鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

十勝ヶ丘・主に秋(後編)

2009-10-19 17:00:03 | 猛禽類
7
All Photos by Chishima,J.
クマゲラ・メス 以下すべて 2009年9~10月 北海道河東郡音更町)


(日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより」168号(2009年10月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 一大パノラマを堪能したら、折りたたみ椅子を広げ、コーヒーでも飲みながら優雅にタカの飛来を待とう。タカはどの方向からもやって来るが、展望台の北西にあるUHBの赤と白のテレビ塔辺りで上昇気流を掴んで旋回・上昇し、南~南西方向に流れて行くことが多い。上昇気流の発生している場所ではたいてい数羽のトビが旋回しているので、それを目印にすると良い。時間帯については不明な点も多いが、8~10時くらいの午前中の早い時間に動きが活発なようだ。また、この時間帯だと上昇気流が不十分なのか低空を飛ぶ個体が多く、近距離で観察できる。テレビ塔の方ばかり気にしていると、いつの間にか南側斜面から上昇してきたタカが目線の高さを飛んでいることもあるので、注意したい。種類と季節性は調査中だが、ノスリとハイタカが多く、ハチクマは9月下旬、チゴハヤブサは10月上旬まで観察され、ノスリやハイタカ属の渡りはそれ以降も続くようである。


ハイタカ・幼鳥
8


 周囲の林にはカラ類やエナガ、ヒヨドリ、カケスなどの姿も多い。一年中見られる留鳥たちだが、普段は専ら針葉樹を好むヒガラが数羽、カシワの枝先に集まってから南に飛び出して行くのを見たりすると、「留鳥」といえど渡っているのだなと実感させられる。セキレイ類やツバメ類、ヒバリなど、明らかに渡り途中の鳥が上空を通過して行くこともある。何が出るかわからないのが渡り観察の魅力。クマゲラが目線の高さを飛び過ぎた数時間後に、タンチョウのつがいが眼下を飛翔した朝もあった。鳥ではないが、冬のための貯食に忙しないエゾリスの姿も目立つ。


エナガ(亜種シマエナガ)
9


カケス(亜種ミヤマカケス)の飛翔
10


 繁殖期(5~6月)についても簡単に触れておく。展望台から奥に進むと未舗装の林道となり、筒井ホテルの方に抜ける道と長流枝方面へ続く道があるが、そのいずれもセンダイムシクイやキビタキ、ヤブサメ、コルリなど森林性の小鳥が多く、観察に適している。十勝では少ないイカルが、ここでは比較的多く生息している。「キキココキー」の朗らかな囀りや、アカゲラを弱くしたような「キョッ」という地鳴きが聞こえたら、梢を注意深く探してみよう。所々にある伐採地やカラマツ幼齢林などの明るい環境では、ホオジロやビンズイが見られるだろう。数は非常に少ないがエゾライチョウも生息しており、運が良ければ、ばったり出会うこともある。一帯はチョウ類をはじめ昆虫の豊富な場所でもあるので、鳥の活動が一段落した日中には、それらの姿を追い求めるのもまた楽しい。
 繁殖期の鳥で特筆すべきは、展望台からのヤマシギ観察である。日没前後、「キチッ、ブーブー」と素っ頓狂な声で鳴きながら飛ぶヤマシギは、十勝のあちこちで見ることができるが、この場所で面白いのは、ヤマシギが眼下の山麓から斜面沿いに飛んできて目線の高さを越え、山側へ飛んで行くことである。その迫力は、5月の広尾ツアー(2回目)に参加された方は体験いただけたと思う。夜明け前後には林道に降りて採餌している姿を見ることもある。
 周辺には十勝川白鳥護岸、エコロジーパーク、千代田新水路など良好な探鳥地も多い。季節や目的に応じて、それらと組み合わせての探鳥も良いだろう。十勝川温泉で日帰り入浴や足湯(無料)に浸かるのも一興だ。
 繰り返しになるが、当地でのタカの渡りは小規模なもので、時間をかけても出会えない日があるかもしれない。しかし、十勝平野の眺望を楽しみながらコーヒーやお茶を飲み、静かに渡り行くタカとの一期一会をゆったりと待つ「スローな鳥見」の時間を持てることは、ある意味最高の贅沢ではないだろうか。そして、このような贅沢を享受できる場所は、十勝管内にまだ何か所もあるはずである。


メジロ
11


<アクセス>
帯広から自家用車で20分、または帯広駅バスターミナルから十勝川温泉線のバスで約30分。バスの場合は十勝川温泉から更に徒歩約20分。

<おすすめの時期と鳥>
9~10月(タカの渡り) 5~6月(森林性の小鳥、夜のヤマシギ) 6~8月(チョウほか昆虫類)

<注意事項>
①トイレは山麓の十勝ヶ丘公園、または温泉街の公衆トイレやコンビニで利用可能。
②食糧は温泉街にコンビニや飲食店があるほか、木野や札内、帯広市街も近い。
③宿泊施設は温泉街周辺に多数あり。
④展望台は好天の日や週末には観光客が多い。見晴らしの良い場所を占拠しないように。
⑤林道には走り屋の車が多い。走行時、駐停車時には十分な注意を(特に後者)。


(完)


(2009年10月2日   千嶋 淳)


10月19日の追記:上記原稿執筆後は、あまり頻繁に観察に行けていないこともあって、タカは種、個体数とも少ない状況が続いている。展望台増設の工事が始まったことも影響しているかもしれない。それでも、早朝を中心にアトリやカワラヒワ、オオハクチョウなどが群れをなして渡るのが観察され、当地がやはり鳥の渡りのルート上にあることを示唆している。


