CuniCoの徒然・・・岩下邦子の独り言

日々の暮らしの中で、立ち止まったり、すれ違ったり。私の中のアレコレを思いつくまま、気の向くまま。

白菊会のこと・・・

2021-08-31 11:18:55 | 華麗なる加齢 あるいは 身体
死生観というとなんか大袈裟な気がする。
ただ、子どものころから、
命は終わりがあることを感じていたし、
それは、どんな形にせよ、
受け入れなければならないもの・・・だと思っていた。

母の背中を見て育ったからなのかもしれない。

母は、メンタルを患っていたので、
子どもを育てることは、無理だと云われていたらしい。
最近マスコミで取りざたされている話題に近いのかなぁ・・・
よくわからないけど・・・

私には、兄がいて、子どもは一人が限界・・・という事だったのか、
私が生まれるまでに三人の子を人工中絶している。
そして、私も中絶されるはずだった命である・・・

まぁ、話題がそれるので、話を戻す。

母は、東邦医大の精神科にお世話になっていた、らしい。
で、わたしの出産も東邦医大で・・・いろいろあったが無事生まれ、
東邦医大の邦の字を頂いて、邦子である。

当時、いろいろあったのだろうけれど、
母は、東邦医大の白菊会のお仕事少し手伝っていたのではないだろうか?
たぶん、幡井先生が、いろんな意味で、精神的な支えであったのだろうと思う。
もう一人、当時お世話になった女性のドクターがいて、
わが長女の産着もいただいた記憶があるが、お名前が思い出せない・・・情けない・・・

そんなこんなで子どものころから、『死』について、『生』について、考える機会があった。
たしか、無理を言って中学生の時に白菊会の準会員証なるものを頂いた気がする。
白菊会に入会するには、年齢制限があるため、中学生は入会できない。
かなり駄々をこねたんだろうなぁ・・・

その後、私は、結婚したり離婚したり引っ越したり・・・で、
白菊会に手続きもせず、行方不明状態だったわけで・・・。

父が亡くなった時に、お世話なって以来、とんとご無沙汰していた。

父も白菊会の会員だったので、病院まで遺体を引き取りに来ていただいて・・・
母と兄と私は手持無沙汰で、ボーリングをした記憶がある。

ボーリングをしながら、どうしよっかね・・・と兄と話した。

母の気持ちの区切りのために、
告別式だけはしといたほうがいいかもねという話になり、
お寺さんいお願いして、告別式だけ執り行った。
住職が、ご遺体のない告別式は初めてです・・・と言っていたっけ。

もちろん、通夜、葬儀、告別式を執り行った後の遺体引き渡しも可能ですので念のため。

で、あれ以来ご無沙汰・・・だった白菊会ではあるが、
少し前に、母がケガをして施設から入院・・・という段になった時、
兄から連絡があった・・・「白菊会のこと、確認しておいて」と。
母も度々転居したりしたので、もうすっかり白菊会とはご無沙汰だった模様で・・・
兄は『白菊会』に入会していないため、私に連絡が来た。

事務局に電話すると母の名前を聞いて、担当の方が、
「あぁ、山田さん!どうしていらっしゃるかと、思っていました!!」とのこと。
なんとうれしや、母の事、覚えていてくださった。

で、とんとご無沙汰の私とともに、すっかりご無沙汰だった母の会員証も再発行するに至った。

昔、母は『安楽死協会』にもかかわっていて・・・
現在は『尊厳死協会:』となって会の活動は続いている。
母に意思確認をすることは、もうかなわない・・・だから尊厳死協会への入会は無理だ。
兄は、延命治療をしてほしいとの考え方なので、私とは少し違う。
延命治療をしないこと、は、決してその人を死に追いやる行為ではなく、
尊厳を大切に考えた時の選択肢なのだと思うのだが、
やはり、医学が進めば進むほど、一縷の望み・・・を求めてしまう。

尊厳死と安楽死の違いをはっきりしないといけないわけで、
尊厳死協会は安楽死を認めていない。
私自身は、安楽死できたらいいなと思うが、
それに医師がかかわることは、酷だよな・・・とも思うから、
やっぱり、尊厳死が、倫理上の限度なのかもしれないと考えている。

