自然はともだち ひともすき

おもいつくままきのむくままの 絵&文

5年日記帳

2016年08月24日 | 写真と文
    

50年間日記を書き続けて読み返すこともせず、反省の素ともしなかったおバカとは、誰あろうかくいう私(#^.^#)

ある時ふと過去の日記を何気なく読み返し読みふけり、あまりの時間の浪費に気づいてその無意味さを悟ったというか…(-_-;)

二度と触れたくなかったのは確かだけれど、それが痛みか悲しみか不快によるものかはご想像に任せるとして。★☆★☆


最近では月日の流れを一歩先行く積りで、手っ取り早く5年まとめた日記帳にしたら、
前年、前々年の同月同日の出来事がひとりでに眼に入ってきてしまいます。

気がつけばいつの間にかあれこれとこだわっていた過去からすっかり解き放されていて 
これもごく自然な現象のひとつなのかしら、不思議なほど心穏やかなんです。

するうち 
まぁおよびもしないのに、こんなヤレヤレな1ページをみつけてしまいましたよ!

 ≪1014年○月○日 西側雑草取り2時間。 あっという間に過ぎた時間、腰を伸ばして栄養剤を飲んで一休み≫ 

 ≪1015年 同日  中庭雑草取り2時間。 あっという間の2時間、でもその後が続かずいちにち絵仕事を休んじゃった≫

 
 ≪1016年 同日  西側雑草とり20分。 あっという間のことなのに、もうめまい、息切れ、あとはまるで病人…≫


 
   キビシイ!

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麻のケット

2016年08月19日 | 写真と文
    

長い間手もつけなかった押し入れの棚の上を整理しました。
ボックス様の太い枠縁のビニール袋に折りたたまれて入っているのは、確か誰かの法事の返礼にいただいたものです
地味な藍色のケットで手触りもゴワゴワだったので、一見広げもせずそのまま収めて10年くらいは経っているでしょう。

新品なのに顧みもされずゴミ捨て場へ送られるのはかわいそう、せめてリサイクルにでもと念のため広げてみました。
表も裏も詰めものも麻100%、 一面しぼの入った藍染で両サイドに生成りの麻、
江戸文様の「立涌」に似たシンプルな優しい波模様のミシン刺し目もなかなかの感じです。

今使っているペタペタのタオルケットの10倍はしそうだわ
肌触りもそれほど違和感がなく、その夜早速使用してみました。

「立涌」とは地上の気がゆらゆら天に向かって立ち昇る雄大なイメージを表しているのですが
少し異なる波模様も日本古来の文様に変わりないので、敢えて同一視することに決めました
手足に纏いつかないさらっとした肌触りは、麻織物の良さを十二分に体感させてくれて
夏の夜の寝苦しさに、取り換え引き換えのガーゼやタオル地、ポコポコの綿地、羽毛などのどれよりも快適です!

こんな逸品を今頃になってようやく気づいたとは なんて迂闊だったんでしょう
越後上布や小千谷縮など夏の着物に日傘、麻の洋服地などを敬遠したのも若い頃でした(*_*;

朝になってベッドを整えるとき、
もみくちゃになったケットのしわまでが、なんだかとても素敵な文様に見えてしまいました。

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熱中症って?

2016年07月23日 | 写真と文



(数年前までは( ^^) )


ひと眠りしたあとなかなか寝付けず、早朝届く新聞にもざっと目を通したし、さてそれから、
思い切って毎日気がかりだった西側の空き地の草むしりを決行と決めました。
いくら鞭打っても湧いては来ない自信と、あまり人には見せたくはないこの体の動き
朝早くまだ誰も目覚めぬうちに、薄ぐもりで少しは過ごしやすいように思える今を置いてない。

2.5メートル幅、長さは20メートル弱
細長く用水に沿って、水仙、花菖蒲、ラベンダーと咲き続け目を楽しませてくれたのも数年前までのこと。
今は手入れも出来ぬまま少しばかりの花後には雑草が生い茂り悩みの種になっています
私有地ではないにしても地続きではあるし、何よりお隣までがあまりにきれいで差が目立つので…。

とまではしっかり思ったけど逸るのは気持ちばかり (>_<)☆
折りたたみの小さい椅子をちょっと移動するのもひと仕事です
自分自体は立ち上がるともなれば両掌を地面に置いて、様子を見ながら、どっこい…、しょ…
…あまり想像はしないでくださいな。

