菅原貴与志の書庫

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三田評論「落語のひととき」

2015-05-08 08:00:00 | 落語と法律

慶應義塾機関誌『三田評論』5月号に<三人閑談>「落語のひととき」が掲載されました。






<三人閑談>落語のひととき
佐藤允彦(ジャズピアニスト、作・編曲家・塾員)
松井孝治(慶應義塾大学総合政策学部教授)
菅原貴与志(慶應義塾大学法務研究科教授、弁護士)
************************************************
古典芸能として幅広いファンを獲得している落語。その語りは日本が生んだ芸術であり、現在も刻々と変化しています。異なる道で活躍する三人の落語通による閑談は、上方と江戸の落語の違い、伸縮自在の噺家の話芸のことなど止まるところを知りません。落語の融通無碍ぶりはジャズと一緒、など落語ファンでもなるほどと思う話もあり、その奥深さに触れるひとときです。

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馬玉真打昇進披露宴

2015-03-08 20:11:53 | 落語と法律
(左より、馬玉、久保田理事長(霞が関寄席 席亭)、駒与志、馬生師匠)


 3月8日、馬吉改メ 二代目金原亭馬玉(ばぎょく)真打昇進披露宴が、上野精養軒で開かれました。

     

 300人を超える来賓の大盛会でした。そこで祝辞を申し上げましたが、スベらずにウケたので、ホッといたしました。

           

           

                        




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『遠山政談』 この桜吹雪が目に入らぬか

2013-03-17 00:00:00 | 落語と法律

新・落語で読む法律講座 第26講

 石町二丁目の越中屋では、若い奉公人が大勢いてちょっかいを出すため、なかなか女中が居つかない。そこで、さがしだしてきたのが、とてつもない醜女のお染。さすがに店の奉公人も手を出さない。
 ところが、ある晩のこと、番頭の身寄りで若党の佐造が、酒に酔って、お染に手をつけた。さんざん金品をせびったあげく、妊娠までさせてしまうが、お染から夫婦になってほしいと迫られ、佐造は困ってしまう。店の者のてまえはあるし、世間体もあり、また、主人に顔向けもできない。

 とうとう佐造はお染を殺害しようと企てる。
 加賀の屋敷内の友だちに預けるのだと偽り、お染を五斗俵に押し込んで、和泉橋から神田川に突き落とした。夜釣りから帰るところの二人連れが、米俵だと思って開けて驚く。
 翌日、河原に様子を窺いにきた佐造が召し捕らえられ、時の町奉行・遠山左衛門尉の裁きを受けることになる。

          

 この噺、『遠山政談』と題してはいるが、かんじんの遠山金四郎が登場してくるわけではない。もし遠山の金さんが出てきたならば、おなじみの悪代官と町娘が対決するお白州の場面となるだろう。

悪「お奉行様、私にはまったく心当たりのないことで」
娘「ちがうんです!わたし、見たんです。この人たちがお染ちゃんを……」
悪「よもやこんな小娘の世迷言をお信じになるつもりじゃ……おい、小娘。そこまで言うのなら証拠をここに出してみなさい」
娘「証拠と言われても……あっ……そ、そうだ金さん……お奉行様、金さんが全部知っています。遊び人の金さんを探してください」
悪「あっはっはっは。ええ呼んでもらおうじゃありませんか、その金さんとやらを」
悪人たち「そうだそうだ、金さんをここに呼べ! おおい、金さんはどこだあ」
奉行「…オイ、うるせえなあ…ちったあ静かにできねえのか。おうおう悪党ども、そんなに見てえ証拠なら見せてやる…冥土の土産に目ン玉ひんむいて、よおく拝みやがれ…あの日、見事に咲いた遠山桜…ウヌら…この桜吹雪、よもや見忘れたとは・・・・・・言わせねえぞ!」

       

 ここでの遠山金四郎は、「遊び人の金さん」として事件を内偵・捜査し、「遠山左衛門尉」の立場から、悪人どもに厳罰を下す。つまりは、裁判官であるとともに、警察官であり、また検察官でもあるのだ。

 しかし、現代の刑事訴訟は、そのような仕組みになっていない。
 裁判が公平であるべきことは、いわば裁判の生命である(憲法37条1項参照)。そこで、訴訟手続の面での公平な裁判を担保するために、裁判官と検察官は、まったく別個の組織に属し、その機能を分化している。
 また、検察官と被告人の両当事者ともに、十分な主張と立証ができるような平等の機会を与える建前となっている(当事者対等主義)。

 さらには、公判がはじまるまで、あらかじめ裁判所が事件の内容にタッチすることなく、白紙の状態に保つようにも配慮されている。これを予断排除の原則という。
 たとえば、起訴状には、裁判官に事件についての予断を生ぜしめるおそれのある書類などを添付できないし、その内容も引用してはならない(刑事訴訟法256条6項)。公訴提起には、起訴状一本をもってしなければならないのである(起訴状一本主義)。

 戦前の旧刑事訴訟法当時には、遠山の金さんほどではないにせよ、起訴と同時に一切の捜査書類と証拠物が裁判所に提出され、裁判官はあらかじめその内容を精査していたから、事件に対する十分な心証を抱いて公判に臨んでいた。このようなやり方は、検察官には有利だが、すでに裁判官が有罪の予断をもっているおそれがあるため、被告人の側にとって不利な場合が多い。そこで、現行法においては、起訴状一本主義を中心とする予断排除の原則を採用したのである。

          

 ところで、この「この桜吹雪が目に入らぬか」という大いなるワンパターンこそが、いまだ根強い時代劇人気の秘訣である。「善いモンはいい、ワルイ奴は悪い」との徹底した勧善懲悪。この分かりやすさが見ている側に心地よい安定感となって伝わるのだ。しかし、現実の世の中、そんなに単純ではない。


 都内のある駐車場で傷害事件が発生した。駐車料金を精算する出口付近で、先行車両の運転手が、後続ドライバーの顔を数発殴ったのである。加害者は無職の若い男。被害者は青年歯科医。新聞の社会面をかざるほどの事件とはいえないが、もし記事風に書くとこうなるのだろう。

「警視庁某署は、東京都板橋区○○、無職甲野太郎容疑者(24)を傷害の疑いで逮捕した。調べによると、甲野容疑者は今月17日午後5時ごろ、練馬区○○の遊園地「○○ランド」の駐車場で、横浜市鶴見区○○、歯科医乙野次郎さんの顔面を数回殴打し、全治一週間のけがを負わせた疑い。」

