信州スロウライフ12ヵ月

野菜や草花と暮らす生活

術後1ヶ月

2009年05月26日 23時11分42秒 | Weblog
手術してから今日で1ヶ月が経った。
手術前に想像していたことだが、顔が変化しているのは当然だがいまいち良くわからん。

これまでの手術を受けた人々の経験談を読み、肩こりから解放され人生が変わりおまけに容貌が一番変わり、目がパッチリとして・・・・など知識として仕入れていた。

手術後は我慢我慢で傷の痛みやはれぼったい瞼や何だか面白い目つきにいつかすっきりするだろうと期待していた。
2週間目の抜糸のときは美人の医師は腫れている二重瞼も段々治りますよ、後3ヵ月後に来てくださいで終わったので問題無しと思った。


いやいやどうして、1ヶ月経ったが自分の顔がこんなだったかなぁ、変な顔!
と毎日鏡を見ては批判している。
先日娘に会ったときも私の目を見てすぐに彼女は笑った。

そうだろ~おかしいだろう~。

随分のっぺりとした顔になったねぇ。目に違和感がある。

そのことは私が一番知っている。
手術をした人から自分は一年かかって治っていったと言う話を聞いた。
人それぞれ違うが、どうも術前に高畑淳子が手術した話を聞いて近い存在になれると連想したのがいけなかったようだ。
元の造作が大きく違うのであるからして、きれいな人はどこまでもきれいであり、凡人は造作をいじると微妙にずれが出て変になるようだ。

この件については経過を追って報告しましょう。



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ぐるっと1周

2009年05月25日 23時23分53秒 | Weblog
週末は忙しく終わった。
日曜日は出かけなければならず、そのため前日の家事は済ませておかねばならない。

土曜日、午後3時過ぎやっと畑へ出られる時間が出来た。
丁度午前中宅急便が届き、宛名を見ると、某食品会社からで中身はトマトの苗が4本入っていた。
忘れていたが、応募した懸賞で厳選なる抽選であなたが当選と書いてある。
人生これまで懸賞に当選など縁がなく、今回も応募した後忘れていた。
寒い冬の最中に応募したから尚更のことである。
真っ赤に完熟しリコピンたっぷりのトマトが1本の苗から60個も収穫できるそうで名前は凛々子(りりこ)というそうな。
何とかわいらしい名前ではないか。

滅多に無い幸運に畑での作業ははかどり夕方暗くなるまで農作業は続いた。凛々子は新たにトマトの仲間に参入した。
が・・・・・・・今年はトマトの苗を一杯買い込み、雨よけのハウスも作り
優先課題とした。
一人で食べようがないほど収穫したらどうしよう?とまでは考えていなかった。

翌日は朝早く中央高速バスに乗り新宿へ向かった。
永福あたりからずるずる渋滞になり焦ったが、何とか間に合い湘南新宿ラインに乗り大宮経由で、宇都宮まで久し振りに電車に乗った。
長時間の乗車でうつらうつらしながら、ああ都会の女性は薄着でおしゃれで良いなぁとか思いながら自分の姿を反省した。

午後、宇都宮での用事が済み夕方7時過ぎ、娘の車で一緒に北関東自動車道から東北道へ抜ける。
折から雷と共に激しい雨に見舞われながら、ダブルワイパーでも前面が見えない降りで震えながら、東北道から外環道路へ抜け川口経由
大泉から関越で北上し、新潟方面へ向かい、鶴ヶ島から圏央道経由で八王子へと続く。
その間ずっとゲリラ夕立は降り続き、真っ暗の空に稲光とピカピカ稲妻に我々の頭も恐ろしさに日の玉のようで川のようになった道路を水を蹴散らしながらずっと走り続けた。
八王子から中央道へ出てやっと雨足が鈍くなり、甲府あたりで道路は乾いていることに気付いた。
何と言う天候の差であり、ゲリラ夕立の恐ろしさを今回早くも経験してしまった。
いつも高速道路を走っている最中で特に恐い目に合う。
フロントガラスは雨脚が強く前が見えなくなり前方の車に追突する危険が強い。
昨年の夏もこのゲリラに何度かあったが、地球温暖化の異常気象のため又今年もやって来ることであろう。