いつの間にか時間がたっていました。汗も流れていました。
一番端から始めて、相当間引きもして、ようやく勝手口近くにたどりつき、
やった!と思った途端ふっと息がと切れ、目まいなどして、視界が白っぽく霞んでいます。
息苦しい。目の前に扉があるのに手は動いてくれない…

これって、もしかして熱中症?
いやだいやだ、救急車なんか。
血の気がすっと引いてゆくのが分かり、萎える心を一生懸命奮い立たせました。
エアコンの効いた部屋の中。冷たい麦茶にウーロン茶。 早くたどりつかなきゃ。
赤ちゃんみたいに這いずってでも。

以前にも一度似た記憶があります。
誰もいなくてよかったのかいけなかったのか
失神していても、そのまま気楽にあの世まで連れて行ってくれるわけではないでしょうと
冷たいお茶が気持ちよく体の中に浸みわたり、急激に生き返った気分になって反省が薄れました。

あのとき私は熱中症のイリクチまで行っていたのでしょうか?
(…そんなわけないでしょ? ただの目まいで動けなかっただけかもしれないよ…)


  


  






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危機の形

2016年07月10日 | カット画
        


 大英帝国イギリスが国民投票でEU離脱を決めました。
「世紀の愚行」とか「パンドラのふたを開けた」とか評されて
 今後の成り行きを全世界が固唾をのんで見守っているようです。

 アメリカではトランプ現象が叩けどもたたけども燎原の火の如く拡がって
 これも「衆愚の危うさ」がじわじわ形となって現れてきたのだろうかと思われてなりません。

 日本では第9条は守りたいけれど反面、憲法改正を急ぐ現与党を圧倒的に支持するという現象があります
 国民がなにより渇望する経済問題を、大きく目先に据えた戦法の影響もあるでしょうけど。



 出来うる限りの安価な労働力で利潤を追い求める資本主義、
 その中心にあって繁栄を楽しんできた米や英が危機にさらされている、
 (自分の国はさておいて)しきりにそんな感じが湧いてくるのですが
 もちっと突っ込んでお勉強するにはちょっと古びちまった頭がついてゆかない… (@_@。

 少しばかり視野を広げて物事を考えてみるのも必要と思ったまではよかったけれど。
 今夜のおかず決めてから、それからゆっくり考えてみたいこと

   ?大衆の力とは、 絵に描けばどんな形になるのでしょう?
      

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千年の恨(はん)

2016年06月16日 | 絵と文
   

出無精に加えて幾つかの故障が重なり、あんまり自由に動けなかった一時期
一日のほとんどを椅子に座ったまま、リモコン片手になんとなくトホホ&オヨヨの時間を過ごすことになりました。
その時はからずも見つけたのが、まるで関心のなかった韓国ドラマの時代劇です。
(無知に近いお隣韓国の歴史を知る参考になるかも)?
そんな大義名分など片隅に置きながら、半ば漫画でも見るような軽い気持ちで覗いてみたら~

三~五世紀ぐらいは遡って李王朝の時代なのでしょうか
高貴な衣装をまとった雅びな貴族や貴婦人・高官たちが
つるりとしてしわひとつない美しい貌の下に、悪魔のように真黒な邪心や復讐心を隠して
浅ましく憎み合い殺し合う、娯楽ものとはいえここも政治と金、欲に絡んだ世界が延々広がります。

どろどろした内容は一面漫画チックでもあり、だから頭を空っぽに見てただ楽しめばいいものを
あれこれケチをつけながらも欠かさず見続けたのは
時代ものに限っていたので、見慣れぬ異国の風俗が面白かったのかもしれません。
驚いたことにチャンネルを切り変えても似たようなものばかり、さっきの忠臣が今度は謀反人なので頭はコンガラカル… 



日本にも沢山の国盗り物語は作られて、どれも知らない大昔の出来事ながらすんなりと受け入れることができていました。
でもオモシロかった朝鮮王朝ドラマに、見たあとはっきりと残る異和感だけはどうしようもありません。
近年慰安婦問題で、韓国人の「恨」の想いは千年消えないと言った大統領の言葉に驚ろかされましたが
創作だとは理解しながらも、数百年遡ったこの時代から引き継がれたらしい気質は、こんなところに現れるのでしょうか?…

