菅原貴与志の書庫

A Lawyer's Library

『初天神』 何か買っとくれよ……

2012-01-19 06:44:42 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第14講

 倅(せがれ)の金坊がいない間に、初天神のお参りに行こうと支度をしていた熊五郎。出かけようとするところに、金坊が外から帰ってきた。一緒に連れていってほしいと言う金坊に、絶対に物をねだらないと男の約束をさせて、渋々連れて出る。
 
 天神様への道すがら、親をやりこめるような生意気を言いながらも、物をねだらないでいた金坊であったが、
「おとっつぁん、今日はえらいだろ。買ってくれと今まで言わなかったから……。ねェ、ご褒美だからさ……何か買っとくれよ」
とせがみはじめた。

 熊さんが「ミカンは酸っぱいから毒だ、干し柿も腸が冷えるから毒だ、リンゴは値段が高いから毒だ」などとやり過ごしていたら、次には「飴だったら買ってくれる?」とねだる。

「飴屋があれば買ってやる」、「後ろの店で売ってる」と、ついに飴玉を買わされる羽目に。飴を舐めながら参道を歩いていた金坊が「飴を落としてしまった」と泣きだす。
「どこに落とした?」
「のどの穴の中に……」
「食ってしまったんじゃねぇか」
「だから、団子を買ってくれ」。
泣きながら大声で迫るので、仕方なく蜜つきの団子を買った。
 
 飴も団子も食べ終わったら、今度は「凧を買って」熊五郎「だから金坊なんか連れて来るんじゃなかった」。
 親子で凧揚げしようと広場へ行くが、熊さんが夢中になって金坊に糸を渡さず、あげくのはてに「凧上げなんてものは子供のするもんじゃない」と取り合わない。
金坊「あーあ、こんなことなら、おとっつぁんなんか連れて来るんじゃなかった」。

     

 初天神とは、天満宮で正月25日に行われる年明け最初の縁日である。
 例年この日は、全国各地の天神様の境内やその界隈に露店が立ちならび、熊五郎・金坊親子のような大勢の参拝客らで賑わう。ちなみに、天満宮に祀られる菅原道真公が筑紫国太宰府に左遷されたのも、延喜元(901)年の1月25日のことである。
 
 倅の金坊は、もちろん20歳未満であるから、法律上、未成年者ということになる(民法3条)。そして、未成年者が契約などの法律行為をする場合には、法定代理人の同意を得ることが必要であり、同意がなければその契約を取り消すことができる(同法4条)。
 この制度は、未成年者の能力が一般的に不十分と思われることから、法定代理人が不十分な部分を補うこととし、契約などが円満に行われるよう未成年者の保護を図ったものである。未成年者の法定代理人には、原則として親権者である父母がなる(同法818条)。
 
 したがって、金坊が飴や団子を買おうとすれば、それも売買契約という法律行為だから、父親の熊五郎の同意を得なければならない。金坊が「買っとくれよ」と甘えてせがむのも、法律的には法定代理人の同意を得る行為ということなのである。
 
 しかし、金坊のような子供ならばともかく、高校生くらいの未成年者が、いちいち親の同意を得て文庫本を買ったり、レンタルのDVDやビデオを借りたりはしないのが一般的だろう。それでも、法定代理人の同意がないことを理由に、後で取り消されてしまうのか。
 実は、未成年者が法定代理人の同意を得ずに単独でなしうる行為が三つあり、その場合には同意を得ていないからといって取り消すことはできない。
 
 ひとつは、単に権利を得たり、義務を免れるような行為である(民法4条1項但書)。
 たとえば、プレゼントをもらったり、借金を棒引きしてもらうような場合だ。このような行為においては、未成年者の得になることはあっても、別に損になるおそれはないから、法定代理人の同意は要求されない。

 第二に、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産を、その目的の範囲内で処分する場合がある(同法5条)。熊さんが「金坊、参道の露店で好きなものを買ってこい」と小遣いを渡したのならば、その範囲で金坊も小遣いを自由に使える。
 
 三つ目としては、法定代理人が営業を許可した場合だ(同法6条1項)。最近では、IT関連のベンチャーを起業する大学生もいる。たとえ未成年者であっても、企業の経営者して一人前に扱ってもらえなければ、当人も相手方も不便でならない。

 いずれにせよ、例外的な場合でなければ、未成年者は単独で完全に有効な契約を行うことはできず、契約するには法定代理人の同意を得るか、法定代理人が未成年者に代わって契約を行うことが必要なのである。

 このように、もし同意がなければ、未成年者の行った契約は、未成年者またはその法定代理人から一方的に取り消されるおそれがある。いくら未成年者保護のための制度とはいえ、契約が取り消されると、その契約は初めから無効とみなされるから(民法121条)、取引の相手方としてはたまったものではない。

 天神様の露店と金坊のような対面取引であれば、背格好を見て未成年者かどうかを判断することもできなくはない。しかし、昨今のオンラインショッピングのような電子商取引の場合には、そもそも相手の顔が見えないので心配だ。
 では、未成年者の取消を回避するために、どのような手段を講じておけばよいのだろうか。
 
 とにかく「何歳ですか?」と取引相手の年齢を確認することである。電子商取引ならば、ウェブ上に年齢を確認する画面を入れるとよい。
 このときに20歳以上であると回答した場合には、もはや未成年者としての保護を受けることができず、取消権の行使も制限されてしまう(民法20条)。これには、自分が未成年者であると積極的に騙した場合だけでなく、確かに未成年だとは言わなかったけれども、他の言動と相まって相手方を誤信させたり、または誤信を強めさせたと認められるような場合も含まれている。
 
 要するに、女性が若く年齢を偽るのはご愛嬌だが、未成年者が大人のふりをするのは考えものなのである。

     

 この『初天神』、現在も多くの落語家によって口演されている。とくに柳家小三治師、上方では笑福亭仁鶴師の噺が明るくていい。
 
 ところで、まだ筆者が大学の落語研究会時代、上野本牧亭の六代目圓生師独演会に行ったときのことである。
 最晩年の六代目の高座には言い違いが目立ったが、この日の前座の『初天神』は印象的であった。親子の会話がいきいきとしていて、凧揚げの所作もきれいだった。上手な若手がいるものだ……と感心した前座(ただし、本当はこの時点で二ツ目に昇進していた)が、青山学院の落研から先代圓楽師に弟子入りしていた、若き日の楽太郎、現在の六代目三遊亭円楽師匠である。
 
 その後、円楽師とは、偶々仕事の関係で与論島へ同行し、このころ筆者が江東区の下町に住んでいたことから、東陽町にあった円楽党の寄席「若竹」にも通うようになって、以来ご交誼をいただいている。

 江東区の天神様といえば、亀戸天神。近所だったので、当時は散歩がてらによくお参りをした。筆者が司法試験に合格できたのも、努力一割、運二割、あとの七割は天神様のご利益(りやく)のおかげだと思っている。



【楽屋帳】
 『初天神』は、父子の情愛が全編にあふれ出ている楽しい一席。「あれ買って、これ買って」と道ばたで駄々をこねる子どもも、いまではあまり見かけなくなった。天神様を題材にした落語はほかに『質屋庫(しちやぐら)』などがある。
 ところで、江戸時代、父親はどのくらい子育てに関与していたのであろうか。封建時代は男尊女卑の社会だったと思われがちだが、江戸時代中期(1720年ころ)の町方人口は男性100人に対し女性55人と、意外に女性が少なかっため、現実には割りと女性優位の社会であり、男性も家事や子育てに協力するのがごく普通のことだったらしい。


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