鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

至福の一時

2007-01-30 23:42:36 | 猛禽類
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All Photos by Chishima,J.
コミミズク 以下すべて 2007年1月 北海道十勝管内)


 フィールドに通っていると、たまに絶望的に巡り合わせの悪い日がある。こちらが何かを探し出そうとあがけばあがくほど何も出ない。先週のある日も、そんな1日かと途中まで思っていた。秋冬は波打ち際で採餌することもあるネズミイルカの姿を求めて、目を皿のようにして海面を見続けるも現れる気配は一向に無く、快晴の眩しい陽光に照らされた海を凝視した目は無駄に疲弊するのみ。
 これは駄目だと見切りをつけ、正月にケアシノスリを見た場所へ移動する。しかし、出てくるのはノスリばかり。風も無く穏やかで暖かいが、それが災いしてか港に海鳥の姿は少なく、僅かにいるのも距離が遠くて観察のモチベーションは上がらない。
 「ガソリン代の無駄遣いだったかな…」。昼過ぎにはテンションは下がりきって、既に帰りたくなっていたが、この付近ながら最近足の遠のいていた海岸のあったことを思い出し、最後に寄ってみることにした。途中、道路端に小鳥の姿を認め、一瞬胸ときめいたがベニマシコの雌であった。本来は夏鳥だが、少数は越冬している。今年は雪が少ないせいか、方々で姿を目にする。少ない積雪は夏鳥をして南に移動させる気を奪うようで、12月にはモズ、正月明けにはヒバリまで見た。真冬のヒバリは滅多に無いことで、珍鳥ではないかとあれこれ詮索したが、どう転んでもヒバリであった。
 そんなことを思い出しながら辿り着いた海岸もまた、鳥の影は薄かった。「もう帰ろう…」。そう決意した時、1キロほど先でカラス大の鳥が舞い上がるのが一瞬見えた。動きが猛禽類ぽいが、今日の不運を考えるとどうせ大したものではあるまい。とは言え、折角来ているのだしと自分を奮い立たせ、半信半疑のまま、海岸線の悪路に車を進めた。
 数分後、先ほどの場所から再び舞い上がった鳥は、久しぶりに見るコミミズクであった。一気にテンションは上がり、距離があるもののカメラを向けていたが、ふと何か「殺気」を感じた。ファインダーから目を離すと、目の前を別のコミミズクが飛んでいる!慌ててカメラを向け直し、追う。時折こちらを見ているような素振りはあるものの、あまり人を恐れる気配は無い。と、その背後からもう1羽、コミミズクが飛んで来るではないか!これはどうしたことだ?緊張と興奮に包まれた自分は錯乱してしまったのか?


海岸を飛ぶコミミズク
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突如目の前に現れたコミミズク
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2羽が隣り合って飛翔(コミミズク
手前の草原の上を飛んでいるもののほか、海を背景に飛んでいるのも本種。
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 事態を理解するのに少々時間を要したが、周辺の中でも風の影響か、とりわけ雪の少ないこの一角には5羽前後のコミミズクがおり、それらが代わる代わる狩りをしていたのである。その後の1時間弱は、私とコミミズクたちだけの至福の一時であり、あっちでふわふわ、こっちでふわふわ、視界の片隅には常にコミミズクという贅沢な時間であった。コミミズクは、独特のふわふわした飛び方で地上すれすれを舐めるように飛び回っては、獲物を見つけると素早く方向転換した後に急降下し、草の中に姿を消した。また、ホバリング(停空飛翔)も頻繁に観察された。もっとも、成功率は決して高いとは言えないようで、大抵は急降下の直後にその場を離れていたが、中にはしばらく出て来なかったり、ネズミ類をその太くて短い足に掴んで飛び立つ幸運かつ優秀な個体もいた。


