人生の階段ー日々の詩に託してー

ある老婆の日々ーー

依存症

2018年02月19日 | 日記

ゲームにしろなんにしろ

依存症は現代の病いとは思います。

例えば以前はケータイを離せないケータイ依存症があって

ドラマ「北の国から」でもそんな少年が持っていたケータイを

おじさんがぱっと奪って池に投げ込む

すると少年がパニックを起こすシーンがありました。

今はケータイに依存、ではなくて

スマホがなければ夜も日も明けぬ状態。

こういう依存が例えばある「研究」に向かったら

すばらしいのになぁーーと思ったのでした。

例えばノーベル賞に輝いた研究者たちは

ある意味「依存症」なわけで・・・

そんなことをふと思って

こういう素晴らしい「依存」で一生

やっていけるのはほとんど男性で

そういう男性は背後に家事万端を世話する女性がいるからで

「素晴らしい研究者」と「食事の世話する女性」とが

私の中ではいつも一対になってしまうのでした。

今、部屋のなかに閉じこもってゲームに熱中している

依存症の人たちにもやはり

「食事の世話するだれか」がいるのでしょう?

この「一対」でしか成り立たないでしょう?

うーむ。おかしいな・・・・


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外から見てみたら

2018年02月18日 | 日記

別にケチをつけるわけではありませんが

自国を世界一の先進国であり

超優秀民族だと刷り込まれて教育されている

民族があります。

なので井戸の中の蛙

なのですが

一旦、外国に暮らして見て

外から自国を眺めると客観的に見る目が養われますね。

こんなことをふと思ったのは冬季オリンピックです・・・

おそらく自国が超優秀なのだから金メダルずらずらっと

獲得のはず、と思ってはいなかったかしら。

ところがーー

そもそもオリンピックを開催するにはもうあと一歩

足りない国だったという自覚があれば

開催国は違ってたかも。そして

選手や他の大勢の人たちの不満の嵐も起きなかったかも、

と思ったのでした。なにしろあの方々は

自国が世界一と刷り込まれていますから

エスカレーターに乗っていて

中国から来た人に向かって

「あなたの国にもこんなのあるか」と言ったとか

笑うにも値しない話を聞いたことがあります。

一旦、外国に行って、外から自国を眺めるということは

すべての人に必要なことですねーー

それにつけても

ノーベル賞受賞者の数とか

何かにつけて日本と比較せずにはおかない国なんて

哀しくないですか。

 

 

 

 

 

 

 

 


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応援の怪

2018年02月17日 | 日記

冬季オリンピック。

あの国の応援団の応援する姿に

奇異な感じを抱いた人は私だけでは

なかったようです。

一糸乱れぬ応援の「フリ」や

団体としてのかたまりを「奇怪」と感じた人は

まだいるのでは。それとも「美しい」と

感じた人もいのかも。

でもあれはそのまま

軍事パレードの光景につながっているような・・・

個人というものが消滅した「集団美」は

もちろん英国などの儀仗兵にも見られますし

なべて軍隊は個の抹殺でありましよう。

それはわかります

普通のそこらの「応援団」だって

団体美を演出するのですからね。

でもーー

なにかが違うのですね・・・

なにか、不気味なのです。

どこがと言われると困るのですが

その雰囲気でしょうか、どことなく

ただ「不気味」だし「違和感」があってーー

これは何なんでしょうか

どなたかわかりやすく解説してくださいな。

 

 

 


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命の理由

2018年02月16日 | 日記

なんという文学的表現!

「命の理由」なんて!

「わたしが生まれてきたわけは

父と母に出会うため」なんて・・・

知人の男性に母を愛せないどころか

母を嘘つき呼ばわりして憚らない人がいますし

実際、そう言われても仕方のない母親だっていまして

不幸な出会いだった、棺を覆ってから初めて

許せるのかも、と嘆いているのです。

そんな人がこの歌をどんな気持ちで聞くのでしょう。

歌はそんな人の心にどう響くのでしょうか。

哀しみか、反感か、諦めかーー

その知人の母は私も知っているのですが

ほんとに「愛情」というものが身辺に漂っていない

そんな気配を感じさせる人です。

珍しいかもしれませんね、こんな「母」は。

さて私自身にしてみればこうなるかも・・

「わたしが生まれてきたわけは

わたしの子供たちに出会うためーー

そして子供とともに広がる世界に出会って

それぞれに生きる意味と価値とに出会うためーー」

いずれにしても

こんな歌をつくるさだまさしの天才に乾杯したい夜です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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畑の教訓

2018年02月15日 | 日記

ささやかな菜園を持っていて

キャベツの苗が密着したままありまして

この寒さでは冷たかろうと

数本だけ引き抜いて間隔おいて植え替え

しかも藁をかけビニールで覆いして

手厚くしたのですーーー

その結果・・・

そのまま寒い地面に残された苗は

雪にも霜にもしゃんと立ってまして

手厚くしたほうはビニールの下でしょぼんとなってます・・・

人間も同じだよと

畑が教えてくれました。でも

老婆の私にはいくら教訓垂れても

もう遅いわい。

しかしながら

素晴らしい教訓ではありました。

こうなると藁やモミで手厚くして蒔いた

冬場の種もきっとしょぼんとなってるのかな。

ま、実験してみたいのでいろいろやってみたのです

自然はいい教師ですねぇ。


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