明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(416)山下俊一氏の残酷で罪深いうそ・・・その3(長年にわたる構造化)

2012年03月01日 15時30分00秒 | 明日に向けて(401)~(500)
守田です。(20120301 15:30)

前2回で山下俊一氏のうその残酷さと罪深さについてとらえてきましたが、連載3
回目の今回は、このうそが、山下俊一氏のオリジナリティなのではなく、実は歴史
的に形成されてきたものであること、今では放射線の被害を隠すための常套手段と
なっていることを明らかにしたいと思います。

放射線の被害を非常に軽く言うこと、とくに内部被曝の危険性を隠してしまうこと
は、歴史を遡っていくと、ずいぶん前から行われてきたことが分かります。その
出発点は広島・長崎原爆投下直後のことでした。このとき、日本を占領したアメリ
カ軍は、1945年9月6日にマンハッタン計画の副責任者を東京に派遣し、記者会見で
「死ぬべき人は死んでしまい、9月上旬において、原爆放射能で苦しんでいる者は皆
無だ」と声明させ、放射線の影響はもう終わったと世界に発表しました。しかも9月
19日にプレスコードで原爆に関する一切の報道を禁止しました。以降、広島と長崎
の姿は、1952年にアメリカの占領がおわるまで世界から隠されてしまいました。

なぜこういうことが構造化されたのでしょうか。核戦略を推進するために、またも
ともと核兵器製造から派生してきた原子力発電を推し進めるために、放射能の害を
できるだけ小さくみせることが必要だったからです。そうしておいて米軍は核実験
にのり出していきます。対抗的にソ連が核実験を初め、やがてイギリス・フランス
・中国が参加し、私たちの「宇宙船地球号」は、繰り返し放射能によって汚染され
てしまいました。しかも互いに核兵器を向け合って対峙したアメリカとソ連の双方
が、放射能の害を小さくみせることでは利害が一致し、核保有国のそれぞれが植民
地や少数民族が住まう地域での核実験を行い続けました。

こうした資本主義大国と社会主義大国の、放射線をめぐる利害の一致とでも言うべ
きものが一つの頂点をみたのが、ほかならぬチェルノブイリ原発事故でした。この
事故のときも各国は、自国の原発の安全性を強調するだけでなく、放射能汚染など
大したことはないと強調したのでした。フランスなど、自国に放射能が降ってきて
いることすらなかなか認めようとしませんでした。

さらに資本主義各国は、ソ連政府の要請を受ける形で、IAEA(国際エネルギー機関)
の調査団をチェルノブイリに送り込みます。そして1991年に健康調査報告書を
提出させたのですが、なんと「チェルノブイリ事故による住民の健康被害は一切認
められない」というとんでもないものでした。しかも、「汚染地帯の住民が陥って
いるのは『放射能恐怖症』という心理的な病」だとする報告を出したのです。

これは放射線の害を隠すために編み出された残酷なレトリックです。というのはこ
の報告は、現にさまざまな健康被害が起こっていることそのものは否定できない状
況で出されています。そこで編み出されたのが、健康被害を、放射能のせいではな
く、放射能を怖がる心理的ストレスに変えることなのでした。放射能の害を受けた
被害者に対して、あなたが怖がりすぎるから体調を崩したのだと、いわば己に対す
る加害の責任者にしてしまったのです。もはや隠せなくなった健康被害の責任を、
被害者そのものにおし被せてしまったのでした。このため本当に多くの被害者が二
重三重に傷つけられました。


しかも見過ごすことができないのは、この調査団の団長として、この報告書の作成
を指揮したのが、広島放射線影響研究所の、重松逸造理事長(当時)だったことで
す。広島という名前を冠した組織を見ると、多くの人々は何かその組織が、被爆者
に寄り添ってきたかのような印象を得てしまう。ところがこの組織はその前身が、
原爆傷害調査委員会(ABCC)というアメリカによって組織された調査機関であり、
もともと、原爆の被害をできるだけ小さく見せることを目的とてきた機関なのです。

