信州スロウライフ12ヵ月

野菜や草花と暮らす生活

実家へ帰る

2007年09月28日 15時20分12秒 |  日記
実家から電話が来た。
92歳になる長期入院中の母親がいると、実家からの電話は、さては
具合が悪いのか、それとも悪い知らせ?といつも心が騒ぐ。
のんびりした兄の話の出方からああ良かったと胸をなでおろすことが何回あったことか。

今回はやはり具合が悪く、人工栄養に切り替えるための手術になるというので、実家に帰ることにした。
さあそれからはインターネットを駆使して電車の時間を調べる。
何と言ってもこの3月に長野県へ引越ししてからは電車に乗るチャンスがなくなった。
どこへ行くにも車である。
しかし長野県から千葉の銚子まで行くには約8時間のドライブである。
それも犬2匹を乗せて・・・。
車が嫌いで吠えまくる犬を連れてでは負担が大きすぎる。
そのため動物病院へ宿泊をお願いすることにした。
しかし出かける前日は病院は休診となっている。
当日出かけては、手術に間に合わない。
何度も兄とやり取りして、手術が終わったあと到着になることの了解をもらい、準備をした。
朝一番で動物病院に到着して犬を預け、中央線の富士見駅から電車に乗る。
ここでも運のよさでたった一台、駅の無料駐車場が空いていて幸運を感謝して電車に乗る。
それからは中央線、総武線、総武本線の乗り継ぎで6時間後銚子に着いた。
ハハの手術は熱も下がり順調に終わっていた。
久し振りに見る顔は黄色実を帯びて顔色が悪く、意識は無く、全身随分と小さくなりどんどん思い出に残っている母親のイメージから遠ざかっていく。
私もいずれこの母親と同じ顔になっていくのかと何だか実感が無いでもない。

今回の手術をして径管栄養になれば、食べ物でむせり、肺炎を起こす
心配が少なくなる。
兄夫婦も3食病院に出かけてその都度母親に食事を食べさせる苦労も無くなる。
ただし自動的に咀嚼する動作がなくなるので脳の衰えに繋がる。プラスと-両面同居だ。

夜実家に戻り実の姉と兄と兄嫁と食事をしながら話し込んだ。
姉は日帰りで神奈川へ戻って行った。
残った私と兄夫婦と話が続き、気が付いたら夜中の2時半ではないか。
慌てて寝たが、何でも話が出来る兄妹であったので充実した時間であった。
こんなの随分久し振りのことで、子育て中は出来ないことである。
翌日父親のお墓参りをして、自分が手伝いをして作った菊をお墓に手向けた。
母の様子を病院に見にいき、昨日より顔色も良くなったので
又兄夫婦に託し、長野へ帰るために電車に乗った。


往復の乗車では、5ヶ月ぶりの電車だが、段々都会に近づくに連れ
空気の悪さを体が感じる。
しょうがないではないか、冷涼な気候の山の麓に住んでいるのだからと思うが、それほど私は長野の人間になったということか。

乗り継ぎ、乗り継ぎで、富士見駅に到着するがフエーン現象とかで
途中はべたっとした湿気で暑かった。
富士見駅に着いたら、途端に木の香りが鼻につき思わずうーんと深呼吸してしまった。
動物病院から犬を引き取り車に乗せ帰る途中、吠えまくる1匹が何と声が嗄れてしわがれ声で吠えるが、それがおかしくて笑ってしまった。
先生は人の気配がすると吠えていましたよとおっしゃったが、多分吠えまくってこの声になったに違いない。聯

たった2日間の犬とのお別れだったのに、家に着くと犬たちは嬉しそうに家中走り回り、いつも寝ているソフアーに全身をこすりつけ
ている。
それなりにストレスを感じたのだろう。

久し振りの実家への帰省だったが、電車に乗り、沢山の考える時間があり、環境が変わり、退職し、自分自身が様変わりしたが、この原村に越してきたことを素直に喜べる自分が居ることを感じた。
実家があること、いつでも帰ることができる場所であるが
この年になって自分の落ち着く場所があることが何より大事なのだなぁと。