地表近くを飛翔(コミミズク
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急降下(コミミズク
角度を付けて、一気に飛び込む。
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ホバリング(コミミズク
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成功者(コミミズク
影になってわかりづらいが、足にはネズミ類が握られている。
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 不運の一日は一転し、今までで一番濃厚なコミミズクとの出会いを堪能でき、フィールドに出れば必ず収穫のあることを、再認識させられた午後であった。翌日も同じ場所を訪れたが、風がやや強かったせいか、コミミズクの姿は無かった。どうやら、前日の無風快晴という狩りの飛翔にはもってこいの条件が、まだ陽の高い日中に何羽も飛び回る状況に繋がったようだ。付近で1羽を観察できたが、あまり飛び回らず杭等に止まって周囲を見回している時間が長かった。こちらも風の影響と思われる。


杭の上で(コミミズク
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 本州では、コミミズクは10月か11月に渡って来てそのまま越冬生活に入る印象が強いが、十勝地方ではその時期に見ることは少ない。12月から1月頃にかけて徐々に姿を現し、積雪の少ない原野等では今回のように複数羽が観察されることもある。その後積雪の状況に応じて移動するようだが、1ヶ所に長期滞在することは少ない気がする。
 帯広は週末から断続的な雪が続いている。所々地面が見えていたあの海岸も、いつもの冬どおりの雪原と化したはずだ。そして、コミミズクたちはより快適な越冬地を求めて、更に南を目指していることだろう。


砂丘上を飛翔(コミミズク
フクロウ類の中では昼間にも活動することの多い種類だが、ここまでの青空の下で見ると妙な新鮮みを覚えた。
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(2007年1月30日   千嶋 淳)


シロカモメ無残

2007-01-25 17:58:24 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
体下面に油が付着したシロカモメの幼鳥 以下すべて 2007年1月 北海道広尾郡広尾町)


 日曜の午後。港の岸壁はチカ釣りの人で賑わっていたが、漁港として供用されているこの部分に釣り人の姿はなく、代わりに海鳥たちの活気に満ちている。シノリガモやスズガモが、そこここの海面に浮き沈みを繰り返している。風もない穏やかな陽気は、防波堤の向こうの海上から、口笛のようなクロガモの声を運んでくる。「クアーッ、クアーッ、クアーッ!」。突如、この長閑な雰囲気を打ち破るやかましい声。オオセグロカモメやワシカモメの若鳥たちが、廃棄された雑魚をめぐって激しく争っている。

シノリガモのつがい
手前がメス
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 その集団の中に、数羽のシロカモメの姿も認めた。この「極北の」という意味の種小名をもつ、幼いうちから全身白っぽいカモメは本州以南では少数派だが、北海道では多くの地域で冬はオオセグロカモメに次いで普通種である。海面に浮かんで、大口を開けて他個体を威嚇している1羽の幼鳥の体が、ずいぶんと沈んでいることに気が付くのにそう時間はかからなかった。


他個体を威嚇するシロカモメの幼鳥
胸の褐色が油と思われるもの。
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泳ぐシロカモメの幼鳥
右のオオセグロカモメ・幼鳥にくらべると、体が沈んでいるのがわかる。
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 「もしや…」。嫌な予感は的中した。数分後、争いを終えて少し離れた場所まで泳ぎ、そこで水浴びを始めた幼鳥の胸から腹にかけて、一様に濃い褐色を呈していた。知らない人が見たら、シロカモメの幼鳥は下面が褐色かのように見えるくらい体色の一部と化しているが、本来なら上面と同じ白っぽい色である。シロカモメの体下面を褐色に染め上げている正体は、おそらく油であろう。先ほど、水面に浮いている体が沈んで見えたのも、鳥体の防水能力を低下させ、浮力を奪う油の性質を示唆している。


正常なシロカモメの幼鳥(第1回冬羽)
胸から下は影になっているが、褐色みはない。
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 シロカモメは、胸の油を落とさんばかりに水浴びと羽ばたきを繰り返していたが、残念ながら一度付着した油はそう簡単には落ちない。何度目かの羽ばたきの後、ふらりと宙に舞い上がり、数回あたりを周回すると同じ場所に降り、執拗なまでの水浴びを再開した。


