毎度毎度のトラバ論
こんばんは。
7月18日のプロレスリングNOAH東京ドーム大会は、非常に良い大会でした。
私も観に行きましたので記事にしましたが、その日からその記事には
トラックバックがちらほら来るようになりました。
そのトラックバックはいろいろ考えて削除しました。
週末に時間がとれたら記事にしようと思っていたのですが、
タイミングよくS嬢さんが今日トラバの記事を書いていて、私の考えと
近かったのでうなづきつつ拝読しました。
以下引用させてもらいます。
> 「最新」の「10件」というものが表示されるわけです。
> 自分のメニュー部分に載せるということで、わたしはその内容に関して
> 「吟味させていただきたい」と思います。
> 「誰彼かまわず口説き文句を言っている相手」なのかどうなのか、
> リンクや言及が無ければはっきり言ってわからないわけです。
> トラックバック送信先に行ってみて、コメント欄に「トラックバック
> ありがとうございます」というものがあれば、さらに混乱します。
> それはひとつの記事から複数のブログにトラックバックを送っていると
> いうことなわけで~
> 個人の主張をするならば、その主張自体がわかりやすく、ということは
> 文章としての原則なのではないかと思います。
> リンクの無いトラックバック、言及の無いトラックバックは、
> 記事の主張自体がわかりにくい。
「リンクの無いトラックバック、言及の無いトラックバック」
(S嬢のPC日記:2005.7.22)
以上、ざっくりと引用させてもらいました。
非常に同感しました。
私のところに来たドーム大会の記事のトラバは、私の記事と同じように
試合についての結果や観た感想など(TV中継の感想記事も含む)が数件でした。
一応全部貼られた記事には飛んで行き、拝見しましたが…。
うーん、しばらく悩んでからトラバは削除させてもらいました。
理由はS嬢さんと同じで「最新の10件」を「ただの新着10件」とは思わずに
「頂いたトラバの中で特にオススメしたい記事」というものにしたいからです。
過去の優れたトラバが埋もれていってしまうのは勿体無いとも思います。
また、試合結果などはスポーツ新聞サイトやNOAH公式サイトに行けば
分かることですから、貼付けてもらわなくても興味のある人は自分から
調べて見に行く訳です。
ここら辺は何度かトラバ論で書いてますね。
私が感じた1つ目の違和感は「それ、コメント覧に書けば済むんじゃないの?」
という事です。
試写会などに行った時に、映画の記事を書いた事があるのですが
まぁ来るわ来るわ。映画系ブログ様からのトラバが。
「私も同じ映画みました~」「面白かったですよね~」みたいなのが。
そしてそれらの記事にはお決まりの
「トラックバックありがとうございました」
「こちらからもトラックバックさせてもらいました」の羅列です。
お互いのトラックバック記事には当然リンクも引用もありません。
そんなのの数を競ってどうするんですかね?
大概そういう記事はうっすい内容だったり、著作権、肖像権など
無視した画像ベタ貼りだったりする訳ですよ。
そういうものとの関わりが鬱陶しくなって映画の記事は書かなくなりました。
前に不倒城で「mixiは共感どっさりで2ちゃんは中傷どっさり」
というような記事を拝見しました。
※うちのMacからは現在不倒城が閲覧できないので、記事のURLを
リンクできなくてすみません。
私が感じた違和感その2はこの「共感どっさり」です。
映画系ブログなどに多数みられるこの現象がどうもねぇ…。
「共感はそこで思考が止まってしまい、議論にならない」とも
不倒城で以前拝読しました。
違和感その3は「重い」ことです。
トラバを送ってこられた試合の記事でコメント&トラバが各40近く
あるものがありました。
非常~に重いんですよね。閲覧できるまでに。
また書き込む際にも文字が変換されるのがワンテンポ遅れたりと
快適じゃないんですよ。
「共感どっさりコメントと無駄トラバを大量に抱え込んだ、
うっすい内容の重たい記事を抱えてブログ運営する事に
何のメリットあるんですか?」
と思ってしまいます。
閲覧側としては、読むのにストレス溜まりますし、管理側としても
そのような状況にしておくのは閲覧側に対して良くない気がします。
「別に良いじゃん。ほっといてくれよ」というような意見を見掛けました。
勿論、こちらから出向いていって「そういうのイクナイ!」とまで言う気は
ありません。それは荒らし行為と取られかねませんし。
でも、だったら送って来なけりゃ良いのに。とも思います。
「共感どっさり感」はお互い知ってる者同士がゆるいコミュニケーションで
行えば良い訳で、初見のブログに対していきなり送りつけるものでは
ないと思うんですよね。
例えば、いきなり町中で見ず知らずの人に親しい口調で話し掛けられたら、
あなたはどう思いますか?
