Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

昆虫食慣行

2012-07-12 21:55:08 | ひとから学ぶ

図中の数字は

1 イナゴ、バッタ(成虫)
2 ハチ(幼虫、蛹、成虫)
3 カイコ(蛹)
4 カミキリムシ、ガ(幼虫)
5 ゲンゴロウ、ガムシ(成虫)
6 水生昆虫幼虫(カワゲラ、トビケラ、トンボなど)
7 タガメ(卵)
8 ガ(成虫)
9 セミ(幼虫、成虫)

 

 「“田んぼの生き物たちのいま”から」で田んぼの生物多様性について触れたが、例えば「スガレ追い」といった習俗は伊那谷特有のものであることはよく知られていて、飯島町に在住している後藤俊夫監督によって製作されたそのままのタイトルの映画も存在するほど地域性を垣間見るものと言えるが、ではそれを食す習俗が伊那谷に特定されたものかというとそうでもないようだ。平成7年の11月、長野県民俗の会総会において食に関する講演会を開催した。その際の後援は野中健一氏による「昆虫食について」と題したもので、翌年発行された『長野県民俗の会会報』19にその詳細は掲載されている。野中氏は大正時代に農務省の三宅恒方という人が全国調査したもの(1919)と、各都道府県の農業試験場が回答したもの(1986)などをもとに主な昆虫食の分布状況を示しており、野中氏が示した分布図をわたしが再作成したものが冒頭の図である。昆虫食そのものは全国的に満遍なく分布している状況がわかる。野中氏によるとこの大正時代に調査された意図は「食糧不足になるであろう戦争などが起こった時に備えて、食用可能な資源というのを広くリストアップしていこう」というものであったという。野中氏は50種以上報告されているものの中から主なものを九つに分類して分布状況を示したわけであるが、全国的に分布しているものの、長野県を中心とした中部山岳地帯により多様性を富んだ昆虫食を見ることができるわけである。とくに野中氏の示した9分類すべてを食しているのは長野県のみなのである。

 一般論として海に面していなかった山間部において、蛋白源として昆虫を食したという報告がされるわけであるが、野中氏は必ずしもそればかりではないと指摘する。どこでも食べられているイナゴやハチの類はともかくとして、地域性を示す種はその地域の昆虫食に対する捉えかた、ようは文化的背景が絡んでくるわけである。けして「他に食べ物が無いから食べたんだろう」というものではなく、「昆虫食そのものを味わう、積極的な意味合いを持つ」ものだったのではないかと指摘するのである。たまたま捕れたから食べるというわけではなく、積極的採集活動が伴い、採るにもそこに技術のようなものが生まれる。イナゴなら「朝霧で動けないときを狙」い、セミの幼虫は「朝方、羽化のために木に登ってきたところを捕まえ」、カミキリは「木に穴の開いているのを見つけて捕る」。とくに伊那谷らしいクロスズメバチに関してはすかしで巣を見つけたり、「目印をつけて追いかける」という具合にハチの巣を見つける方法を見出し、さらには家で飼育するというところまで至る。巣を見つける楽しみ、そして捕る楽しみ、さらには飼育する楽しみがあり、趣味のひとつとして確立されているのである。楽しくなければこれほどまで盛んにはならなかったと言えるだろう。さらにそれらはご馳走として食卓に並んだのである。例えば祭りの客呼びの一品として並べられたり、酒の肴として重宝がられたわけである。野にふつうに存在しながらもハレの食べ物として捉えられたそれらは、やはり季節のモノとして時の流れにメリハリをつけてくれたに違いないのである。


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