水浴び(シロカモメ・幼鳥)
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羽ばたき(シロカモメ・幼鳥)
水や空気では、この油を落とすことはできない…。
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 カモメ類は足がしっかりしていて陸上でも活動が可能なため、油の付着によって防水能力や浮力が低下し、冷たい海水に触れることによって体温が低下して死に至るほかの海鳥よりも、油に曝された後の生存期間は長いといわれる。このシロカモメにしても、ほかのカモメ類から魚を奪ったり、飛ぶこともでき、見た目は元気そうだ。すぐに死ぬことはないだろう。しかし、羽づくろい等で体内に摂取された油は消化管等に異常を来たすかもしれない。いずれにしても、この幼鳥が健康な体に戻ることはないだろう。
 この日、港で見られたカモメ類は数百羽。そのうちの1羽だから、割合としては捕食や事故等にくらべて高いとはいえない。しかし、捕食等と違って自然界では本来起こりえない現象であること、また自然には分解されず、生物に悪影響を与える油の性質を考えると無視できない事象である。また、割合が低いとはいえ、北海道の漁港の多さ、そこで定期的に起きているだろうことを考えると、犠牲になる数は決して少なくないはずだ。また、先述のようにカモメ類は油に曝されてしばらく生きていて、白い体ゆえ汚れも目立ちやすいことから、それ以上のほかの海鳥が犠牲になっている可能性もある。
 漁港やその周辺はとりわけ油が出やすい場所である。そのため、この港にも廃油置き場が併設されているが、残念ながら完全には機能していないようである。油の投棄を許さないための、地域ぐるみの活動と行政等によるそのサポートが必要であろう。


オオセグロカモメ・若鳥の各ステージ

第1回冬羽(去年の夏生まれ)
まだ褐色の部分が多く、成鳥の羽色には程遠い。
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第2回冬羽(一昨年の夏生まれ)
背・肩羽あたりから成鳥と同じスレート色の羽が出始めた。
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第3回冬羽(一昨々年の夏生まれ)
嘴や雨覆の一部を除いて、かなり成鳥に近くなってきた。来年には成鳥とほぼ同じ羽衣になっているだろう。
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(2007年1月25日   千嶋 淳)
注)海鳥の油汚染については、「知床半島・油汚染漂着海鳥問題」のブログを参照した。


魅惑の探鳥地・冬の九州(2)

2007-01-24 19:47:24 | 鳥・冬
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All Photos by Chishima,J.
ツリスガラ 2007年1月 鹿児島県薩摩川内市)


(続き)
②大陸系の渡り鳥
 東シナ海を挟んで中国や朝鮮半島と対しているだけに、東日本ではあまり、あるいはほとんど見ることのできない大陸系の渡り鳥を、種によっては容易に観察できる。干潟のツクシガモやズグロカモメ、ヨシ原のツリスガラあたりが代表格だろうか。ズグロカモメは近年関東でも少数が越冬しているが、干潟上を「キュウッ」とその姿と同じくかわいらしい声で鳴きながら飛び回り、カニを見つけると急降下して捕えるという本来の生態は、有明海などの広大な干潟で、泥に足跡のスタンプを残しながら縦横無尽に歩き回るツクシガモの群れと一緒に見たいものだ。ツリスガラは1990年代前半には越冬分布の東進が顕著で、東日本でも普通種になるのではと囁かれたりもしたが、結局定着はしていないようである。
ツクシガモ2態

2007年1月 福岡県柳川市
どんより曇った干潮時の有明海の干潟を、幼鳥が歩いていた。周囲には無数の足跡。
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2007年1月 鹿児島県出水市
日没間近の太陽が、干拓地内の湿田で採餌する小群を照らし出した。背後にはマナヅルの姿も。
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 数は少ないが、ムネアカタヒバリやツメナガセキレイ、シベリアジュリン、ホシムクドリなどもこの仲間に入るだろう。


ムネアカタヒバリ(冬羽)
2007年1月 鹿児島県薩摩川内市
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 以前はミヤマガラスとコクマルガラスがこの仲間の筆頭格で、冬の九州を訪れる目的の一つでもあったが、この10数年で越冬分布を大きく東へ拡大し、日本の多くの地域で割と普通になってしまった。この10年以内に鳥を見始めた人には、「九州にミヤマガラスやコクマルガラスを見に行った。」と言っても実感が沸かないであろう。もっとも、私の住んでいる十勝地方では、依然として両者とも稀なので、九州に行くと未だ有り難味を覚える。


