減反と農協の大罪-戦後農政を歪めた元凶-
http://www.canon-igs.org/column/140310_yamashita.pdf
逆進性は国益か
山下 一仁
自民党や国会の委員会は、
コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖などを関税撤廃の例外 とし、
確保できない場合は、
環太平洋経済連携協定(TPP)交渉から脱退も辞さないと決 議した。
しかし、これらの農産物の生産額は 4 兆円程度で、
自動車産業の 13 分の 1 に過ぎ ない。
それが日本の TPP 交渉を左右している。
しかし、
関税で守っているのは、国内の高い農産物=食料品価格だ。
例えば、
消費量の 14%しかない国産小麦の高い価格を守るために、
86%の外国産小麦についても関税を課し て、
消費者に高いパンやうどんを買わせている。
多くの政治家は、
貧しい人が高い食料品を買うことになる逆進性が問題だとして、
消費 税増税に反対した。
食料品の軽減税率も検討されている。
その一方で、
関税で食料品価格 を吊り上げる逆進性の塊のような農政を
維持することは、政治家にとっては国益なのだ。
米国や欧州連合(EU)は高い価格ではなく、
財政からの直接支払いを農家に交付すること で、
消費者には低い価格で農産物を供給しながら、
農業を保護する政策に切り替えている。
直接支払いで農業は保護できるのに、なぜ日本では、
農産物の関税で維持されている高い 農産物・食料品価格が
国益になるのだろうか。
特別の権能を持つ JA
その答えは、米国や EU になくて、日本に存在するものがある
からだ。農協=JA グループである。
農協は戦後最大の圧力団体である。
農地改革で多数の小作人に農地の所有権を与えたた
め、農村は保守化した。
この農村を組織したのが農協だった。
農協が動員する票は自民党 を支え、自民党は
農林水産省の予算や組織の維持、増加に力を貸し、
農協は
米価や農協施 設への補助金などでメリットを得る
“農政トライアングル”が成立した。
水田は票田とな り、
農村を基盤とする自民党の長期安定政権が実現した。
政府がコメを買い入れた食糧管理制度の時代、農協は
政治米価引き上げの一大運動を展 開した。
食管制度がなくなった今も、米価が低下すると、農協は
政治力を発揮して政府に 市場でコメを買い入れさせ、米価を
引き上げさせる。
政治力こそ
農協の最大の経営資産だ
欧米の農協は、
農産物の販売、資材購入などそれぞれに特化した農協であり、
日本の農協 のように銀行、生命保険、損害保険、
農産物や農業資材の販売、生活物資・サービスの供給 など、
ありとあらゆる事業を総合的に行う組織ではない。
日本の法人の中でも、このような 権能を与えられているのは農協だけだ。
銀行は他事業の兼業を禁止されているし、
生命保険 会社は損害保険業務を行えない。
JA バンクの貯金残高は 2012 年度には 88 兆円まで拡大し、
我が国第二を争うメガバンクとなっている。
農協保険事業の総資産は 47.6 兆円で、
生命保 険最大手の日本生命の 51 兆円と肩を並べる。
農産物や生活物資の売り上げでも中堅の総合 商社に匹敵する。
農協は多くの事業を行う巨大企業体である。
農業産出額は
1984 年の 11 兆 7000 億円をピークに減少傾向が続き、
2011 年には 8.2 兆 円とピーク時の約 3 分の 2 の水準まで低下した。
農業が衰退する一方なのに、
なぜ農業の協 同組合である農協が発展するのだろうか。
高米価・減反政策によるコメ農業衰退
食管制度の時代には、
政府が農協を通じて農家からコメを買い入れる価格を高く設定し、
農家所得を保障した。1995 年食管制度がなくなって以降も、
減反政策で生産を減少させ、 高い米価を維持している。
所得は、
価格に生産量をかけた売上額からコストを引いたものだ から、
所得を上げようとすれば、
価格または生産量を上げるかコストを下げればよい。
農政 は米価を上げたために、コメ消費は大きく減少した。
規模の大きい農家のコメ生産費
(15ha 以上の規模で実際にかかるコストは 1 俵当たり 7,023 円)
は零細農家(0.5ha 未満の規模で 16,845 円)の半分以下である
(2012 年)。
1 俵(60kg)当たりの農産物のコストは、
1ha 当たりの肥料、農薬、機械などのコストを、
1ha 当たり何俵とれるかという単収で割ったものだ。
単収が倍になれば、コストは半分にな る。
つまり、米価を上げなくても、規模拡大と単収向上を行えば、
コストは下り、所得は 上がる。
図表 1 が示す通り、
都府県の平均的な農家である 1 ヘクタール未満の農家が
農業から得 ている所得は、ほとんどゼロである。
ゼロの農業所得に 20 戸をかけようが 40 戸をかけよ うが、
ゼロはゼロ。
20 ヘクタールの農地がある集落なら、