あ・・・また話が逸れた。

白菊会は解剖学の実習で遺体が使われるので、臓器移植の登録はできない。
別役実の『受付』では、両方の登録をすすめていたっけ・・・あれ、現実には無理です。

話はあちこち飛んでいるが、つまり私は白菊会の会員、だと云う事です(^^ゞ

コロナ禍で、解剖実習も大変なんだろうな・・・と思いつつ、
白菊会の事務局とつながれたこと、うれしく思った。

誰かが死ぬときのこと、ではなく、自分が死ぬときのこと、リアルに考えるって大事だと思う。

白菊会に入会すると、それが生きる気力になって、みなさん長生きされると聞いたとこがある。

『死』リアルに考えて、行動することは、どんな時にあっても大切な事なのかもしれない。
もちろん、マイナスにうつむくのでなく、フツウの事として『死』を意識出来た時、
人は、とても楽になれると思うんだなぁ・・・私。

子どもの時、自分が中絶されるはずだったと知った時、ショックではあったが、
あぁ・・・命って奇跡であり偶然であり必然で、それは、死もまたしかり・・・
なんて考えたわけなのです。

とにかく、
『白菊会』とつながれて、よかったよかったと思う私なのでした。
そして『白菊会』のこと知ってほしいなと思うのでした。
医学を心ざし、医者を目指す若者たちが、
命と向き合う最初の一歩である解剖実習は、
とても大切な、時間だと、私は思っています(^^)

IDとかパスワードとか・・・無理です、私・・・

2021-08-27 11:10:00 | 日記
いろんなものに、IDとかパスワードとか求められ・・・
その設定条件も様々で、大文字と小文字、記号・・・etc.
わからなくなる・・・
こんがらがって、覚えられなくて、毎回・・・しんどい。。。

15文字のとっておきのパスワードは、完璧覚えているので、
すべてをこれに出来ればいいが、大文字小文字数字記号を含んでいるので、
このパスワードが使えない場合もある。

このパスワードの数字を抜いたり、記号を抜いたりすればいいじゃないか・・・と思うが簡単ではない。
文字数制限があったり、どれが、どういう設定基準かなんて覚えられないし・・・

世の中、もう私の暮らせない仕様になってきてるよなぁ・・・と思う。

ポイントカードとかクレジットカードとか、そういったモノも、
お店ごとのポイントの使い方も違うし、ポイント貯めるためにカードが増えるし、
あぁ、そんなことするくらいなら、販売価格を下げてくれればいいのに、って思う。

年寄りは、記憶力もなくなってくるのだから、
年寄りにやさしくするには、ポイントじゃないでしょって思う。

まぁ、今の若者は、そういった暮らしが普通だから、普通にそのまま年寄りになって、
いろいろ使いこなせるのだろうけど、
そのころには、また年寄りを自覚させられる何か・・・が起こっているのかなぁ。

とにかく、こうして書いているgooblogのIDとかパスワードとかも定かではない(^^ゞ

片づけ苦手な人・・・は、みんな、IDとパスワード苦手だろうなぁ・・・って思ってる。

断捨離・・・道半ばではあるけれど、進んでる。
ID、パスワードも毎年ちゃんとしなきゃなぁ・・・って思いながら、できないことの一つではある。

宇宙に散らばった、地球ごみのように、
インターネット上にごみをまき散らかしたまま、果てるのか、私。。。とか思ってしまう。

少しずつ整理する・・・
ID、パスワードもその一つ・・・
整理しながら、いらないものを確認していく。

シンプルにと思いつつなかなかそうなれない自分がいる。
シンプルになれないのは、社会がシンプルじゃないから・・・なのかもしれない。
いろんな人が集まれば、そりゃ、いろんな考えがあるし、いろんな人がいる。
シンプルにすることができない理由もある。

マイクロソフトエクスプローラのサービスがもう少しで終わるらしい・・・
Edgeにしてくれと言われたが、それも、ID、パスワードわからずに、放置していた。
少し前まで使えなかったが、ID、パスワードわからないままだが、Edge、使えるようになっていた。

私みたいな人、多くて、マイクロソフトが考えてくれたのかな・・・
よくわからないが、ID、パスワードよくわからないまま、
Edge使えるようになったから、これからもブログもかける。
エクスプローラ、サービスが終わるだけで、使えなくなるわけじゃない・・・と聞いたこともあるが、
そんなこと言われると、もっとこんがらがってしまう。
まぁ、Edge、使えるようになったから、よかった・・・ってことで。