 この記事をみれば、「人様に手をあげるなど、とんでもない。そんな粗暴な奴にはキツイお灸をすえてしかるべき」との感想をもつのが普通ではなかろうか。これだけを読めば、である。しかし、事実はそう単純ではない。

 植木職人として修業中だった甲野は、この不況のために失職。病弱な若い妻と4歳になったばかりの娘をかかえて、失意のまま郷里へ帰ることにした。苦しいばかりで、なにひとつ楽しいことのなかった東京での生活。この街の最後の思い出にと、甲野は、元の職場の先輩からオンボロの軽自動車を貸してもらい、家族を連れて遊園地に出かけた。1枚のフリーパス券を交互に使って娘を乗り物にのせ、3人でやきそばやソフトクリームを食べる。この貧しい一家にとっては、ささやかにぜいたくな一日を過ごした。

       

 帰路につくために甲野が軽自動車を駐車場から出すとき、その事件は起きた。甲野の車が徐行して直進中、突然T字路の横から頭を出してきたのが白いベンツである。この運転手(乙野)が、クラクションを鳴らし、「薄汚い車で、私の前を横切るんじゃない!」と大声で神経質そうに叫んだ。しかし、一時停止を無視したのは乙野のほうだ。その後ベンツは、甲野を威嚇するように、ぴったりと後続追跡してくる。

 駐車場の出口ゲートのところで2台が停車したとき、乙野はベンツを降りて、甲野の軽自動車の窓ガラスをドンドンと叩き、「おい、出てこい! お前ら、私の高級車をキズつけても弁償なんかできんだろう」
と血相を変えて怒鳴りつづけた。
 助手席では、妻のひざの上に抱かれた愛娘が、おびえたように父親を見上げている。

 今日の思い出を台無しにされてはならない……小さくうなずきかえし、甲野は車外に出た。
 乙野は、車内の幼児に一瞥をくれた後、真正面から甲野を見据えた。
「こらっ、サル!車を運転するなんぞ、百年はやいんだ」。小柄な甲野は、猿顔といえなくもなかったが、妻子の面前で「サル」呼ばわりされ、堪えがたい屈辱感におそわれた。
 乙野は、自分のあごを突き出すようにして、「なんだ、私を殴るのか?殴れるものなら、殴ってみろ。お前のようなチンピラになめられてたまるか。サルめ!」と挑発するように言った。
 車内の娘が泣きだしたと同時に、甲野のなかで何かがプツンと切れた。次の瞬問、甲野の握りしめた拳が乙野の顔面にとんでいた。

 乙野は、警察署でも、横柄かつ高飛車で一方的であった。「さっそく歯科医師会の顧問弁護士と相談する。ただでは済まない。私は被害者だ」。そう言い放った乙野は、甲野の行状を悪しざまに申し立て、彼には多額の損害賠償を要求し、かっ、警察には厳罰に処することを強く求めた。取調べにあたった警察官さえも、加害者の甲野に同情したという。

       

 殴った甲野が正しいなどと一言うつもりは毛頭ない。しかし、しかしである。妻子の面前で「サル」呼ばわりされた甲野の気持ちはいかばかりであったろう。だれがこの家族のささやかな思い出を奪えるというのだろうか。
 このケースでもそうであるが、事件の多くは、一方(加害者)だけによって引き起こされるわけではない。事実を解明し、真実をみきわめるためには、他方当事者(被害者)にも目を向け、彼が事件発生にいかなる影響を与えたかもさぐる必要がある。ただ「善いモンはいい、ワルイ奴は悪い」だけでは、名奉行はつとまらないのだ。

 さて、『遠山政談』に話を戻すと、お染を俵に入れ川に捨てる場面などは、落語らしからぬ(?)凄惨な筋立てになっている。しかし、人間の性を表現するのが落語なら、こうした噺があることも仕方ないと思う。


【楽屋帖】
 昔ながらの因果モノ仕立ての「お白洲もの」で、遠山金四郎の裁きの中にあった実話をもとに、四代目三遊亭圓生が作った噺といわれる。舞台は現在の日本橋本石町。

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『鼠穴』 夢は五臓の疲れ

2013-02-17 00:00:00 | 落語と法律

新・落語で読む法律講座 第25講

 竹次郎が、江戸で商売に成功している兄を頼って訪ねてくる。
 竹次郎は、死んだ親から継いだ身代(しんだい)を茶屋酒と遊びですっかり使い果たしていた。
 そこで、兄のところに奉公させてくれと頼むが、「他人に使われるのはつまらない。 資本(もと)を貸すから、自分で商売をしてみろ」と勧められた。
 
 資金と渡された包みを開けてみると、わずか三文しか入っていない。あまりの仕打ちに腹を立てた竹次郎だが、「地面(じべた)を掘っても、三文の銭は出てこない。なんとかやってみるか」と考えなおし、この三文で米俵の上へのせるサンダラボッチを買い、これをほどいて穴あき銭を通すサシを作って、売りはじめた。
 小銭が貯まったので、今度は藁をたくさん買ってきて草鞋を作る。これを繰り返しているうちに、いくらかの資本ができたので、朝は納豆売り、昼は豆腐、ゆで小豆、夜になると稲荷寿司を売る。
 一日中よく働いた結果、三年半ばかりで、十両という金ができ、女房をもらい、娘もできて、奉公人も雇えるようになり、十年の後には深川蛤町に三つの蔵と間口五間半もある店を持つような大旦那になっていた。
 
 そこで、竹次郎は、番頭に三文の銭と利息分の二両の金を包ませ、兄の店へ返しに行く。 
 兄は、竹次郎が立派になったことを喜び、三文しか貸さなかった理由を説明した。
 「みたときは怒っただろう。三文しか貸さなかった理由は、茶屋酒がまだ染みこんでいるので、何両貸してもまず半分は酒に化けてしまう。元に手を付けるようでは商人にはなれない。ひと踏ん張りして、一分でも二分でも返しに来たら、そのときは十両でも二十両でも貸してやろう、そう思っていたんだ」と。
 