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中秋の名月

2007年09月25日 22時39分35秒 |  日記
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昨年の十五夜はどこで見ていたかしら?
お天気が悪かったかしら?などと色々考えた。
昨夜は大雨が降り、今日は朝から晴れ渡り、又暑い日が戻ってきた。
野外の仕事は首筋から汗が滴り落ちていく。
出荷した後の菊の畑はわき目が伸びて花が咲いている。
とてもきれいなのにこの畑をトラクターで根こそぎ耕してしまう。
勿体ない話である。

夕方になると日没も早くなり6:00には日が沈んでいく。
犬の散歩も急がないとどんどん暗くなり家に辿り着く頃には
真っ暗になる。

今ブログを書いているこの時間は気温が14度、湿度40%でとても涼しい。今夜は中秋の名月であり、大きな月がこうこうと冴えわたっている。

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昨年の今頃、まさか原村でこの月を見ることになっているとは、想像も出来なかった。
家の中は花だらけであり台所は野菜が床一杯に置かれ、何と満ち足りた生活であろう。

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夏の畑が終わる

2007年09月23日 16時43分29秒 |  日記
気温はまだ日中は暑いが、朝夕はすっかり涼しく、月も冴えわたってきた。
花畑はいろいろな花が真っ盛りだが、野菜達は枯れ始めてきた。
きゅうりもかぼちゃもトマトももう収穫は望めない。
きゅうりはこの夏、120本くらい収穫できた。
この暑い中の仕事を乗り切れたのも毎日水分たっぷりの野菜を朝から沢山食べたお陰だし、すっかりお世話になった。
炎天下の中の仕事なのに、熱中症にならずに済んだ。
ピーマンは今朝20個も採れ、まだ頑張ってくれている。
今のうちに次に畑の準備をせねばならないので、夕方夏の枯れた野菜たちを引っこ抜き抜き整理した。
初めて作った畑で育った野菜は思い出が沢山残った。

傍のじゃがいも畑の跡では、冬の大根がすくすくと育ってきた。

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これから又土を耕し秋播きの種を播く準備をしなければならない。
野菜作りの本を読み、勉強しなければ農業に関しては私の頭の中はまだ何の蓄積もない。

こうしてブログを書いている傍では犬がひっくり返って昼寝中。
体の柔らかい茶色の犬は可愛い短い足を見せてくれた。

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追加でムスメからもう1匹のお座り写真が届いた。
かたっぽだけでは片手落ちなので連ねます。





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休暇3日目

2007年09月18日 22時54分30秒 |  日記
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昨日ぶどう狩りを勝沼で行い、お土産用をどこに保存するか考えた。
外のほうが涼しいので、ベランダに置くことにした。
高台だし、まさかなんて考えられないので安心してベランダのテーブルに並べてその夜は寝た。
朝起きてびっくり!いくつかあったぶどうの籠の内一つが半分何者かに食べられていた。
初めは、たぬき?…いや、違うな、鹿?いやそれも違う、そうだ!猿だ
籠から出してぶどうを1粒1粒つまんで食べた跡は鹿やたぬきにできる仕業ではない。
つまむという行為は高度な技である。
我が家の犬たちでさえつまむ動作は一生できっこない。
いやあ、やられた。
美味しいピオーネと甲斐路のぶどうを半分食べられてしまった。
その残りを人間が食べるのもいまいましい。說
庭先に猿が出没するとは…うかうかしてはいられない。

