信州スロウライフ12ヵ月

野菜や草花と暮らす生活

達成感の後は萎んだ風船のごとく

2011年12月29日 23時22分30秒 | Weblog
1年かけての新棟工事が終わり先週金曜日の祝日に引越しを済ませた。
そして月曜日にプレオープンとなった。
毎晩残業をして新しい施設の中身を整えてそれに伴う業務も変更しては覚えきれず
頭の中がグチャグチャで竣工式を迎えた。

家に遅く帰って寝るだけですぐに朝だ。
新しい施設での業務はシュミレーションを行なったがどんどん変更が伴い
その場にいないものは置いてけぼり。

健診センターがレベルアップし、婦人科検診もそれまでは外来で行なっていたが
新しい施設では自前で検診すべくそのための部屋が準備されることになった。
お願いしていた方は専門ではないから、婦人科のスタッフが機材や備品などを
注文してくれたというのをまた聴きしていた。
1月一杯かけて準備するまでは従来通り婦人科外来で健診を行うと聞いていた。

突然それが引越しが済んで27日になってから明日からはそちらでやってと振られた。
しかも担当は助産師の資格がある自分に降りかかった。
助産師といっても実際にその仕事をしていたのは40年も前のことではないか。

明日から…と言っても器械や薬品、機材が揃っていないのでまだ大分先とのんきに居たのに
急転直下、震度8の地震に襲われたようになり心臓バクバク。
兎も角時間がない。
明日の昼には診察を行うべく整えねばならない。
さあそれからは一人で院内を駆け巡り関係部署へ交渉し、機材を消毒へまわし
又々夜までかかり準備に没頭する。

頭の中ではこれって、忠臣蔵の浅野家の畳100疊一晩で揃えたあの場面に近いんじゃない?
と思いつつとにかく走り回った。
これまでは関わっていなかったので頭の中には何のイメージもないので婦人科外来へ吹っ飛んで行き
忙しい最中迷惑がられながら機械類などのセットのシーンを叩き込んでくる。

同僚達から頑張れと声をかけられながら翌日の10時、新設相成った婦人科検診ルームを何とか形を整え
医師が到着し検診の受診者を迎え入れお昼には無事全員の検診を終了した。
婦人科は内診とがんの細胞診がセットとなるデリケートな検査の場面である。
無事業務を終了し、スタッフルームへ戻ったら同僚からパチパチと拍手された。

仕事納めの日にやり遂げた達成感は暫くぶりに心の中を暖かくさせてくれた。
あと1年でこの職場での仕事は終えよう、引退だと決心しているので最後の難関を引き受けたが
年末の休暇に入ったら膨らんでいた気分が急に萎んできた。
顔は依然ヘルペスが治らず我ながら、まずい顔!と呪いながら人様の前にはマスクを掛けずには出られない。

ああ今年は震災もあったが師走の月、最後まで吹っ飛んで回った年になったことよ。
よれよれボロボロの体です。









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絶不調

2011年12月25日 21時13分01秒 | Weblog
やっと文字を書く気になれてきた。
PCを開ける気になれなかった。
心も体も崩れ病気になった。

1週間前勤務時間中にいきなり開いたドアーで肋骨を打撲し労災の手続きをした。
忙しさに大丈夫大丈夫と忘れていたが3日目から息を吸うにも腕を動かすにも痛みが伴い
やっぱり体は生身だった。
風邪を引いたような、貧血気味のような、食欲が出ず気分が悪い日が続き
その1週間後、唇の脇にヘルペスが出来た。
直ぐにも皮膚科へ受診したかったが体があかず、3日目になったら数が増えてひどいことになり
マスク顔になった。
これは放っておけないと流石に受診したが、顔を見た瞬間医師は典型的な綺麗なヘルペスですねと言われた。
なんってこった!

早速抗生剤を飲み始めたがすでに遅し、効きが悪い。
天皇誕生日は夜10時近くまで引越し作業が続いた。

最低の不調を通過し今日になったら体の奥から活気が蘇ってきた。
もう残すことあと3日の勤務。
新しい施設での月曜日は混乱することであろうが開所式もあるし、とにかくマスク顔は当分続く。
寒さと疲れ、歳を取ってきたということであろう。

むむむ・・・






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東京は暖かい

2011年12月11日 22時26分18秒 | Weblog
歯の定期健診で日本橋の歯科へ高速バスに乗り新宿まで行った。
家を出るときは前の晩に降った雪で真っ白の雪景色だった。

八ヶ岳は麓まで真っ白だった。
いつもこの場所を基準に着て行く衣装で恥を掻くので
寒さがマイナス5度だが厚着を避けた。

小淵沢を過ぎ、山梨に入った途端雪景色は姿を消し、紅葉の景色に変わっていった。
途中で寝てしまったが八王子あたりで目が覚めると紅葉の色はもっと濃く
まだ秋の景色そのものである。
新宿あたりの街路樹は銀杏の木がありこれも場所により緑の葉っぱがついている。
都営新宿線に乗り換えるが、乗客は履いているズボンは綿かジーンズで寒さ対策の様子は見られない。
女性もコートも下半身もいつも見慣れている諏訪方面のスタイルとは大違い。

