All Photos by Chishima,J.
(タカブシギの夏羽 2007年5月 北海道帯広市)
近郊の水路にこの春、タカブシギの小群が飛来した。水路と言っても増水時に水を流すためのもので、それ以外の時は乾湿の状況に応じて大小の水溜りが点在する程度の環境に過ぎないのだが、最多時には15羽近くが同時に観察された。ある水溜りから別の水溜りへ、渡り歩きながら忙しなく採餌するタカブシギの装いは夏羽のそれであり、背中や翼上面には和名の由来となった鷹斑模様が顕著だったが、日本の多くの図鑑に紹介されている夏羽の写真やイラストと異なり、多くの個体の嘴は根元1/3ほどが黄色で、脚の黄色もより鮮やかさを増していた。北方圏での繁殖を間近に控えたこの時期ならではの、婚姻色の走りなのかもしれない。
採餌するタカブシギの夏羽
2007年5月 北海道帯広市
獲物は水生昆虫の幼虫だろうか?
一般にシギやチドリというと干潟や海岸がイメージされがちだが、このような内陸の湿地もまた重要な渡来地である。コチドリやキアシシギなどは干潟から川原まで幅広い環境を利用し、内陸湿地もその一つに過ぎないが、このタカブシギやヒバリシギ、コアオアシシギ、ツルシギ、エリマキシギなどは湿地をむしろ好んで利用する種類なのだ。そして、そのような内陸や汽水の湿地に多く入るシギ・チドリ類の多くで、この2、30年間での著しい個体数の減少が全国的に指摘されている。それは人間の生活には一見不要で、蚊や蛭の温床ともなる内陸の湿地が各地で埋め立てられ、偶然内陸性シギ・チドリ類の好渡来地となった休耕田や埋立地といった環境すらも失われつつあることと無関係ではないだろう。
ツルシギ(冬羽)
2007年3月 北海道中川郡豊頃町
まだ雪と氷に閉ざされた沼の、僅かな開水面に舞い降りた。真っ赤な脚が曇天のくすんだ水面に映える。
十勝地方では、かつては激しく蛇行していた河川中・下流域の氾濫原やその中に点在していた大小の池沼が、内陸湿地としての役割を果たしていたことは想像されるが、その大部分は開拓の過程で失われるか縮小を余儀なくされた。水田も、この地域では元から多くなかった上に減反政策の煽りなどでほぼ消滅した。現在では僅かに残った河跡湖や、今回タカブシギが飛来したような「間に合わせの湿地」が、かろうじてその機能を果たしている。そうした間に合わせの場所を、治水の機能を損なわない範囲で水深や勾配に多様性を持たせ、乾湿にも幅を持たせた生物のための湿地として造成することはできないものだろうか。おそらく、春秋にはシギ・チドリ類が長旅の途上で疲れた翼を休め、また夏から秋には各種トンボ類の群舞が見られ、環境教育の場としても価値のあるものになると思う。
アオイトトンボ
2006年9月 北海道河東郡音更町
タカブシギの数がピークを過ぎたのか少なくなり始めた頃、たった1羽だがムナグロも飛来した。タカブシギが好んだ場所よりはやや乾燥した、草の生えている場所でやはり栄養を付けるべく探餌に多くの時間を費やしていた。数千キロにも及ぶであろう長旅の途上、点のような、しかも毎年微妙に状態の変わる湿地をよくも見つけるものだ。せめて、その「点」が毎年安定した食事と休息を提供できる場所であったら、もっと素敵なのだが。
ムナグロ(夏羽に移行中)
2007年5月 北海道帯広市
換羽が遅いのか、あるいは若い個体なのか5月下旬でも金色と黒の対比が派手さを醸し出すには程遠い羽衣であった。
タカブシギ(夏羽)
2007年5月 北海道帯広市
(2007年5月23日 千嶋 淳)