翌日の時間に変わる前に静かな、かえるの合唱の音だけが聞こえる原村に到着した。
雨が降った形跡もなく、あの長時間降り続いた恐ろしい別世界は一体何だったんだろう?
料金引き下げで高速乗り継ぎで信州から東北までのドライブをして来たが、気象条件が悪く、金銭的には楽をしたが精神面では疲弊してしまった。
ゲリラ夕立は本当に恐ろしいの一言に尽きる。
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大合唱隊

2009年05月20日 22時58分00秒 | Weblog
夕食を終えて台所から外へ出てみた。
我が家はそこは花壇と畑になっている。
おおよそ150坪あるから、花や野菜を作る時期になると忙しくなる。
朝夕、眺めては育ち具合を見て楽しんでいるが、この2日ばかり草花の成長がめざましく、その速さに驚かされる。
1日で数センチ伸びている。
カモミールはこぼれダネでいたるところに群生し、白い小さな花を咲かせ始めた。
まさに花たちの一日の伸び方はぐんぐんといった表現がぴったりである。
ジャーマンアイリスは雪が降った後惨めなくらいあぜ道で球根をむき出しにして転がっていたが、今やつぼみを一杯膨らませ、夕方になって既に開き始めている。

外へ出た途端、かえるの大合唱が聞こえてきた。
近くには八ヶ岳をバックに広大なセロリや田んぼの景色が広がるが
この数日来の雨でかえるの鳴き声が大きくなった。
良く耳をすませると色々な泣き声が聞き分けられる。

やっと気温が定まり夜気の空気は木々の香りを運んできて香しく、誠に清みきって思わず深呼吸をしてしまうほどだ。
移住してきて初めの1年は東京から帰ってくるとこの木々の香りがとても嬉しく、いつも深呼吸をしていたものである。
都会の真ん中から全く異なった環境に住み始め
違いの大きさを嫌というほど感じるが、いまや季節は最高。

花が一斉に咲き始め空気がかぐわしく大自然から活力を頂いて贅沢な毎日である。
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筋肉痛となる

2009年05月19日 21時52分25秒 | Weblog
先週末は2日間雨にたたられ、僅かな行動範囲で終わってしまった。気温も低くやる気が出ない。

さてそろそろ寝る時間だが、ふと思い出し、暫く離れていたWii fitをセットした。

何と!夢中になって凝っていた頃から又半年も開いてしまった。
体重が減り、体力年齢が驚くことに・・・・・・・67歳。
思わず一人で大笑いした。
バランスが苦手ですねと画面のトレーナーに指摘された。
暫くぶりにやれば当たり前。
体は片足で立てばぐらぐら。

それからヨガと有酸素運動を30分やった。明らかに半年前のスコアーから遠く離れた。
訓練が足りない。

悔しいが明日があるから、スポーツに変えてボウリングを始めた。
これは結構いける。
何しろ中山律子さん時代に通ったくちだ。
立て続けに6ゲーム投げ、やっと諦めて寝ることにした。

又明日から鍛えようと決心したが、翌日は近所から蕗の束を頂き
夜その料理に時間を取られ2時間かかった。
勿論トレーニングする時間は失った。
3日坊主ならず1日坊主になり、今日は
筋肉痛がやって来て背中がバリバリになっている。
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カーネーションのお茶

2009年05月17日 19時55分24秒 | Weblog
昨日はこのところずっと続いている低温と雨模様に腹が立ち、日記に書いてしまった。
その後、書いてから昨年の丁度今頃のブログの日記を読み直してみた。
そうしたら、あらら・・・・5月30日の土曜日は寒くてストーブを炊き、縮こまっていた。
3つほど行事が重なりどれを取ってよいか迷っていたが、土砂降りの一日で結果的には家から出られなかった。
このときも嘆いていた。
犬達は炬燵派とストーブ派に別れ潜ったままと書いてある。

1年経つとそれなりにやること沢山あるから、日頃溜まった作業をやり終えてすっきりした。
先週の母の日にムスメが送ってきたお花のお茶セットを忙しくてそのまま飾っておいたが、有り難く頂くことにした。