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今日はゆっくりブランチをして、その後お待たせしたあほ犬の散歩を
する。
別荘は今日はウイークデイなので静かで車も時々しか通らない。
超ご機嫌の犬2匹はかって知ったる道をスキップするが如く嬉しさを丸出しで走り回る。
今朝から空は晴れ、高原の空気は爽やかに澄み渡り、カラマツの木々は少しずつ葉を落とし出し、ススキはきれいな穂を出し始めた。
散歩の道の終点は八ヶ岳の全景を見渡す場所で、暫くその景色に見とれた。
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秋の気配を感じながら、今回の休暇の恩恵を体で感じ、全員
この夏、この休暇を目指しむちゃくちゃ働いてきた結果手に入れたこの幸せを身にしみて感じたはずだ。
私は疲れていないと自分に言い聞かせていたが、右目のヒクヒクが2ヶ月も続いていたし、やつれていた顔も嫌だったし、それも疲れていた結果と受け入れる気持ちが出来た。
色々これからの生活に向かってこうしなければと思う気持ちが、心の中に出来ていた。
原村に引越しして、村に順応しなければと思う気持ちと同時に、
畑を作り、花作りの手伝いを始め、農業に一気に向かって行った結果
疲れは当然来るがそれを否定して毎日を過ごして来た。
繁忙期なのに休暇を取り家族と蓼科で過ごし、自分に素直になれ、
体の疲れを受け入れた。
私はやはり急速に原村の村民にはなれないのだ。
村民になれなくても良いではないか。
私は私。
ずっと原村に住み着こうとか、大泉の土地に絶対家を建てようとか決めないで暮してみようと思う。
そうした結果いつか答えが出るに違いない。
それが今回の休暇の中から出た将来の方向性だと、ちょっと原村から距離を置いた恩恵であった。

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休暇

2007年09月17日 21時25分45秒 |  日記
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お休みを取りました。
蓼科の友人の山荘にやって来た。
標高1500メートル近くのカラマツの林の中にいると、たまらなく眠いですわ。
今日は勝沼のぶどう園に行きました。
ピオーネ、ロザリオビアンコ、甲斐路、甲州ぶどうなど見事な房を切り取りお土産に。
今年のぶどうは猛暑で気温の差がなく色がきれいな紫色にならなく、気温の差がないと味や色に影響が出るそうだ。
ぶどう園のご主人や奥さんの話は今年から花作りを手伝っている私には共通するものが多く、話が盛り上がった。
それぞれの職種は自分の哲学を持っている。他の仕事を知るチャンスが出来、誰もが苦労して出荷しているのがようやくわかった。
仕事が忙しく疲れていたが、休暇を取って体を休める機会が出来
有難い。

勝沼からの帰り、八ヶ岳SAで風林火山の田んぼを見る。
北杜市で風林火山のテレビドラマの舞台だから、観光客を対象に
田んぼに異なった稲を植えて文字を描いた。
美しい風景だった。

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追いつきませぬ

2007年09月14日 19時55分18秒 |  日記
昨日からお彼岸向けの菊の出荷がどんどこ激しくなった。
トラック満載で午前中畑で切り、午後から出荷向けに菊を束ねて結束し、箱詰めする。
やってもやってもちっとも減らない。
夕方を過ぎても終わらない。
とうとう夜21時までかかった。
途中でご飯を食べにいったん家に帰った。
その結果昨日の出荷量は7000本だったと言う。

今日はその数を上回り、いったん19時半に家に帰り、有ご飯を食べて、今夜は23時までかかるとのこと。
8,000本はいくかな?
私も随分と体が丈夫になったものだ。一日中立ち通しの仕事でもやっていけるようになった。
しかも張り切っている。
この気持ちは何から来ているのか?
まだ今のところ自分でもわからない。瑩

菊の生産日本一の信州のJAへの出荷で超グレードの高い場所で修行させて頂いているからかな?


