博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

『日中国交正常化』

2011年06月01日 | 中国学書籍
服部龍二『日中国交正常化 田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦』(中公新書、2011年5月)

関係者へのインタビューや日記・外交文書によって、当時首相であった田中角栄、同じく外相であった大平正芳の動向を中心に日中国交正常化交渉の過程を追った本書。しかし本書で紹介されている関係者の言動がフリーダムすぎて反応に困るのですが(^^;)

例えば、日中国交正常化にあたって台湾に対して断交を申し入れざるを得なくなり、その台湾へと差し出す田中角栄の親書の添削を依頼された安岡正篤は、原文にあった「(日台)の公式の関係が断たれる」という部分を「貴国との間に痛切なる矛盾抵触を免れず」という分かったような分からないような文辞に書き替えてしまいます。

安岡の考えでは、「台湾が一つの中国というものを主張している以上、日本が北京政府と国交正常化すれば、台湾と国交が断絶するのは太陽が東から昇るのと同じように当然のことであるので、わざわざ明言する必要はない」とのこと。一定のロジックに沿ってわかりきっていること、省略できることは敢えて書かずにすます……物凄く漢文屋らしい発想ですね(^^;) 本書には添削前の平易な文辞で書かれた親書と安岡によって添削された後の漢文調の親書が掲載されていますが、両方読み比べてみるとあまりの違いに笑えてきます。

そして特使としてその親書を台湾へと届ける役目を担った椎名悦三郎(当時自民党副総裁)。同行したハマコーから台湾側に対してどういう考えで臨めばよいかと問われ、「それは君、それぞれが思っていることを話したらいいんだよ」と返答。そして蒋経国との会談の中で、日台断交どころか外交も含めて台湾との従来の関係が継続されると明言し、本当に自分の思っていたことを口に出してしまいます。で、この発言が早速中国側に伝わり、この時に北京を訪問していた小坂善太郎らがこの件で周恩来から叱責されるなど、無用の混乱を招くことに。……椎名先生っ!!

本書では田中角栄が訪中時に行い、物議を醸したことで有名な「ご迷惑」スピーチについてもかなりの紙幅を裂いていますが、正直上に挙げたような安岡正篤と椎名悦三郎のフリーダムな言動と比べると、極めてささいな問題ではないかと思えてきます(^^;)

この田中角栄にしても、北京を訪問した後で上海への訪問を促されると、「上海に行きたくない、もう帰国したい」とゴネたり、挙げ句の果てに特別機での移動中、彼を説得して上海まで同行することになった周恩来の目の前で爆睡して周囲をドン引きさせたりと、もうちっと空気を読めとツッコミたくなります……

何かもう読んでて噴き出しそうになるエピソードばかりなんですが、ホントによくこんなんで日中国交正常化の交渉がまとまったよなと感心した次第。本書のオビには「本当の政治主導とは。」というフレーズが書かれてありますが、本当の政治主導でもこういうカオスなことになるのなら、政治主導なぞいらんという気持ちになってきます。

最後に本書の中で最も印象に残った言葉を紹介しておきます。上記のように北京での交渉を終えて上海へと向かった日本側の一行。そこで目にしたのは、日中共同声明の詳細さえ知らされぬまま日本側の代表を歓迎すべく動員された群衆でありました。随行した外交官栗山尚一氏の述懐に曰く、「政府の権力で、これだけ国民が出たり入ったりできる国はすごいな、そんな国にはなりたくないなと思ったのが、そのときの中国のイメージですね。」……「そんな国にはなりたくないな」「そんな国にはなりたくないな」「そんな国にはなりたくないな」……(以下、エコー)

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『プリンセス・トヨトミ』(... | トップ | 『美人心計』その3 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (飯香幻)
2011-06-09 23:19:22
うわー。買ってよかったこの本。ウケた~
というわけでこれから読みまっする。
しっかしホント、これでよく外交がつとまったよみんな。
Unknown (さとうしん)
2011-06-10 20:35:03
>飯香幻さま
結局相手側にも国交正常化したい事情があったからうまくいっただけではないかという気がしてきました(^^;)

コメントを投稿

中国学書籍」カテゴリの最新記事