それにしても政治と金問題は、現代日本人にとっても笑える他人事でなかったのが哀しいです…☆★☆★☆★

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キモくてダサい

2016年06月02日 | 絵と文


年とともにチマチマ細かいことに気を使うのが億劫になり、近ごろは少々のことならとんと驚かなくなりました。
単に頭の回転が鈍くなっただけだって?
何とでもおっしゃい、おっとりのんびり構えて高みの見物などと悦に入っているのもいいものです。
穏やかな心で過ごせるのが一番 大袈裟にいえばなにしろ朝刊の第一面の大きな見出しで
その日いちにちの喜怒哀楽をふりわけているほど単調な日々ですから。

ところが!
最近生ぬるい頭に湯気がたってくるような出来事が続いて、毎日の報道に気を取られ始めました。
心揺らす主人公のひとりは首都の知事、ひとりはわが国の総理大臣。
ゆったり和やかに過ごすなんてとてもとても!

都知事の記者会見見るたび思うこと、ご面相悪いね。生まれつきではなくその上にあとから張り付いているものが。
はやりの若者言葉で言うとキモい?ちょっと違う?
視察とかの名目で旅行の際の豪遊ぶり。 議会もほったらかしての地方講演で一回百万円の謝礼。
週末公用車で別荘へ。 正月には温泉で家族と会議 美術館視察etc…

これって若者言葉でセコいって言うんでしょ? いえいえ真逆ですか、豪胆過ぎるケチっ振り。
良いか悪いか自分では判断できない頭の悪さ!

国を曳いる総理大臣様
権力を握ったら人は変わるもの、だんだん顔を見るのも嫌になってきました。
たとえ相思相愛の仲であってもいったん片方に秋風が吹き始めたらもうおしまい、とか。
いろいろ細かくは言いません。個人の好みでしょうから。


今日は若者言葉をほんのちょっぴり勉強しました。
あとは第三者の冷静な判断におまかせしましょ。 w(☆o◎)w 

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母の日

2016年05月09日 | 写真と文
      
      去年の名残り


昨日は母の日。亡くなった母の年を越えて元気に迎えることが出来ました。
毎年息子夫婦から小さな贈り物が届いて、その都度自分の年代には伝える術もなかった母への感謝の想いも湧いてきます。

去年はアジサイでした。
花言葉でよく言われる「冷淡、移り気」などは西洋の見方で、
古来日本では「団欒、友情、家族」などの暖かい表現をされているのだから
本当にその通りとびっしり連なる花弁など数えながらつくづく眺めたものでした。

品種改良で逆輸入されたピンクやブル―の大輪で、花後ダメもとと庭の片隅に植えたまではよかったけれど、
常々も園芸にまで興味は届かず、予想通りあとはさっぱり。

今年のカーネーションを見て思い出し、どれだけ振りかで肥料片手にいってみたら、ありましたよ
枯れもせず濃い緑の、ただ小さな鉢で収まりそうにちまちまと可愛らしい一群れ、そして葉と同様ちっちゃな蕾も無数に。

♡! あと暫くしたら梅雨の季節、花は無事に咲くでしょうか
去年の大輪のあと、どんな色でどれくらいの大きさで顔を見せてくれるのでしょうか?

ろくに手入れもせず勝手な願いを…
母がいたら遠慮なく一発やられそうです。 
が、確か好みはお母さんあなたから娘へと伝承されたはずなんですけどね…(^_-)-☆

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2016年 夕日

2016年05月03日 | カット画
お馴染みの一枚






少し霞みがかっているのはふるさとのイメージを象形するのかもしれない

彼が逝って、太郎が生まれて、次郎と遊んで、共に無事成人してくれて。


いつか動きが鈍くなって、感動はひとあしあとからやっとついてくる

しばらくぶり窓外を眺める余裕を取り戻したときにも

少しの変わりもなくそこにある風景。



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終活(多分その1)

2016年04月21日 | 絵と文


県と市の日本画家連盟を脱退することに決心してからあっという間に半年経ちました。
とりあえず今年一年、真っ先にしたいことが実は決めていたのですが、予期せぬ出来事に気を取られて
振り返ったら相も変わらず足踏み状態…という現実。(>_<)

