建築・都市について
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45 科学と呪術
成功した魔術(呪術)
古典的Euclid幾何学は魔術である*01とルネ・トムはいう。外見上の最小の変形(大きさのない点、幅のない直線)のおかげで、幾何学の純粋形式的言語が空間の実在をうまく記述する。この意味で幾何学は成功した魔術であるといってよいというのだ。そしてある物理的実体は、磁場や電磁場のように呪術的影響力の行為者としてふるまう。たとえば光は、一つの光源から出て、それが広がっていく先の対象を『構成する』、つまり照らし出す力の伝搬がある。それはまさに呪術の作用が広がるのと同じだ*02という。

本+読者というシステム
「本は、光に照らされたときにしか、情報伝達することができない。(本⇔光線、光線⇔読者とういくつもの相互作用を繰り返して情報が伝達されるが、)これは記憶⇔受容システムの型の相互作用で、記憶が相互作用のもとで事実上影響をうけないものの、おそらくもっとも完全な例である。」
ルネ・トム『構造安定性と形態形成』*01より
異端の科学者
トム*02によれば、呪術は科学技術の先祖であり、原始人の宇宙の中で『わかりやすさ』の機能によって、自然の過程を概念化できるようにし、最終的にはそれに基づいて行動する手段を与えられるようにする思考のシステムであった。呪術と科学技術による解釈が、道具を安定して組み立てるのには不可欠だった*02のであり、過去において呪術であったものが、その後の知見の集積によって、今日、科学技術と呼ばれているものは数多い。
にもかかわらず、現代科学は、今現在において呪術的影響力のあるもの、すなわち「類似による伝搬、つまり物質的基質とは別に『形相』が実効をもったりすることがあるという考え方」*02に批判的であり、ゆえに、そうした傾向をもつカタストロフィー理論を提唱したルネ・トムもまた異端の科学者というレッテルが貼られたのである。しかしそれは「本物の異端」なのであり、トムは「思想の山師」なのだ、とギタ・ペシス-パステルナーク*02はいう。
想像の翼を拡げる現代の呪術
呪術的な影響力のあるものに批判的な現代科学ではあるが、ホーキングやランドールなどの正当な物理学者たちが論ずる、高度に数学的で、論理的な新たな世界-マルチバース、多次元空間などの理論が、我々を虜にし、夢中にさせる。数学や物理学に縁のない多様な分野において、連想ゲームのように次々とイメージを誘発させ、伝搬させている。
ところが誰もがアインシュタイン以来の天才と認めるホーキングら、理論宇宙物理学者たちはもっともノーベル賞に遠い人々といわれている。それはその理論の証明が現段階ではほとんど困難だからである。証明されることが科学だ、とするならば、彼らの理論はまさに現代の呪術に他ならない。しかしそれらはいつの日か証明される日がくるに違いないと我々は思う。それほどの“たしからしさ”をもってそれらの理論は我々に伝わってくる。そして彼らの理論もまた美しい幾何学的「構図」をもっている。人々に何らかの内在的価値を与えるという点において彼らの理論も、トムのいう「構図の理論」を構成しているといえるのではないだろうか。
トムは、未来の“現代科学”になる現代の“呪術”であることを確信犯的に意図して自らの理論を展開した。トムの理論は、呪術の拡散の如く、人々の想像の翼を大きく拡げた。様々な人々に、様々なイメージを次々と生みださせるきっかけとなり、それらのイメージの“たしからしさ”を支える重要なツールとなったのだ。
パラダイムシフトを惹き起こした「構図」の理論
カタストロフィー理論は、その後、カオス理論や、複雑性の理論に拡散し、創発という考え方の中に発展的に回収されていくことになるのだが、そうした理論展開の中で果たした役割もさることながら、トムの影響は、そのような数学・物理といった世界を飛び越したところにその真骨頂があったといえるだろう。
