ザ☆シュビドゥヴァーズの日記

中都会の片隅で活動する8~10人組コーラスグループ、ザ☆シュビドゥヴァーズの日常。
あと告知とか色々。

「敬語」の使い方

2017-10-08 23:50:49 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


突然ですがみなさん、「お~」、「~さん」とか「~さま」という接辞についてどう思っていらっしゃるでしょうか。
「敬意を表す接辞」などと考えていらっしゃらないでしょうか。
あるいは敬語全般についてもそうです。
「尊敬しているから、敬語を使う」などと思っている場合もあるかもしれません。

しかし、これは「敬語」という言葉に引きずられた、偏ったラベリングと言わねばなりません。
例えば、「ゾウさん」。
日本人は哺乳動物「ゾウ」を尊敬しているとでも言うのでしょうか。
そして、「おサルさん」。
「サルさん」にさらに「お~」が付いているので、「ゾウさん」よりも敬意が高いということになります。
「サル」に至っては、「お父さん」「お母さん」と同じランクの言い回しのように思えます。

では、日本語における「ゾウさん」「おサルさん」という表現は、「ゾウ」や「サル」に対する敬意を表しているのでしょうか。
これは、どう考えても誤りであると言わなければならないでしょう。
このような表現でゾウやサルに対して「敬意」だとか「尊敬」を持っているとは考えられないからです。
つまり、このような環境における「お~」、「~さん」という接辞は、むしろ対象に対する親しみや、「サル」「ゾウ」といった表現からの相対的な丁寧さを表していると見られるのです。

あるいは、「敬語」の場合はどうでしょうか。
あまりいい例ではありませんが、あなたが心底軽蔑していて、あまり関わり合いたくない人Aさんがいたとしましょう。
Aさんに対してあなたは、どんな口調で話すでしょうか。
タメ口で話すのでしょうか。

これは、(まだコミュニケーションについての理解が少ない子供の場合は別として)コミュニケーションの方略としては明らかに間違った判断です。
タメ口で話せば、むしろAさんとの心的な距離は縮まってしまうでしょう。
なので、この場合は、相手に敬意があるからではなく、軽蔑するがゆえ、心的な距離をとりたいがゆえ、敬語を使うことになります。

このように、普段「敬語」とひとくくりにされる表現の中には、実に多様なコミュニケーション機能があります。
時には軽い親しみを、時には心的な距離を表現することができるのです。
「敬意を持った対象に敬語を使うべき」という判断は、間違ったものではないでしょう。
しかし、いわばその逆、「敬語を使うべき対象は、敬意を持った対象である」というのは、過剰な一般化ということになるのです。

そういう意味では、「敬語」という表現は十分条件的な名前の付け方であって、必要十分条件的な名前の付け方ではありません。
それが誤解を生むことにもなっているのかもしれません。
あるいは、「敬語は日本語に特有のもの」というような誤解を生じさせる遠因にもなっているように思います(「敬語」を「待遇表現」と同義で用いるなら、おそらく全ての言語に「敬語」が存在することになります)。


「敬語の使い方」について意識することは、たくさんあるでしょう。
これからはぜひ、「「敬語」の使い方」にも気を付けてみてはいかがでしょうか。

それでは!