ある意味、このブログだって、インターネット上のゴミみたいな存在かも知れないが、
とりあえず・・・書きたいことがあった時、つらつらと・・・

そんなこんなで、
IDとかパスワードとか・・・無理ですって人、私だけじゃないんだなぁ・・・
ってちょっと思った日なのでありました^_^;




イメージするための情報を、もっと発信してほしいなぁ・・・

2021-08-12 09:50:00 | 新型コロナウィルス・・・素人のつぶやき
想像力・・・という能力を与えられた人間は、深読み誤読をして、誤解をうむこともある。
余計なお世話・・・ってこともある。
実に厄介なもんだ。
だから、目の前の現象だけを見て、とりあえず自分の周りが幸せなら大丈夫って方が、楽ちんだ。
若いころ付き合った彼氏にげんなりして、別れたきっかけ・・・
「手の届かない所にうずくまっている人がいたら、何もできなくてもそのひとの事を考えたいんだ」
私は彼にそう言った。彼は言った。
「自分の周りが幸せなら、それでいい。みんながそうすれば、みんな幸せになる」
直感的にそれは違う・・・と感じた。

人それぞれ、文化も違う、言葉の感じ方も違う・・・だからこそ、想像することが大切なんだ。
相手を、どこかにいる誰かを、想うことが大事なんだ・・・私は、子どものころから、そう思っている。
想ったからといって、何かが解決するわけでなくても、想うこと・・・それが大切なんだ。

さて、現在、COVID19は、大変な状況となっている。
それを職場で感じている。
医療現場ではないが、それを感じる仕事をしている。
一番外側で、専門知識はなく、電話のオペレーションだけの職場だが、
第5波といわれるデルタ株のひろがりは、想像を超えていること・・・が分かる。
いろんな意味で、ヘロヘロに疲れる・・・
絶望とは言わないが、ピークアウトが見えない中、今の状況がいつまで続くのだろうと、疲れ切ってしまう。

職場から帰宅するときに、乗換駅ですれ違う。
イベント帰りでテンション高く人が流れていくのとすれ違う。
「人の流れがウィルスの流れに見える」と言った日医大の先生の発言をなるほどね・・・などと思った日が懐かしい。
今は、私も、それを実感してしまう状況だ。
一番外側の人間が、実感してしまう状況なのだ。

で、自宅に着く。
ある程度の愚痴を言う。
いう相手がいて、よかった・・・
愚痴を聞いてくれてありがとう・・・とお礼を言う。

そして、眠る。

目覚めたこの部屋に、COVID19のことを感じるものは何もない。
扇風機を回し、近所の物音と、遠くの車の音、
たまに聞こえる救急車のサイレンだけが、ふとCOVID19のことを思い出させる。

つまり、そういうことだ。
現場やその周囲にいなければ、
あるいは、家族や知人が新型コロナウィルス陽性と言われなければ、
大多数の人々が、普通に暮らせている。
病気にならなければ、ケガをしなければ、医療現場にはいくことはないし、
病院に行ったとしても、先日私が受診した眼科のようにいつもと変わらない診療をしているところもたくさんある。

COVID19の患者を受け入れている病院に行っても、感染症対策をバッチリしているから現場は見えない。
テントがある風景・・・が、いつもと少し違う程度だ。
どこでなにが起こっているかは、見えない。

だから、どこで感染拡大しているか、さっぱりわからない。

だからこそ、想像しなければいけない。
イメージしなければいけない。

職場の救急隊OBと話した。
救急車の中で、呼吸不全になっている患者とその家族・・・
病院が見つからず、容態がどんどん悪化する患者を目の前に、
一緒に救急車の中で何時間も病院探しをする・・・
そのつらさ、精神的にどれくらいつらいか・・・話してくれた。

救急車のサイレンを聞きながら、病院見つかればいいな・・・といつも思っているが、
とくに最近受け入れが厳しい事はわかっているから、つよく思っているが、
実際に、体験した人から話を聞いて、そのつらさ・・・半端ないだろうなと思った。

