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2015年4月29日 目指すは日光東照宮 6回目
蒲生君平勅旌碑
明治2年12月明治天皇は、蒲生君平の著した書物やおこないが明治維新に大きな功績があったとして「君平の人となりはまことに立派であるからこれを広く天下に表して庶民に知らせるように」との勅命を下しました。そこで、当時の宇都宮藩知事の戸田忠友が奉行となり、宇都宮の入口に「この地が蒲生君平の里である」という碑を建てました。蒲生君平は、高山彦九郎、林子平とともに「寛政の三奇人」といわれた人で、明和5年(1768)宇都宮の新石町で生まれ、先祖は元宇都宮城主蒲生秀行(18万石)の弟正行(3千石)で、本姓は福田でありましたが、途中で遠祖の蒲生の姓を名乗りました。歴代天皇の御陵が荒廃していることを非常に悲しみ、それらを調査して「山陵志」を著し修復の必要性を説きました。また、朝廷の官職についてまとめた「職官志」や、国防についてまとまえた「不恤緯」などを著しました。しかし、その業半ばにして病にたおれ、文化10年(1813)7月5日に江戸で46才の生涯を閉じました。
本文 cosmophantom
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