 これを聞いた竹次郎は、兄に心から感謝する。その夜は兄弟仲良く飲んでいたが、夜も深まり、竹次郎は帰ると言い出した。
 家の蔵にはねずみ穴ができているので、火事のときにそこから火が入らないかが心配でしょうがないという。
 兄は「そんなことはないが、もしそのときは、わしの全財産をやるから泊まっていけ」といい、二人が枕をならべて寝ていると半鐘が鳴った。
 ところがその夜、まさに深川蛤町付近で火事が起こり、竹次郎が心配していたとおり、ねずみ穴から蔵に火が回り、店が全焼してしまう。
 
 竹次郎は呆然し、兄の言葉を思い出し、再び借金を申し込みに行くが、あっさりと断られる。仕方なく愛娘を吉原に売り、二十両を手に入れるが、帰り道にその金もすられ、もはやこれまでと、首をくくって死のうと……
 
 「竹、起きろや、うるさくて寝てられない」
 「ここはどこだ?」
 「ここは俺の家だ」
 「火事があっただろ」
 「そんなものはない、何をそんなにキョトキョトしてるんだ」
 
 泊まったまでは本当で、火事も落ちぶれたのもみんな夢だと知り、「ああ、ありがてえ。おらぁあんまりねずみ穴を気にしたでよう」と汗びっしょりの竹次郎に、兄は「ははは、夢は土蔵(五臓)の疲れだ」

       

 はじめ兄に甘えるつもりだった主人公が、心機一転、独力で努力と工夫を重ね、経済人として成功するという美談。
 
 先行するライバル企業に「追いつき、追い越せ」と知恵を出し、汗をかきながら市場を開拓して、マーケット・シェアを切り拓いていくことは、市場経済・自由主義経済の観点から、褒められこそすれ、決して非難される筋合いなどない。また、こうして自らの企業努力によって市場における一定の地位を確立した事業者が、その市場を確保するために工夫を凝らすこと自体は、経済競争の本質から生ずる必然であり、これをすべて否定するなら、競争的な市場は成立しない。
 独禁法上の私的独占の禁止でも(独禁法3条前段)、他の事業者の事業活動を排除や支配する行為が規制されるのであって、正常な事業活動の結果成立した独占的な状態そのものは規制の対象とならないのである。
 
 しかし、昨年までの気まぐれなポピュリズム政権下は、放漫経営の失敗の末に破たんした企業に対してさえ、多額の公的支援をバラマキ投入したが、そこには何の基準も理念もないままであった。その結果、破たんには経営責任のない株主に100%減資という名の損害を与え、また、自らの努力で事業を継続する真っ当な同業者には不公正・不公平な競争環境を強いることによって、競争市場が歪んだままになっている。まさに「口だけ番長」の面目躍如といったところだろうか。

 ところで、従前、株式会社を設立するためには、1,000万円の資本金が必要であった(旧商法168条ノ4)。しかし、現在の会社法では、資本金ゼロでも会社設立が可能となる。
 竹次郎も三文で「株式会社竹次郎商会」の看板を掲げることができるのだ。
 
 大都市江戸は、「火事と喧嘩は江戸の花」といわれたように、たびたび大火に見舞われた。大火と呼ばれる大きな火事が約3年に1度、小火(ぼや)ならば7日に1度は起こったといわれている。
 当時の建物が木造家屋であったことや 消防体制の不備などもあって、いったん火事が起きると大火災となった。
  
 火事になったら大変なことは、現代も変わらない。
 住宅が密集する地域では、あっという間に燃え広がってしまう。
 出火すれば、自宅が焼けるだけではなく、隣近所にも迷惑をかける結果となる。
 
 しかし、木造家屋が多く、いったん火事になると予想外に被害が拡大してしまうわが国では、不注意で火事を起こした火元に対して、その責任を全部負わせるのも酷である。
  
 そこで、道義上の責任はさておき、法律上は、過失で出火しても隣近所に対する損害賠償責任が免除されている(失火ノ責任ニ関スル法律)。
 ただし、放火のように故意で火を付けた場合や、少しの注意で火事を防げたのにその注意を怠った重過失の場合には、この法律の適用はない。
 このため、火災保険を掛けることにより、自己防衛しておく必要がある。


          



【楽屋帖】
 サンダラボッチとは、米俵の上下についているワラで編んだ丸いふたのことで、擬人名・桟俵法師(さんだわらぼうし)から。「夢は五臓のわずらい」ともいい、五臓は心・肝・肺・腎・脾のこと。陰陽五行説で、万物をすべて五性に分類する思想の名残である。  
 竹次郎が店を構えた深川蛤町とは、現在の江東区門前仲町の南側付近である。この一帯は、富岡八幡宮の別当・永代寺の門前町屋として発展した。富岡八幡宮は、江戸勧進相撲発祥の地である。この勧進相撲は、貞享元(1684)年正月、その2年前の火災で焼失した八幡宮本殿の再建のための基金を募るのが目的で開催されている。

          

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『天狗裁き』 いったいどんな夢見たん?

2013-01-17 00:00:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第24講

 わが国の根本法、日本国憲法が制定されてから、70年になろうとしている。

 最近では、総選挙が実施されたこともあって、護憲だ、改憲だ、論憲だと、憲法論議も喧しい。現行憲法が、大日本帝国憲法(明治憲法)73条に定める改正手続を通じて制定されたことは、よく知られているところだ。
 ところで、現行憲法にあって明治憲法時代にはなかった人権規定が二つあるが、ご存じだろうか。ひとつは「学問の自由(23条)」、もうひとつは「思想・良心の自由(19条)」である。

 この思想・良心の自由は、人の内心領域における自由を保障するものであり、精神的自由(表現・信教・学問の自由)の母体をなすものとして機能している。内面の自由そのものまで統制した戦前の苦い経験から規定されたものだ。そして、これは「沈黙の自由(内心を外部に表すことを強制されない自由)」をも要求する。
 上方落語には、この沈黙の自由を侵害された男の噺がある。

       

 うたた寝をしている亭主を、女房がひょいっと見ると、うなされるような声を出したり、ニターツと笑ってヨダレを垂らしたり。
「ちょっとあんた、起きなはれ。えらいうなされて、いったいどんな夢見たん?」
「夢なんか見てない」
「ほな、なにか、女房の私に言えんような夢見たんか」
「アホ言え! 見てたら言うわい」
……夫婦喧嘩になる。