中国茶のジャスミン茶を加工してお湯を注ぐとお花のようにふんわりと開き、カーネーションや百合やキンセンカがポットの中で花びらを開く仕組みになっている。
今回は初回だから何にしようかと迷ったが、カーネーションにした。
ガラスのポットの中でピンクの花がゆっくり開いていった。

お茶は美味しいジャスミン茶で、お陰でゆっくりお茶を味わうことになった。
最近、ハーブテーィや新茶とか色々飲み、水分を沢山取るようになりからだの免疫力が上がって来たと思っている。


嫌なニュースだが、日本でも新型インフルエンザの感染者が増え続けている。
数字を見るたびに悪い予感がし、不安感がじわじわと押し寄せてくる。
必要以上に騒ぐことはないが、自分の出来る範囲での予防手段はやらねばならない。
明日出勤したら、早速院内感染対策のお触れが流れてくることであろうし、マスクで仕事は必死のことになると、気持ちが引き締まる。



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寒々した日々

2009年05月16日 22時23分42秒 | Weblog

今週は気温が下がり、取り戻さないうちに週末になってしまった。
朝起きるときに部屋の気配で、ああ今日も寒いや~と渋々着替えをする。
5月も中旬なのに一体何という事だろう
地球温暖化はこの高原地帯にも確実に影響があり、野菜はすくすく育つ時期なのに
遅霜が降りて折角植えた野菜の苗は黒く縮れている。悲しい・・・・。

今週は月曜日から連日勤務が終わってから時間外でのスケジュールが入り、帰宅時間が遅く、遅い夕食を食べて、間もなく寝る時間になりそれで終わった。

ああ何だかこれまでの都会での生活に戻ったような感覚だった。
しかし、電子カルテへ向けての業者との話し合いや、新しく取り込む検査法の
頚動脈のエコーなどのデモなど、新しい知識に面しているとこれは面白い。
60才を過ぎて減る一方の脳細胞に活を入れることが出来て、チャンスに感謝せねばならない。
置かれた環境によっての自分の頭の中身が変化していることに気付く。
記憶力がどんどんおぼつかなくなって来ている事に、数年前から恐怖を感じてきた。
いずれ自分の親と同じ道を辿るのかと思っていた。

けれど、千載一遇のチャンスで再就職をし、全く異なる職場で仕事を覚えることにひどい苦労をして、自分の無能を呪い、果ては逃げようかと思いつめたのが昨年の3月頃。
思えばこの1年ぼろぼろになりながらやって来たが、今得たものは脳の記憶力が毎日の訓練で退行せず、鋭さが出てきたかな?ということである。

これは仕事が面白くなって来たためで負のスパイラルから脱したと思う。
働き過ぎないように、といつものようにムスメからの電話で注意された。

寒い気温でも庭の花達は咲き始め、雨の中でも花びらを開き始めている。
毎日ストーブのお世話になっているが、寒い心は花の濡れて鮮やかな色に、救われる。







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抜糸が済む

2009年05月11日 23時31分55秒 | Weblog


4月27日に入院、手術をした後、これまでで2週間が経過した。
瞼の傷は外から丸見え、話す相手は眼を見て話すから、大体直面する。
時期を選んで、仕事での影響が無い様にGWの休暇の合間に手術が出来た。
患者さんの身になってとよく言われる言葉だが、僅か半日の入院ではあまり身にならなかったと思う。
しかも術後は氷水でひたすら冷やすことだけに集中したので、病棟内を探検する時間もなく退院になってしまった。

けれど、目立つ場所であるだけにその後は人目を避け、自宅で時間を過ごし、先週、2日間だけ勤務した。
人目を避けるか、誰もあなたの顔なんか見ていないよと思って自然に振舞うか、その差は自分次第。
今日も赤いアイライン状態の眼で働いたが、どうってことはなかった。

相手はしげしげと私の顔を見るかといったら、全くそのようなことはなく、自分が堂々と振舞えば一日は素早く過ぎ去って行く。
そういった感想がつかめた時に、抜糸で美人の医師の前に座っていた。
美しい先生は一つ一つ丁寧に糸を引っ張って抜いていくが、思った以上に痛かった。
両目で20針くらいだが、涙がにじんだ。
ううううぅぅ。小さく唸った。