私の記事(主にカレー専門店)を見ればどこにトラバを送ったかは
書いてあると思います。
その記事を見て「行ってみっか」と思ったものだったり、
「あの人は辛いって言ってるけどそんなでもなかったぞ」というのを
記事にして「言及通知」として送っています。
あ、もちろん「リトルスプーン行ってきました~」とか、
「カレー食堂 心に行ってきました」とか正直「で、何?」
と思うトラバはたびたび来ます。それらは元記事を拝見してから大抵
ざっくり削除してしまいます。
もちろん、絶対に引用しろとは言いません。
グルメ記事で何でも引用するのも無理があるとも思いますし。
でも送り付けるならそれなりの質のものにして欲しいと思う部分もあります。
Tourbillonのライブ記事に来たトラバで1件だけ残しているのは、
他のトラバと違って非常に細かくライブレポを記しているからです。
これはS嬢さんの「吟味させていただく」のと同じ理由です。
それでは、長文失礼しました。
※S嬢さんにはトラバを送らせてもらいます。
7月18日のプロレスリングNOAH東京ドーム大会は、非常に良い大会でした。
私も観に行きましたので記事にしましたが、その日からその記事には
トラックバックがちらほら来るようになりました。
そのトラックバックはいろいろ考えて削除しました。
週末に時間がとれたら記事にしようと思っていたのですが、
タイミングよくS嬢さんが今日トラバの記事を書いていて、私の考えと
近かったのでうなづきつつ拝読しました。
以下引用させてもらいます。
> 「最新」の「10件」というものが表示されるわけです。
> 自分のメニュー部分に載せるということで、わたしはその内容に関して
> 「吟味させていただきたい」と思います。
> 「誰彼かまわず口説き文句を言っている相手」なのかどうなのか、
> リンクや言及が無ければはっきり言ってわからないわけです。
> トラックバック送信先に行ってみて、コメント欄に「トラックバック
> ありがとうございます」というものがあれば、さらに混乱します。
> それはひとつの記事から複数のブログにトラックバックを送っていると
> いうことなわけで~
> 個人の主張をするならば、その主張自体がわかりやすく、ということは
> 文章としての原則なのではないかと思います。
> リンクの無いトラックバック、言及の無いトラックバックは、
> 記事の主張自体がわかりにくい。
「リンクの無いトラックバック、言及の無いトラックバック」
(S嬢のPC日記:2005.7.22)
以上、ざっくりと引用させてもらいました。
非常に同感しました。
私のところに来たドーム大会の記事のトラバは、私の記事と同じように
試合についての結果や観た感想など(TV中継の感想記事も含む)が数件でした。
一応全部貼られた記事には飛んで行き、拝見しましたが…。
うーん、しばらく悩んでからトラバは削除させてもらいました。
理由はS嬢さんと同じで「最新の10件」を「ただの新着10件」とは思わずに
「頂いたトラバの中で特にオススメしたい記事」というものにしたいからです。
過去の優れたトラバが埋もれていってしまうのは勿体無いとも思います。
また、試合結果などはスポーツ新聞サイトやNOAH公式サイトに行けば
分かることですから、貼付けてもらわなくても興味のある人は自分から
調べて見に行く訳です。
ここら辺は何度かトラバ論で書いてますね。
私が感じた1つ目の違和感は「それ、コメント覧に書けば済むんじゃないの?」
という事です。
試写会などに行った時に、映画の記事を書いた事があるのですが
まぁ来るわ来るわ。映画系ブログ様からのトラバが。
「私も同じ映画みました~」「面白かったですよね~」みたいなのが。
そしてそれらの記事にはお決まりの
「トラックバックありがとうございました」
「こちらからもトラックバックさせてもらいました」の羅列です。
お互いのトラックバック記事には当然リンクも引用もありません。
そんなのの数を競ってどうするんですかね?