 隣の男が飛び込んで、「アホな喧嘩するな」と仲裁するが、
「ほんまはどんな夢、見たんや?」
「ほんとにオレ、夢なんか見てへんのや」
「兄弟分やと言うてるオレにも、夢の話できんのか!」
……また喧嘩である。
 ここへ家主が飛び込んできて、
「アホなことで喧嘩するな。ところでおまえ、かなりおもしろそうな夢らしいな?」
「いや家主さん、ほんとに夢なんか見てえしまへんねん」
「親子も同然の家主に夢の話できんのか。そんなやつ、ほかの店子のしめしがつかん。今日限り家あけてもらおう」。

 仕方がないので、町奉行に訴えでる。
 奉行もあきれて、
「店子の見た夢の話を聞きたがって、店立てを申しつけるとは不届き千万。ところで、夢の話、奉行にならばしゃべれるであろう」
「いや、ほんとに私、夢なんか見てえしまへん」
「できんと申すか、この者に縄をうて!」
……奉行所の松の木にぶらさげられてしまう。
 これを僧正ケ谷の大天狗が助けてくれ、
「わしは聞きとうない。が、その方がしゃべりたいというのなら、聞いてやってもよい」
「いえ、ほんとに夢なんか、見てえしまへん」
「天狗をあなどるとどのようなことになるか、存じおるか。五体は八つ裂きにされて、杉のこずえにかけられる」と、爪の伸びた指が、体にかかった。
「助けてくれ! あー、あー。あー」
……女房が「ちょっとあんた、起きなはれ。えらいうなされて、いったいどんな夢見たん?」。

       

 この男、言いたくないことを言わないのではない。何も話すことがないのに、話をしろと言われているのだ。沈黙の自由に対する侵害もはなはだしい。

 ところで、この『天狗裁き』。めぐりめぐって話がもとに戻っている。要するに、噺全体が循環構造になっているのだ。こういった噺のサゲ方を「廻り落ち」という。

 循環構造といえば、現行憲法の予定する統治システムも循環構造である。主権(憲法1・15条)。国者・国民は自分たちの代表者(国会議員)を選挙で選ぶ民の代表者は議会(国会)を通じて政府(内閣)を組織し(議院内閣制、67・68条)、この政府が国民に福利を提供する(64・25条)。
 そこでは、徹底した多数決民主主義が貫徹されているのである。この国民→議会→政府→国民という循環構造が、憲法の予定した統治システムなのだ。通常ならば、これで国民みんなの幸せは確保されるだろう、まさに「最大多数の最大幸福」である。

 ところが、この多数決民主主義による循環システムも万能ではない。うまく機能しない場合がおおむね二つある。ひとつは循環システム自体に欠陥がある場合、もうひとつは多数決では救われない少数派の人権保護が問題となる場合である。

 このような場面では、もはや民主主義による循環システムの自浄作用を期待することはできないから、循環構造の外にいるものの力を借りざるをえない。ここに「憲法の番人」の役割を果たす裁判所(司法権)の存在意義がある。
 循環システム自体に欠陥があるとは、表現の自由(思想や情報を発表し伝達する自由、21条)に対して不当な制限がされている場合である。表現の自由は、もともと「話す」自由、「書く」自由として観念されてきた(「送り手」からの表現の自由)。言いたいことが言えないようでは、この世も真っ暗闇である。一方、この表現の自由を別な角度、すなわち「受け手」の側からみれば、「聞く」自由、「読む」自由、そして「知る権利」となる。

 民主主義においては、この知る権利がきわめて大切だ。民主主義は「国民による政治」を標榜する。
 しかし、国民にさまざまな事実や意見を知る権利を認められなければ、自らの意見を正しく形成することはできない。もし表現の自由に対する不当な制約が加えられたら、もはや投票箱を通じてそれを修正することも不可能だ。
 知る権利なくして、国民の真意を反映した政治など期待できないのである。これが「表現の自由はきわめて重要な基本的人権」といわれる所以である。


        


【楽屋帖】
 この『天狗裁き』や『夢金』など、人々が見る夢を題材にした落語は数多い。「僧正ケ谷の大天狗」の僧正ケ谷は鞍馬山の奥にあり、かの牛若丸(義経)が天狗僧正坊から武芸を習ったところである。
 ところで、表現の自由といえば、落語も立派な表現である。明治憲法下の一時期、この落語という表現の自由にも受難の時代があった。昭和16年10月30日、浅草寿町三丁目(現在の台東区寿二丁目)の本法寺境内に鷲金亭金升題字の「はなし塚」が建立され、廓噺や艶笑噺など53題が禁演落語として埋葬されたのである。重要産業指定規則が公布され、鉄鋼・石炭・セメント・自動車など12業種に統制会が設立されたのも、この日のことだ。
 終戦から1年を経た昭和21年9月30日、これら禁演落語の復活祭が行われた。日本国憲法が公布されたのは、そのおよそ1月後の11月3日のことである。

          


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『芝浜』 また夢になるといけねえ

2012-12-09 00:00:00 | 落語と法律

新・落語で読む法律講座 第23講

 棒手ふりの熊さんという魚屋。腕は確かだが、酒にだらしがない。仕事を怠けていたため、年の暮れには借金だらけで、どうにも仕方がなくなってしまう。

       

 ある朝、女房に起こされて、芝の浜へ買い出しに行くが、まだ魚河岸が開いていない。女房が刻を間違え、一刻早く起こしてしまったのだ。
 浜に出て顔を洗っていると、波打際に革の財布が落ちている。拾ってみると重いから、腹掛けにねじこみ、家へとんで帰ってきた。

 なかを勘定してみると五十両。
 思わぬ大金が入って、魚熊は「もう買い出しになんか行かないんだ」と大喜び。ひと眠りした後、友だちを呼びあつめて、酒や仕出しの料理を大盤振舞いし、自分も大酒を飲んで寝てしまった。

 あくる朝、女房は「そんな金なんか知らない」などと言う。金を拾ったのは夢で、友達を呼んで飲み食いしたのは本当らしい。
「酒屋や仕出屋の勘定をどうやって払うの」と迫る女房に、金輪際酒を止めると誓う。

       

 これから人間がガラッと変わった魚熊は、死ぬ気になって稼ぎはじめた。
一年、二年と家のなかは楽になって、夏冬のものもそろい、いくらかの金も貯まるようになる。

 ちょうど三年目の大晦日。
 女房は、魚熊が三年前に拾ってきた財布を出してきで、「拾ってきたお金を使ったんじゃ、ただでは済まないから、夢、だと言って、お前さんをだましていたんだよ」と言う。心から札を言った魚熊、女房が一本つけてくれた澗酒に手をのばすが、
「よそう。また夢になるといけねえ」

