人生の階段ー日々の詩に託してー

ある老婆の日々ーー

昔も今も

2015年12月31日 | 日記

親殺し子殺し祖父母殺し

それは昔もあったのです

江戸時代だって

明治時代だって

もしかすると鎌倉時代だって

あったかもしれないのです。

親にネグレクトされたり

暴力を受けた子供の百%が

成人して犯罪者になるとは

限りません。

彼らは人生の最後まで

心の底に哀しい闇を抱えつつも

人生を全うするのです。

ただ心の闇に飲み込まれてしまった

子供や大人だけが

殺人者になったりするのですが

もしこの闇に一筋の光が射していて

彼らにそのたった一筋が届けば

もしかすると

そこに希望があるかもしれません。

その一筋の光はときに

一人の人間

先生だったりおじさんだったり

恋人だったり

一冊の本もしくは

短い短い言葉であったり

音楽の一節であったり

するかもしれません

これこそは「出会い」というもので

運命でもあるのですが

祖父母を殺した少年の闇に

一筋の光ー言葉も人も歌もー

も射し込むことがなかったのは

もしかすると彼の生活の

ほとんどが

スマホという非人間の

生身のない生活で

まわりのややこしい友人関係も

すべてスマホの世界のように

ただ消去とかリセットとか

という意識しかなく

もしかすると祖父母を「殺した」のは

「消去」くらいに感じていた

のでしょうか。

そして生身の人間を

殺してみれば血が流れ

やっとのことで彼に

「生身の人間の血」の

リアリティが襲って

それが彼の「復活」だったのだとすれば

この「一筋の光」は

ぎらぎらとした血であったという

これもまた悲劇の筋書き。

しかしいつの時代にも

親殺し子殺しなどがありました

スマホがない時代にも。

いつの時代にも

その時代に

「一筋の光」が射し込むことのない

闇が・・・・

 

 


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なんだか虚しい

2015年12月30日 | 日記

なんだか虚しい年の暮れ

駄句、ではございませんよ

もともと句ではなくて

嘆き節でございます

何のって・・・

この年末の日韓の

あれでございますよ

「不可逆的」なんて

日本人のほとんどだれも

信じてはいないのでは

ないでしょうか?

韓国の人もなにやら起こって怒ってくすし

日本の人だって

10億!という途方もない

金額と「けっきょくは金」で

押し通されたと

政府の弱腰を情けながって

いるようです。

しかもアメリカの新聞は

一方的に日韓関係の悪いのは

日本のせいだと

ロビー活動にも

日本はぼろ負け。

なんども言いたいのですが

「不可逆的妥結」なんて

あちらの人も

こちらの人も

信じちゃいない

虚しい「妥結」で

「なんだか虚しい年の暮れ」

となりました。

 


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あるクラスで・・・

2015年12月29日 | 日記

昨日「いやかん」の話を

したばっかりなのに

またまたNHKがやってましたよ

絶滅危惧種のことを

「ぜつめつきちょうしゅ」と・・・

下読み音読してだれかに

チェックしてもらうってことないんですかね、

それとも

チェックするほうも「きちょうしゅ」ですか。

それはそれとして

日本と韓国。

小学校のあるクラスみたい。

駄々っ子がいておとなしい子を

いじめ尽くすんですよ

大人しい子は言いなりに

なりっぱなしだったのが

少し意地をはってきたのです

すると先生が「いいかげんにせい」と

仲裁に入って

やっとこさ表面的には収まりました

やっぱ大人しい子のほうが

折れて

資金10億で・・・

先生はにっこり。

はい、先生の名はもちろん

アメリカです。


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いやかん?

2015年12月28日 | 日記

ときどきパソコンで

動画、ではなく音声だけの

ニュースの棒読みみたいなのを

聞くことがありまして

たぶんロボットがよんでいるのかな

と思うのですが

嫌韓のことを

「いやかん」と言いましたよ。

これだけではなくて

ほかにもいくつか

面白いものがありましたが

今は思い出せません。

今度からすぐメモしようっと。

それにしても

「いやかん」ですよ。

「けんかん」じゃないんですかね。

ま、昔NHKのお姉様が

「金字塔」を「かねじとう」と

読みましたからね

またNHKのお兄様が

「号泣」を「ごうう」と。

人間でもこれですから

ロボットなら・・・

それにしても聞かされるほうは

気持ちわるーい

のでした。

「平昌オリンピック」は

「ひらまさオリンピック」と

いったのは民放のアナウンサー

でした。

 


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2015年12月27日 | 日記

昔、「恥」という一字を、

新聞広告に全面にただこの一字を

載せたものを見たことがありました。

農協はじめ日本の男たちが

買春ツアーに出かけては

台湾や韓国で

恥を垂れ流していたのです。

今もそれは派手ではなく

行われているかもしれないけれど

趨勢はKOREAが握ってて

フィリピンなどで「活躍」しているようですね。

日本にもそれを「期待」して

やってくる男たちがいるみたいだし

実際のところはわからないけれど

日本の女は「無料」だみたいな

いやーな記事もあったり。

そうそう、明治開国したてのころ

外国人の報告に

日本の女性が性にかんして

まことに「開放的」だとあったようで・・・

何が言いたいかといえば

つまり

日本も韓国も「買春」の国ってことです、

恥の国ってことです。

昔あるドイツ人が日本語知ってるよ

「のこさん」というので

なんのことかと思ったら

「農協さん」でしたよ。

恥のツアーはドイツ人まで知っていました、

ああ恥ずかしい

厚顔無恥とは個人ではなく

国単位で語られるときに

本当の意味を持ちます。

 


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