大概そういう記事はうっすい内容だったり、著作権、肖像権など
無視した画像ベタ貼りだったりする訳ですよ。
そういうものとの関わりが鬱陶しくなって映画の記事は書かなくなりました。
前に不倒城で「mixiは共感どっさりで2ちゃんは中傷どっさり」
というような記事を拝見しました。
※うちのMacからは現在不倒城が閲覧できないので、記事のURLを
リンクできなくてすみません。
私が感じた違和感その2はこの「共感どっさり」です。
映画系ブログなどに多数みられるこの現象がどうもねぇ…。
「共感はそこで思考が止まってしまい、議論にならない」とも
不倒城で以前拝読しました。
違和感その3は「重い」ことです。
トラバを送ってこられた試合の記事でコメント&トラバが各40近く
あるものがありました。
非常~に重いんですよね。閲覧できるまでに。
また書き込む際にも文字が変換されるのがワンテンポ遅れたりと
快適じゃないんですよ。
「共感どっさりコメントと無駄トラバを大量に抱え込んだ、
うっすい内容の重たい記事を抱えてブログ運営する事に
何のメリットあるんですか?」
と思ってしまいます。
閲覧側としては、読むのにストレス溜まりますし、管理側としても
そのような状況にしておくのは閲覧側に対して良くない気がします。
「別に良いじゃん。ほっといてくれよ」というような意見を見掛けました。
勿論、こちらから出向いていって「そういうのイクナイ!」とまで言う気は
ありません。それは荒らし行為と取られかねませんし。
でも、だったら送って来なけりゃ良いのに。とも思います。
「共感どっさり感」はお互い知ってる者同士がゆるいコミュニケーションで
行えば良い訳で、初見のブログに対していきなり送りつけるものでは
ないと思うんですよね。
例えば、いきなり町中で見ず知らずの人に親しい口調で話し掛けられたら、
あなたはどう思いますか?
私の記事(主にカレー専門店)を見ればどこにトラバを送ったかは
書いてあると思います。
その記事を見て「行ってみっか」と思ったものだったり、
「あの人は辛いって言ってるけどそんなでもなかったぞ」というのを
記事にして「言及通知」として送っています。
あ、もちろん「リトルスプーン行ってきました~」とか、
「カレー食堂 心に行ってきました」とか正直「で、何?」
と思うトラバはたびたび来ます。それらは元記事を拝見してから大抵
ざっくり削除してしまいます。
もちろん、絶対に引用しろとは言いません。
グルメ記事で何でも引用するのも無理があるとも思いますし。
でも送り付けるならそれなりの質のものにして欲しいと思う部分もあります。
Tourbillonのライブ記事に来たトラバで1件だけ残しているのは、
他のトラバと違って非常に細かくライブレポを記しているからです。
これはS嬢さんの「吟味させていただく」のと同じ理由です。
それでは、長文失礼しました。
※S嬢さんにはトラバを送らせてもらいます。
コメント ( 2 ) | Trackback ( )
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…というような挨拶も本来不要なんですがね。ま、「あえて」ついでに。
(ドーム大会はテレビで見まして、それなりに思うところもあり、USHIZOさんの記事にもコメント残そうかと思っていたのですがタイミングを逸してしまいまして。しかしこういう形で関わるのも悪くないかな、と)
すごい言及通知ですね(^^;ゞ
『荒縄線乳搾り駅』もかなりキテますが(・∀・)イイ!!
次はぜひ『野良猫線肉球駅』とか『野良猫線歯ぐき駅』を頼みます。
それでは、失礼します。