このゆびと~まれ!

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「太陽の国」の温もり(前編)

2023年08月27日 | 日本
「太陽は変わることなく輝いて そよ風に微笑みながら 一人一人をおだやかに見守っている」

(「しあわせは今いる場所で気づくもの」)
皇居前広場で人気ボーカルグループEXILE(エグザイル)の歌声が荘重に響いた。全員黒の三つ揃いのタキシード姿である。

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「太陽の花

「この道を歩きながら
名も知れぬ花に見とれ
立ち止まる私でありたい

「この道を歩きながら
移りゆく空の色を
見逃さぬ私でありたい

「しあわせはまわりに溢れている
しあわせは今いる場所で気づくもの

「太陽は変わることなく輝いて
そよ風に微笑みながら
一人一人を
おだやかに見守っている」
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2010年11月12日の晩、「天皇陛下御即位20年をお祝いする国民式典」でのことだ。6万人の人々が集まり、両陛下は二重橋からご覧になった。歌詞は奉祝曲 組曲「太陽の国」の第3部「太陽の花」である。ビデオはインターネット上でも公開されているので、「太陽の花 国民式典」等で検索していただきたい。

「100年に一度の大不況」「高齢化社会」など、暗いニュースばかり流される中で、道ばたの名も知れぬ花、移りゆく空の色など、「しあわせはまわりに溢れている、しあわせは今いる場所で気づくもの」というメッセージには、はっとさせるものがある。

("いまどきの若者は"...頑張っている)
EXILEが起用された理由を、作詞を担当した秋元康氏は、次のように語っている。[「女性セブン」12月3日号、
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「天皇陛下の御即位二十年をお祝いする曲ですから、いちばんは"いま"の若者が歌うのがいい、まずそう考えました。

「それで想起したのがEXILE、彼らは夢を抱いて一途にレッスンし、さまざまな試練や葛藤を乗り越えて成功した、その真摯な生き方に共鳴する人が多いと思ったからです。

「昨今、"いまどきの若者は"などといわれますが、彼らを通じて"日本の若者も頑張っています"というメッセージを伝えたいと、そう思ったわけです。」
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ボーカルの一人HIROが、EXILEの前身のダンスグループ「JAPANESE SOUL BROTHERS]を結成したのが、平成3年。「EXILE」と改名し、歌がヒットし始めたのが平成15年。そしてその後、2年連続して日本レコード大賞を受賞している。ここまで来るのに20年近くもの「頑張り」があった。

そしてその20年は、陛下御即位後の20年とほぼ重なっている。彼らこそ「頑張っている平成日本の若者」の代表と言えよう。

(「僅(わず)か数分の晴れ舞台のために」)
そのEXILEの歌い踊る姿を、祭典に参列したミュージシャンの宇崎竜童さんはこう語った。
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「EXILEの二人も立派に歌い上げたと思います。あの寒さの中であれだけ声を張るというのは、実は大変なことなんです。私がやれと言われたら、できるかどうか分からない。でも、あの二人は抜けるいい声で見事に歌いきった。EXILEって本当に歌が上手いんだなあって感心しました。

「だから、彼らはその分、僅(わず)か数分の晴れ舞台のために、当日も相当準備していたはずですよ。ダンサーの人たちも、直前まで一生懸命動いて体を暖めていましたし。

「これは彼らだけでなく、舞台で演奏した人たちみんなそうだったと思います。オーケストラの方々も、特に管楽器はある温度を保てないと音程も保てませんから、ステージに上がるまでに楽器に息で温かい空気を入れていたと思いますし、バイオリンの人たちもたぶん楽器を手で温めたりしていたでしょう。

「あの日はとても寒かったですが、その意味で舞台における全ての表現、そしてそこに至るまでの全てのことが、身の引き締まる緊張感をもって進められました。だから、逆にあの日はあの寒さでよかったのかなあと思いましたね。あの日があの寒さだったということにも、何か意味があったんじゃないかと。」
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大変な寒さの中で、わずか数分のためにEXILEもオーケストラの人々も皆が一生懸命準備をした。その姿はまさしく「頑張っている平成日本の若者」である。

(「どうもありがとう」)
そんな「寒さ」の中で、宇崎竜童さんは、ある「暖かさ」を感じたという。

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「それから、天皇陛下がお言葉を述べられましたが、皇居前に集まった人々へのお気遣い、ニュースを通して報道の向こう側にいる国民全員に対するお気遣い、今の日本の世情、経済状態、当日の寒さへのお気遣い----ご自分がお祝いされる側のお立場でありながら、全部、私たちに向けられたお言葉なんですね。最後に「どうもありがとう」と言われたときには、本当に胸が熱くなりました。
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天皇陛下のお言葉は次のようなものだった。

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「即位二十年にあたり、ここに集まられた皆さんの祝意に深く感謝します。即位以来、二十年の月日がたったことに深い感慨を覚えます。

「この間には、日本で、また世界で、さまざまなことが起こりました。日本は高齢化の進展と厳しい経済状況の中にあり、皆さんもさまざまな心配や苦労もあることと察しています。

「日本人が戦後の荒廃から非常に努力して、今日を築いてきたことに思いを致し、今後、皆が協力して力を尽くし、良い社会を築いていくことを願っています。

「きのうの激しい雨に、きょうの天候を心配していましたが、幸いに天気になり、安堵しました。しかし、少し冷え込み、皆さんには寒くはなかったでしょうか。

「本当に楽しいひとときでした。どうもありがとう。」
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(「暖かいな」)
確かに、この陛下のお言葉には、国民とお祝いに参集してくれた人々への「お気遣い」だけで、「私」はない。宇崎さんはこう続ける。

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「今は、若い人たちも年寄りも含め、誰もが「俺が」とか「私は」とか、自分にしか興味を持たない時代になってしまっていると思うんです。『自分探し』と言ってインナートリップして、他人のために何かをするという考え方ができない。・・・

「でも、天皇陛下にはその『私』がない。そのことが、最後の『ありがとう』という一言にすべて集約されていて、もう何とも言えない気持ちになりました。すごいなあと思います。あのすごさこそ、何にも替えがたいものではないでしょうか。
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宇崎さんは、この式典に参加して、「君が代」を声を張り裂けんばかりに歌ったり、二重橋に届けとばかり「天皇陛下万歳」と声をあげている自分にびっくりしたという。なぜ、「君が代」や「万歳」が素直に出てきたのか?

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「国民祭典が終わった瞬間に、自分の中の『なぜ』が全部解けた気がしました。

「EXILEをはじめ、当日あの場に出席したミュージシャンたちが、次の日どのように自分の仕事に向かっていたかは知りませんが、少なくとも私は、あそこから自分のステージに帰ってきたときに「暖かいな」と思えました。
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寒さの中で、陛下のために一生懸命に準備したEXILE、そして参加者の寒さを気遣われる陛下。それはお互いのことを思いやる暖かい世界だったのである。

--owari---
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