日本橋の歯科に向かってメトロを降りて歩いていたら汗ばんできた。これも街路樹は
青々とした葉っぱと花が色々咲いており、日差しも明るく暖かい。

丁寧に検診を受け歯石を取り新たな治療するような箇所はなく、安心して新宿へ戻った。
半年毎に定期的に見てもらっておればそう悪くなることはない。
東京は人が多い。新宿で年末ジャンボ宝くじを買おうと秘かに思っていたのだが、長々と
長蛇の列でどのくらい待つのかもわからないくらい並んでいるのでその根気がなくやめてしまった。

デパートへ寄っても欲しいものがないが口紅を購入し帰って来た。
バスから降りたったがそこは雪景色であり、日中の気温が低く解けていなかったようだ。

皆既月食を期待してその時間の欠け始めるあたりで9時45分に外をのぞいたら
何と雪が降っているではないか。
だめだ、今夜は雪のため皆既月食は諦めねばならない。
次は3年後となるようである。
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がっくり

2011年12月11日 20時06分17秒 | Weblog
信州へ移住して、何気なく健康診断の際オプション検査で骨粗鬆症の検査を受けたところ
何と治療領域まで下降していた。
それ以来骨密度の検査を受けながら服薬を続けてきた。
2年目に60%台に下がっていた腰椎が70%台に上昇していた。
嬉しかった。

骨密度は大腿骨と腰椎で測定するが大抵の人は腰椎のほうが悪くなる。
グジュグジュと圧迫骨折になる病態に入っていく。
その後また半年後に骨密度検査を受けたら、あらら何と治療する前の状態に戻っていた。
大腿骨はそのままであった。
なぜまた戻ってしまったのか理由がわからず、その頃抜歯して食事がうまく行かなかった期間が
数ヶ月あったのでそのためかなと思った。

そしてそのまま1年後に再び骨密度の検査を受けた。
食事や運動、日光浴、などできるだけ心がけてきちんと服薬を続けてきた。
検査が終わり医師から説明を受けた。
これまでの担当医が研修医で大学へ戻ったため主治医が変わった。

検査の結果は改善していなかった。
これまで飲んでいた薬はもう4年目だが、3年飲んで改善しなければ別な薬に代えねばならない
しかも同じくすりを飲んでいると骨の質を悪くしてしまうと言われた。
飲んで1年後に改善したがまた元に戻ったのはそういう性質で、1度反応はするが戻ることがあると言う。

新薬もあり毎日自分で注射を2年間する方法もあるが、2年間しか使えない。
人生のうち1度だけ、2年間の制約だそうで、もっと悪くなり80歳くらいで
ぐちゅぐちゅになった時に使えばいいのではないですか?
と言われた。
あんまりだ

ぐちゅぐちゅでは寝たきりではないか。
ま、1年くらい別な薬で試してみて効果がなければ」また考えましようといわれた。
私の場合は20年間近く地下鉄で朝早くから夜遅くまで通勤し、蛍光灯の元で
日を浴びずに屋内での仕事だったのも良くなかったらしい。

今後は腰椎の強化で上半身のストレッチで鍛えねばならない。
医師が担当が替わったためお陰で同じ治療を長く続けても効果がなかったことが判明し
危うかった。
食事療法はあまり効果は出ないようで、上半身の姿勢が悪くならないよう
運動をして悪化を防がねばならない。

やはり戦後の食べ物がない時代にお腹に入っていた人間は骨の作りが悪いのだろう。

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12月は雪と共に

2011年12月04日 21時49分38秒 | Weblog
金曜日の朝、いつもの時間に何だか外が明るいので玄関から外を見たらぎょお~…雪景色となっている。
今年初めての雪だ。
昨夜から寒さがきつくなったが静かに降っていたのだ。
3センチほど積もったので早起きして雪かきをしてから出勤した。
こういう時に限ってなぜか早番で、一番遠くから通っているものが、早く職場へ出ねばならない。
原村は白い雪景色だが、諏訪に着いたら微塵も雪らしいものは見当たらない。

アセアセして職場へ着いたが諏訪の同僚達はまだ冬タイヤに交換していない
と言いいたってのんびりした口調である。

翌日はお天気が回復するかと思ったが、なんと一日荒天で風混じりの横殴りの雨降りだ。
定期点検の約束をしており、朝早く寒いお店で待った。
しかしつくづく先週タイヤ交換をしておいて良かった。
いきなり雪が降るから、朝起きてから頭の中まで真っ白になってしまう。

日曜日にやっと晴れて気温も暖かくなった。
昨日の雨は八ヶ岳に雪を降らせたようで青空を背景に凛とした姿になっている。

   

これからどんどん雪が降っては解けそのうち、そのうち麓まで白く変わるのであろう。
12月は忙しく短い月になり、しかも日の出はまだ毎日遅くなり、日の入りは早くなる。
結構、気持ちは少し重い…

コートも1から3ランクまで寒さに従って選んで行くが、まだ頑張って2ランクの皮のコートで
いるが実は寒暖の差が激しいので訳が分からないだけだ。
1年ずつ歳をとっていくが毎年、重いコートやセーターは避けたくなってきている。
昔手編みのアラン模様のセーターを着ていたのは若さのせいか。

  

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