医療という現場にいて、患者がいて、今、何とかしなければいけない患者が病院にやってきて、
受け入れ態勢がとれないために断る病院・・・つらいし大変だろうな・・・と思う。
もう勘弁してくれ・・・と思うかもしれない。
ストレス半端ない、してあげなければいけない医療を提供できないのだから・・・。
そのストレスの大きさ、容易に想像できる・・・

だから、想像するための材料ときっかけを、もうすこし社会に提供してほしい。
それは、現場からの声が一番いい。
取材に対応する時間なんてかけらもないだろうが、現場近くの、病院関係者が、現場の状況を伝えてほしい。

そして、今、全力で頑張っている人たちへの批判ではなく、現状を伝える情報も欲しい。
え~~~自宅療養にインスタント食品送っておしまい???じゃなくて、今、そういう状況だと云う事。
陽性になったのに、保健所から連絡がこない・・・いったい何やってるんだ!と言いたいだろうが、
そうではなく、今そういう状況で、もっと連絡が遅くなる可能性がある、
それ覚悟しなくてはならない事態だとうことを発信をぜひしてほしい。

本当に大変な状況の中、頑張っている人たち、
ワクチン接種、通常医療、発熱の対応・・・
みんな何ができるか、どうすればできるか考えている。
でも、今進行している事態の中にいる当事者を批判しないでほしい。
その批判に対する説明をしている暇はない。
検証はすべてが終わってからにしてほしい。
意見は、あって当然だ。
物事を前に進める議論は、有効だ。
知恵を絞って、意見をしっかり受け止め、変化する局面に対応していくことは大切だ。

オリンピックの時、無化観客になったからテレビ観戦を・・・と言った。
そのテレビ中継でL字の注意喚起をなぜしなかったのだろう。
オリンピックに水を差すことになるから?
どんな理由で感染拡大の注意喚起をする絶好の機会を利用しなかったのだろう。
スポンサーの意向?
医療現場がひっ迫するかもしれない事態の時に注意喚起をすることを是とすることがなぜできなかったのだろう。
そのことをぜひ検証してもらいたいものである。

幼馴染が、
第1波のころは、自分が無症状で感染をひろげる可能性がある事が怖くて気を付けていた。
今は、自分が感染して医療をひっ迫させることがあってはならないと思って気を付けている。
と言っていた。
彼は、本当に、気を付けている。
言葉の端々にそのことが出ている。
その彼に私は言った。
それは、違う・・・
感染したら、医療ひっ迫させるのではなく、
医療を受けられないこと覚悟しないといけないんだ。
いまは、もうそこまで来ているんだよ・・・と。

いまこそ、人間のもっている想像力を存分に発揮するときだ。
自分の生活の中に感染拡大が実感できない。
そうだろう・・・
しかし、現実は、
医療を受けられない事を覚悟しないといけない事態だということをイメージしておく必要があると云う事なんだ。

とはいえ、一方で、経済を回せないために、生活苦に陥っている人たちがたくさんいることも事実で、
そのことも、考えなければならない・・・本当に、考えれば考えるほど、つらくはなる。

だから、ひと休みすることも必要だ・・・頭をくるくる回していると心が病んでしまうから・・・
怠惰になる時間も必要だ・・・いろんな事考えないで、今日も断捨離するとしよう。
だんだん、断捨離がストレス解消になってきたかもしれない・・・^_^;

眼底から身体の中、見えちゃうのよ・・・と言われた日(^^ゞ

2021-08-11 09:58:31 | 華麗なる加齢 あるいは 身体
長崎の日・・・は、仕事に追われていて、少し遅れて休憩時間に黙祷・・・
日本の夏は慰霊の夏だ・・・
長崎の高校生が「次の世代に」と言っていた・・・
私たちは、この高校生たちに何を残せたのだろう・・・と少しうつむき加減になった自分。
しかし、つなげることはできたのかもしれない。
高校生が手をつなぎ、平和を願う姿を見て、想いをつなげることはできたのかもしれない・・・と思った。

さてさて、今日は身体のこと・・・加齢のこと・・・

閃輝暗点については、何度か書いたかと思うが、私は閃輝暗点症状がたまにある。
「せんきあんてん」と読みます。
これはどうやら脳の視覚に関係するあたりの血管の血流の関係で起きるらしいが、
若い世代は、強い頭痛が伴うらしく、息子は頭痛があったが・・・私は、ない。
ゆえに、キラキラした目の前がくにょくにょする感じ・・・を楽しんでいる。