          

 師走の演題としておなじみの『芝浜」は、三遊亭圓朝が「酔っぱらい、芝浜、革財布」で即席につくった三題話といわれているが、他説も有力である。
 三代目桂三木助が昭和29年の芸術祭奨励賞を獲得した得意噺として知られているが、同じ噺でも、演者によってずいぶん違った味で楽しむことができる。三木助の魚屋の名は勝五郎、拾った金額も42両で、だんだん明けていく芝の浜の情景描写がドキュメンタリー・タッチの映画の趣ならば、一方、魚熊が50両を拾う五代目志ん生のほうは、おとぎ話風のミュージカルといったところか(本稿は志ん生の『芝浜』をベースに要約した)。
 だから、落語はおもしろいのである。

 さて、早起きは三文の得というが、芝浜で財布を拾った熊さんの場合は、女房から夢だと言われたばかりか、酒屋や仕出屋の勘定まで負ってしまい、まさに踏んだり蹴ったりである。
 これら酒屋などに対する支払いは、熊さんが勝手に友だちを呼んで振る舞ったものだ。女房にしてみれば、自分の関知するところではないから、熊さんに請求してくれと拒むことができるだろうか。

 夫婦は、日常的な家事について、一方のした行為につき、他方もその責任を負担する義務がある(民法761条)。日常家事の範囲の取引では、夫婦の一方と取引した第三者からみれば、夫婦双方を相手にしたと考えるのが通常であり、夫婦共同の債務とすべきだからである。
「日常の家事」というくらいだから、食費や光熱費、衣服類や家財道具の購入代金、家賃の支払い、家族の医療費、子女の養育費が含まれる。これらに対して、夫が賭け事のために消費者金融から借金したような場合は、「日常の家事」に入らないから、妻が連帯責任を負うことはない。

 酒屋や仕出屋の勘定は、その金額の多寡や、魚熊のふだんの生活や家計の状態などからすれば、「日常の家事」の範囲外と考える余地がないではないが、夫婦がそろって友だちを接待したものと認定される可能性もある。
 女房としては、酒屋と仕出屋に対し、責任を負わないことを予告しておけば、その請求を拒否できることとなる。

 ところで、この女房は、魚熊が50両の金をネコパパしてしまえば、「ただでは済まない」と心配した。「人の金を10両盗めば、首が飛ぶ」といわれた時代のことである。
 ただし、厳密には、浜に落ちていた財布を拾ったのであり、他人の財物を窃取したものではないから、窃盗罪(10年以下の懲役。刑法235条)は成立しない。遺失物か漂流物にすぎない財布をネコパパしただけなので、占有離脱物横領罪に当たり、その罪も1年以下の懲役または10万円以下の罰金もしくは科料と軽くなる(刑法254条)。

 いずれにせよ、しがない棒手ふりの熊さんが、結果的に表通りの魚熊の旦那になったのだから、早起きは三文の得という諺、まさに「古人われを欺かず」である。


       


【楽屋帖】
 前記のとおり、噺家によって、主人公の名前も拾った金額もまちまちだが、綴密な構成と人情味、そして賢い女一房に除らせられる一席。芝浜とは、北は新橋、南は口問川に援し、江戸前(東京湾)のアナゴやキス、エビ、ハマグリ、アサリ等多くの魚介類が水揚げされた河岸である。江戸っ子は新鮮な江戸前ものを「芝肴」として珍重し、喜んだ。
 ちなみに、江戸時代は、死刑にも、重い順に磔・引回獄門・獄門・引回死罪・死罪と5段階あり、10両以上の窃盗も不義密通もこの最下位ランクだが、「死罪」という名の死刑とされていた。したがって、人を1人殺しても懲役にしかならない現代と比較すれば、かなり刑罰の重い時代だったと言えるだろう。


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『猫の皿』 高価な皿で猫に飯

2012-10-17 00:00:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第22講

 ある端師(はたし)が、掘り出し物の骨董を探して、地方をずっと回っていた。中仙道熊谷在の茶店で、店の主人(おやじ)とよもやま話などをしているうちに、何の気なしに土間を見ると、猫が飯を食っている。その皿が、絵高麗の梅鉢の茶碗で、三百両は下らない代物。

「ははぁん、どうやら猫にこの皿で飯を食わせているようだ。そうすると、あの爺さん、この皿の価値が分かってないんだなぁ。ようし、なんとかふんだくってやろう。なあ爺さん、この猫くれねぇか。まだ他にもいるんだろう。一匹くれよ。ただで貰おうってんじゃないよ。鰹節代置いておこう。小判三枚で、これを売ってくれ」と持ちかけ、猫を三両で買い上げる。

 そこで初めて気がついたかのように、「この皿で、猫に飯食わせていたのかい? 猫っていうのは神経質な生き物だから、皿が変わると食わないっていうから、この皿持っていって、これで食わせてやろう」。ところが、おやじは、「それは駄目です、皿ならこっちのを……」と、汚い欠けた皿を出す。

「こんなところに置いてありますが、高麗の梅鉢と言いまして、三百両くらいにはなるんです」、「それじゃあ、どうしてそんな高価な皿で猫に飯なんか食わせるんだい」、「へぇ、そうしておくと、ときどき猫が三両で売れますんで」。

     


 実際には売る気のない高麗の梅鉢をおとりに、猫を売る。茶店の主人ではないが、われわれの日常でも、これと似たようなことがある。
 たとえば、新聞に「眼鏡が半額8,000円」とか「フレームを買うとレンズ無料」と書かれた折込チラシが入っていたので、店に買いに行ったところ、「8,000円はフレーム代で、レンズ代は別なんです。合計で2万円いただきます」などという。あるいは、「無料レンズは合わないですよ。無理にかけても眼が疲れますからね」といわれ、高い有料レンズを買わされるハメになる。

 このように、実際には売る気のない商品が広告されている。広告を見て店頭に買い物に行ってみると、店頭に商品がまったくない。広告商品と実際に販売されている商品とで、価格・品質・色・サイズ・柄・メーカーなどが違っている。広告では販売数量や販売時間等の制限がないのに、実際には制限されている等々、実際に行われる取引と相違がある広告を「おとり広告」とよび、不当表示のひとつとして規制の対象となる(景品表示法4条3号)。