ミヤマガラス
2007年1月 鹿児島県出水市
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コクマルガラス(暗色型)
2007年1月 鹿児島県出水市
白黒のツートンカラーの明色型は、あまり多くない。
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③夏鳥の越冬
 東日本では夏鳥で、冬には渡去してしまう種が九州では普通に越冬していることがある。北海道では夏の繁殖生活に接しているニュウナイスズメやホオアカ、オオジュリンなどの、冬の生活を垣間見るのは、それら身近な鳥たちの別の一面を知ることができたようで嬉しい。また、アマサギやヒクイナ、アオアシシギなどは関東でも夏鳥もしくは旅鳥であり、それらの越冬生活も興味深い観察対象である。


ニュウナイスズメ(オス・冬羽)
2007年1月 熊本県玉名市
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オオジュリン (冬羽)
2007年1月 鹿児島県薩摩川内市
「プチ、プチ」とヨシの茎を割る音が、冬枯れの静寂を打ち破る。
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ヒクイナ
2007年1月 鹿児島県出水市
俳句でも御馴染みの湿地の鳥だが、近年減少傾向が著しい。
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④迷鳥
 大陸に近いという地理的な条件から、迷鳥の出現が多い。有名なカラフトワシやオオズグロカモメは毎年出ているが、あれらの場所で出なくなったら、ともに国内で見ることは非常に難しい種類である。それ以外にも何がしかの迷鳥が、どこかで毎年出ている。これまで私が出会えたものだけでも、アカツクシガモやメジロガモ、ソリハシセイタカシギ、タカサゴモズなどがあるし、コウライアイサやオオカラモズなどの記録も多い。

 以上の4大魅力(?)のほかにも、九州の見所はある。たとえば、佐賀平野と筑後平野に多く分布するカササギ。豊臣秀吉の朝鮮出兵時に、佐賀藩主などによって持ち帰られたものが野生化したとの説が有力であるが、電柱への営巣や屋敷林へのねぐら入りなどの生態を、これほどの高密度で観察できるのは日本ではこの一帯だけである。さらに玄界灘の北方系海鳥や霧島山系の見事な照葉樹林とそこで暮らす森林性鳥類など、冬の九州は鳥見人を惹き付けずにはおかない土地である。そして、冬にこれだけ素晴らしいのだから、それ以外でも季節に応じた魅力的な鳥との出会いがあることは容易に想起され、本などで調べると実際そのようなのだが、残念なことに冬以外の季節は、まだ訪れる機会に恵まれていない。


カササギ
2007年1月 福岡県柳川市
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                  *
 さて、旅といえばその楽しさと比例して、トラブルは付き物である。過去の九州への旅でも食中毒やレンタカーのインロック、真夜中の大学病院行き等等話題に事欠かないが、今回現地では特に大きな問題も無く、平穏に帰ってきた。しかし、トラブルはその後に発覚した。
 私は旅先でデジタルカメラのメモリが一杯になると、全国にチェーン店のある大手カメラ屋でCDに焼いてもらうことにしている。画質の低下や劣化が少ないからだ。ところが、今回前半に訪れた出水平野では、どうしてもこの系列の店を見つけることができなかった。そこで、ローカルなカメラ屋で「画像をCDに焼いてもらうことは可能ですか?」と尋ねたところ、できると言うのでお願いした。そこも現像自体は大手カメラ屋と同じフィルムメーカーのものだったので、まあ大丈夫だろうと思い、CDに焼いた画像を消去して後半の撮影を続けた。そして、帰宅した翌朝、CDの写真をパソコンに取り込むと何か変だ。色調やシャープさが、カメラの液晶で確認していたものとあまりにかけ離れている。よくよく確認すると、大手カメラ屋みたいに画像をそのままCDに入れるのとは異なり、勝手に圧縮や色調の修正が施され、画質は相当劣化していた。「そうならそうと、事前に説明してくれよ…。」と思っても後の祭り。オリジナル画像はとっくに消去してしまっている。
 しばらくは塞ぎこんでいたが、これで来シーズンも大腕を振って出水に行く口実ができたわいと、今は思うことにしている。