へぇー終了しました。
シンデレラ時間の0時でした。
今日一日で作った数は9600本でした。
新記録獵

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熟睡

2007年09月12日 23時29分05秒 |  日記
 
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夕方、散歩をした後あほ犬たちはシャンプーをしてもらった。
よほど疲れたらしくいつもの時間より早く眠くなってしまったらしい。
無防備な姿で、お腹を出して寝ている。
犬たるものこんなことでいいのか說



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出荷の菊を初めて切らせて頂きました。

2007年09月11日 22時03分12秒 |  日記
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今朝菊の畑へ行ったところ、いきなり今日は全員で菊を切るとのご託宣がある。
ぎょえー・・・・・・。
とうとう飛び切り難しい仕事をしなければならない日がやって来た。
一緒に働いているベテランさんも
この仕事は難しくて悩むのよ~と聞かされてきたので、新米の私がスムースに行くはずはない。練
ええとまだ心の準備が出来ていないのに…と思うが待ったなしのご指示。
雨合羽を着て昨日来の雨でびっしょり濡れている菊を前に、社長の奥さんから切るにあたりオリエンテーションがある。
白い銀峰と言う大菊のつぼみを根元から約1mの長さに切っていく。
農協へ出荷し卸売市場へ出るまでにはまだつぼみのうちに切り、10本ずつまとめ結束し、箱に詰めて農協へ届けられていく。
つぼみが出揃ったのを前に鎌を手にしてどれを切るかが問題だ。
切ったものが早すぎても遅すぎても商品にはならずにはねられてしまう。
切ってから後悔しても遅い。
と言って、明日にしようと迷った結果切らずにおいたら翌日はもう商品価値がない姿になる。
一つ一つつぼみの前でこころの教えを信じてこれだと判断し、えいやっと鎌で切る。
苗から育て、出荷に先立ち1メートル以上の菊を切る醍醐味をここで初めて味わった。
しかしゆっくり感情に浸っているわけには行かない。
次々と切っていかなくてはしなびれてしまう。
一輪車に切った菊を積み上げ、トラック2台に積み、10本ずつ作業場で揃え長さをそろえて結束し箱詰めする。
やっとこれで今まで4月から行ってきた作業が一連の仕事として繋がった。
明日からお彼岸向けの出荷で最盛期を迎える。
今日しか切れない菊を即座に判断して菊を切る作業は神経を集中させなくてはいけないので、全神経をかき集めて総動員させる。
ううう・・・つかれたなぁ。蓮

今は一日4,000本から5,000本切って出荷するが,来週はピークになるのでその2倍近くを切ることになる。
戦争だ、これは。

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アネモネの花のお披露目

2007年09月10日 00時24分12秒 |  日記
秋のお彼岸が近づいて来た。

菊作り農園としてはこの日を目標に、6ヶ月の日を送ってきた。
社長夫妻は真冬から苗作りをしているので作業は1年がかりだ。
5万本の菊の出荷に向けて、1本1本の菊のつぼみを大きくするまで
何回も手を掛けて、おそらくこの仕事をやってみないと想像もできないくらい厄介な作業に集中してきた。
この9号台風の時も雨の中、レインコートを着てつぼみを決め、脇芽を掻く作業をした。
6時になり作業が終わったときは達成感で一杯で、雨の中でも環境の悪さより気持の方が勝っていた。
すがすがしかった。輦

台風が過ぎ去り、又暑さが戻ってきた。
しかし原村は長野県でも涼しいほうで、日中は30℃近くなるが
夜になるとひんやりとした空気になり、外ではこおろぎが大合唱だ。

菊はも出荷がまじかに迫ってきたが、6月末にハウスに植えた、1万本のアネモネが生長し、花が咲き始めた。
11月から冬場に集荷するため、今の時期に咲く花は株を痛めないために定期的に花をピンチして捨ててしまう。
素人考えの私はそのことが非常に惜しく、惜しげなく捨てる行為に躊躇した。
この花たちは新宿の駅前で街頭で売ればすぐにも完売であろう。裂

極く極くきれいな花を頂いて帰るが、家のなかは涼しいから、1週間は元気に咲いている。
我が家は頂いた菊やアネモネで花盛りだ。
花瓶を総動員しても追いつかずの贅沢な話。
犬たちは決して花を眺めたりしないから、自分ひとりできれいだわーと自己満足している始末ね。


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花と野菜のお陰で、都会で疲れていた私の心は急速に
優しい心を取り戻しつつあることを実感している。
そうそう、原村の住民の方々と、八ヶ岳の姿も大きな影響であることはいうまでもないでがんす。