1 人の農業者に全ての農地を任 せて耕作してもらうと、
1,450 万円の所得を稼いでくれる。
これを農業のインフラである農 地や水路の維持管理を行う対価
として、農地を提供した農家に地代を配分した方が
集落全 体のためになる。
農村振興のためにも、農業の構造改革が必要なのだ。
しかし、農地面積が一定で一戸当たりの規模を拡大することは、
農業に従事する戸数を 減少させるということだ。
組合員の圧倒的多数であるコメ農家の戸数を維持したい農協は、
構造改革に反対した。農協が実現した高い米価のおかげで、
零細で高コストの兼業農家が 滞留し、
農地を手放そうとしなくなった。
この結果、
主たる収入が農業で農業だけで生計 を維持しようとする主業農家
に農地は集まらず、主業農家が規模を拡大してコストダウン、
収益向上を図るという道は困難となった。
主業農家の販売シェアは野菜では 80%、
酪農で は 93%なのに、
高米価政策のおかげでコメだけ 38%と異常に低い。
しかも、減反政策は単収向上を阻害した。
総消費量が一定で単収が増えれば、コメ生産 に必要な水田面積は
縮小し、減反面積が拡大するので、減反補助金が増えてしまう。
この ため、財政当局は単収向上を農林水産省に厳に禁じた。
1970 年の減反開始後、
政府の研究 者にとって、単収向上のための品種改良はタブーとなった。
今では、日本のコメ単収はカ リフォルニア米より、4 割低い。
民間企業が開発した多収量品種もあるが、
農家に苗を供給 する農協は、
生産が増えて米価が下がることを恐れ、
この品種を採用しようとしない。
高い米価はコメの消費を減少させた。
高米価政策によって生産と消費の両面で打撃を加 えられたコメ農業
は衰退。コメの産出額は 10 年間で半減し、
農業産出額に占めるコメの割 合は、2010 年にとうとう 2 割を切った。
コメ農業衰退が JA 発展の基礎
農協は、
戦後の食糧難時代に農家が高い価格で売れるヤミ市場に流すコメを
政府に供出させるため、農林省が戦時中の統制団体を衣替えして
作った組織だ。
コメ農業が衰退する のに、
コメ農業に基礎を置く農協は大きく発展した。というより、
コメ農業が衰退したこ とで農協は発展したと言うべきだ。
図表 2 は、さまざまな農業の中で、コメだけ農業所得の割合が
著しく低く、農外所得(兼 業収入)と年金の割合が異常に高い
ことを示している。
コメを作っているのは、兼業農家 や年金生活者である。
(図表―2)
図表 2 は、さまざまな農業の中で、

コメだけ農業所得の割合が著しく低く、
農外所得(兼 業収入)と年金の割合が異常に高いことを示している。
コメを作っているのは、兼業農家 や年金生活者である。
(図表―2
(千円)営農類型別年間所得と内訳(2012) 9000
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13)
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農外所得
農業・農業生産関連事業所得
page4image4556水田作 果樹
野菜 肉牛
ブロイラー 酪農
46)
出所)農林水産省「H24 年 営農類型別経営統計(個別経営)」より
コメの比重が低下しているので、
コメの兼業農家の存在は農業全体にとってはなんら重 要ではない。
コメの兼業農家がいなくなってくれた方が、
主業農家の規模が拡大して、コ メ農業は発展する。
しかし、それは農業の視点であって、農協の視点ではない。
農協にと っては兼業農家の方が重要なのだ。
次の図表 3 は農家所得(平均値)の内訳である。
コメの兼業農家は農家戸数の 7 割を占 4 めるとともに、
その農外所得は他の農家と比較にならないほど大きい。
したがって、農家 全体では、
コメ兼業農家の農外所得が支配的な数値となってしまう。
高齢化で、年金収入 も増加。
1955 年に農家所得の 67%を占めていた農業所得は、2003 年には
14%に下がった。
農業所得 110 万円に対して農外所得 432 万円は 4 倍、
年金等 229 万円は 2 倍である。
コメ農業を衰退させた兼業農家の滞留は、農協に好都合だった。
莫大な農外所得も年間 数兆円に及ぶ農地の転用利益も、
銀行業務を兼務できる農協の口座に預金され、農協は
日 本で第二位を争うメガバンクとなった。
高米価による兼業農家の維持が、農協発展の基礎 となった。
問題の本質は“TPP と農協”だ
関税がなくなれば、
国内価格を高くしている減反政策は維持できない。
これで価格が下がっても、米国のように財政から直接支払い、
所得補償を行えば、農家は影響を受けない。
しかし、所得の高い兼業農家の所得を補償することは、
納税者の納得が得られない。する と、
米価低下でコスト割れした兼業農家は農地を出してくる。
主業農家に限定して直接支 払いをすれば、
それによって地代負担能力が高まった主業農家に農地は集積し、