オオハクチョウ
12





十勝ヶ丘・主に秋(前編)

2009-10-18 12:07:45 | 猛禽類
1
All Photos by Chishima,J.
十勝ヶ丘展望台から十勝平野、日高山脈を望む 以下すべて 2009年9~10月 北海道河東郡音更町)


(日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより」168号(2009年10月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 秋は渡りの季節だ。繁殖を終えた夏鳥たちは、その余韻の中に身を置くのさえ惜しむかの如く南へ急ぎ、一方、北からは極北の短い夏の終わりを告げるべく旅鳥や冬鳥が押し寄せる。目前に迫った長い冬を意識させられる、物悲しい季節であるが、鳥見人にとっては、そんな感傷に浸っている暇は無い、絶好のシーズンでもある。秋の鳥見の醍醐味の一つに、猛禽類の渡り観察がある。中でもサシバやハチクマといった集団で移動するタカの渡りは壮観で、伊良湖岬(愛知県)や白樺峠(長野県)などの有名スポットはこの時期、全国各地からのバードウオッチャーでお祭りのような状態になる。大群を作るサシバは、北海道にはほとんど分布していないので、その渡りを見ることはできないが、ハチクマやノスリの渡りは室蘭の測量山や松前の白神岬で見ることができる。危険の多い海上を、なるべく短時間で渡るためにそうした場所へ集まるわけである。

ノスリ
2


 十勝には、本州への最短ルートとなるような岬や、山越えしやすい峠が無いため、これまでタカの渡りの観察例は少なく、あまり注目もされてこなかった。しかし近年、いくつかの場所で規模は小さいながら、タカ類の秋の渡りが観察できることが明らかになりつつある。今回はそうした場所の一つ、音更町の十勝ヶ丘を紹介しよう。この場所での渡りを本格的に調べ始めたのは今年からで、本稿執筆中の10月上旬はまだシーズンの只中である。本来はシーズン通しての観察後に紹介すべきだが、今号に掲載できれば渡りシーズン後半の観察に間に合うこともあり、2005年に行った予備的な観察結果も取り入れながら紹介する。そのため、解釈の誤りや思い込みも多々あると思われるので、そのつもりでお読みいただきたい。
 十勝ヶ丘は長流枝内(オサルシナイ)丘陵のほぼ南西端に位置し、標高150~200m程度の緩やかな丘陵は、ここから十勝川に向かって一気に落ち込み、対岸の幕別台地まで平野が広がっている。このような地形のため上昇気流が発生しやすく、タカ類はここで高度を稼いで南下するものと考えられる。はじめに断っておくと、当地でのタカの渡りは非常に小規模なもので、半日観察しても数羽程度、二桁に突入したら万々歳である。したがって、鷹柱を期待されてもそれは無理というもの。ただし、個体数の割に種数が多いのもここの特徴であり、渡りでないものも含めると今期はミサゴ、ハチクマ、トビ、オジロワシ、オオタカ、ツミ、ハイタカ、ノスリ、クマタカ、ハイイロチュウヒ、ハヤブサ、チゴハヤブサの12種のタカ目鳥類を確認している(10月8日現在)。対岸の千代田新水路・中島から観察を行った2005年にも、クマタカを含む9種が出現した。ハチクマやツミのような、繁殖期には十勝であまり見られずその現状が不明な種も通過していること、千代田堰堤など周辺も含め毎年のようにクマタカが観察されていることなど興味深い点も多く、今後の観察記録の蓄積が期待される。


ハチクマ・幼鳥
3


クマタカ・幼鳥
4


 十勝ヶ丘へは帯広から十勝川温泉を経由して、車で20分程度。まずは十勝ヶ丘展望台を目指そう。この場所は南~西にかけては視界が開けているものの、北・東側は樹林に阻まれ、猛禽類の観察ポイントとしては決して理想的ではないのだが、現在はとりあえずここから見ている。風向きや天候によっては更に東にあるNHK、STVのテレビ塔辺りから観察するのも良い。また、とにかく広い視野を確保したい、あるいは敢えて遠距離での猛禽類の識別に挑戦したいという方は、エコロジーパークの入口付近や千代田新水路の中島からスコープを使って観察する手もある。


ハヤブサ・成鳥
5


 展望台に着いたら、まずは雄大な十勝平野の風景を満喫しよう。向かって右側には札内から帯広の市街が広がり、その背後には日高の山並みが連なる。帯広市街の北、十勝大橋辺りから十勝川の川面に視線を落とすと、流れが音更側に大きく湾曲し、札内川との合流点付近で再び元の位置に戻るのがわかるはずだ。この湾曲部と札内川合流点の間の鬱蒼とした河畔林が相生中島地区である。相生中島では今年から新水路建設のための掘削が始まり、今後は展望台から見える景観も変わって来るかもしれない。下流側に目を移すと、すぐ下の十勝中央大橋を経てその手前には十勝川温泉街、そこから更に下ると千代田新水路の水面や管理橋・棟を見ることができる。対岸には千住や相川の農耕地が緑や黄に輝き、背後には幕別台地が盛り上がっている。2006年までアオサギのコロニーがあった金刀比羅山も見ることができるだろう。幕別市街を過ぎると十勝川は河口へ向けて南へ大きく流れを変え、この辺りになると距離もあって場所の特定は難しくなってくる。


展望台での観察
折りたたみ椅子に腰かけて、気長にタカを待とう。
6


(続く)


(2009年10月2日   千嶋 淳)