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諏訪湖全国新作花火競技大会見物

2007年09月02日 22時58分40秒 |  日記
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8月15日の諏訪湖湖上花火大会に引き続き、9月1日は新作の競技大会で
花火師さん達による。
昨年初めて見物したが、今年もすっかりファンになり息子夫婦と一緒に見物をした。
昨年と違い、私は原村へ引越しをしたので、わざわざ神奈川県から朝早く出発してこなくても良くなった。
昨年は夜7時の打ち上げめざし朝4時に家を出発したものだ。
15日の花火大会は49万人の人出でお天気も良く、ヒトヒトと車ですきまもなく、さすが全国で第2位の人気花火大会だった。
最後の水上スターマインとナイヤガラに大歓声とため息で、来年もまた絶対見に来ようと言いながら家に帰ってきた。

そうして今度は新作花火の競技大会である。
今回は15日のような混み合いはなく29万人の見物者だということだ。
さすがに全国の花火師の技の競いあいらしく、その規模と工夫を凝らした技術に、歓声とともに夜空に消えていく。
折から諏訪湖の上空だけ小雨になり、山田市長が冒頭の挨拶で、痛恨の極みですと言われたが、まさにその通り。
何で花火の時間だけめがけて降るの?と言いたいが、そう強い振り方ではなかったので、傘の隙間から見上げてはうわーとかすごいっとか誉め言葉は大変貧困だがとにかく夢中になった1時間45分だった。

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諏訪湖でしか見られない水上スターマインは、言葉に表せない。
お腹に響くズドーンという打ち上げの音はまるで麻薬のようで、夏の夜空に散る花火とともに、今回もあぁ信州へ引っ越して来てよかった
としみじみ思ったものだ。
花火が終わって帰るときには、もう夏は終わって行くのだ、何だかさびしい気持ちにさせられた。
これを目標に生活をしてきたが、それも終わってみると目標を失ったような空っぽの心になった。
秋を迎える、晩夏は寂しいのだ。

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ここまでやるとは…

2007年09月01日 01時13分33秒 |  日記
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夕方、友人と電話で近況を話し合った。
9月末に赤ちゃんを連れて清里へ旅行に来るとのことで、その際会いたいねぇーと言いながらついつい長話をしてしまった。
社長の奥さんが帰りがてら畑からメロンやとうもろこしを取って来て下さり、いつもながら有難く車に積み込んだ。
家に帰ってそれを廊下に置き、友人と電話で話し込んだ。
ふと気が付くと、廊下においてあったメロンが半分かじってある。
硬い皮なのにどうやってかじったのかわからん。
甘い香りをあほ犬なりに感じ取ったのかしらん。
メロンだと言うことがわかるはずはないのに、去勢犬は食欲旺盛のためそういうセンサーが体内に宿ったのかしら?
それにしても貴重なメロンをまるかじりするとは....。
人間でも恐れ多くてそこまでは出来ないのに。
とほほほほ。聯

カナダのムスメは秋風が吹き、涼しさが増して来たら何となく旅に出たい気分になって来たようだ。
寅さんではないが、一つのところで落ち着いてその地に安住する気質ではないので、あまりにも刺激が少ない今の職場は一定期間を過ぎるとWHには次の土地を求めるようになるのかもしれない。

先週は暑くて暑くて炎天下の作業に首に氷を当てて冷やしながらしのいだが、まだそれから1週間も経たないのに、今日は雨降りで20度もない。一気に10度以上気温が下がった。
体が悴んで、寒くて10時の休憩には炬燵にあたり、ストーブで手を暖めた。
そして先週までのあの暑かった感覚を早くも忘れようとしていた。
原村に来て5ヶ月目が終わろうとしている。
寒さを感じ入る季節になり、ムスメは次の土地への移動を考え、ハハはこの地でやがて来るマイナスの寒い季節をどう乗り切ろうかと考えるようになった。

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