人生の階段ー日々の詩に託してー

ある老婆の日々ーー

こたつで

2016年02月29日 | 日記

今日もこたつで

ぬくぬくとテレビの

映し出す難民の姿を見ています・・・

もし1945年にテレビがあったら

そして各国のテレビが

広島と長崎そして

東京や地方都市たくさんの

惨状を放映していたら

よその国の人たちは

おいしいごちそうを食べながら

「あらかわいそうに」と

見ていたかもしれませんね。

今、難民が延々と冬の最中に

歩いているのを

私はこたつでぬくぬくと

暖まりながら見ているように。

何が言いたいのって?

ええ、いつの日か

シリアの子どもたちが

ごちそうを食べながら

祖父母から

昔わしらはねえ、と

苦難の物語を聞く

そうなればいいのにと

思ったからなのです・・・

それにしても

政府の根幹がしっかりしていないと

国はこんなことに

なるのですねえ・・・

つまり

大国とテロの餌食にされる・・・

日本の政府よ

しっかりしてくださいね

多少の瑕瑾は許すから

しっかり根元を

国民を

支えてくださいね。

 


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なんにも期待しない・・・

2016年02月28日 | 日記

いつのまにか

なんにも期待しない

自分がいることに気がつきました、

「シリアをめぐる停戦成立」なんて

なんにも期待してないし

まして「拉致の解決」とか

「調査します」なんて

なんにも期待していなかった。

そしたら「やっぱり」でした。

いったい何に

「期待」したらいいのでしょう、

そんなものなしで

生きていきなさいって?

国会のありさまはまるで

中学生のクラスのいじめ

というレベルだし

民放はいつも何かだれかが

食べてるシーンだし

何に期待しましょうか?

やっぱり日本の将来です・・・

それしかないでしょう・・・


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アルバム

2016年02月27日 | 日記

いろいろなものを

処分しようと

心がけています

なかでも厄介なのが

アルバム。

昔のアルバムを見ていると

なつかしい時間が

目の前に展開して

ついついうっとり。

ですが

これって息子たちから見たら

どうなの?

って考えることにしています

のこされた者にとって

「これ、だれ?」って

いうのが多いはず。

すっぱり処分することにしました。

さようなら

若い時代、

活躍していた時代、

栄誉もあった時代、

そのすべてにさようならして

また一つさっぱりしました。

時々聞く話に

家の主人が亡くなって

部屋いっぱいに積み上げられた

意味不明の「モノ」に

遺族が四苦八苦すると・・・

ああそれでも

生存しているかぎり

モノはまわりに

つきまとうのでした。

 

 

 

 

 

 


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226事件

2016年02月26日 | 日記

昭和11年の今日

226事件は起こりました。

青年将校は短絡的な思想で

国家の義に殉ずる

という暴挙に出たのは

間違いなく歴史によって

裁かれるべき事件でした

しかし貧困の極にあって

身売りする部下の妹

などの話に

青年将校の熱い血は

自然、政府への

憤りとなって噴出したのでありましょう。

三島由紀夫が熱愛した

「憂国の志士」渋川善助は

マルクスやトロツキーを熟読して

いた秀才でした。

彼の小さな小さな石碑が

渋谷公会堂(青年将校処刑地)横に

ひっそりとあることなど

誰も知らないでしょう。

このような間違った情熱は

絶対に許してはならない

ことです、

昭和天皇が終生

この事件の日には

そっとお居間の縁側に

灯篭を掲げられたと

聞いたことがあります

天皇は彼らを反逆者と

することによって

事件の終息を計られました

心のおん底には

彼らの一種無邪気な

熱血の情をよみしておられたのでは

ないかと思うのです。

ただ願わくば

今の自衛隊が

二度と「226事件」は

起こしませんように

けれど

彼らの愛国心が

決してつまずいたり

しませんようにと

祈っております。

 

 

 

�憤り

 


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この距離こそ!

2016年02月25日 | 日記

ある老女の嘆き・・・

少し体が不便だし

いろいろ病気で療養の身

なので

買い物にもちょっと不便、

なのですぐ近くに住む

実の娘たち二人に

ちょいちょい用事を頼む

のです。

優しいときもあるけれど

ときにつっけんどんに拒否される

こともあるらしい。

そんな夜は

一晩じゅう

眠れないとのこと。

ああ、娘が近くにいるのは

理想的な老後の場所とは

思うけれど

近すぎると

こんなこともあるのですね。

とはいえ

私と息子たちとの距離は

ずいぶん遠くて

新幹線と電車とバスが必要

なので

この老女に起こるようなことは

ないのです。

「近い距離」はよいことと

悪いことを持っていますね。

「遠い距離」もまったく

同じことですね。

すると

どんな距離がいいのかって・・・

ああ、距離とは関係なく

「人間関係」は

むずかしゅうございます。

 

 

 

 

 


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