重松氏はその理事長としてIAEA調査団の団長になったのですが、この方は、それまで
も水俣病の「疫学的調査」なるものを行い、加害企業であるチッソとの因果関係を全
否定するなど、主だった日本の公害事件の場に赴いて、住民の健康被害と加害企業の
関係を否定し続けてきた「御用学者」の典型の人物でした。その重松氏がチェルノ
ブイリにおいても、健康被害を全面的に隠してしまったのですが、実は山下俊一氏は、
この重松氏の弟子筋に連なる人物なのです。

その意味で山下氏の言動は、広島・長崎への原爆投下後からはじまり、チェルノブイ
リ事故のときに行われた「被曝隠し」を受け継いだレトリックだったのであり、まさ
に核戦略のもとで練り上げられてきた、残酷なウソだったのです。そのことをここで
強調しておきたいと思います。


大貫さんや、ブログにコメントを寄せてくださったたぬきちさんが、こうして作られ
たうそに「ひっかかってしまった」こと、実に多くの人々が騙されてしまい、今なお、
騙されている根拠は、私たち市民の多くが、他者に対して、とくに政府に対して、そ
れほどに強い悪意を持っているとは考えることが少ないからでもあります。いくらな
んでもそんなにひどいことをする人などいるはずはない、政府もそこまで悪辣ではな
いと、私たちの多くは考えている。そしてそのように、根底のところで私たちの多く
が人を信頼しているからこそ、この国の平和は維持されています。

とくに今回の大震災のときに、東北の多くの方たちがじっと支援を待ち、他国ではあ
りがちな略奪などが起こらなかったことは、私たちの住まう国が相互の信頼性の高い
国であることを物語るものです。そうした善意、人を信じる心はとても大切なもので
すが、本当に残念なことに、その尊い気持ちの上にあぐらをかき、平気で人の命を弄
ぶ人々が私たちの国にはいるのです。その点で第一に悪いのはこのように人々の信頼
を裏切って、大ウソをついた側です。人や政府を信頼しようとした人々が愚かなので
はなく、その大切な信頼を、てひどく裏切った側が悪いのです。まずこのことを押さ
える必要があります。

その点に踏まえて、しかし今、私たちはより賢くなっていかなければならないし、い
ろいろなことに気づいていかなければなりません。例えばこうした大うそ、被曝の恐
ろしさの隠蔽は、実は原発における被曝労働の構造化ひとつとってみても、前から明
らかだったのです。誰かが確実に、ひどい形で被曝していることが分かっているのに、
その上にあぐらをかいて発電が行われてきました。

いやそればかりか、戦後から今日まで、広島・長崎の被爆者たちが本当に苦しい時を
歩んできたにもかかわらず、それが私自身を含めて、多くの国民・住民に十分に受け
止められてきたとは言えなかった。被曝隠しによって私たちの多くが騙されてきてし
まい、その間に、たくさんの被爆者が途端の苦しみを舐めてきたのです。そうした歴
史を私たちは今、捉え返す必要があります。

山下俊一氏の残酷で罪深いうそを覆し、乗り越えていくために必要なのはこのことです。
私たち市民の主体性が豊かに研ぎすさまれていくことが求められています。こうした
視点を踏まえて、情報解析と発信を続けます。
コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 明日に向けて(415)山下俊一氏... | トップ | 明日に向けて(417)SPEE... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (たぬきち)
2012-03-04 20:38:57
守田様

詳しいレポート掲載、ありがとうございます。

日本には山下医師のほかにも、とんでもない医師がいるようですね・・・。

東大 放射線医療チームの高名な先生もとんでもない発言をしているようです・・・。
高度な技術をお持ちの医療関連の方々の中に、人間性が歪んでいられる人がまぎれているとはなんとも恐ろしいことです・・・。


ちなみに私は「正しく怖がる」という言葉が大嫌いです・・・。



コメントをお借りしました! (守田敏也)
2012-03-05 23:21:27
たぬきちさま

2回にわたるコメントをいただきありがとうございました。初めのものを記事にお借りしました。

僕も「正しく怖がる」という言葉は大嫌いです!怖がるのに正しいもなにもあるか!と言いたいですね。ようするに「怖がらないのが正しいのだ」というのがこの言葉の裏にある本音です。しかもここには人を上から見下す発想も見え隠れしています。

こういう言葉遣いをする嫌な人間にだけはなりたくなりなあと僕は思うのです

コメントを投稿

明日に向けて(401)~(500)」カテゴリの最新記事