終活? そんなのまだ早い、ってお世辞やら笑われたりもしたけれど。
周辺をきれいにしたら、そのあとより爽やかに悔いなく生きられるんじゃないかしら
それが今一番にやってみたいこと
「そしたらまた新たな視点でスケッチから始めよう」
そんな思いを捨て切れず、そのためにも先ず、視力の回復が先決。
これがそもそもの始まりでした。

数年前から取り組んだはずの断捨離
それが予想外に困難だったのは、どうもまだこの世に未練があったせいらしい、と気づいて
それなら今度こそと意気込んだのに、…やっぱり世の中思う通りにはゆかないのですね

視力は回復したけれど、考えもしなかった後遺症に悩まされて一頓挫
ふらふらしていたら僅か2センチの段差で足首捻挫し重複する医者通い
その間行かずのニ階の部屋ではひっそりと雨漏りのシミが一部壁に広がり…

屋根に張った銅板が酸性雨で穴が開いたなんて、現代起きるべくして起きた故障でしょうか
修繕のどさくさであれよあれよと日を過ごすうち
庭の一隅に置かれた廃棄物を入れるコンテナは「山盛りにしていいんですよ」と言われて奮い立ち
毎日押し入れやタンスや本棚に首を突っ込んで不要なものかき集めてはコンテナに直行ᅳᅳ
とはゆかず、頭でっかちのよちよち歩きでは効率も恰好も悪かった。

上がったり下がったり船酔い気分のうちに何とか修復が終わり、最後のコンテナも引き上げました。
ふと気がついたら部屋の隅っこに何かひと山残っています
なーんだこれ、と広げてみたら、少しも傷んでいないスカートが行儀よく重ねられて数えたら18枚も。
殆どは手製の一枚一枚に思い出があり、やれやれと眺めるうちじんわり哀感らしきものが広がってきました。

 。 。 。 。 。


これを卒業しない限り終活は始まらない
それはよく理解できる年代にいるとして、せめてあと1週間くらいは別れを惜しみましょう

どうやら私の終活はまだ前奏曲の段階らしいです。。o○○

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天才脳プログラム

2016年03月25日 | 写真と文
    

今年は例年に増して激しい三寒四温の繰り返し、桜と雪が同時に訪れていよいよ慌ただしい心地もしてくるのですが
毎朝カーテンを開くと同時にくる引き攣れたような目の不快感に気勢をそがれて無為に時を過ごしています。
先日頬杖ついて見るともなしネットサーフィンしていたら、思わず目はくぎ付け、体がシャンと直立したのに驚きました。

   何歳からでも、どんな状況からでも、一日3分程度実行しただけで、
   頭脳明晰な本物の天才になることができます
、ですって。

年齢性別も育った環境、学歴一切関係なし
おまけにゴロンと寝転びながら出来るというのは素晴らしい
素晴らしいを通り越してそんなバカなと笑い飛ばさないのが自分の欠点、いえ長所かも(*_*;

万が一にでも結果が出なかったら私を警察へ突き出してください、とあればどれくらい信用していいのでしょう
延々と続く説明、推薦文を読み飛ばし一直線に真下までスクロールし、金額表示の場所「お申込み」をクリックしてみたら
49800円とありましたけど、天才脳になるお値段としたらこれで妥当なのかしら?

一般社会に公開できないといわれる脳科学のトップシークレットだそうです
返金にも応じるとありますから大いに興味湧いたけど
今更体動かすのも大儀だ~努力なんて頭から面倒だ~なんてものにはどだい無理。
残念なことに、孫や知人に適応するものはいないし。
で、予測通りまっすぐに立った体は果敢なくすぐにくたくたくず折れたのでしたが。

肩を揉みつつ笑いながらシュンとなりました
「10年若ければ~」って頭をよぎったのもう何百回目だろうね? 
「10年若くても、やっぱり同じセリフが出るでしょうね 
「もうあと10年若くてもやっぱりセリフは変わらないでしょうね
「さらにあと10年若くても… …・・・・・ ̄∀ ̄;)


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夢よもう一度

2016年02月19日 | 絵と文
        

久しぶり夢に出てきたと思ったら、彼まじまじと私を眺めて言ったんです。
“折角のかわいらしい顔も台無しだなぁ”