アトリの大群
2007年1月 佐賀県佐賀市
大陸から渡来するのか、こうした雲のような大群を見ることが多い。
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東シナ海を望んで(セグロカモメウミネコ
2007年1月 鹿児島県阿久根市
水平線上には漁船が数隻。本文では触れなかったが、この海からもたらされる魚介類と、地元で作られる多様な焼酎は、旅の夜に最高の楽しみを提供してくれた。
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(完)
(2007年1月23日   千嶋 淳)


魅惑の探鳥地・冬の九州(1)

2007-01-23 23:49:30 | 鳥・冬
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All Photos by Chishima,J.
ナベヅルマナヅル 2007年1月 鹿児島県出水市)


 遅い正月休みを兼ねて、九州へ鳥を見に行ってきた。実質5日間という短い日程ではあったが、この季節の九州ならではの鳥を楽しむことができた。冬の九州を初めて訪れたのは今から11年前、20歳になる直前のことだった。北海道から鈍行列車を乗り継ぎ、途中群馬の実家に寄りながら、京都からは夜行列車を使って漸く辿り着いた九州だったが、そこでの鳥たちとの出会いは、関東や北海道といった主に東日本で鳥を見てきた私にとっては鮮烈で、長旅の疲れを吹き飛ばしてくれるものであった。

 それ以来何度となく訪れ、長い時には2週間近くも滞在して、田舎の無人駅を主な宿にしながら方々で鳥を見て歩いたこともあった。そうしているうちに初めは右も左もわからなかった場所でのポイントや見方も自然と体得し、来る度に新鮮な発見や感動を得られている。今回は2004年2月以来のことで、3年も開いてしまったがかつて身に付けた勘を頼りに効率良く鳥を見て回れたと、自分では思っている。
 冬の九州で鳥を見る醍醐味は、主に東日本で鳥を見てきた私にとって、以下の4点に要約できるだろう。

①ツル類をはじめとした大型水鳥
 鹿児島県の出水平野は全国的、否世界的に有名なナベヅル、マナヅルの一大越冬地である。古くから渡来地として知られ、大正10年には早くも天然記念物に指定されていたが、戦争前後には狩猟や開発で大きく数を減じたこともあったらしい。しかし、その後はねぐらの確保や給餌などの保護対策が功を奏し、1990年代以降、年によっては1万羽を超えるツルが確認されている。現在、約9000~10000羽のナベヅルと約2000羽のマナヅルが越冬するが、これは、ともに極東にのみ分布する各種の世界個体数の、それぞれ大多数と半数に相当する。冬に日本を訪れる欧米人バードウオッチャーの多くが、出水を目指すのも納得が行く。


マナヅル(背後にはナベヅルの姿も)
2007年1月 鹿児島県出水市 
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 越冬地の一極集中や給餌に伴う問題はあるが、1万羽からのツルを目の当たりにして、鳥好きとしては感動を覚えないはずがない。特に朝夕のねぐらへの出入り時の喧騒と乱舞は壮観であるし、日中周辺の農耕地で採餌・休息する家族群の行動も見ていて飽きることがない。


過密(マナヅル・ナベヅル
2007年1月 鹿児島県出水市
朝の給餌時、干拓地に集結した。
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ねぐら(マナヅル
2007年1月 鹿児島県出水市
このような水を張った農耕地がねぐらとなる。
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 また、年によってはクロヅルやカナダヅル、アネハヅル、ソデグロヅルなども混じって渡来する。これら1~数羽しかいない珍種を、それこそ1万羽の群れの中から探し出すのは容易なことではない。探しきれずにタイムアップとなることもしばしば。しかし、だからこそ出会えた時の感動はひとしおである。