 広告で気に入った商品を、業者に問い合わせたとき、「残念ながら、それは売切れなのですが、別の商品がございます」などといわれた場合には、おとり広告の可能性もあり、それ以上は話を聴かないのが無難である。

 かつて、おとり広告で社会問題化したものとして、ミシン販売にかかわる悪徳商法があった。安価なミシンを広告しておきながら、問い合わせた客には別の高額なミシンを販売するほか、無料点検と称して家庭を訪問しては、何十万円もするようなミシンを売りつける悪質な業者が横行し、被害が続出した。とくに訪問販売の場合には、消費者がわざわざ店舗に出かけなくてよいという長所がある反面、勧誘が不意打ち的であるし、現物をみずに購入してしまうことなどから、消費者トラブルが発生しやすい。

 そこで、訪問販売や通信販売を公正にし、消費者トラブルの防止を図るために定められたのが「特定商取引に関する法律」である。この法律では、自宅訪問販売(営業所以外で申込みを受ける販売)、キャッチセールス(路上で声をかけ店舗へ連れて行って契約を迫る販売)、アポイントメントセールス(電話やハガキなどで呼び出して契約を迫る販売)について、契約書面の交付を受けてから8日間は無条件解約が認められている。これがご存知「クーリング・オフ」の制度である。

 これとは逆に、茶店の主人のほうから、「この皿がほしいんなら、猫も一緒に買っとくれ」といえば、抱き合わせ販売の疑いがでてくる。抱き合わせ販売(英語では、”tying arrangement”)とは、独占禁止法19条に定める「不公正な取引方法」の一類型であり(独禁法2条9号・19条)、公正取引委員会によれば、「相手方に対し、不当に、商品又は役務の供給に併せて他の商品又は役務を自己又は自己の指定する事業者から購入させ、その他自己又は自己の指定する事業者と取引するように強制すること」とされている(一般指定10項)。

 さて、噺に登場する「絵高麗の梅鉢」。その名前からは、朝鮮産と思われそうだが、実は中国・宋時代の陶磁である。数年前の話にはなるが、落語ブームの火付け役となった、宮藤官九郎脚本によるテレビドラマ『タイガー&ドラゴン』では、『猫の皿』の絵高麗の梅鉢が、ヴィンテージもののジーンズとリンクされていた点が面白かった。


       


【楽屋帖】
 原作は、滝亭鯉丈(?~1841)が文政4(1821)年に出版した滑稽本『大山道中膝栗毛』中の一話。過去には五代目古今亭志ん生や三代目三遊亭金馬がよく口演していた。
 ところで、抱き合わせ販売といえば、平成10(1998)年、マイクロソフト社の日本法人が家電メーカーに対し、自社のアプリケーション・ソフト(エクセルとワード)の抱き合わせによる販売を強制したとして、公正取引委員会より指摘を受けた事件が有名だ。
 また、愛知万博(愛・地球博)でも一騒動が起きた。平成17(2005)年3月28日、万博会場内への飲食物の持込み禁止について、名古屋・仙台・札幌の弁護士3人が公正取引委員会に告発したという。当時の報道によれば、野球場などと異なり、瓶・缶類は危険物とはならないのに、入場者は、指定した飲食物販売業者と取引するよう強制されているとし、こうした制約が「抱き合わせ販売」にあたると訴えたらしい。この告発内容の当否はともかく、その後、時の小泉首相の鶴の一声により、一転して弁当の持込みは解禁となっている。

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『不動坊』 嫁入りするとは羨ましい

2012-09-17 00:00:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第21講

 家主が、長屋に住む独身の吉兵衛のところに、結婚話を持ちかけた。相手は、不動坊火焔という講釈師の未亡人のお滝さん。
 独り者ばかりが住まう長屋では、いわばマドンナ的存在の美人だ。かねてからお滝さんに想いを寄せていた吉公は大喜び。不動坊の残した借金を肩代わりするという条件を承知して一緒になることを決めた。
 
 嫉妬した長屋の男たちは腹いせに、吉公の新婚生活をぶち壊してやろうと、死んだ亭主の不動坊火焔の幽霊を出すことに。
 むかし寄席芸人だったという男を幽霊役に雇い、こいつを夜中に吉公の天窓からヒモでぶら下げ、
「不動坊火焔の幽霊だァ。四十九日も済まぬのに嫁入りするとはうらやましい」
(ちがうよ! うらめしいッ)
「恨まれる覚えはねえッ! こちとら借金の肩代わりまでしてんだ」
「ははぁ、そういう事情があろうとは……ありがとうございます」
(ダメだよ、礼なんぞ言ってちゃ)
「何を言いやがる。さてはてめえ、宙に迷ってるんだな」
「いえ、宙にぶら下がっております」

     

 今月の題材は『不動坊』である。
 本来は上方ネタで、上方では、吉公ではなく、金貸しの利吉。未亡人のほうは、東西ともお滝さんが多い。
 「不動」には「滝」が付き物だからか。
 
 さて、吉公は、結納の代わりに、不動坊の残した借金を肩代わりしている。
 民法上、遺産相続の開始と同時に、被相続人(不動坊)の財産に属した一切の権利義務が、当然に相続人に承継される。
 
 子供はいないようだから、この場合の相続人は、未亡人のお滝さんと、存命ならば不動坊の親である。

 しかし、借金のようなマイナスの財産も相続の対象となるから厄介だ。このために「相続放棄」の制度がある(ほかにも「限定承認」があるが、プラス財産がありそうもない不動坊のケースには関係がなかろう)。

 お滝さんとしても、必ず借金を抱えなければならない理由はないので、これを放棄する自由が認められているのだ。
 ただし、相続放棄は、相続開始を知った時から、3カ月以内に家庭裁判所に対して申述しなければならない(民915条)。

 この借金の肩代わりは、結納の代わりだ。一般に結納とは、婚約成立の証しとしての、あるいは結婚の支度金としての贈与の意味がある。 
 したがって、そもそも婚姻が成立しなければ、返さなければならない。
 ただし、必ずしも正式に婚姻届が出されなくとも、一定期間の同棲など、事実上の結婚生活が認められれば、結納の返還は必要ない。
 この噺では、新婚初夜までしか描かれていないので、その後に破談となったとしても、結納としての借金肩代わりがチャラになるかどうかはケース・バイ・ケースということになろう。

