菅原貴与志の書庫

A Lawyer's Library

『汁粉屋』 武士は食わねど

2011-02-20 00:00:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第3講

 明治の初め、禄をはなれた士族がいろいろな商売をはじめるなか、ある殿様が、お姫様や家来の三太夫らと汁粉屋を開くことにした。

 客が店に入れば、三太夫が迎え出て、「何の汁粉を食べるのだ」と聞く。御膳汁粉というのがふつうの汁粉で、ほかには紅餡(あん)や塩餡などがあるらしい。
 そこで、客が塩餡を注文すると、三太夫は奥の殿様へ、「御前、町人が塩餡をくれろと申しますが、いかが仕りましょう」、「くれろというなら、やるがよい」。

 しばらくすると、お姫様が給仕にあらわれ、「これ、町人。かわりを食べるか」
「へい、ありがとうございます。どうぞ頂戴いたしたいもので……」
「ならば、少々ひかえておれ」
……と、これじゃあ、どちらが客だかわからない。

     *  *  *



 徳川幕府が倒れ、明治新政府になると、それまでお侍だと威張っていた士族も、生活していくためには働かなければならない。日本史の教科書でもおなじみの、いわゆる「士族の商法」の登場だ。
 この士族の商法を扱った落語には、ほかにも『素人鰻』という噺もある。

 士族の商法ではないが、お侍から、落語家になった人物が実在する。

 その名は、初代三遊亭遊三(ゆうざ)。本名を小島弥三兵衛長重という。
 徳川直参だったが、現役の御家人のまま噺家になって寄席の出演を続けたらしい。ということは、幕府が倒れて食い詰めたから落語家になったわけではなく、よほど演芸が好きだったのだろう。

 彰義隊に加わって敗走した後、一時は巡査として奉職している。
 ある夜、警ら中のこと、どこかの番頭が女中を路地中の芥溜(ごみため)の上にのせて、何か(?)をしていた。
「こらァッ」と怒鳴りつけ、逃げおくれた女を押さえて、「不埒なやつだ。このことわ貴様の主人に告げるから……」
「どうか、勘弁してください」
「そうか。勘弁してやるが、そのまンまじっとしておれ」といいながら、ナニしてしまった。
 ひどい巡査がいたものである。結局、このことが知れて、巡査は免職になった。

 ところが……である。その後どういうわけか、裁判官(一説には書記とも)に転じ、函館の裁判所に勤務することとなる。
 現在の法律によれば、懲戒免職の処分を受けて二年を経過しない公務員が、裁判官に任命されることはない(裁判所法46条、国家公務員法38条3号・地方公務員法16条3号参照)。ちなみに、落語家が裁判官になった例は、後にも先にも彼一人だろう。

 そのうち、旦那が死んで本妻と妾とが財産を争うという裁判を担当したところ、美人のお妾さんのほうが「このたびのことはひとつ、よろしくお願い申し上げます」と頼みにきた。
 遊三は「じゃ、お前がそういうなら勝たしてやるが、俺のいうことわ聞け」などといい、この女性と関係ができて、裁判に勝たせてやる始末。
 これがバレて、やはり裁判官も罷免された。

 最近でも裁判官のスキャンダルが報道されているが(三年前には、裁判所職員の女性に匿名で十数回も携帯メールを送った地裁判事が、ストーカー規制法違反で有罪判決を受けた事件もあった)、これほどひどい事例は聞いたことがない。「職務上の義務に違反し、品位を辱める行状」が明らかだから、懲戒処分は当然だろう(裁判所法49条)。
 なんとも、まぁ……でたらめな裁判官がいたものだ。

 裁判所をクビになった後、東京に帰って雇人周旋屋をしていたが、元の同門の羽振りがいいのを見て羨ましくなり、再び噺家に返り咲いた。

 これら初代遊三のエピソードについては、六代目三遊亭圓生『寄席育ち』(青蛙房)に詳しい。

 滑稽噺を得意とし、品格ある芸風の洒脱な噺家として人気があった。旧幕臣だけに、冒頭の『汁粉屋』を演じるときも、注文を取りにくる三太夫がいかにも侍らしかったという。また、五代目古今亭志ん生が、若いころに遊三の「火焔太鼓」を聴いて、後に自身の十八番としている。大正三(1914)年七月八日没。享年七十五。