カナダヅル(中央・周囲はナベヅル
2007年1月 鹿児島県出水市
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 出水平野はツルのみならず野鳥の多い土地で、水鳥から猛禽類、小鳥に至るまで一日に70種以上の鳥を観察できることもあり、目下九州の探鳥地の中でもっともお気に入りの場所となっている。


ナベヅルとともに
2007年1月 鹿児島県出水市
普段見慣れた鳥も、ツルを背景に見るとまた違った風景となる。

タゲリ
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チョウゲンボウ
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 福岡県の博多湾では数十羽のクロツラヘラサギが定期的に越冬する。九州では比較的目にする機会があるので、慣れてくると有り難味を感じなくなりがちだが、世界でも東アジアに約1400羽が生息するだけの珍鳥である。潮が引いた干潟でスプーン状の嘴を左右に振りながら採餌する様や、休息する時に近隣の個体と示すグルーミングのような行動は興味深い。


休息地の中洲に舞い降りるクロツラヘラサギの群れ
2007年1月 福岡県福岡市
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 ヘラサギはクロツラヘラサギの群中やそれだけで見られることがあるが、クロツラヘラサギよりはずっと少ない。かつては出水に10~20羽の小群が定期的に渡来しており、清棲幸保著「原色日本野鳥生態図鑑」では50年近く前に撮影されたそれらの写真を見ることができるが、現在では途絶えている。蛇足だが、同書や野鳥写真家の下村兼史の著作では、出水より専ら「荒崎」の地名が使われている。これを不思議に思っていたが、現在ツルがねぐらをとる出水干拓は戦後に造成されたもので、当時は昔からあった荒崎新地の頭文字の方が一般的だったのかもしれない。
 コウノトリやナベコウは迷鳥として稀に飛来する程度で、後者の最近の記録はとんと聞かない。
また、ガン類やハクチョウ類などのカモ科の大形水鳥も少数飛来することがある。ただ、これらはツル類やヘラサギ類に比べるとはるかに珍しいようで、今回福岡で出会った地元の鳥見人は、「オオハクチョウとコハクチョウが一緒に出ています。こんなことは滅多にありません。」と嬉しそうに教えてくれた。所変われば品変わるものだ、とつくづく思った。
 おそらく、昔は日本各地で普通に見られたであろうツル科やトキ科といった大型水鳥。現在、それらを一度に何種類も観察できるのは、冬の九州を置いてほかにないだろう。
 
マナヅルの飛翔
2007年1月 鹿児島県出水市
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ナベヅルの飛翔
2007年1月 鹿児島県出水市
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出水平野・冬(ナベヅル・ウシ・ヒト
2007年1月 鹿児島県出水市
乾いた冬の平野を観光用の牛車が行く。手前の田んぼにはナベヅルの家族。
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夕陽を浴びて(マナヅル
2007年1月 鹿児島県出水市
九州の夕方は、冬でも遅い。5時半を過ぎて、漸く景色が茜色に染まる。
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(続く)
(2007年1月20日   千嶋 淳)


初囀り

2007-01-12 19:34:25 | 鳥・冬
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All Photos by Chishima,J.
ゴジュウカラ 2007年1月 北海道十勝郡浦幌町)


 十勝平野は12月上旬に少量の降雪があったものの、その後は温暖だった上に雨が降って雪が融け、年末年始はほとんど雪が無く、暖かさで川の氷も解け出すという、凡そ冬らしくない景色の中で過ごした。しかし、先日の爆弾低気圧による大雪とそれに続く真冬日の連続で、大地は白色の衣装を纏い、河川は再び厚く結氷し、ようやく北海道の冬らしい景観を呈してきた。これから2月中旬頃まで、最低気温が-20℃に達することも珍しくなく、水道管の凍結にも注意を払わなければならない本格的な冬を迎える。
 その一方で、冬至を過ぎて少しずつ長くなる日長や次年度の繁殖に向けたディスプレイに興じるカモ類(「季節先取り」)と並んで、長い冬の先に控えている春を意識させてくれる自然の風物がある。天気が良く、暖かい日の午前中、郊外のちょっとした林に出かけてみると良い。雪原を踏みしめながらどこまでも澄んだ青空を眺めれば、その途上にある樹幹からはハシブトガラの囀りが、テンポを上げながら降り注いでくる。「チィチィチィチィ…」。それに触発されたかのように鳴き出したゴジュウカラの「フィーフィーフィー」と間延びした囀りが、陽光を増幅する。若干の針葉樹があれば、その枝先から「ツツピツツピ…」と早口なヒガラの囀りも、厳冬の林のオーケストラに参加して来るかもしれない。逸早い春の兆しに、寒さで引きつった顔の筋肉も思わずほころぶのを感じるだろう。


