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伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

「農にみる伝統への回帰」の問題

2009-01-27 12:35:27 | 農村環境
 安室知氏は「くらしと食農―農にみる伝統への回帰」(『日本の民俗4 食と農』2009/1 吉川弘文館)の中でこのごろの農の動きの本質を見抜いた記述をしている。「水田漁撈は、稲作農民の動物性蛋白質の獲得のため、現金収入を得るため、娯楽のため、水利社会における共同性の確認と強化のため、といった四つの意図があった。こうした四つの意図がそれぞれ独立してあるのではなく、いくつも重なり合いながら、また他の民俗とも有機的な関係性を持ちながら水田漁撈はおこなわれてきた。しかし、復活した水田漁撈の場合は、捕った魚は食べられることも、また売られることもない。水田漁撈は、いわば水田で魚捕りができることを示すことで、農の健全性や食の安全性を協調することに読み替えようとしているといってよい」と伝統回帰へアプローチするこのごろの動きの問題を捉えている。「昭和三十年代以前と一九九○年以降に復活した水田漁撈とでは、その目的や効用がまったく違ったものに変わってしまったといわざるをえない」と言うように、伝統的なものを見直してきてはいるものの、その環境をトータルで捉えたものではなく、切り取られた場面を人々のイメージに植えつけているわけで、観光客を呼び込もうという意識に似ている。とはいえ、そもそも農業に対する補助金の批判に対抗すべく、農村のイメージアップに向けたパフォーマンスであって、観光客を呼ぶものと本質は違うものであったことは事実だろう。ところが、やっていることを冷静に見てみると、もっと違うやり方があるのではないだろうか、ということはそうした場面にかかわる仕事に携わりながら見てきたわたしの考えであった。生態系保全という環境という言葉に名を借りて、それらのイベント的なものが行われているとまでは断言しないが、農水省が指示したものがこういう形のものだったのかと思うと残念な部分は多々ある。

 安室氏は「農業共同組合や美土里ネットが主催する水田での魚捕りはそうしたねらいが如実に表れている」と復活した水田漁撈の姿を表現する。明確に批判はしていないものの、この方法では切り離された水田漁撈でしかないと言いたげである。余談であるが、ここでいう美土里ネットとは何だろうと少し違和感を持った。実は全国には水土里ネットいわゆる土地改良区や土地改良事業団体連合会なる土地改良法に定められた団体があって、そういう団体のことを水土里ネットと言っている。したがって安室氏の言う「美土里ネット」は間違いかと思って検索してみると、実はこの字を当てている土地改良区があることを知った。間違っているのか意図的なのかは解らないが、いずれにしても安室氏の意図したものは「水土里ネット」のことではないかと推察する。

 安室氏はさらに「美しい日本のむら景観一○○選」や「日本の棚田一○○選」などに触れ、90年代に「行政が特定の文化遺産を選定し権威づけるという動きが強まる。これは地域に根ざした視点ではなく、価値があると行政が判断したものだけを地域から切り離して国の文化資源にしようとする動きと考えられ、それはまさに意図的な民俗の断片化・道具化に他ならない」と批判している。これらは個性的なものだけをとりあげるまなざしであって、ごく当たり前の「没個性的で普遍的な民俗事象の文化資源化については十分には解き明かすことはできない」と個性的なものだけを捉えるあり方に問題を呈している。

 行政が作り上げてきた農村イメージアップのやり方、そしてその視点の選択ポイントに個性的というものがあったことは事実であるが、今やかつてはごく当たり前のように行われていたものが、珍しくなったことから個性的と捉えられるようにもなっている。しかし、背景としてはその事象だけが一人歩きしていたものではなく、さまざまな人々の暮らしがあったはず。そうした場面は削除されて例えば生態系とか風景といったものだけをとりあげる方向性はけして正しいとはわたしは思わない。もっといえばなぜそこに民俗学が関わってこなかったのか、と今更ながらに思うところは多い。その思いをどこかで安室氏は述べていると解釈するし、またこうした視点での実践を期待したいものである。そう思うからこそ安室氏も「新たな民俗的・社会的リンクの中に水田漁撈や在来農法が位置づけられるなったこと」について「現代社会における新たな関係性の獲得として評価すべきこと」と補い、また「そのリンクはある意味非常にもろい」と相反する言葉で表現している。

 安室氏は同書の中でさらに「農のあるくらし」にその視点を進めて展開している。これについては次回触れることにしよう。

 続く

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