リスキリングという言葉を聞いたが辞書を引いても無かったので、riskyと何か関係があるのかとも考えたが、サイトで検索すると、「Reskilling」とのこと。カタカナ読みの発音で聞いたので分からなかったが、リ・スキルであれば意味が分かるし、リスキリングとは、職業能力の再開発、再教育のことを意味していることも理解出来た。外来語をカタカナ読みで発音するのは止めて欲しいものだ。更にリスキリングはDXと関係があるともいう。何のことなんだ。アラ古希にはわからない。同じようにDXを検索すると、DXは「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)」の略で、直訳すると「デジタル変革」という意味になるそうで、ビジネス領域に限った言葉ではなく、デジタル技術を社会に浸透させて人々の生活をより良いものへと変革することを指すとのこと。それなら、「デジタル変革には、人々の職業能力の再教育が必須である。」と言ってくれれば直ぐに分かったのにと思ったことだった。カタカナ英語をやたらと使うことが知的だと誤解しているのは、日本人の悪い癖では無かろうか。都知事なども、やたらとカタカナ英語を連発しているが、国民に意味が分からなければ独りよがりでしかない。
しかし、我が国では、マイナンバー制度も未だに普及していない。せめて、希望者には、所得と医療費などの控除等、マイナンバーと紐づけて納税額が自動的に計算出来るようにぐらいはなっていても良いのではなかろうか。どうしてもそれが嫌だという腹黒い人には別に強制しなくても良いが、希望者には、そうして欲しいものだ。
それから、今後、DXが進んでゆくと、現在ある仕事の中でも、不要な職種も多くなって、職種間で人の移動も多くなるだろう。リスキングが必要な理由だろう。そういえば、当「アラ古希」生も、これからは情報科目の履修も必要だと思って、還暦過ぎなのに、放送大学で当該科目の履修を試みたこともあった、コロナ禍となってからやる気が無くなってしまったのと、三回も別のコースを卒業していたので、もう嫌になって中途で断念した経験がある。それでも「日常生活のデジタルネットワーク」と「情報ネットワーク」などは丸Aの成績であった。そもそも、我々の世代はパソコンにすら触ったことがなかったが、仕事に就いていたときには、思い立って初期のプログラム作成の勉強もしたことはあった。これからの若い世代の人は、情報関連科目は高校・大学などで学んでいるのだろうが、既に仕事に就いている人は、リスキリングを強いられて、おそらく大変なことになるだろう。今から、少しでも学びなおしを試みておくことだ。
ところで、岸田首相は、マスクの着用の是非について検討するとのこと。確かに、コロナ禍になって三年にもなる現在、やたらに規制していては生活もままならないということからだろうが、超過死亡者が最大4万人になる可能性もあるということなどからすると、コロナと診断されなかった人でも死亡者が増えているということだと思う。ウイズコロナも仕方がないかもわからないが、そうかといって国がマスクを外せと国民にいうのも奇妙なことだ。屋外でマスクの必要が無いと言っているのも、本当に科学的な根拠に基づいているのだろうか。阿波踊りでクラスターも発生したことだし、屋外でも密集して声を出していれば感染はするのではなかろうか。ともあれ、マスクをするかしないかは自己責任ということだろう。そういえば、武漢ウイルスの最初の頃に、春節に武漢で開かれた万家宴という食べ物を持ち寄る4万人の大宴会で感染が拡大したのではという報道もあった。阿波踊りクラスターも、踊り子と観客が密接していて、しかも、屋台出店なども近くに出ていて、来客は自由に飲食していたので構造的に似たものだっただろう。欧米諸国がノーマスク政策を取っているからといっても、高齢化が世界一の日本でも同じようにしても大丈夫だという根拠は本当にあるのだろうか。 雰囲気に流されているだけのように見える岸田首相の決断が心配だ。