ORIZZONTE

君が僕を信じてる。

金曜のラプソディ(小説)

2006年06月24日 | 小説
茜さんが俺を呼び出したのは、ある金曜の夜のことだった。

俺が中古のポンコツ車を走らせていくと、彼女は街頭の下一服していた。

片手にはタバコ、片手にはビール。

彼女がタバコを吸っているということは…

「何か、あったんですか。」

俺は、わかりきってることをきいてみた。

彼女は根っからのスモーカーではない。

辛いことがあると、吸う。

彼女は、何も言わずに俺の腕をつかみ額をおしつけた。
赤い顔の、火照りが伝わってくる。

「まさきぃ。」

「なあに。」

「部屋で飲んでると、気持ち悪くて。外で飲むと、なんか気持ちいいの。」

「そう。」

「いろんなこと、泣けてきた。でもどこか、あったかいの。」

「うん。」

「でもやっぱ、悲しいし。でもなんか、すぐ酔えて。そうすると少し、世界はぐらぐらと揺れるの。」

俺は、もってきたコンビニ袋をがさごそと探った。

「嫌な今日を、はやく終わらせたいよ。ここに、いたくないよ。ぐらぐら揺れて、はやくかわっちゃいたい。」

「…茜さん。」

俺は、タバコに火をつけてビールの缶をあけた。

「つきあいますよ。」

悪くないと思った。

タバコもビールも、彼女を守ろうとする自分も。

変に理由はいらない。

そんなのなくても、そばにいてあげるから。


月のない夜。

街頭の光は、意外と優しく穏やかで。

茜さんは泣いていたけど、それでもなんとかなるような気がした。

過夢2(小説)

2006年06月05日 | 小説
あたしは、再び夢に堕ちていく。

いや、これは夢なんかじゃない。

あたしの上にのしかかる重みも、戸惑いながらのばされた手も、すべて現実だ。

あたしは、職場の同僚が宿泊するホテルの一室に転がり込んでいた。

缶ビール片手に、世間話をしていた。

だけど、当然それだけで終わるはずはなかった。

あたしもどこかでそうなることを期待し、その人もあたしを招き入れた時点で すでに負けていた。

あたしは、泣きながら彼の首に腕をまわした。

スーツが汚れないように、首元に顔を埋めた。

何を言ったか、よく覚えていない。

ただ、必死だった。

泣きたい場所として、あたしは彼を選び、求めた。

誘惑なんて言葉は、似合わないが 結局あたしはそれをした。


そして、自分から望んだくせに。

あたしは彼の下で泣いてしまった。

よくわからない感情が渦巻く。

こわい。

彼は、受け入れてくれないかもしれない。

でも、居場所がほしい。


泣くなんて、盛り下がることこの上ない。

何をしてるんだ、あたしは。

彼は、困惑して、しばし動きを止めた。

「大丈夫?」

「平気です。続けてください。」

気丈に言ったが、やはり涙が止まらない。

自分で自分が、わからなかった。

「嫌なわけじゃないんです。ごめんなさい…。」
あたしは、弱々しく言った。

「ただ…。」

頭の奥が、白く濁ったように熱い。

「そこまで必要としてもらえないんじゃないかって…。」

あたしは、大きく啜り上げる。

「…。」

「…こわいんです。」

わけわからない。

子供のわがままだ。

永遠とも思える、わずかな沈黙の後。

彼は、言った。

「いいよ。甘えても。」

…。

「泣く、なよ。」

そのとき、なにかが溶けるように決壊した。


救ってもらえたような、気がした。


あの時の、ように。

そう、あの日のようだった。
どうしようもなく悲しかったあの悲しみの淵から、助けてもらえた、あの日。

ただ一つ違うのは、失うものがあるということだ。

あの頃のあたしには、なに一つなかった。

何も愛せず、信じられなかった。

それなのに、ほしくなってしまった。

わがままなくらい、あなたのことを。

過去の記憶と、今の気持ちがぐにゃりと歪んで交じる。
愛しい気持ちは、どちらも小さくくすぶっている。


あたしはそのまま、身をまかせた。


どこかまだ苦しい気持ちを、振り払うかのように。

禍夢(小説)

2006年05月05日 | 小説
朝日が少しだけ差し込んで、男の体を白く浮き上がらせている。


この男には、羞恥心というものがない。
あたしの前でも、平気で何も纏わずうろつく。

男はあたしに、もっと強くとかはやくとか要求する。
仕方なく手に、力を入れる。
甘い喘ぎ声をもらし、男はあたしの手のなかで力を抜いた。
手から伝わる男の体温は生温く、あたしを不快にさせた。

マンゾク?

あたしは、ぶっきらぼうに言う。

男は、おまえもうまくなったなあなんて的外れなことを、ささやく。

ばかばかしい。
あたしは、自分の手だけしか使っていないというのに。

気持ちいいのはあんただけ。

でも、それがあたしたちのルールだった。
最後までは、ゆるさない。
近くにいるけど、完璧には近寄らない。
あたしは、この男に、それをもとめている。

だからこいつは、あたしに完璧には手を出さない。
あたしは中途半端に、触れられるがままになっていた。

男を悦ばす術は、こいつに仕込まれた。
そいつはあたしに、寝る以外のすべてをさらけだしていた。


「おまえの欲しいものを、知ってるよ。」

男は言う。

そう、だからあたしは
あんたからそれをもらいたくないんだ。


あたしたちは、乾いている。

一人よりはマシというだけで、ここにいる。
心はここにない。

抱かれることは簡単だった。
でも、それをしたらもう手に入らない気がした。

男も、あたしと同じものを欲していた。


それを、手に入れたいから。



願掛けのように、あたしたちはその暗黙のルールを守った。



クリスマス、東京ドームのライトアップ。
オレンジ色の光の束、噴水。

なんであたしはこんなところにこいつときているんだ。
まるでデートだ。

噴水の水に手をやり、ぱちゃぱちゃと音をたてる。

あたしより年上のこいつは、わかったようなことをいう。

「おまえは、弱いのか強いのかわかんないね。」

あたしは、こうこたえる。

「別に、あんたといたいわけじゃないよ。」

答えになっていない。
でも強がりじゃない。

ただ、他人だけど少しは自分を知っているあんたの傍にいれば
ましな気がした。


つまりあたしは、弱い。


でも、ここ以外にいきたい場所ってのもよくわかんない。



本当は、知っているけど。


こいつも、それに気付いている。


あたしは、わざとはしゃいで言った。

「いい雰囲気ですねえ。」
「あたしたち、ラブラブにみえるかな?」

そいつは、言った。

「さあね。」


水面が、オレンジ色の光を吸って、揺れていた。



あたしは結局、そいつとは二ヵ月ほどで終わった。

あたしが、そいつから離れたのだ。



その理由は…。               




夢はそこで覚めた。


昔の、夢。
なんて、まがつ夢だろう。

あたしは、奴を救おうとはしなかった。

そんな自分は、なんてちっぽけなんだろう。
今でもそれはかわらない。

奴はあたしを救おうとしてたんだろうか。


あなたとあたしが欲しかったものは、ひどく似ていた。
でも、それだけだった。


やっぱり、違ったんだ。