人生の階段ー日々の詩に託してー

ある老婆の日々ーー

留守にする

2018年04月16日 | 日記

「留守にする」を後ろから読んでみてくださいな(笑)

明日から少し旅に出るので

留守にします。

以前は平気で家を空けたのに

近くにアジア系外国人がけっこう大勢いる

そしてその国の人の犯罪率が

⚪️国人を上回ったというニュースで

用心しなきゃ、と思うようになっている自分・・・

がいました。

あの国は私、好きな国だし、親日国でもあるのに

残念です。

田舎では昔は夜も留守の時も鍵をかけるなんて

なかったのに

今は過疎の村にも外国の労働者が住んでいて

日本人の呑気な安心は

吹っ飛ばされてしまいました。

残念の一言です。

 


最後の読書

2018年04月15日 | 読書

ひとは人生の最終期にどんな本を読むのでしょうか。

ふと思いました。

知り合いのある大学教授は

厚さ5センチもあるようなすごい研究書を

出された学者でしたが

最晩年、施設ではずっと

池波の本を読み続けていました。

そして老婆の私も

若い時はかなり思想的な本も愛読していたのに

今は寝床に入った時の楽しみに

内田康夫(訃報を聞いてがっくり)のものを

読んでいます。

年老いてなお寝床の中で

ヘーゲルやカントを読む人がいたら

すごいなあ・・・

思うけれど

すごすぎて怖いよーー

探偵ものなんかをたくさん書いて

人を楽しませることのできる作家は

ほんとにありがたい存在でございます。

がーー

中には手に取ってみて

あまりにも文章が拙劣すぎて

ーーテレビではドラマがずっとシリーズになっててもーー

数行で閉じたのもあることを思えば

やはり

池波正太郎や内田康夫の筆力

人物の描写力そして知性といったものが

読みてを満足させてくれたのだと

思うのでした。

 


女は汚れ・・・

2018年04月14日 | ニュース

土俵に女はあがってはいけない

ということでニュースがいろいろ・・・

実は昔は船もそうでした。

船玉さまというのが女の神様だから

嫉妬されるから、という理由だったかも。

そして山伏の修行道も女は入っていけなかったし

なんと杜氏が仕事する酒蔵にも女は入ってはいけなかった

だから女の杜氏なんてありえない言葉だったのですね。

そうそう、トンネル工事の時も女はダメ。

というわけで女はいたるところで「禁制」の対象に

されていました。

つまり「女は汚れ=ケガレ」という思想が根本にあって

昔、お産は家の中とは切り離された

外の小屋みたいなところで産んだのですから

つまりそのーー

「血」に対する恐れ、といったものなんでしょうかね。

しかしその「血」こそ、「命の源」なんだから

血は「汚れ」ではなくむしろ「聖なるもの」のはずですがーー

というわけで

相撲協会に限らず

政界や官僚のおっさんたちも

「オンナ、オンナ」と見くびって、つい

セクハラ!と騒がれるような下卑た真似を

してしまうのかしら。

ま、これが日本の「民度」かな。

伝統が大切といっても、

伝統にもいろいろあるってことを忘れないでくださいね。

そしてーータブーかもしれないけれど

皇室の伝統・・・女帝は存在してもただの「継ぎ目」として

であって、血統は男系に限るという

最大にして最古の伝統

これは日本男性たち最大の「オンナ」への

侮辱、でなければ「恐れ」なんでしょうか。

エリザベス女王の国では

女王の時代に大英帝国は繁栄したという

歴史があって

「女王の息子」がいなくて「女王の娘」だったら

その女性が次の王位を継ぐのです

なんて言ったら

日本の「男性」たちは憤激するのかな。

国は栄えるのに・・・

 

 


親孝行息子

2018年04月13日 | 日記

知人の男性の話。

90歳を越えた母親の一人暮らしを

支えようと

といっても、母親はまだまだ自活できるらしいーー

のですが

妻をもともと住んでいた町に残して

ーー妻は今までのやりたいことを貫きたいーー

単独、退職後すぐ

母親のもとへ。

朝昼晩の食事、買い物に勤しむ日々。

母親は実はこれ、みな自分でできる。

母親が骨折入院した今、

個室に毎日毎日通って相手をしている。

妻のところへはときどき帰ってくるだけですが

仲はいいのです。

つまり毎日毎日母親に健康な時も

入院の時もべったり付き添っている

孝行息子で

妹や弟はすっかり兄任せ。

こういう男性を見ていると

息子というものの不思議さを感じますし

ここまでしてもらったら私だったら

逆に息子に対して気の毒すぎて

仕方がないし

それにちょっぴり

「少し自由にしてくれない?」

と言いそう・・・

親孝行にも限度があるのでは、

という話でございます。


楽しいでしょ?

2018年04月12日 | 日記

寂聴さんのこと

みんなのように心酔できないのはなぜかな

考えてみたのです

どうしても「好き」になったり「尊敬」できない

それは一度テレビであのかたの説法を聞いたとき

いろいろ話されてて「楽しいでしょ?」と

おっしゃった

その一言のせいかも。

自分の話を大勢の人に語るのはいいのです

がーー

自分の話について「楽しいでしょ」

と言われた時

あれっ、と感じたのです。

聞いていて「楽しい」と感じるのは

相手の感情次第でありまして

相手に委ねるべきものではないのかな。

その謙虚さが欠けている話し手は

どうも苦手なのでした・・・

というわけで

あのお年でがんばっていらっしゃるけれど

政治についてもいろいろ発言なさっているけれど

私にはついていけないところも多く。

なにより「楽しいでしょ」でやられました・・・