◎末松太平事務所(二・二六事件異聞)◎ 

末松太平(1905~1993)。
陸軍士官学校(39期)卒。陸軍大尉。二・二六事件に連座。禁錮4年&免官。

◎2月3日「慰霊像の四人」/前編◎

2023年02月04日 | 末松建比古
◎「2月3日(金)午後1時 慰霊像に集合ということで 如何でしょうか」
※今泉章利サン(慰霊像護持の会・世話人代表)から お誘いのメールが届いていた。
主な要件は「〇〇サンに 是非会っていただきたいので・・・」ということである。



※いつものように JR原宿駅で下車。代々木公園経由で慰霊像に向かい 午後0時30分頃に到着。
森田朋美サン(慰霊像護持の会・世話役)が既に到着していて ひとり黙々と清掃奉仕をしていた。
やがて〇〇サン到着。しかし 今泉サンは大遅刻。釈明=渋谷駅構内で迷ってしまって・・・。
渋谷駅は先日(山手線の運行を止めて)大改装したばかり。柏市在住の高齢者が迷子になるのもやむを得ない。

※この日の顔ぶれを想定して 会話のネタになりそうな資料をいくつか持参していた。
例えば 河野進サン(河野司氏の次男・仏心会世話役代表をしていた)と私との交流に関する《非公開》資料。
例えば 村中静サン(村中孝次氏夫人)から末松太平宛てに送られた《写真(笑顔の静様とお孫サン)葉書》。
例えば 国際探訪通信社出版部「相沢中佐の片影」昭和11年2月10日発行・定価金拾餞。

※右の写真は「相沢中佐の片影」。色褪せているのが実物。ホチキスで綴じてあるのが(末松太平が知人配布用に作成した)復刻版。
発行当時は(差障りを避けて)◇◇中尉や△△少尉など匿名にした部分に 末松太平が鉛筆で「末松」とか「志村」とか書き添えている。未来の「歴史研究家」には こちらの方が有益かも知れない。
ゼロックスして 頁を揃えて 一冊一冊ホチキスで綴じて・・・。この「末松太平の労作」も残り二冊。その一冊を◎◎サンに進呈しようと持参した次第。

※慰霊像に到着=午後0時30分。自宅に帰着=午後8時40分。この間の出来事は 後編で。(末松)
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