夢の中の彼、髪の毛ふさふさだったからまだ二十代なのでしょう
とすれば私もキトキトの若いころ。  だから
「かわいらしい」と言ってもお世辞じゃないはずで((^┰^))ゞ
え?そんな風に見える?って思わず口にしたら、
ん…ムニャムニャ…と言葉を濁してすぅ~と消えちゃった

うわ~ ショックです。
出来るだけくよくよしない、心に留めない、と決心したのにこんな夢この嫌味なセリフ。
暗闇の中で見開いた瞼はよけい引き攣って、それからの安眠を許してくれません。
毎朝の清々しい白光とともに両目に生じる重苦しい違和感は
少しずつ積み重ねられて安穏な日常を奪ってゆく…
…なんてことにならないよう心してたもので。

    説明会では痛みはないといわれ気楽に手術室行ったんですよ
    なのに片方の目の玉だけ強く何度もしごかれて、ほんとにあのときの痛みはインショウ悪ル
    万華鏡のように変わる光景の奥から洩れて来るひそひそ声の会話…あれは夢だったのかしら
    「なかなかうまくゆかないね」 「よいしょ!」 「これでよし!」  
    (あらま! 「よいしょ」だなんて??) 

あのしごき方が足りなかったのか、強く押し過ぎたのか、ただ単に下手クソだったのか
この目の引き攣れの原因は、そのうちのひとつに間違いない、と今の私は確信しています。
と、はっきり誰かさんに恨み節聞かせてあげる積りで
朝起きるなり書いていたら何だか気が晴れてきました。




愚痴はこれっきり。

お父さん、もう一度夢に出てきてくれない?
あれから何十年
太郎次郎のジィジ、バァバとなってからも何十年
だからね、できればそのカツラみたいのは脱いで現れてくれないかなぁ

 
  イヤミのお返しになったかな?((^┰^))ゞ


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春は名のみの

2016年02月13日 | 絵と文
    

“春は名のみの風の寒さよ”
暖かそうな日差しに誘われて戸外に立ち思わず身震いしてしまいました。
立春過ぎたとはいいながら朝夕の身を切るように冷たい風の中に立って
短かかったような長かったような雪のシーズンも終わろうとしているのを知るとき
例年定番の「雪の情感」が今年はどこへやら逃げてしまっていたのに気付きました。

ちょっとがっかりです。やはり人間って目先の現象にしか反応できないのでしょうか
突然の体の不調に振り回されて、気持ちまでが干からびてしまったとは思いたくないので
あのさまざま美しい雪の情景を思い浮かべたり写真で眺めてもみたり…
それなのに。

「今年は雪少なくてよかったなぁ」
雪掻きの苦痛から解放された安堵感が真っ先に来るのが正直なところ
しんしん音もなく降り積もる雪を眺めるたび熱い想いが湧き起こるのを楽しんだ日もあったけど。

“春と聞かねば知らでありしを 知ればせかるる胸の想い”

「胸の想い」もまたさま変りしていくのでしょうね、でも
地球規模の異常現象で世界中が少しずつ様変わり、人類は滅亡への道をたどっているのかもしれない
ここまで想像を広げたりする必要は、私にはありませんよね
少し規模を縮めて、徐々に雪国は南方へと移動しつつあるのかもしれない
なんて危惧だか安心だかもする必要もないし。

どのように変わるのか、春と聞けばほのかな期待も生まれて来るのが素敵です
あるいは、雪降る2月の窓を恍惚と見惚れる日などやってくるかもしれないのに!(*_*) 

 

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おしゃべりboy

2016年01月20日 | 絵と文
   

たっぷりのお湯に身を沈めると、いつも待ちかねたみたいに話しかけてくるものがいます
ロボットが話してるようなデジタル音声で、ものすごい早口だからなかなか聞き取れないのですが
その日の状態を見ながら励ましたり慰めたり、からかったり怒ったりもするんですよ。

彼は泡浴槽が棲家のオシャベリボーイです。
私の気持ちが分かるらしく、無視されていると思うときはぽこぽこ泡を吹きながらオクターブ下げて
ひとりでなにやら呟いているので、これもうるさければスイッチを切ってしまえばいいのね
でもスイッチを入れたら最後 
“ポコ、ポコ、キョウハ、ゴキゲン、イカガ キョウハ、ゴキゲン、イカガ、ラッタッタ、ポコ、ポコ…
“ポコポコ、モチット、ピシット、シロ、 ピピット、パピット、シロ、 ポコポコ、パピップ、ペ、ポコ…
って、こんな具合。

