以下は今日の読売新聞7ページに「軍拡」世論操作勝つにはと題して掲載された欧州駐在編集委員飯塚恵子の記事からである。
空港から首都中心部に向かう幹線道路の右手に、紺色の旗が高くはためく。
中心に白い羅針図がある旗は、北大西洋条約機構(NATO)のものだ。
その研究機関「戦略的コミュニケーション」センタトは、東欧バルト3国の一つ、ラトビアが提唱し、2114年、首都リガに発足した。
センターは常勤職員約40人と小さく、厳密にはNATOの外郭組織である。
だが、この1年余りで視察が急増している。
理由は、ここがロシアによる欧米諸国での世論操作や選挙介入を多角的に研究し、対策を提言する中核拠点だからだ。
そもそも「戦略的コミュニケーション」とは何か?
軍事専門家によると、20世紀初頭、すでに単語はあったらしい。
安全保障分野で常用されるようになったのは、ここ10年ほどだという。
もちろん口シアに限った話ではない。
米国防総省の軍事用語辞典(16年改訂版)は、こう定義する。
「米国の国益、政策、目的の促進に向けた好意的な状況を作り出し、強化し、維持するための、米政府による取り組み。主要な相手を理解し、対象に関与するため、国家権力のすべての手段を使った行動と、計画やメッセージなどを連携させる」
センターのヤニス・サルツ所長(45)は、「軍事行動よりコストが安いのに影響力は大きい。ロシアはこれにコンピューター技術の進歩を生かし、『兵器化』した」と説明する。
確かに、4月に米議会で証言した米フェイスブック(FB)のマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)も、FBがロシアによる選挙介入の主な手段に使われたことに関し、「これは『軍拡競争』だ」と言及した。
欧米が事態を軍事的文脈でとらえ始めたからこそ、NATOが乗り出してきた、ともいえる。
15年までラトビアの国防次官を務めたサルツ氏は、「この分野は近い将来、中国が最強プレーヤーになるでしょう」と予測した。
「ロシアは今、米国が作った土台を兵器化しているだけ。一方、中国は扱うデータ量も投資も巨大で、従来の西側技術を超える土台を作る可能性がある」
そうなった時の中国の標的はどこに―。
考えをめぐらせていると、サルツ氏は「つい最近、日本から東京五輪がらみの視察団が来ましたよ」と語った。
世界規模のイベントである五輪は、「情報、世論操作対策の試練の場となる」という。
「狙われている自覚が薄い所ほど、ダメージが大きい。今の日本の状況は、欧米より深刻かも」
ラトビアは1991年、当時のソ連から独立した。
サルツ氏は最後にこう笑った。
「私は人生最初の18年間、ソ連人でした。彼らの思考回路はよくわかるから、簡単にはだまされない。一方で、民主主義の価値もよくわかる。だからこそ、この施設はここにできたんです」
攻防のとりでになるのは結局、技術や兵器を超えた人間の価値観や判断力ではないのか。
そのための警鐘を、日本でもしっかり鳴らし始めなければならない。