 この遊三の孫が、十朱久雄。そして曾孫が、女優の十朱幸代である。





【楽屋帳】
 明治維新の後、士族身分が解体したため、大量の失業者が発生した。俸禄を失った士族は、遊三のように、公官庁に出仕したり、軍人・警官・教員などになった者もいたが、そうした職に就けずに没落する士族も多く、慣れない商売に手を出して失敗した例も少なくなかった。三遊亭圓朝がある日、武家屋敷の黒塀に「しるこあり」の貼り紙を見つけ、ものは試しと入ってみるとこれが士族の商法で、ひどく面喰ったらしい。この体験をもとにまとめあげた噺が『汁粉屋』である。『定本 円朝全集 巻の13』(世界文庫・昭和39年)にも、その速記録が収録されている。

なぜ法律家になりたいのか

2011-02-15 00:00:00 | 法曹への志し
本気(マジ)で法曹を志すならば(1)


 数多の仕事があるなかで,なぜ法律家なのか。そして,どのような法律家になりたいのか――。
 
 2004年春から実務家教員として法科大学院の手伝いをするようになり,多くの法曹志望者と接してきましたが,最近では,こうした志(こころざし)を明確にもち得ない学生が意外にも多いことに気づかされます。しかし,その志が曖昧のままでは,法科大学院の勉強も,司法試験の準備も,そして進路の選択にも,充実感が得られないのではないでしょうか。

(次回に続く)

日本と欧米の契約観(2)

2011-02-10 00:00:00 | 国際法務
国際法務入門 第2回

 契約である以上、国内契約と共通する点はきわめて多い。
 しかしながら、英文契約には、いくつかの特徴的な差異がある。もちろん使用する言語が違うわけであるから、形式面が大きく異なることは当然であるが、それに加えて、そもそも契約書に対する意識に違いが存在しているのである。
 まずは、この契約観の違いといったものを理解しておく必要がある。

 このように国際取引にあたっては、国内契約との差異をつねに意識しなければならない。契約に対する考え方はもとより、相手方の信用調査、適用される法律、紛争が生じた場合の解決方法などにも十分に留意しておきたい。

(次回に続く)

講義録:会社とは(3) ~会社の法人性

2011-02-01 00:00:00 | 会社法学への誘い
 会社は「法人」です。平成17年改正前の旧商法にも、また、会社法にも、会社は法人であることが明文で規定されています(旧商法52条、会社法3条)。法人とは、たとえ生身の人間でなくとも、権利義務の主体となれる組織のことです。

 生身の人間、すなわち生物学上の人のことを、法律では「自然人」といいますが、自然人は、生まれながらにして、権利を取得し、義務を負担する資格をもっています(民法3条1項参照)。この権利を取得し、義務を負担する資格のことを「権利能力」と呼びます。

 ところで、自然人以外であっても、法が権利能力を付与する場合があります。自然人以外の場合には、法の力によって権利・義務の主体性(法人格)が与えられるので、これを「法人」といいます。先ほども説明したとおり、会社には社団性があり、出資者である社員から独立した主体性を有します。したがって、社団の性質を有する会社には、法人格を付与する基礎も認められることとなるのです。

 会社は法人ですから(会社法3条)、あたかも自然人と同様に、会社自体が権利を取得し、義務を負担することができます。たとえば、会社は、自らの名義で、原材料を仕入れ、顧客・消費者に商品を売却します(売買契約)。また、銀行から運転資金を借り入れ(金銭消費貸借契約)、事務所や工場用の土地・建物を賃借し(賃貸借契約)、そして、従業員を雇うのです(雇用契約)。これらの契約により、会社は権利を取得し、義務を負担します。より具体的には、仕入れならば、原材料の引渡しを請求する権利を取得する一方、代金を支払う義務を負担するのです。

(次回に続く)