まるで早口言葉みたいに猛烈なスピードがおかしくて、耳を傾けながらつくづくその辺り眺めたら、
ときどきピチッピチッと泡が弾けとんでるじゃありませんか
いったいどんな顔してしゃべりまくっているのかしら?
想像するだけでイヤなことなんか忘れつい笑ってしまいます
若しかしたらこのおしゃべりボーイ、ころ合いをみては自ら精神的な介護をかって出ようとしているのかも。


…なぁんて都合よく勝手な解釈しているのもリフレッシュのひとつよね
鉄板みたいにこわばった体が、心までもが、じんわりほかほかと温まって来るんですよ ((^┰^))ゞ

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運のツキ

2016年01月14日 | 絵と文


目の下に今まで見たこともないクマができて、どう見てもあまり人相がいいとはいえない顔が映れています。
これが私の新しい顔…?

簡単に済むと言はれている白内障の手術以後両目に生じた大きな黒い影。
そのため視野はかなり狭くなり、おまけに目尻がいつも指でつまんでいるように重くふさがって
明るい光の中に出ると影は白く広がるので、思わず猫のように眼を細めたりこすったりしてしまう。
何より上瞼が重くかぶさっている感じはまるでお岩様になったみたいで鬱陶しい。

この異様な感覚が私ひとりの勝手な思い込みではないことを周囲に理解してもらうには少々時間がかかりました。
というのもこの二重苦だか三重苦だかの圧迫感が、外見上では手術前と同じく何の変化も見られない上
一通りの検査では異常無し経過は順調とでる不思議な現実
よくよく調べれば、まつ毛が跳ね上がって、瞼の内側がわずかにはみ出しているように見受けられるし
夕方頃には、今まで見たこともない大きなクマが目の下に現れて周辺の皮膚に微妙な影を落とします。
歌舞伎役者の隈どりが連想され、鏡に向かって毒づいてしまいました。
こんなに人相悪くはなかったはずョ!

原因究明に脳腫瘍(!?)のMRI始めいくつもの精密検査を受けたけれど当然のことながらどこにも異常はみられず
手術室で長い時間を要する最後の検査は、危険!という予感がしたのでこちらから断りました
大病院で日々数多くの手術に明け暮れている医師は最後にあっさりと宣告しました。
「手術の際顕微鏡の光が強すぎて網膜を傷つけたかもしれません
このような事例は、過去全然なかったわけではないのです…」
そして完治は出来ないのでメガネをかけるとかして対処を…となって一段落。



そんなこんなで3か月経ちました。

中東・ヨーロッパ、アジア・アメリカ世界中至る所できな臭い煙がくすぶり始め
身近な周辺にも事件事故はどこに転がっているか分からない最近です。
さざ波も立たなかった安穏の日常にちょっとした突風が吹きぬけたのかもしれません
今までが順調すぎたから終盤に向けて少しはプラスマイナス零に近づけたのでしょうか
これだけで済んだのを幸運とし、それ以前に周りの人たちの善意だけは信じていたい
こじらした風邪、ぶり返す足の痛みからようやく解放されつつあり、そろそろ天然に戻ってきたみたいです。

これ以上葛藤に耐えるのにも疲れちゃった
予想外の出来事なので思わず戸惑ったけど、じたばたしたところで事態が好転するわけはないのだもの
もう先は見えているのだし、白い影も瞼のふさがる感じも運のツキと諦めて
慣れるのを待つ受け身な生き方の方ががベストなのかもしれない
サングラスがちょっと体裁悪いけど。

いいこともある?
もちろん! 両眼とも視力1.2の良眼に戻りました。
見えすぎて困ることもあるけど、術後見るテレビのすっきりした映像、色彩の美しさにはとても感動です。
「そのうちいいセカンドオピニオンきっと見つけてあげるから」と慰めてくれた息子はその口で
いつになったらバァさんになるのかと思ったけど、やっと人並みのばァさんになったぜ、ですって。(@_@。

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第20回昴展より(6)

2015年12月23日 | 昴の会・二人展
【秋いろいろ】 笹山美恵子




 

【水仙】
 須藤和子






【おでかけ】 牧野敦子




 

【モロッコの少女】 薄波靖子





以上 過日開催したグループ展の出品作品を一部紹介しました。

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