規模拡大、 コストダウン、収益向上が実現する。
減反廃止で、単収も向上する。
高齢化、人口減少で縮小する国内市場を
いくら関税で守っても、
日本農業は衰退するし かない。
国際的にも高い評価を受けている日本のコメが、
減反廃止と直接支払いによる生 産性向上で価格競争力を持つように
なれば、世界市場を開拓できる。
しかし、
兼業農家が いなくなり、主業農家主体の農業が実現することは、
農協にとって組織基盤を揺るがす一 大事だ。
農協が TPP に対して大反対運動を展開しているのはこのためだ。
農協にとって 10 年先の農業がどうなるかは重要なことではない。
問題の本質は、“TPP と農業”ではない。
“TPP と農協”なのだ。
減反見直しの罠
減反政策の基本は、農家が水田でコメ以外の作物を植える
という転作=米作の減反をし た面積に補助金を交付し、
コメの生産を減らして、米価を高くするというものだ。
さらに 2010 年度から民主党は、これ以上コメを作らないという
生産目標数量を守った農家に対し て、
コメの作付面積に対する補助金=戸別所得補償を支払う
ことにした。
今回の見直しは、民主党が導入した戸別所得補償を廃止するもので、
自民党が選挙公約 で掲げていたものだ。その代わり、
1970 年から続いている本来の減反=転作面積に対する 補助金
(減反補助金)は、拡充される。つまり、
高米価政策という農政の根本に、いささ かの変更もない。
米価が下がらないので、TPP 交渉での関税撤廃などできない
し、零細な 兼業農家も米作を続けるので、
主業農家が農地を借り受けて規模を拡大することもできな い。
1ha 規模の標準的なコメ農家は
1951 年には
年間 251 日働いていたが、
機械化が進んだ ので
2010 年には
30 日しか働いていない。
週末しか農業をしない兼業農家にとって、
麦や 大豆を作るのは大変だが、コメなら簡単に作れる。
前回の自民党政権末期の 2009 年から、
パン用などの米粉や家畜のエサ用などの非主食用にコメを作れば、
これを減反(転作)と 見なして、
主食用にコメを販売した場合の 10 アール当たりの収入 10.5 万円と
同じ収入を 確保できるよう、8 万円の補助金を交付してきた。
今回補助金を 10 アール当たり最大 10.5 万円にまで増額し、
米粉・エサ用の米価をさら に引き下げて需要・生産を増やそうと
している。
この補助金は主食用米の販売収入と同額 なので、農家は
米粉・エサ用のコメをタダで販売できる。
輸入される小麦やトウモロコシ よりも、タダのコメの方が安い。
これから牛や豚は税金の塊のようなエサを食べることに なる。
現在、米粉・エサ用のコメ作付面積は 6.8 万ヘクタールで、
減反面積 100 万ヘクタール の 1 割にも満たない。
しかし、8 万円と補助単価が大きいので、
トータル 2,500 億円の減反 補助金のうち 544 億円がこれだけに支払
われている。
農林水産省は
エサ用に最大 450 万ト ンの需要があるとしている。
単収 700 キログラムなら、面積で 64 万ヘクタールだ。
もし 10 アール当たり 10.5 万円を払うと、
これだけで 7,000 億円かかる。
残りの減反面積を合わ せると、
減反補助金は 8,000 億円に達する。
これまで減反補助金と戸別所得補償を合わせて
5,000 億円ほどの
税金を使って米価を上 げ、
消費者に 6,000 億円もの負担を強いてきた。
コメ産業は 1.8 兆円にすぎないのに、
合計 1.1 兆円の国民負担だ。
国民は納税者としてもお金を払い、その結果、
消費者として高いコ メの価格を払うという、とんでもない政策を
40 年以上も続けてきた。
今回の補助金が効き すぎてエサ用のコメの収益の方がよくなれば、
主食用のコメの作付けが減り、主食用の米 価はさらに上がる。
税金投入の増加とあわせ国民負担はさらに高まる。
消費税には厳しい 政治も、
主食であるコメ価格引き上げには寛容である。
補助金漬けによる米粉やエサ用のコメ生産は、
輸入小麦やトウモロコシを代替してしま い、
これらのほとんどを輸出している米国の利益を大きく損なう。
米国が世界貿易機関 (WTO)に減反補助金を提訴すれば、
日本車に報復関税をかけることが可能だ。
見直しが招く減反の崩壊
1992 年、ガット(GATT)ウルグアイ・ラウンド交渉の最終局面で、
EU はそれまでの 価格による農家保護から、
財政からの直接支払いへ農政を大きく変更した。
(過剰農産物 を輸出補助金で処理することによる)財政負担の増加
と米国との貿易紛争の激化、
(輸出 補助金削減が要求された)ウルグアイ・ラウンド交渉への
対応が原因だった。
ウルグアイ・ ラウンドを TPP と置き換えると、
今回の減反見直しがもたらす状況は、
EU の農政改革の 状況と類似する。
高米価・減反政策を徹底した行きつく先が、
減反と農協の崩壊
を招くか もしれない。
一筋の光明である。