自然はともだち ひともすき

おもいつくままきのむくままの 絵&文

観戦

2010年02月21日 | 絵と文


 今やたけなわのバンクーバー冬季五輪、連日の熱い報道をみるだけ聞くだけで血圧が騒ぎたてるので疲れます。
 気分転換今日はちょっとチャンネルを回してみました。

 横一列の机の上に幾重にも積み上げられた皿、その陰に噛みつかんばかりの勢いで、食べものをむさぼる女たちの光景がとびこんできました。
 ラーメン、お寿司、ハンバーグ、アツアツのマーボー豆腐に、チキンカツ、激辛カレー、どれもその量が半端じゃありません。
 頭から水をかぶり、汗を滴らせ、かわいらしい口へ4キロ余りの肉を放り込む、大食いを競う女の子。
 「美しき野獣、美少女、スーパースターたち」、と司会者が煽ります。

 選ばれた人?
 これも変わり種のアスリートたち?
 いっしょくたにするなと真面目に叱らないで。

 (飢餓に悩む遠い国の、子どもたちの目にだけはどうかどうか触れませんように・・・)


 こんなに泰平な世の中に生きれるのは
   (大食いやらおバカタレントやら  次から次からと考えだすもの、演ずるもの、
    それを見て喜ぶもの、けなすもの、残るみんなも目クソに鼻クソと総出演です
    野獣たちもそれなり可愛くてきれいなスターに育って、幸福そうな演技も上手になりました
    顔にくっついたふたつの黒瑪瑙がアップになって、その中からやっと白眼がみつかったとき、
    安心した!と目××が胸をなでおろし、
    その白眼が隣の競争相手のお皿の数を測ってちらちら不安定に動くたび
    もちっとお上品になっちゃってよ、って鼻××が笑います)
 ここらあたりで、それでいいのさ。
 

 見ているうちおなかがぐぅと鳴りました。
 冷蔵庫の中にハンバーグとチキンカツが鎮座する幸せに、思わず相好が崩れて、足どり軽く鼻歌でキッチンにたったのも、やはり目×鼻×のひとりでした。
 一体、どんな顔してそれを召し上がるのやら?

 ・・・たびたび失礼なことばかり申し上げてしまいました。
 もちっとお上品になっちゃえばよいものを。 (●´-` ●)ポ

優しいメガネ

2010年02月13日 | 絵と文
 
 庭の木に見慣れない大輪の花が咲いているのに気付きました。
 白い大きな花びらが小雪の舞う雪空をバックに、溶けて滲んで墨絵のような風情です。
 春にはまだ早い如月の、歌の文句にある “春と知ればせかるる胸の思い” もまだ芽生えぬ寒い日のことです。

 眼鏡をかけて見つめなおすと、なんと枝先に花開いたそれは、積もった雪の塊が造りだした華の造形でした。
 湿った二月の雪は淡く丸みをおびていて、春を待つ自然の贈り物みたいです。
 見誤ったおかしさよりも嬉しくなってしまいました。
 盛んな若いころには、頭の片隅にもとまらない些細なことまで思いが巡るのは、歳のせい、などではなく
 乾いた世の中をしなやかに生きるために与えられた魔法のメガネで
 またも見せつけてくれました。

 これは本当にうれしいメガネなのです。
 都合のよいことしか目に映らないよう、瞬時に善し悪しを判断し
 醜いものは美しく、不要なものは切り捨てるのを何より得意としている、世にも優しいメガネです。
 その逆も沢山あるでしょうけど、それはこの際考えたくありません。

 しばらくの間、乾いた情感がゆっくり起ちあがり、快く広がってゆくのを感じました。




 人は、他人には決して破壊されないものを持っているといいます。
 体は衰えても、人間の最も崇高な部分、精神(魂)の中核は不死であり、再生を繰り返しながら永遠に生き続けていくといいます。
 魔法の眼鏡をかけて聞きとった声ではありませんが、、
 その話をしたとき、10代の若者はまるで理解できない異星人を見るような目で眺めました。
 メガネをかけると魔女のba~さんにでも変身するのかもしれません。
 

宿題

2010年02月06日 | 絵と文
 
 何年たっても持て余す筆を手に余暇を楽しんでいるだけなのに、ときたま日本画家などと言われると、身の置き所を探してうろうろとしてしまう。
 「家」の一字には、命を担うほどの重さと厳しさがこめられているのだから、何やらうしろめたく面映ゆい。そして今のこの静かな好ましい空間が、安泰で変わらぬことを確かめて安堵せずにはいられない。
 けれども。そのたび心がざわめくのは何だろう。

 中央への出展を勧められながら固辞し続けた理由として、「自信がないから」という月並みな理由で差し障りなく答える都度、本心を覗き込みこっそり自問しては顔を赤らめたことも忘れかけている。
 長い間、努力すればかならず道は切り開ける、という前進志向にふくらんで歩み続けた細い道、それはそれでしんどかったけれど幸せな歩みだったというのが実感だ。
 道半ば、などとはおろか、先を忘れてしまったにしろ、残り少ない大切な時間を費やしているのだから、間違ってもただの「怠惰」であるはずなんてない。
 そう力んでいれば時間のありがたさが倍加する、とはうまい言い訳を見つけたものだ。


 中央展で入選するには
 審査は一人平均5~6秒で通過する流れ作業、だから平凡な絵を描いていてはダメ。
 技術は二の次、モチーフ、色彩と構成などがひときわ目立つものでないとダメ。
 それを念頭にゴミ箱に花束なんかを描いたりしていたけど、それもほんの一時のこと、基礎を忘れて素材探しばかりむちゅうになるのに疑問を感じたら、とたんに力が入らなくなった。
 たとえひとつ肩書がついたところで、中身のほうは変わるものじゃなし。
 考えて、人と争うのは大嫌いな性分で、とそれを第二に理由づけて過ごしてきた。

 そんな30年。
 人は必ず自分以外の誰かに認められていたい、審査員でなくても、だれかのその心に残る存在でありたいと、常に願っている生き物だとつくづく知らされる。そんな分かりきったことも自覚していなかったのは、たぶん無口な子供時代から、黙っていてもなぜか後ろについてきてくれる人が常にいて、心に飢えを感じなかったからだろう。
 S先生から最低限地方の県展には出品をと促されたき、子供時代は遠い昔となった平凡な市井の一主婦は、そのときだけは無条件にうなずいた。
 「中央展に執着しない生徒が一人くらいいてもいいでしょ」
 考えれば不遜な言葉をあっけらかんと口にできたのは、あれはたぶん邪気と縁遠い雰囲気の中だったから許してもらえたのに違いない。

 困った生徒ですね、とおでこをポンとたたいて受け入れてくれたS先生は、終生地方の作家としての環境の中で黙々制作に打ち込んだ、これも失くしてから初めて気づく素晴らしい生きざまが、改めて心に深く沁み入ってくるひとである。
 あの花鳥画の華麗の極みに至るまで、画家としての完成を目指してひとしれず心の葛藤と戦ったのではないだろうか。


 (やっと分かったのかい)と先生の深遠な目がふっと和む。
 はい、ほんの少し。比較はとても出来ないけど、
 表面に立つ機会は避けたいし、誰かに認められはしたい、なんて単なるものぐさでした。甘い、アマチュアの発想と自認はしておりますが、それ以外にももっと何かが…
 (それで半分。残りの半分は難しいからゆっくり考えて)

 目の前にペンもノートもあるけれど、この宿題は一生のうちに解けるだろうか。