それはその後、コンピュータの急激な進化と社会への浸透とともに、科学のあらゆる分野において単純系から複雑系へ、閉鎖系から開放系へといったパラダイムシフトを惹き起こし、さらに、そのパラダイムシフトは“思想”の世界にまで及び、いままで西欧思想と対極にあると見られていた東洋思想でさえその懐に収め、“理解”し、さらには両者を統合する可能性さえ現れてきているのだ。
「物質の科学は『折り紙』をモデルにする、と日本の哲学者はいう」(ドゥルーズ)*03
ジル・ドゥルーズの「襞」*03なる概念もそうして誘発されたもののひとつではないだろうか。守屋淳はそれを「ドゥルーズはプラトン=デカルトの均質的な時空モデルを退け、無限に折り畳まれていく〈襞〉を基調とした世界観を提出する。布や紙が一枚でありながら折り目をつけられることで様様な表情を宿していくように、世界は連続性を失わないまま矛盾し合う無数の力の場を抱え込んで「歪んだ真珠」(=「バロック」の原意)のように妖しく輝く。全てを平準化しようとするモダンの光を遮るネオ・バロックの〈襞〉」*04と解説するが、さきに挙げたドゥルーズの言葉どおり、それはバロックという西洋の伝統だけではなく、東洋の伝統的な“屈折の芸術”をもその懐に収めようとするものだった。
ドゥルーズは、トムについて、マンデルブロらと同様著作の中で軽く触れるにとどまっているが、自らの着想の“原点”、そしてその考え方の“たしからしさ”を強力に後押ししたものがトムの理論であったのは確かなのではないだろうか。
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*01:ルネ・トム『構造安定性と形態形成』原著第2版 弥永 昌吉・宇敷 重広訳/岩波書店 1980.04.15
ここでは「魔術」という言葉が使われている。
*02:デカルトなんかいらない?/ギタ・ペシス-パステルナーク/松浦俊輔訳 1993.07.29 産業図書
ここでは「呪術」と訳されている。
*03:襞―ライプニッツとバロック/ジル ドゥルーズ/宇野 邦一訳 河出書房新社 1998.10
*04:『ことし読む本いち押しガイド1999』/メタローグ社
古典的Euclid幾何学は魔術である*01とルネ・トムはいう。外見上の最小の変形(大きさのない点、幅のない直線)のおかげで、幾何学の純粋形式的言語が空間の実在をうまく記述する。この意味で幾何学は成功した魔術であるといってよいというのだ。そしてある物理的実体は、磁場や電磁場のように呪術的影響力の行為者としてふるまう。たとえば光は、一つの光源から出て、それが広がっていく先の対象を『構成する』、つまり照らし出す力の伝搬がある。それはまさに呪術の作用が広がるのと同じだ*02という。

本+読者というシステム
「本は、光に照らされたときにしか、情報伝達することができない。(本⇔光線、光線⇔読者とういくつもの相互作用を繰り返して情報が伝達されるが、)これは記憶⇔受容システムの型の相互作用で、記憶が相互作用のもとで事実上影響をうけないものの、おそらくもっとも完全な例である。」
ルネ・トム『構造安定性と形態形成』*01より
異端の科学者
トム*02によれば、呪術は科学技術の先祖であり、原始人の宇宙の中で『わかりやすさ』の機能によって、自然の過程を概念化できるようにし、最終的にはそれに基づいて行動する手段を与えられるようにする思考のシステムであった。呪術と科学技術による解釈が、道具を安定して組み立てるのには不可欠だった*02のであり、過去において呪術であったものが、その後の知見の集積によって、今日、科学技術と呼ばれているものは数多い。
にもかかわらず、現代科学は、今現在において呪術的影響力のあるもの、すなわち「類似による伝搬、つまり物質的基質とは別に『形相』が実効をもったりすることがあるという考え方」*02に批判的であり、ゆえに、そうした傾向をもつカタストロフィー理論を提唱したルネ・トムもまた異端の科学者というレッテルが貼られたのである。しかしそれは「本物の異端」なのであり、トムは「思想の山師」なのだ、とギタ・ペシス-パステルナーク*02はいう。
