理や洋裁が出来る嫁を自慢した。
子供の洋服は既製品は少なく、高かったし手作りして着せるのがうれしかった。
嫁入り道具に母親もミシンを持たせてくれた。

そういえば高校を卒業すると習い事として和裁や洋裁を学ぶ同級生が多かった。
高卒後都会へ出て看護学校、保健婦、助産婦と続けて医療の世界で学んだので生活の中に
まったく手芸は縁がなかった。

結婚してから子育てをするうちに手作りの楽しさを知り、当時の書店は編み物や洋裁の本の販売は
極小で自分なりに1冊の買い求めた本を読んでは覚えていったものだ。

いずれ将来繊維の改革など来るとは知りもせずセーターを編むと模様編みの面白さに
興味は膨らみ、アラン模様や娘には模様編みを入れたセーターを着せるのが唯一の楽しみだった。

それから時間は流れ、今や衣類の素材の変化はめざましく、冬の衣類は激変だ。
重たい毛糸のセーターやカーデイガンなどは暖房のお蔭で周りから姿を消した。

NHKのベニシアさんの番組を長らく視聴しているが、東北大震災の後、気仙沼市で編み物教室を始めた
マルチナさんの毛糸の腹巻帽子を知った。
ネットで調べ毛糸を取り寄せ、寒さしのぎの帽子を編んだのが4年前だ。
以来、気が付けばかぎ針も編み針も時代のせいか面白くて編みたくなるものばかり。


昨年は手芸店で帽子にはまり5,6枚あみ友人やムスメ、孫にまで編んで配った。

最近、インスタグラムの投稿に編み物の作品の画像に繋がり始め、再開した。
作者の画像を眺めているだけで感嘆し、時間が過ぎて行く。
先日ムスメとマゴの帽子を編み終わり、次にこれから寒さの中での庭仕事をしなければならない
自分のためのアラン風の頑丈な帽子を編もうと思った。

ひざ掛けやコースターもいいな。

昔編んでいたから記憶は取り戻せると思ったのが甘かった。
編み図の記号を見ても脳と手が一致しないのだ。

編み方の記号も考えている時間が長く、分かった!と思っても翌日にはうろ覚えがわかる。
ああ歳を取ることってこういうことだったのね。
老眼、理解力と記憶力の減少、まさに認知症の要素を背負い始めている。

しかし買った方が手軽だが、悔しさと根性と脳を老いさせたくない思いとごっちゃになりながら
今日も模様編みに励んでいる。

わかったことはあの30代で覚えた編み物は編むスピードが面白さもあったが編み方が早かった。
一冬で最高、5枚のセーターを編み上げたが
今や小さな帽子をひねくり返しながら一向に一日数段しか編めないのろのろを痛感している。
若いということは何をやってもスピードが違うのである。