微小血管狭心症の発作の時の方が、ちょっとめんどくさい。
動くのがつらくなる・・・だから、横になり、おさまるのを待つ。
こちらも、命に別状はないと思っているから、まぁ、大騒ぎはしない。

が、ちょっと気がかりな初めての症状が起きた。

数日前から、視野の右端に光が走る。
決まって、うす暗い場所で起きる。
閃輝暗点とは明らかに違う・・・なんだ、こりゃ。

実は、先日、眼科の研修があり、目の充血は緊急性がないから、
外来でという話を聞き、目からうろこだった。
眼が、真っ赤に充血すると、結構慌てていたから・・・。
そうか、慌てなくていいんだ・・・と、ふむふむと思った。

そんな矢先の眼の症状・・・あぁ、もう少し前だったら、研修の時に聞けたのに。
で、眼科のあの先生にメールする。
私が今の職場を希望したとき面接をしてくれた眼科医で、結構、お世話になっている。
その眼科で一年に一度、健診もしている。
その日程が9月28日だから、それまで放置していいかを聞こうと思った・・・が、メールを書いているうちに、
いや心配なら受診でしょ・・・それくらい自分で決めなさいよ・・・と思い直し、そのこともメールに書き受診を決める。
我が家の眼科ホームドクターは、その先生もお墨付きのドクターで、〇〇先生なら、安心ですと返信が来た。

で、昨日遅番前に受診した。
私の心配は、網膜・・・しかし、クリニック受診するときに私はそのことはあまり言わない。
インターネットでの知識より、自分が感じている症状をきちんと話すことが重要だと思っている。

もちろん、ドクターは・・・検査をしてくれる。
何も言っていなかったけれど、きちんと検査して、
「大丈夫、網膜は異常なし」が、最初のひと言。
ちゃんと、わかってくれている。
「傷とか穴もないんですよね・・・」ちょっと心配で確認。
「はい、大丈夫」
硝子体が加齢により変化し、ふとした拍子に網膜が引っ張られて光が見えるのだろうと説明してくれた。
勿論、加齢による白内障やいろんな『しわ』はあるらしいが、大丈夫。
緑内障の所見もないとのことで、安心・・・と思ったら、ドクターがひと言・・・「内科、通院してる?」
もちろん、NOだ。
先生は、腑に落ちないようだ・・・で、白状する。
「コレステロール高いと云われて、ちょっと、薬飲んだりの時期あったけど、いまは、通っていません」
「・・・だよね、眼底から身体の中、見えちゃうのよ・・・」と説明してくれた。

動脈硬化・・・である。
まぁ、『動脈硬化』は、加齢により(若いころから)起きる変化でであり、病気ではないと理解している、が、
病気の引き金になりかねないところまで至っている・・・放置はしない方がいいかもね、
動脈硬化の因子のコレステロールなどなどを、放置しない方がいい・・・って状況だってことらしい。

若いころから高脂血症は指摘されたり、されなかったり・・・・・・
コレステロールはいつも高め・・・だったから、そうなんだろうな・・・
コレステロールが高いのは、遺伝みたいなもんもあって、体質だしな・・・みたいに思っていた。
(子どもたちも、すでに高い・・・)

昨年の2月から3月にかけて病んだ帯状疱疹の時、コレステロールの薬も服用しておこうか・・・と始まった薬も、
なんとなく薬嫌いだから、帯状疱疹がおさまったら、めんどくさくなって通院しなくなっていた。

血管、かなりお疲れのようだ・・・
内科系の健診は9月上旬だから、その結果をもって、かかりつけ医に行くことにしようかな・・・と覚悟を決めた。

あちこちが、衰えている。
まぁ、年相応であろう。
断捨離もそうだけれど、60前後の数年間は、華麗なる加齢の正念場。
人生の転換点であることは確かなようだ。
『還暦』とは、よく言ったものである。

眼底から身体の中、見えちゃうみたいだ(^^ゞ

人流を減らすこと・・・自分の出来る範囲で、自分にできる事(^^)