想像の翼を拡げる現代の呪術
呪術的な影響力のあるものに批判的な現代科学ではあるが、ホーキングやランドールなどの正当な物理学者たちが論ずる、高度に数学的で、論理的な新たな世界-マルチバース、多次元空間などの理論が、我々を虜にし、夢中にさせる。数学や物理学に縁のない多様な分野において、連想ゲームのように次々とイメージを誘発させ、伝搬させている。
ところが誰もがアインシュタイン以来の天才と認めるホーキングら、理論宇宙物理学者たちはもっともノーベル賞に遠い人々といわれている。それはその理論の証明が現段階ではほとんど困難だからである。証明されることが科学だ、とするならば、彼らの理論はまさに現代の呪術に他ならない。しかしそれらはいつの日か証明される日がくるに違いないと我々は思う。それほどの“たしからしさ”をもってそれらの理論は我々に伝わってくる。そして彼らの理論もまた美しい幾何学的「構図」をもっている。人々に何らかの内在的価値を与えるという点において彼らの理論も、トムのいう「構図の理論」を構成しているといえるのではないだろうか。
トムは、未来の“現代科学”になる現代の“呪術”であることを確信犯的に意図して自らの理論を展開した。トムの理論は、呪術の拡散の如く、人々の想像の翼を大きく拡げた。様々な人々に、様々なイメージを次々と生みださせるきっかけとなり、それらのイメージの“たしからしさ”を支える重要なツールとなったのだ。
パラダイムシフトを惹き起こした「構図」の理論
カタストロフィー理論は、その後、カオス理論や、複雑性の理論に拡散し、創発という考え方の中に発展的に回収されていくことになるのだが、そうした理論展開の中で果たした役割もさることながら、トムの影響は、そのような数学・物理といった世界を飛び越したところにその真骨頂があったといえるだろう。
それはその後、コンピュータの急激な進化と社会への浸透とともに、科学のあらゆる分野において単純系から複雑系へ、閉鎖系から開放系へといったパラダイムシフトを惹き起こし、さらに、そのパラダイムシフトは“思想”の世界にまで及び、いままで西欧思想と対極にあると見られていた東洋思想でさえその懐に収め、“理解”し、さらには両者を統合する可能性さえ現れてきているのだ。
「物質の科学は『折り紙』をモデルにする、と日本の哲学者はいう」(ドゥルーズ)*03
ジル・ドゥルーズの「襞」*03なる概念もそうして誘発されたもののひとつではないだろうか。守屋淳はそれを「ドゥルーズはプラトン=デカルトの均質的な時空モデルを退け、無限に折り畳まれていく〈襞〉を基調とした世界観を提出する。布や紙が一枚でありながら折り目をつけられることで様様な表情を宿していくように、世界は連続性を失わないまま矛盾し合う無数の力の場を抱え込んで「歪んだ真珠」(=「バロック」の原意)のように妖しく輝く。全てを平準化しようとするモダンの光を遮るネオ・バロックの〈襞〉」*04と解説するが、さきに挙げたドゥルーズの言葉どおり、それはバロックという西洋の伝統だけではなく、東洋の伝統的な“屈折の芸術”をもその懐に収めようとするものだった。
ドゥルーズは、トムについて、マンデルブロらと同様著作の中で軽く触れるにとどまっているが、自らの着想の“原点”、そしてその考え方の“たしからしさ”を強力に後押ししたものがトムの理論であったのは確かなのではないだろうか。
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*01:ルネ・トム『構造安定性と形態形成』原著第2版 弥永 昌吉・宇敷 重広訳/岩波書店 1980.04.15
ここでは「魔術」という言葉が使われている。
*02:デカルトなんかいらない?/ギタ・ペシス-パステルナーク/松浦俊輔訳 1993.07.29 産業図書
ここでは「呪術」と訳されている。
*03:襞―ライプニッツとバロック/ジル ドゥルーズ/宇野 邦一訳 河出書房新社 1998.10
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