つっぱていた瞼が楽になり自分の眼になった。
今後1ヶ月と3ヵ月後に経過を見せに行くが、形成外科は勤務場所のすぐ隣であるからちょいちょい顔を合わすことになる。
まだ不自然な瞼であるが1ヵ月後には傷跡も隠れるそうである。

一番の手術の目的である肩こりがなくなったというのは実感である。
朝起きた途端、肩こりが始まっていたが、今それすら無くなった。
2週間の耐えた後にやって来たものは、心からのばんざーいであった。

周りのものは眼が大きくなっていいわね、私も考えてみようかしらなどとおっしゃいますが~、違うのよ、肩こりのために行なった手術よと言い続けていてもどうも判ってもらえない。
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タイリンエンレイソウ

2009年05月10日 20時42分41秒 | Weblog


今日、庭のエンレイソウが咲き始めたので、そうそう、アルバムに載せて見て頂こうと写真に撮った。

日中日差しが強すぎて露出の補正が難しい。
何とか撮っては見たが、おととし撮った写真のほうがすばらしい。
けれど、アルバムの写真を見て頂いた方からどこで咲いていますか?との質問を頂き・・・・これは庭です。

昨日山野草のお店でこの花が並べており、一輪、一鉢500円!
私は驚いた。
頭の中で庭のあの群生は¥¥¥¥・・・・
頭が弱いから計算できない。

花にもそれぞれの良さがあるから比較してはならないことだが、エンレイソウは存在感が違う。
貴婦人のたたずまいを感じる。
それも、寡黙の余計な言葉を言わず黙ってそこに座っている人。

1昨年撮った写真と共に見て頂きましょう。
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魔女に出会う

2009年05月09日 22時05分57秒 | Weblog
3日間雨が降り続いたが、週末になり気持ちの良い五月晴れとなった。

犬の散歩の時に農機具屋の庭で野菜や花を売っていて、なんとどれもが1鉢50円。
市価の1/3
マーガレットや西瓜の苗、サフィニアなどを買ったら欲張りすぎて持てなくなり、後で車で引き取りに行った。
次に、三井の森の近くにあるハーバルノートへ病気の友人にアロマオイルを買いに行く。
先週、娘と一緒にこちらへ行ったが、まるで童話の世界のような建物で屋根には草が生え傾きかけたような木造の家でいかにもハーブの家らしい。
ステロイド皮膚症にかかり、通院している友人に何かお見舞いをと考えたが、気分がめいっているとのことで気分が明るくなるように、スプレーになっているハーブの香りのエアーフレッシャーを買った。

季節のお茶ですとお庭でハーブティーを一杯ご馳走になった。
林になっている庭は様々なハーブが植えられ、水色の鮮やかな花があちらこちらで咲いて眼を惹いた。

声を掛けられ振り向いたら、うわっ・・・魔女!
ではなかった。

いかにも魔女のような姿格好で先日の西の魔女が死んだのシーンから抜け出てきたような方が。

絶対私は真似できない、森の中での長年の生活から出来上がった人となりである。
すばらしい・・・・・・今私は魔女に憧れている。
庭で咲いているブルーの花の名前を聞くとラングワートという。
春になると一番最初に花を咲かせそのブルーの色の美しさが目立ち
見た人は誰もが眼を奪われるという花だそうである。

確かにね。
2年後に花が咲くというので、その花の苗を買い気長に育てることにした。
1昨年買って植えたボリジがこぼれ種で今年は庭のいたるところに相当の数の芽を出し、やがてきれいなブルーの花を見ることになるであろう。

爽やかなミント味のハーブティも友人に一緒に送ってあげよう。
暑くなったら冷たく冷やして、庭で花を眺めながら頂くのが楽しみになる。

魔女はハーブの家のご主人らしく、貫禄がありなんでも見通しているような雰囲気を感じさせる。
家の周りの木々は雑木林だから芽が吹き出した色は緑のグラデーションでこの景色も見ごたえがあり暫く散歩をした。