2021-08-07 10:30:05 | 新型コロナウィルス・・・素人のつぶやき
善とか悪とか、わかりやすければいいけれど、なかなかそうは、いかないものである。
立場や見方を変えれば、その評価も変わる。
なにごとも、そうであると云う事を理解していること、
いや理解しなくても、うすうす感じていることが大事な気がする。
なにかを否定することからスタートしては、いけない気がする。
んなことしてると、八方美人というか、自分が分からなくなりそうだから、
ついつい、自分の主張とあわない人たちを否定的にとらえたりする。
そうすれば、楽だからなぁ・・・安心だからなぁ・・・弱っちいな、人間って。
そう、とっても弱っちい・・・。

自分が弱っちいことに気づいた時、初めて開き直れる。

オリンピックがまもなく終わる。
オリンピックなんて、金もうけ主義の権化・・・と思いつつ、
空手のような種目がオリンピックの場で競技として、発信できること、
開催国の文化や精神性を伝えられる場・・・でもあるわけで、
あぁ、金かけたい人が金かけて大会をやるって意味なくはないのかなぁ・・・などとも考えてみる。
私の税金が投入されていること考えると、なんか、それには、納得できないこともあるわけで・・・
なにしろ、感染症のパンデミックの状態で、開催することは、やめるべきだと思っているわけで・・・
そんな風に思っている人たちは、一定数いたと思う。
医療崩壊に直面しているほどの感染拡大の中、マスコミはオリンピックの中継画面に注意喚起を表示しない。
スポンサーの意向もあるかもしれない、オリンピックに水を差すと思ったのかもしれない・・・
しかし、人命にかかわる重大事で、一人一人の行動に、抑制をかける必要があることは火を見るよりも明らかなのに・・・。
マスコミは、中継を見る人たちに、医療現場の危機を、感染拡大の注意喚起をおこなえる機会なのに、それを伝えないままだった。
そんなマスコミや『選手に罪はない』という論調に押されて、反対の声も小さくなってしまう。
選手に罪はない!それは自明だ。
オリンピック開催に反対していた人たちも、それぞれの考え方、立場は様々だ。
選手の誹謗中傷など、許しがたい。
反対している人すべてが、選手やスポーツを否定しているわけではない。
それなのに、なんとなく、気が引けて、
本当は、感染症が心配で、金もうけ主義が嫌で、などなど、それぞれの思いがあったのに、精神論に押しつぶされて、
社会心理学を勉強していなくても想像に難くない『人流を抑制する力を弱める効果があるオリンピック』は開催された・・・
感染の急拡大が続く東京で・・・
何度でもいう、選手は悪くない・・・だから、反対している人たちも苦しかった・・・選手もつらかった・・・
なんということだろう・・・こんなオリンピック、いまだかつてなかった・・・

マスクしない派、ただの風邪派の人たちが同調圧力について叫んでいた。
私も同調圧力は、嫌いだから、マスクしない人を取り囲んだりはしない。
が、マスクの目的を一定理解した大多数が、マスクをすることに、
あの人たちは、同調圧力に負けている・・・と評するのは、違うと思う。
いつか、ただの風邪になる日まで、
なにをどうすれば、ひとりでも多くの人を救えるか・・・ということなんだ。

ことオリンピックに関しては、同調圧力に負けてしまった感がある。
マスコミの怖さを感じた2週間だった・・・
そして、仕事柄、感染拡大と医療現場のひっ迫を感じる2種間だった・・・

生活が懸かっているから、
表現することをやめたくないから、
私は、それらを否定しない・・・
みんな、それぞれ頑張っている。

自分が分裂してしまいそうだ・・・
だから、何が正しいのかを考えるのではなく、
なにが善でなにが悪かを考えるのではなく、
せめて、自分ができること、やるだけだと思っている。

観に行きたい舞台をあきらめて・・・
母に会いに行く回数を減らして・・・
買い物の回数を減らして・・・
あらゆる外出の機会を減らして・・・
自分の表現も今は内包しつつ、育てることにして・・・

そう心掛けている・・・
たった一人の人流でも、減らすことが出来るのなら・・・それをしなければと思う。

なんとなく、社会がすさんでくる・・・そんな時こそ、優しくならなくては・・・と思う今日この頃だ。