ハシブトガラ
2006年3月 北海道帯広市
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ヒガラ
2006年4月 北海道帯広市
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 これら気の早いカラ類(ゴジュウカラを含む)はいつから囀り始めるのだろうと思い、過去の野帳を手繰ってみたことがある。もっとも、現在住んでいる場所は住宅地でシジュウカラ以外のカラ類はあまり飛来しないので、大学時代と大学の近くに住んでいたその後の数年間の記録を用いた。帯広市の郊外にある大学構内や周辺には大小の林が点在し、日々の通学や講義の合間に鳥を見るには最適であったし、酒を飲んでそのままサークルの部室や研究室に泊まり込んで、翌朝宿酔の頭を抱えて帰宅するなんてこともしばしばだったから、カラ類の鳴き始めに気付くには良い環境であった。
 もちろん、それを目的としていたわけではないので、気付かない、あるいはいつの間にか囀っていたという年もあり、そうした不明瞭、または明らかに初めを逃した年は除いた。また、ヒガラなどでは年によって秋にも囀りが聞かれることがあるが、それらはどこか弱々しく、繁殖期の囀りほど「本気」を感じさせない。それらも除外した。その結果、ハシブトガラでは4年のうち3年で11月29日~12月16日、ヒガラでは3年のうち2年で11月23日~12月5日、ゴジュウカラでは4年うち3年は12月25日~12月27日、シジュウカラでは3年で2月3日~2月7日の間に初囀りが記録されていた。すなわち、ハシブトガラとヒガラは11月末から12月頭、ゴジュウカラは12月末、シジュウカラは2月頭にそれぞれ囀り始めることを示唆していた。


シジュウカラ(メス)
2006年12月 群馬県伊勢崎市
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 ハシブトガラ、ヒガラとシジュウカラでは囀り始める時期が実に2ヶ月も違うようなのだが、それが何故かについては、残念ながら現段階では不明である。早くから囀り始めるハシブトガラやヒガラでも、巣作りは4月頃らしいので、12月の囀りは繁殖活動に直接結びつくものではないのかもしれない。しかし、これら2種は囀り、近縁種のシジュウカラは2月まで囀らないということは、何がしかの生活の仕方の違いを反映したものだと考えられる。シジュウカラの冬期は群れ生活が基本で、群れの崩壊後につがいと、群れの行動圏を分けるようになわばりが形成される。一方、ハシブトガラは冬期に混群に参加はするが定着性が強く、なわばりは一年を通して維持されるそうである。そのような違いが囀り開始時期にも反映されている可能性はあるが、いずれにしても推測の域を出ない。


シジュウカラ
2006年2月 北海道帯広市
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ハシブトガラ
英名のMarsh Tit(湿地のカラ)よろしく、河畔林や沼べりのヤナギ林等にも多い。
2006年11月 北海道中川郡豊頃町
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エナガ
2006年11月 北海道中川郡豊頃町
北海道産の亜種シマエナガ。冬期にはカラ類の混群にも参加するが、同種で固まる傾向が強く、混群に付いたり離れたりする。
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 何やらすっきりしない、結論とも言えぬ結論だが、厳寒の候に力強く響くカラ類の囀りは、これほど身近な鳥であってもわからないことの多いことを改めて認識させてくれるとともに、自然に対する興味と畏怖の念を覚えさせてくれる。


十勝平野・冬の風景

凍り始めた十勝川下流
2006年12月 北海道中川郡豊頃町
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農耕地と日高山脈
2007年1月 北海道河西郡更別村
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(2007年1月12日   千嶋 淳)