途中の自由農園で野菜を買ったついでに山野草を買ってしまった。
今日は草花を次々に買ってしまい、植え替えに帰宅して夕暮れまで庭で過ごした。

すばらしきリハビリ生活なり。




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嬉しい気分

2009年05月07日 22時10分02秒 | Weblog

連休明けで、10日間も休んだ脳細胞がどのくらい衰えてしまったか、不安ながら出勤した。

スタッフは私の顔を見てもあら、あまり判らないわ、若くなったみたいとかそれぞれ気分を引き立たせてくださる有り難い言葉を掛けてくれた。
あら、暫くぶりね、海外旅行でも行っていたの?と言われこれで気分も軽くなった。

今回は以前記事に書いた名前のことだが、その続き・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・
今日は母も連れてきました。
75歳の母はこんな大きいところに来るの初めてで、びくびくおどおどしていますと娘さんが初めに説明を加える。
お母さんのお名前は?と聞くとみのるです。

え~お母さんが?と聞きなおすとそう、みのるはひらがなですと。

運よく午後からみのるさんと話が出来た。
いつまでもびくびくでは可哀相であり、話の導入に名前を話題にした。
みのるっていう名前は父親が凝りに凝って考えたそうで、ある程度わかる年齢になって自分の名前が大嫌いになったと言う。
男みたい・・・・。
長い間嫌だったけれどお嫁に行ったら同じ部落にやはりみのるという人が嫁に来て少し気持ちが楽になったそうだ。
いとこに綾人(あやと)と言って女ですともいう。
このあいだの清、茂、瞭(あきら)さんの3姉妹と努さんの話をしたら大笑いをした。
私なんかまだよいほうだね。
もっと昔は人間にクマとかトラとかタツとか動物の名前をつけたねと話が弾んだ。
それからびくびくはほぐれた。

検査数値が一つだけ、糖尿病に近いのがありますとその原因を探っていった。
驚くことに日常の食生活は無農薬、無添加、有機農法、自然食品に徹している。
砂糖などほとんど使わない。
血糖がが高いのは何故かな?

滅多に無いのですが1昨日よもぎを摘んであんこを1日かかって煮て、よもぎ餅を一杯作り沢山作りすぎて3回食べましたよ。

原因がわかった。

みのるさん、普段の食生活がものをいって、75歳とは思えない、血糖値以外は問題なし。

帰りの車の中で娘に自慢しながら帰るんだと笑いながら言い、又来るねと去っていった。
名付けたお父さんの願いは健康な体にみのったのだ。

それにしても最近印象深いのは先に挙げた男のような名前であり
エリカやえれなやまりあの名前ではない。

みのるさんを送り出し、何だかほのぼのした気分になれた。
75歳の硬くなってこわごわやって来たご老人に、反対にこちらが穏やかな気持ちで仕事をさせてもらったのだ。

リハビリ第一日。
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大型連休終了でーす。

2009年05月06日 21時51分19秒 | Weblog

たっぷり朝寝した連休もついに終わりとなった。 
別れ難いが生活の糧を得ねばならないから明日から又職場へ復帰する。
晴れ晴れとした気持ちになれないのは、まだ元に戻らない術後の面のせいで、明日になれば嫌でも諦めねばならないから、謙虚に伏目がちで一日を過ごそう。

午前中、シカゴの息子夫婦と、フランクフルトの姪夫婦と運良くスカイプの電話で話が出来た。
空港に勤めている息子は、あちらはあまり騒いでいないという。
いずれも同じような気候であるが、まだストーブを炊いている原村が笑いものになった。

午後遅く大泉に出かけた。
ちょっとした買い物をすばやく済ませ、途中の大泉の自分のほったらかしの土地を見てみた。
この2日間の雨で林の中はしっとりと濡れて新緑がきれいで、
下草は桜の花びらで淡いピンクに敷き詰められていた。
訪れる時期を外していたので、大きな山桜があり、花が咲くとは知らなかった。

私も西の魔女になりたいな・・・・。
昨年植え替えた大手鞠の木もずっと大きく枝を広げ、花をつぼみをびっしりとつけている。
可愛いではないか。

ゆっくりもしていられない。
小淵沢経由で鉢巻道路を通る。
観光客は姿を消し、夕暮れ時であるため、すれ違う車もなく、延々と続く標高1500メートルの道路は富士見高原付近で遅い桜が満開となってどこまでも咲いている。
夕暮れに差し掛かり、桜並木は幽玄の世界に足を踏み入れたみたいな錯覚を感じさせられた。