 この噺、ひとつだけ法律的におかしなところがある。それは、お滝さんが、不動坊の「四十九日も済まぬのに嫁入り」している点だ。
 妻であった者は、前婚の解消(離婚だけではなく、夫婦の一方の死亡も含む)後、6カ月を経過しなければ、再婚できない(民法733条)。
 ただし、懐妊したまま婚姻が解消された場合は、その出産の日から再婚できる。これを待婚期間という。これは、子供ができた場合に、前夫の子か現在の夫の子か判断がつかなくならないようにするためであり(父性確定の困難回避)、寡婦に対して一定期間喪に服することを強制した趣旨ではない。
 したがって、お滝さんとしては、不動坊の四十九日も済まないうちに、吉公と再婚することなどできないはずなのである。

 ところで、あえて相続放棄を選択せず、吉公に借金を肩代わりさせたのは、お滝さんのいかなる存念によるものか……そう考えれば、独身男の集団ジェラシーもハナから無益だったのかもしれない。


       


【楽屋帖】
 不動坊火焔とは、「不動明王」と、後背にある「火焔」から。不動坊火焔の幽霊が「天窓」から降りるが、この天窓はへっついから出る煙の排気、換気用の窓。屋根からの明かり取りにもなった。
 民法733条では、女性だけに再婚禁止(待婚)期間があり、男性にはない。このため女性差別、平等権を定めた憲法14条に違反しているという指摘もある。しかし、最高裁は「女性のみが懐胎するという生理的な理由に基づき立法されたものであり、父子関係の確定の困難を避けることを趣旨とするものと解され、医学の進歩によって、妊娠の事実や父子関係の確定に関する科学的な技術等が進歩していることを前提としても、この6ヶ月間という再婚禁止期間に、明白な合理性がないとまで判断することはできない」とし、女性の待婚期間を合憲としている(最判平成7年12月5日)。
 これを形式的にあてはめれば、70歳を超えたお滝婆さんが夫に先立たれ、同じ長屋の独身である吉爺さんと再婚したいと思っても、およそ父性確定の困難などないはずだが、6か月の制約を受けることになってしまう。
 ちなみに、諸外国において、現在では女性の待婚期間を廃止している例が多いらしい。

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『宮戸川』 若い二人の馴れ初めに

2012-08-17 00:00:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第20講

 小網町にある質屋の倅(せがれ)半七は、将棋に夢中になって帰りが遅くなってしまったが、毎晩のように遅いので、親父から締め出しを食ってしまう。
 隣家の船宿の娘お花も、カルタ取りに夢中で帰りが遅くなり、同じように母親から締め出されていた。

       
 
 半七は霊岸島の伯父のところへ泊めてもらおうと向かうが、行くところのないお花が無理やりついて来てしまう。
 突然の二人の訪問に、酸いも甘いも噛みわけた伯父さんは、すっかり勘違いし、二人を二階にあげてしまって、一緒に寝かそうとする。
 
 階下では、二人の仲を早合点した伯父さんが、自分が仲人することなどを考えていた。そのうち、伯父夫婦が自分たちの若いころのことを思い出し、伯父さんが「婆ぁさん、おまえもあの年ごろは文金の高島田で、いい女だったなぁ」などと言うと、伯母さんも「お爺さんもいい男でしたよ。あのころは、お爺さんが十八で、わたしが十七のひとつ違い……しかし、おかしいじゃありませんか……いまだにひとつ違い」、「ッて、あたりめぇだよ」。
 
 二階のほうでは、困った半七が、蒲団の真ん中に帯を伸ばして境界線代わりとし、お花と背中合わせに寝ようということになる。

       

 人生意外なきっかけから、思いもよらないことになる。
 これが色事となれば、なおさらだ。半七にしても、もちろんお花だって、この晩までは、それほどお互いを意識していたわけではない。ところが、ヒョンなことで、ヒョンなことになってしまった。
 噺のなかでは、半七とお花の年齢は不詳だが、おそらくは伯父夫妻の思い出話と同様で、17、8の、今様にいえば未成年なのだろう。
 わけ知り顔の伯父さんが仲を取りもってくれたとしても、実の親としては「まだまだ若い」と反対したいところかもしれない。
 法律では、満で数えて、男は18歳、女は16歳になれば、結婚できることになっている(民法731条)。
 しかし、未成年者が婚姻する場合、父母の同意書がなければ、婚姻届は受理されない(同737条)。
 
 父母の同意が必要なのは、思慮が十分に熟していない未成年者が、婚姻の何たるかも分からずに、軽率に結婚するのを防ぐのが目的である。
 そして、正式に婚姻すれば、二人は成人に達したものとみなされる(民法753条)。
 いったん結婚した以上は、社会でも一人前に扱うべきだということだ。
 
 ところで、父親と母親との間で意見が異なっていたらどうだろうか。
 たとえば、親父だけが意固地になって反対しているというような場合である。
 そのときは、父母の一方の同意書さえ添付されていれば、婚姻届が受理されることになっている。

 このことは、たとえ父母が離婚していても同様だ。
 離婚によって親権者ではなくなったほうだけの同意でもいいとされている。
 つまりは、相談すべき父母がいるならば、少なくともその一方の同意を得なければならないとしたのである。
 もし、半七が18歳未満、あるいは、お花が16歳未満であったならばどうなるか。結婚の適齢期に達していない者の婚姻届が提出されても、これを受け付けないことにはなっている。
 しかし、仮に誤って届出が受け付けられた場合には、当事者・親族・検察官のいずれかが、裁判所に取り消しの裁判を申し立てて取り消すまでは、そのまま効力が認められ、元に戻ることはない(民法744条)。

     

 半七とお花の二人が、なかなか蒲団に入ることもできずにいると、外では激しい雨が降りだしてきた。
 いきなり鳴った雷の音に驚いたお花が、悲鳴をあげて半七の胸元にとびこんでくる。木石ならぬ身の半七も、お花を抱きしめる腕にグゥーッと力が入った。
 真っ暗な部屋の中、稲妻の光が抱き合う二人を照らしたとき、お花の裾の間から伸びた真っ白な足が眼に入り、半七は思わず……
 この後は、本が破れて読めなくなっちゃった。


          

