鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

秋の気配

2006-08-03 00:27:16 | 鳥・夏
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All photos by Chishima,J.
メダイチドリの磨滅した夏羽 2006年7月 北海道野付郡別海町)


 ゴマフアザラシの上陸集団をひとしきり観察した後、私たちを乗せた観光船はトドワラに着いた。帰りも同じ観光船で出発地の尾岱沼漁港に戻るのだが、出発まで1時間近くあるので、周辺を歩いてみることにした。

 野付半島の先端部は、かつて森林だった場所が地盤沈下などによって木が枯れて、立ち枯れた木の林立する荒涼な塩性湿地という、独特の景観を呈している。その中でも、ミズナラの立ち枯れの多い場所はナラワラ、トドマツのそれの多い場所はトドワラと呼ばれているというわけだ。


トドワラの景観
2006年7月 北海道野付郡別海町
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 空模様は先ほどまでの薄曇から本格的な曇天に移行しかけていたが、干潮時で干潟があちこちに露出しており、鳥影は濃そうだ。「ピュイピュイ」、歩き始めて間もなく一群のキアシシギの喧騒に足を止めた。双眼鏡を向けると10羽ばかりが、汀線で餌を探している。胸部から腹部にかけての横斑の顕著な夏羽ばかりだ。秋の渡りの走りなのであろう。それにしてもキアシシギというのは不思議な鳥だ。春の渡りのピークは5月の中・下旬とシギの中でももっとも遅いくらいなのに、一方の秋の渡りときたら7月中旬には早い個体が戻ってきて、成鳥の渡りのピークは8月にある。北海道と繁殖地の間をどれだけの時間で行き来するのか知らないが、単純に考えても繁殖地にいるのはわずか2、3ヶ月という計算になる。その去来によって、私の知らない極北の夏の短さを教えてくれる鳥といえそうである。
 キアシシギに見入っていると、ほかのシギ・チドリ類も続々集まってきた。メダイチドリ、トウネン、キョウジョシギ…。いずれも一見艶やかな夏羽だが、2・3ヶ月前の春の渡り時にくらべて著しく色褪せた羽色が、渡りとそれに続く繁殖活動の過酷さを物語っている。それでも今ここにいるものたちは運が良い方なのかもしれない。繁殖地や渡り途中でいったいどれほどの同胞が力尽き、あるいは捕食されて命を落としたことだろう。


トウネン(夏羽)
2006年7月 北海道野付郡別海町
日本ではシギの最普通種の一つだが、世界的には意外と分布の狭い種。
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キョウジョシギ(夏羽)
2006年7月 北海道野付郡別海町
英名のTurnstoneよろしく、海岸を走りながら短くて上に反り気味の嘴で石やゴミなどをひっくり返して餌をとる。
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 背後の草原で1羽のヒバリが囀り出した。それにつられたか、カッコウまで近くの枯れ木にやってきて、自己の名前を喧伝している。それは、まるで周辺に咲き乱れるハマナスの紅花と三位一体になって、「夏はまだ終わってませんよ!これからですよ!」と主張しているかのようだった。しかし、曇天を背後にしたハマナスの紅というのは、青空の砂丘で見る真夏の代名詞とは違って、どこか物悲しさを帯びている。

ヒバリ
2006年7月 北海道野付郡別海町
背後でうっすら赤く見えるのはハマナスの花。
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カッコウ
2006年7月 北海道野付郡別海町
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 夏と秋がしのぎを削るような捉え方をしてしまうのは、この天気と肌寒さのせいだろうか、それとも…。再びシギを見始めた私らの傍らを、数人の漁師が足早に通り過ぎる。「足の赤いのはいたかい?」。「いや~、今日は見えないみたいです」。「あれはナァ、ここしかいねぇんだゾ」。「足の赤いの」とはもちろん、1972年にこの地で国内初の繁殖が確認されたアカアシシギのことである。「クリリ」、「ピューイ」、「プリィ」。漁師たちの歩み去った方向の汀から、何種類かの渉禽類が飛び去る声が聞こえた。

アオサギの大群
2006年7月 北海道根室市
野付半島や風蓮湖など広大な干潟を有する汽水湖には繁殖期後大挙して押し寄せ、満潮が近くなるとこのように一ヶ所に集う。
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収穫間近の小麦畑
2006年7月 北海道中川郡豊頃町
緑が目に鮮やかだった畑が黄金に染まると、いよいよ晩夏だ。
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(2006年8月2日   千嶋 淳)


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