捻挫の足のため途中のヒルサイドホテルの温泉に立ち寄る。
ここも観光客が引けた後で、広い浴槽は貸切状態である。
山の頂上から流れて来る乳白色の霧を見ながらのんびり、頭の中もふやけて行った。

これまで子供や夫や姑の中で、GWも夏休みも、年末年始もずっと台所で暮してきた。
仕事も持っていたので、休日は家事に追われた。
休みになると心が休まらなかった。
働いていないと罪悪感に襲われていた。

信州へ移住して2年が過ぎ、人生やっと一区切りが出来たようだ。
長年抱えた苦労を持ち移住したが、それからも解放され、雪道が恐ろしかった車も替えて、肩こりの手術も終わった。

長い間心理の仕事で、人様の悩みの話に終日追われ続け、自分の苦労は1かけらも口に出せず、全く縁のない土地に引越して来てしまった。

でもあれもこれも終わりだ、さあこれからだ。
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映画の日

2009年05月05日 23時43分55秒 | Weblog
ああ~もう明日一日で、長い休暇が終わる。
始まる前はどんなにたっぷりと時間が使えるかと楽しみにしていた。
正直、これほど長い休暇は最近は昨年の6月から7月にかけてのカナダへ旅行した時以来だ。
お勤めしている者には長期休暇は難しい話だ。
これまで20年間勤めていた会社は特に毎年40日間の年休をそのままお返しをして人事部から注意を受けていたほどであった。
勤務場所が変わり、肩の荷が降りての働き方だからこれまでのような働きぶりは避けているが、2年続けて長期休暇を取り、有難いと思っている。

今日で術後8日目、まだ眼の周りは赤や黄色のアイラインが入り不自然な表情は免れない。
腫れは引いたから、記事に書いてあった経験談より軽かったかもしれない。
3ヶ月も外へ出られなかったと言っていた人もいた。
さてさて、昨日庭の踏み石を洗濯物を干そうと籠を持って踏み出した途端、石が横に倒れて滑った足を捻った。
そのまま大したことはないと一日忙しく働き、犬の散歩もきちんと済ませた。
夜になって捻った足がジンジン痛み始め、どうやら捻挫らしい。
明後日から勤務が始まるのにこのざまは何だと自分を呪いながら湿布をして、手術の傷より痛い捻挫の痛みに耐えた。

昨日野菜の苗を植え終わり、からからに乾いている畑に水を播きながら雨を期待し
たがお昼近くに雨が降り始め、期待通りになったが犬が外へ出られず気の毒になった。
わたしはしめしめ、歩くことが出来ず、又もや静養に徹する。

折からWOWWOW番組で発見!
先月逃した三谷幸喜のTHE有頂天ホテルがあるではないか。
その後続いて、小熊物語、西の魔女が死んだ、クライマーズ・ハイと立て続けに見た。
昨日の象の背中の役所広司と又違った役柄で、あははと笑いっぱなしで、そのストーリーの複雑さと愉快さを絡ませ面白いの一言だった。
小熊物語や西の魔女については悲しさや切なさが織り交じり、動物への愛しさや自然の中の生活に引き込まれて、自分が孫を持ったらこんなおばあさんになり森の中で暮したいと身近に夢を持つに至った。

西の魔女はああ、こんな森の中の家や景色は、この近くでも見られるわ、と思ったところロケは清里だというので身近なはずである。

退屈しきった犬達がそれぞれおもちゃをくわえてきて遊べ!と吠え始め、仕方なしに暫くおもちゃを放り投げる繰り返しをするが。
それが転がってテレビの下やソファーの下に入ってしまい四つんばいになって拾わされることが続き、子守もなかなか大変であり、我ながら不自由な足でよくやった。
疲れた犬は寝てしまい、やっとクライマーズ・ハイを見ているうちに引き込まれた。
日航機が御巣鷹山に落下した事件を追う地方新聞社の内情を描いているが、当時のこの事件を知っているつもりだったが、相当の部分は理解していなかった。
見終わった後切なくて、暫く立ち上がれなかった。
もう22年も経ったのだ。
送り人の山崎努の納棺師の役に感動したが、今回の地方新聞の社長役は憎憎しげで又それがはまり役であり、どんどん凄い役者になっていくものだと俳優としての重厚さに恐れをなした。

西の魔女のおばあさん役は、サチ、パーカーといい、シャーリーマックレーンの娘だという。ええ?シャーリーマックレーンっていくつになったの?