【楽屋帖】
 宮戸川とは、隅田川下流の旧名。山谷掘から駒形あたりの流域を指す。
 この噺は、正徳二(1712)年、同名のお花・半七という男女が京都で心中した実際の事件を、近松門左衛門が浄瑠璃『長屋裏女腹切』に仕立てたのが原型である。本話の後編において、半七の転寝(うたたね)の夢の中で、お花が暴漢にさらわれて宮戸川に投げ込まれることから、この題名がついている。
 五代目志ん生最後の弟子である圓菊や先代圓楽の高座が楽しいが、本話のとおり、いずれも転寝の場面までは口演していない。
 平成15(2003)年10月1日朝、千葉市内の墓地駐車場で、飲食店アルバイトだった少女(16)が頭を鈍器で強く殴られて殺害され、遺体を焼かれた状態で発見された。犯人の男は、被害者の戸籍上の夫(22)。実は、姓を変えて借金を重ねるため、未成年の結婚に必要な親の同意書を偽造して、少女と偽装結婚していたのである。男は、少女に「偽装結婚を警察にばらす」と言われたことに腹を立て、仲間の少年4人と共謀し、少女の頭を石や金づちで殴るなどして殺害したとして起訴され、無期懲役の判決が下った。これが世にいう「千葉少女墓石撲殺事件」である。

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たァがやァーィ!

2012-07-17 00:00:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第19講

 両国の川開き当日、花火を見ようと大勢の人出。とくに両国橋の上はたいへんな混雑で身動きさえもできない。
 花火がドーンとあがると、「玉屋ァーィ」、「鍵屋ァーィ」と口々にほめている。

     

 橋の上を馬に乗った武士が、三人の供をつれて、「寄れ寄れ、寄れいッ」と強引に渡ってきた。そこに反対のほうから、道具箱をかついだたが屋が、人混みを「すみません」とかき分けて入ってくる。ちょうど橋の真ん中で、武士とたが屋が出くわした。

 押されて持っていた道具箱を落とす。そのはずみで巻いてあった箍(たが)の止めががはずれ、つッつッと伸びて、馬上の武士の陣笠をはじき飛ばしてしまった。

 武士の頭は笠の台だけ……人混みの中で恥をかかされた武士は、カンカンになって怒り、平謝りに謝るたが屋に、
「勘弁まかりならん。斬り捨てるぞっ」と言う。
 いくら謝っても許してもらえないと知ったかだ屋は、やけになって
「どッからでも斬ってくれ」と開き直った。

 供侍の一人が刀を抜いて斬り込んできたのを、喧嘩(けんか)慣れしたたが屋は体をかわし、逆に刀を奪って斬り殺す。「ご同役の仇」とかかってくるのを次々に斬って、とうとう三人の侍を殺してしまった。

 ついに馬上の武士が槍をしごいて突いてきたが、たが屋は飛び込んで一刀を横に払うと、武士の首が宙天へスポーン。

 そうすると、見物一同がよくやったとばかり、
「たァがやァーィ」

     

 両国の花火大会の当日は、例年テレビでも放映されている。たくさんの人でごったがえす両国橋の上の様子は、平成の今も江戸の昔も変わらない。そこへ馬で乗りこんでくるというのだから、現代の悪徳政治家や高級官僚の傲慢な態度を見るようで、さすがにムカッ腹が立ってこようというものだ。

 さて、六法をめくれば、「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する」という条文がある(刑法199条)。
 たとえば、このたが屋が馬上の武士を一刀のもとに斬り捨てた行為。だれが見たって「人を殺した」行為だ。まちがいなく殺人罪の条文に書かれてある要件(これを「構成要件」という)には該当する。
 たが屋を罰するには忍びない……という感情論はさておき、この場合、本当に殺人罪が成立するのか、もう少し考えてみよう。

 もし、たが屋が武士を斬らなければ、おそらくはたが屋の首のほうが飛んでいたにちがいあるまい。つまり、やらなきゃ、逆にやられたのである。
 武士はたが屋を殺す気で槍を突き出したのだ。これに対して、たか屋は自分の身を守ったに過ぎない。命の危険にさらされているような場合、自分で自分の身を守ることを法も許している。これが「正当防衛」である。
 刑法には「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」と規定されている(刑法36条1項)。

 正当防衛が認められるためには、①侵害の急迫性、②侵害が不正であること、③防衛行為の必要性・相当性、④防衛の意思、の各要件が必要である。
 たが屋の場合、自分を殺そうと槍で突きかかってくる武士に(急迫不正の侵害)、自分の命を守るため、刀で防戦した(やむを得ずにした)のだから、たとえ刑法199条の要件に該当していても、違法性なしとして、処罰されない。このような、違法でなくなる特別な事情を「違法性阻却事由」という。
 このように、構成要件に該当するばかりでなく、違法かつ有責な行為でなければ、犯罪は成立せず、処罰されることはないのである。

 ところで、この『たがや』という噺は、「町人の武士階級に対するレジスタンスが見事に描き出されている」と評する人が多い。しかし、佐藤光房『東京落語地図』(朝日新聞社)には、次のような面白いエピソードが紹介されている。

「が、しょせんは江戸っ子のレジスタンスで、たいしたことはない。もとの噺では宙に飛ぶのはたがやの首で、涙声で『たがやー』とさげていたものだそうだ。安政のころに現在のような形になったが、高座に上がった噺家が『えー、相変わらず』と見回して、客席に侍がいると、昔の筋書き通りたがやの首を飛ばしたという。立川談志師は、いまでもたがやの首を飛ばしている。」

     


【楽屋帖】
 花火は江戸の夏の風物詩。安永年間、両国の川開きは旧暦の5月28日だった。
 舞台となる両国へ、江戸中100百万人からの群衆・野次馬が集まっている。その混雑したところに武士が供とエラそうに通りかかっものだから、「侍がなんだってんだ」という雰囲気になり混乱に拍車が。そしてそこへ「たが屋」が出くわしたものだから……。
 江戸時代、武士が町人らから耐え難い無礼を受けた時は、切り捨てても処罰されなかった。公事方御定書71条の追加条項に定められた、いわゆる「切捨御免」である。支配階級である武士の名誉と威厳を守ることにより、武士階級を頂点とした社会秩序が保たれると考えられていたものであり、これもまたある種の正当防衛的な行為とも理解できなくはない。ただし、個人の権利を防衛する正当防衛ではなく、あくまで社会防衛ではあるが。
 このほか、武士に歯向かう同様の噺として、『禁酒番屋』、『石返し』などがある。

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