◎末松太平事務所(二・二六事件異聞)◎ 

末松太平(1905~1993)。
陸軍士官学校(39期)卒。陸軍大尉。二・二六事件に連座。禁錮4年&免官。

◎二・二六事件「獄中手記・遺言」あとがき◎

2007年05月01日 | 末松建比古
◎昨日の続きとして、この書の「あとがき」を、紹介しておく。
 当時の「事件に対する世間の眼差し」が、この文章から推察できるからである。
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◎あとがき
昭和32年5月『二・二六事件』を編纂刊行(日本週報社)してから、既に15年が経過した。
当時は、まだ事件に関する一般的関心は薄く、初版二千部(内編者買取四百部)の市販に汲々としたものであった。
これよりさき、昭和27年に立野信之氏の作品『叛乱』が直木賞を受賞し、これが映画化、演劇化されて、一時叛乱ブームを呼んで、国民の視聴に二・二六事件への新しい窓口を開いたものだった。しかも「叛乱」は磯部浅一の行動記を主軸に、叛乱将校側から描いた作品であり、それまで陸軍省発表以外に知らされていなかった国民に新たな関心を与えたものである。このような下地が芽生えていたにも拘らず、『二・二六事件』の売行きは出版社の思惑を裏切って伸びなかった。私がこの書の出版を意図して持廻った大手出版社のどれもが、乗ってこなかったことも、むべなるかなと自信を砕かれた思いをした。時期尚早であったのだろうか。

その後、徐々に需要を見て36年に千部の再販を見た。それも、41年頃、日本週報社の解散に際し、残部百余冊を私が買取ったものである。
ところが此頃から、急速に二・二六関係の研究が、歴史家、作家、関係者によって進められ、数多くの著書、論文、作品が刊行、発表された。事件を取材した数本の映画も作られて上映された。昭和史上に占める二・二六事件の意義が再認識されての結果であったろう。それによって『二・二六事件』への需要も増えてきたが、絶版になっている本書は、古本屋へも殆ど出廻らず、需要者の要請に報ゆることが出来なかった。

偶々四十二年仙台において、磯部、村中両名の獄中手記が発見され「文芸」誌上に公開するに及んで大きな反響を呼んだし、其他に資料として追加採録を適当とするものも入手し、さらに、十五年間に当時不明確であった事実が判明するなど、原本の解説、その他にて増補、訂正、加筆を要する事項も重なった。
このため、将来の歴史的資料性の正確を期するため、かねてより増補改訂版の出版を念願していた。幸いにして関係各位よりの再出版の御要請に支えられ、今回、河出書房新社より刊行の運びとなった。本懐之に過ぎない。深く御礼申上げる。
なお改訂出版に当り、末松太平、高橋正衛両氏の御協力をいただいたことを、ここに深謝申上げてやまない。
事件以来三十有六年、この間多数の方々から、資料的にも、仏心会に寄せられた絶大なる御賛助と御高庇に対し、改めて深甚の感謝を捧げるものである。

 昭和四十七年二月  仏心会代表 河野司
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