役の中で私は一日の中で少しだけの変化があれば良いのという台詞が良かった。
イギリス風のオールドフアッションと言っているが、その暮し方に自分の将来を重ねてみた。
森の中で自然を相手に、自分の感性を頼りに、まるで亡くなったターシャ・チューダのような生活ぶりだった。
繋がりのない、映画を続けて見たが、足も痛みはなくなり、それぞれ奥深い部分で頂いた内容は大きいものであった。
雨はまだずっと降り続いている。
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教えられました

2009年05月04日 21時24分25秒 | Weblog
昨日、宅急便が届いた。
あら?誰かしら・・・・と思いながら送り主を見たら、大泉の友人の奥様から。

元勤務先の先輩が先にリタイアして、長年渋谷に住んでいたのを北杜市の森の中に居を構えた。
2年前訪ねて行った私も何件かの不動産屋さんを紹介され結局、あれこれ見て周り、甲斐小泉の駅に近い森の土地を買った。

先輩は昨年の夏急性膵炎で救急車で運ばれ、入院した。
食事制限で手術もしたため、お見舞いは具合良いものがなかった。

今回は私の手術の話をメールで告白し、GWではあるが暫く姿を見せられないことを連絡した。
届いた小包にはメッセージがあり、外へ出られない毎日でしょうから
食べ物を送ります、しかし中身を見ても決して笑わないで下さいと書いてある。

興味津々で一つ一つ開けた。箱にはきっちりパックされた品々が
詰っており、手にとって見ているうちに、瞼が熱くなった。
まるで母親のようだ、でも私の母親はかってここまでしてくれたかしら?
忘れかけた記憶で罰が当るかもしれないが、まさに中身は母親の見本のような宝物が詰っている。

クッキー ひよこまめカレー きのこカレー ミートソース 高菜漬
子持ち昆布 煮豆 ヘルシーラーメン 味噌汁 さらさらきれい茶
桜えび ちりめんじゃこ 田舎饅頭 

以上13点。全部無添加食品。



これを見て私はわが人生を反省した。
これまで沢山の人の病気のお見舞いに行った。
お見舞いは何が良いかしらとその時その時で判断し、よかれと思って
世間一般の常識の範囲のなかで行なって来たが不十分だった。

外に出られない顔の人のために選んでくださった一つ一つの食べ物は愛情たっぷりで私は教えられた。

ああこれからは私もこういう考え方で行こう、海外に行くものにも小包をこんな形で送ったらどんなに喜ぶことか。
日本人向けのスーパーがありなんでも揃っているが、価格は数倍する。

自分が先輩の病気の時にできなかったことをわびつつ、お礼の電話をした。
奥様は盛んに笑わないで~とおっしゃるが、いえいえどうして、土下座したい気持ちです。

今回痛い思いをしたが、結果的に学んだものも沢山あった、新たな出直しの日々となった。
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美しい季節

2009年05月03日 22時27分08秒 | Weblog


GWに入り、ニュースでは高速道路の渋滞情報でいずこも混み混み・・・。
数年前であればあの渋滞には必ず私も入っていたが今は迎えるほうになった。

家の前はいつになく車の往来が続き、この静かな村がとりわけバイクでのツーリングの騒音が目立っている。

午後から犬と共に散歩に出掛ける。
病人になっても生き物の犬達は、ああだこうだと常に要求をつきつけ、ご主人様の言い訳は通ぜず、座っていても忙しい。

昨年開通した蓼科まで抜けるエコーラインはひっきりなしに車が通り
散歩道路には相応しくなくなった。
山桜が点々と咲き、木々が芽が拭き始め、雑木林はその色の違いが
見どころある。

地元の温泉は他県ナンバーの車で既に早い時間なのに一杯になり
、夜になったら多分芋洗いであろうと思われる。

もみの湯経由、原村のペンション村を抜け村の郷土資料館を通り
タンポポの咲く林で一休みした。
来るたびに又すぐ来ようと思うほど美しい林だが、散歩道が多すぎて来てみれば昨年もこの季節だったなぁと思い出す。

景色に魅かれて足を伸ばし、この季節しか見られない草花達を写真に撮り続け、犬達は退屈し切っている。

けれどこういうのんびりとした時間の過ごし方が、確実に細胞に活力を与えてくれるものであろうと思うのである。
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病人となった日々

2009年05月02日 22時28分16秒 | Weblog


先月27日に入院し、その日の午後手術した。
歩いて手術室へ行き、片方ずつ40分くらいかけて局所麻酔で瞼の腱膜の切れたのをつなぎ合わせ、余分のたるんだ瞼を切り取り、10針縫い、両方合わせて1時間半で終了する。

手術室はだだっ広かった。手術台は寝心地が良いが、瞼に2人の医師が両側から局所麻酔の注射を行い、チョット痛いですよと言われても、体が緊張で硬くなったままで返事の余地もない。
すぐに、切り取る瞼にデッサンがほどこされ、スーッとメスが入った。
血が流れるのを感じた時に執刀時間を看護師が告げた。
局所麻酔なので痛みは感じないが、神経はピリピリし、ずっと流れているBGMの若い女の子の歌声が耳障りで、頭の中では1昨年亡くなった母の手術当時を思い出していた。

音がいけない。皮膚を切る音、レーザーで出血を止めるのを焼く音。縫ったり切ったり引っ張ったり傷口を器械で開いたり・・・・。
そのくせ、このBGM は脳に良くないと思ったり患者心理は複雑だ。
気分が悪いと脳貧血を起こしても手術台上だから気付かれないかもしれないなどと考えてみたりした。
ああやっと片方が終わった。もう片方が同じ時間かかるのかと思った。

居眠りする気分でもない。時々ハイ眼を開けて~と執刀医が声を掛け、助手がライトをさらに明るく顔に当て、涙が出るくらいまぶしい。
何度かハイ眼を開けて~があったが、これは両方の瞼が均等に二重瞼に縫い合わされているかを見るためだったらしい。
瞼を10針縫ったがモスキィートをと言っているのが聞こえ、極細の糸らしい。


手術が終わり顔の四角布を絆創膏で貼り付けていたのをはがす時、バリバリとはがされ、私は手術室で痛いと、たった1回だけ我慢できずに言った。
手術が終わり生まれて初めて車椅子に乗り病室へ戻った。

午後の4時半に病室に戻り、腫れ上がった顔は氷水で一晩中冷やした。
痛みも出始め自分でなくなった顔を時々鏡で眺めてはうとうとした。
翌日、主治医は朝早くベッド上に顔を見せ、ああ、腫れも少なく順調ですね、これで退院出来ますねとおっしゃる。
慌てた私は、顔が・・・・愉快な顔です。と訴えた。

そうです、瞼を縫っているので、腫れるから派手な顔になりますが段々引きますとさらっと説明し姿を消した。
うううう・・・・我慢、我慢だ。

午後から迎えに来た娘と共に家に帰った。
すっかり変わり果てた顔で、KOされたボクサーのようであり気分は躁状態になっていた。


あれから6日目、やっと病人になれたようだ。
娘はやることがないとぼやきつつ翌々日は宇都宮に戻って行った。
家事はやることがないが、庭を眺めるとやることだらけで術後3日目にJAで野菜の苗を大量に買い求めてしまったためKOボクサーの顔で2日間庭で園芸家になった。

流石に今日は疲れて、朝から病人らしくテレビ三昧で関口知宏の旅の番組を見とれた。
稚内から肥前山口までの1万2千㌔、1ヵ月半の旅で見応えがあった。
楽器をこなし、絵心があり、さっぱりとした誰にも好かれる好青年で、随所随所で述べる感想が味があった。当たり前の中に幸せはあり、想いは叶えられるもので旅をすると新しいものを得るが、同時に古いものの良さを見つけられたと言っていた。

一生かけても行けない場所を画面は山ほど見せてくれた。
お陰で本日は罪悪感を持たずに病人らしく、静養出来て少しは傷の治りも良い筈に違いない。
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